7月3日日曜日に開催される今回の北栄町すいか長いも健康マラソン。昨年の大会、および昨年の大会に引き続きこれで3年連続3度目の出場だ。
今回も鳥取県中部にある北栄町で開催されることもあり、前日に現地に着いてエントリーを済ませて倉吉駅近くのビジネスホテルで一泊してから大会に参加する計画だった。
この年はとある事情で事前から京都に滞在中で、7月2日土曜の朝に京都を出発する計画で行動することになった。今年は友人も一緒に行ければ行こうと話はしていたのだが、残念ながらスケジュール的に合わず今回も一人旅である。
鳥取県については前回大会でも触れたが、昔の因幡国、伯耆国にあたる中国地方の日本海側、島根県の東隣にあり、人口は約60万人ほどで全都道府県中最も少ない県だ。
県庁所在地である鳥取市を中心とした東部、倉吉市を中心とした中部、米子と境港を中心とした西部に大きく分かれ、北栄町は中部の中心都市である倉吉市から電車で約10分といった場所に位置する町である。
鳥取といえば鳥取砂丘や白兎海岸などの豊かな自然に囲まれ、農業や漁業が盛んで二十世紀梨や松葉ガニなどが特産品だが、今回の大会が行われる北栄町は大会の名前にもなっている通りスイカと長いもの産地として有名だ。
特にスイカは「ドバイの太陽」という名で1玉3万円もする高級スイカが中東ドバイで大人気になっているというニュースが放映されるなど評判が高く、大会後に長いも汁とともに参加者に食べ放題で振舞われるということもあって毎回非常に楽しみにしている。もっとももちろん振舞われるのは一玉3万円のスイカではないのだが。
そして北栄町といえば、あの人気ミステリー漫画「名探偵コナン」の原作者である青山剛昌氏の出身地なのだ。
それもあり、この町ではコナン通り(右上写真)や記念館も建てられるなどいたる所で町おこしに名探偵コナンが使われており、そういった町の風景や記念館を訪れるのも楽しみにしていた。
今回の大会の前後は非常に慌しい日々が続いていて、6月30日までは京都に滞在していて6月29日には大原三千院に新緑とアジサイを撮影するために取材に出かけていた。
そして新しい仕事の準備のために名古屋にどうしても一度戻らなくてはならなくなり翌30日の朝から移動していろいろと準備作業を進めて7月1日の午後1時ぐらいに再び名古屋を発って京都に戻ってくるという強行スケジュールになった。
更にはこの大会に出場するため7月2日から1泊2日で京都から鳥取県倉吉まで行くことになり、しかも7月4日の朝には名古屋にいないといけなかったため鳥取から京都に戻る7月3日の夕方にはもう名古屋に向けて出発しなければならないという予定だった。
それでもせっかくの1泊2日の旅行で再び鳥取を訪れるということもあり慌しい中ではあるが、しっかり準備して出発当日を迎える。
大会前日の7月2日土曜日の朝は5時に起きる。まず部屋の整理整頓と荷物整えてから野菜一日これ一杯を飲み、更に洗い物を片付けてから7時半ぐらいに出発した。
ちなみに今回も京都から倉吉を結ぶ特急スーパーはくとを使って現地に向かう予定で、8時52分発で12時31分の到着予定だった。
自宅を出る際にビール忘れて一度戻るハプニングがあり、更に近くのスーパーグルメシティで朝ご飯用に弁当だけ買っていく。
それから入口左側にあるいろいろな銀行の取引ができるATMでお金も下ろしたかったのだが、自分の下ろしたい銀行のがその時間帯は使えなかったので途中のセブンイレブンのATMでお金を下ろしひと安心でJRの最寄り駅を目指した。
この日は自転車で駅まで向かったので、自転車置き場のいつもの一番道路側に駐輪してから駅の入口へと向かっていく。
改札で切符を購入するが、駅員は感じのいいおじちゃんで、今回はできる限り現金を持っておきたかったのでクレジットカードで支払うことに。無事使えて切符を買い終わるとトイレに寄ってから電車に乗車し京都駅へと向かった。
京都駅に到着後は下りエスカレーターを使い6・7番ホームに移動。時間あったのでそこで日記つけた。
ちなみに今回の旅では後で忘れてしまわないうちに都度メモを取りながら旅していたので事細かに旅の内容が記録されている。
それとホームでは黒いドレスの女と少し騒々しい中国人の家族の姿が目立った。
更にスーパーはくとではやはり車内販売はないというアナウンスがあり、前もって食べ物飲み物を準備しておくように注意を促していた。
出発の5分ぐらい前にスーパーはくとが到着。記念撮影をしてから乗車しい席は3CDで先頭車両の前から3番目に陣取る。
ちなみに1号車には10人ぐらいが乗り込み、去年は大雨の旅立ちだったが今年は雨こそ降らないものの終始曇りがちだった。
それからいよいよ電車は8時52分発で12時31分の到着予定で倉吉を目指して京都を旅立っていく。
その後無事に自分の席を確保すると周囲の撮影を済ませてからさっそく朝ご飯を食べる。おにぎりから揚げセット3とアサヒ一番麦で、おにぎりの具はシャケとおかかだった。
9時1分、ちょうど弁当を食べ始めた頃に乗車券のチェックがあり、感じのいい若い男性駅員が対応していた。その後は足置き場に足置いて、靴も脱いでゆったり過ごす。
更に弁当を食べ終わると9時10分ぐらいからポールウインナーにスライスチーズ、じゃがりこサラダ味といった面子で更に一番麦の2本目を飲み、いい感じで食事を終えることができた。
9時15分に新大阪、更に9時20分には大阪駅を通過する。大阪駅では梅田のヨドバシカメラが右手に見える。
そして反対の3ABにイケイケの姉ちゃん座り、終点の倉吉駅までファッション雑誌にサングラスの姿勢をずっと通していた。
9時32分頃にスニッカーズ1つ間食し、その後再び乗車券のチェックを経て9時41分には神戸・三ノ宮を通過する。それから10分ほど経過した9時51分には窓の外に海が見えるようになり景色がそれまでと多少違う感じになってくる。
9時57分に明石駅に到着すると、右手に城壁が見え歴史マニアの自分としては興味津々だった。10時5分にトイレで席を立つが、その頃乗客の赤ちゃん泣き出すハプニングを目撃する。
10時21分には姫路に到着するが、ここから乗車券チェックが別のおっちゃん駅員に交代となる。
そして10時26分頃に友人にメールをし、すぐ10時38分には返事が来る。更にノートPCを出して京都深草にある藤森神社に行った日の日記の続きをまとめたりしていたのだが、今年は昨年一昨年に比べると結構列車が混んでいて自分の周囲の席はほぼ埋まりかけていた。
10時46分には上郡に到着し乗務員交代もあったが、このあたりから山間を通るためたくさんのトンネルを通過し緑も多くなってくる。
ちなみに昨年はここでトンネルの数を一つ一つ数えながら過ごしていたのだが、今年はさすがにそこまではしなかった。
10時59分には佐用を通過。第47回しゃんしゃん祭りのポスターが気になった。乗車券チェックは女性車掌に交代し以後倉吉までずっと担当する。
そしてこのあたりから文字ニュースの部分に名産品や観光名所などの沿線地域の紹介テロップがしっかり出るようになり、ついつい目がいってしまう。
11時12分には大原を通過。周囲は霧がかかったようなもやに包まれ上空は雲で覆われていて、いつでも雨が降り出しそうな空だった。
11時27分に智頭を通過した際に車掌の交代があり、以後は完全な山間の道で周囲はただただ山が続く。
11時48分に郡家を通過した後、左手の山の向こうには風車が見える。少し前なら何の気なしに見ていた所だが、東日本大震災からまだ数ヶ月のこの時期は風車を見るとついつい風力発電=電力を思い起こしてしまうのだった。
11時57分にはついに鳥取駅に到着する。ここは例年通りやはり降りる人が多かった。
そして12時ちょうどぐらいにいきなり声をかけられる。声の主は先ほどの女性車掌で、切符が鳥取までだったらしくその場で精算してもらうことに。
どうやら丹波口のおっちゃんが「鳥取の倉吉」と言ったのを最初の「鳥取」しか聞いていなかったのか分からないが鳥取駅下車と勘違いされていたようだった。
仕方なく860円を現金払いで済ませるが、今回の旅では現金をできる限り確保しておきたかっただけにちょっと痛かった。そして鳥取駅を通過するとPCも片付けてそろそろ降りる準備に入る。
12時14分頃には線路が2本から1本になる所に差し掛かるが、向こうから電車が来ず待たずに済む。
それから右手には日本海が見えるようになり、再び風車も見えた。その頃になってついにというか少し雨がパラつくようになり、列車の前方の窓に雨のしずくが滴る光景が印象的だった。
更に12時23分頃に松崎という駅で列車の通過待ちとなり2分ぐらい停車となる。雨は本降りになってきていてワイパーも忙しく左右に動いていた。
そして12時31分、予定通りについに倉吉駅に到着する。
倉吉駅に到着すると雨はまだ強く降っており、少し急ぎ目でホームの屋根のある所まで移動する。
出口へと向かう階段の前にはエレベーターがあって、隣に座っていた大阪駅からずっと一緒だったイケイケ姉ちゃんが待っている所だった。
自分はその横を通って階段を上がっていったのだが、昨年は工事中だった駅の構内が以前とまったく違っていてビックリ、正直初めて訪れた一昨年と比べるとかなりきれいでオシャレになっていた。
それから切符を駅員に渡して改札を通り過ぎると、すぐ目の前にあるトイレに立ち寄ってから構内を撮影を軽くしていたのだが、そこへ母から電話がかかってくる。
どうやら仕事先の会社に源泉徴収票の発行をお願いしておいたのが到着したらしく、速達だったのでわざわざ電話をかけてくれたらしかった。
それにいは大丈夫だと答えて電話を終えると、由良駅へ向かう電車の時刻表をメモする。12時53分、14時31分、16時6分、17時15分、18時14分とあったのだが、今回は少し倉吉で時間つぶして15時にホテルにチェックインし、それから由良に向かうので16時6分発が濃厚だった。
改札を出た所を左に曲がった所は壁がガラス張りになっていて休憩用の長椅子が置いてあったのだが、かなり駅の構図が変わっていたので一瞬戸惑う。
しかしとりあえずその長椅子の前を通り左奥へ進むとすぐにエスカレーターがあったのでそこを降りていく。
すると出口を出た所はターミナルのような大きな広場になっていて、自分の宿泊するホテルや東宝ストアといった馴染みの店のあり出入口の所には南口と書かれていた。
ちなみにエスカレーターのすぐ前には観光交流サポートセンターというテナントが入っていて、ちょっとしたお店と図書館ぽいスペースになっていた。
またエスカレーターの途中には、コナンの里で自動車運転免許が取得できることをPRした倉吉自動車学校のポスターも貼られていたりした。
他にも創業明治13年で鳥取県倉吉名物だという打吹公園だんごを販売している石谷精華堂のポスターがあって、花咲かじいさんが枯れ木に花を咲かしているような写真だったのだが、その服装がどこをどう見ても先の副将軍としてあまりにも有名なあの水戸のご老公にしか見えなかったことも付け加えておく。
そのまま南口から駅を出るといままでいた倉吉駅全体を見渡すことができたのだが、建物はウッド調でガラス張り、更にトイレにはウォシュレットもあって2年前よりかなりパワーアップしていりう印象だった。
そしてさっそく昨年もらった倉吉周辺マップを手に、歩いて過去2回ではまったく行かなかった倉吉駅から南へ続く通りをずっと南下していくことにする。
まず駅前の東宝ストアは前年と変わらず健在で、更に昨年昼に焼肉ランチを食べた太平門の隣にはOPENしたてのラーメン屋があるのが目を引いた。
ちなみに雨はその頃ほぼ止んでいて、問題なく倉吉ショッピングセンターへと向かうことができる。このショッピングセンターは3年目にして初めてで、結構大きいが複合ショッピングモールというよりは完全なスーパーなので中を素通りして別口から外に出る。
それから駐車場をうろつくと倉吉シティホテルが見え、その横を通って大通りに戻った。
更に南へ行くとカメラ好きなら誰でも知っているであろうカメラのキタムラなどが軒を連ね、倉吉プラザホールというボウリングと焼肉レストランの入ったテナントの所に出る。
最初はそこの焼肉屋で昼を食べようと思っていたのだが、外にはメニューがなく入口までも駐車場挟んで距離があり入りづらかったので諦め、そこで大通りを北に引き返すことにする。
ちなみに一番南のポイントにはすき家などもあり、他にも鳥取銀行やドラッグストアとかフィリピンパブのような飲み屋とかスポーツプラザなどもあって大きな駅の繁華街然としていて、駅の南側は意外と賑やかなことが分かったのだった。
それから再び倉吉ショッピングセンターの方へ戻ると、先ほども見たパープルタウンという建物の前へ来る。
映画とか娯楽施設が集まっている建物でマクドナルドや餃子の王将などもあり、最初王将で昼を食べようかなとも思ったのだが、入口前にいかにも堅気ではなさそうな男がいるのが遠目からでも分かったので関わり合いになりたくないため別の店を探すことにする。
そのまま再び大通りに戻り、ケンタッキーとソフトバンクの横を通って、更にゲオの横を通り倉吉駅のある北へと戻っていくと、通りを隔てた反対のラーメン屋に入っていく3人組の姿が目を引く。
それを見て自分も入ることにしたのだが、店は東麺房という名前の外装は赤くていかにも中華・ラーメン屋という感じだった。時刻は13時20分ぐらいになっていた。
もっともいざ店に入ってみると、いかつい店主でも現れるのかと思いきや、30から40歳ぐらいの女性が二人で店を切り盛りしていたので少し意外に感じた。
ちなみに入口は正面と左側にあったのだが、入る時は正面から入店し、出る時は左側から出た。
正面口から店に入ると左奥に券売機が見えたので、そちらに進んで券を買うことに。店内には先ほどの3人組以外は人はいなかった。
メニューは正直いろいろとあったのだが、パッと見で種類が多すぎて何が何だか全然意味が分からなかった。
1000円で結構量の多いランチがあったのでそれを頼もうかとも一瞬思ったのだが、ラーメン一杯にご飯がついてくると書いてあったので800円のこってり醤油を注文することに。
それから席に着こうとすると左奥のカウンターにもう水とおしぼり用意してくれており、店員に促されてそちらに座る。
そしてまず3人組の注文を作っていたようだが、話声から3人が中国人とすぐに分かる。
荷物から明らかに旅行と分かったのだが、倉吉にまで中国人が来ているのにはちょっとビックリだった。
それと中国の言葉が分からないせいか話が客と店員のおばちゃんとの間で上手く噛み合っていないようで、店員のおばちゃんが少しイラついていたようにも思えた。
ほどなくラーメンが運ばれてきたが、あれっという感じでラーメンしか出てこなかった。
少し経って店に貼られているメニューをいろいろとよく見てみると、ラーメンにご飯がつくのは平日だけで土日はつかないらしい。
しかもラーメンもじっくり見てみると580円のとか安いのも結構あって、正直800円のラーメンとどこがどう違うのか分からないぐらいだった。
メニューがいろいろとありすぎて分かりにくい典型のような感じで、ランチを食べたかったのだがそれも結局よく分からなかったし、何か妙に損した気分にさせられる。
それでもラーメン自体はなかなか美味しくて、こってり醤油というだけに確かにこってりしていたが普通のと食べ比べてみないと何ともいえないレベルだ。
それに天下一品のこってりをテレビなどでも見ていて知っているだけに、それに比べるとあっさりな気もした。ただラーメン一杯だけで800円というのは評価が分かれる所だろう。
ただ中国人たちが食事を終えて出ていった頃には2人の店員のうち一人は休憩にでもいったのか店内から姿が見えなくなり、ラーメンを作っていたおばちゃんだけになったのだが、そのおばちゃんが自分に話しかけてきて、割引券を渡してくれる。
スタンプカードはずっと有効ということで旅行者の自分でも来年以降役に立つかもしれないが、それはそれで置いておいてその親切心のおかげで少しは気持ちも和らいで店を後にすることができた。
昼食を終えて店を出るとちょうど雨が結構な本降りになっていたのだが、バッグの中にあった傘をすぐに出せなかったので慌てて走ってビルの軒下に移動しそこでしばらく雨宿りしつつ傘を出す。
それから倉吉駅の方に戻るが、まだ時間は13時50分とホテルのチェックインまで1時間以上あった。
その時ちょうどau倉吉駅店が見えたので、そこで充電用のバッテリーがあれば買っておこうと思い店に入る。
残念ながらバッテリーは在庫置いてないらしかったが、充電だけでもしてもらうことにして携帯を預けて右奥のソファに座り日記をまとめたりして時間を潰していた。
結局30分ぐらいそこで充電したので、携帯のバッテリーには相当余裕ができたのは良かった。ちなみに最初と若い女性スタッフが応対してくれたが、対応はまあ可もなく不可もなく普通という感じだった。
14時20分にauの店の外に出ると倉吉駅に一度戻りトイレで用を足し、それからエレベータ横のガラス張りになっているベンチに座って日記をまとめて少し時間を潰す。
ちなみにこのベンチにはクッションも置いてあるので、倉吉駅周辺で時間を潰すにはここが最適な場所なのかもしれない。
ただこの移動の最中に通路にポスターが貼ってあるのが目に留まったのだが、その内容が往復割引きっぷが京都から倉吉まで15000円で行けるというもので、3000円以上お得に行けるということを初めて知りちょっとショックだった。来年からは必ずそれを使いたいと思う。
14時35分になると東宝ストアに向かい買い物をする。まず惣菜や弁当の置いてあるコーナーへ向かうが、何にしようかと迷っているとスーツ姿の若い女性が自分が取ろうと思って狙っていたマーボー丼を持っていってしまい苦笑い。
他にも結局買わなかったがカフェのまるごとバナナというのも目についたのと、スイカもチェックしたのだが自分が毎年買っていた大栄すいかがなくなっていたのが印象に残っている。
スイカは別のしかなかったので、明日ここで買っていくことも難しくなってしまったのは非常に残念だった。
そんな感じでいろいろとあったが、その日の晩御飯と明日の朝ご飯のうどんとそばとかビールなども無事に買うことができ店を後にする。
東宝ストアを出るとまたかなりの雨になっていて、15時までまだ10分ぐらいあったので倉吉駅のタクシー乗り場前で待つことにする。この頃再び友人にメールをし16時18分に返事が返ってきた。
そして15時3分ぐらい前になると荷物を持ってホテルの方へ向かい、外観写真を軽く撮ってから中へと入っていく。
ちょうど15時ぐらいにチェックインとなったのだが、受付には去年のおっちゃんとは違う感じの良さそうな若い女性スタッフが立っていた。
ホテルのいろいろな説明についてはホテルを利用するのが3度目ということもあってすべて省略となり、料金だけ現金で払って鍵とインターネットのケーブルを受け取りさっそく2階へと向かう。
206号室で確か昨年酔っ払いが倒れていた部屋のような気もしたのだが、まあそれも懐かしい思い出だった。
部屋に着くとまず内部をできる限り撮影し、それから荷物整理と携帯・PCの充電を済ませる。
ただ昨年はあった冷蔵庫がなぜか今年の部屋はなかったので、せっかく買った食料や飲み物を冷蔵できないのが残念だった。
知っていたらスーパーで買って帰らなかったからだった。
それからTVをつけてチャンネルを確認すると、アナログにもチャンネルがまだ残っておりなぜか東京ドームの野球中継がやっていた。
ドラゴンズはチェンが登板で暴投で1点先制された所で時刻は15時40分となり、16時6分の電車の出発時刻が近づいてきていたので荷物を整えて部屋を出る。
受付の前を通ると丁寧に挨拶され、恐縮しつつホテルを出るとすぐに倉吉駅へと向かう。
倉吉駅に着くと切符売り場で由良駅までの切符を買い、それから倉吉駅の時刻表で帰りの電車の大体の到着時刻もチェックする。
するとすんなり倉吉に戻ってくるにはどうやら20時34分が限度、由良駅は2つ前の駅なので20時20分ぐらいには駅に着いていないと厳しそうだった。
青山剛昌ふるさと館では夜にイベントがあるのは事前に調べて知っていたのだが、それを全て見届けるのは不可能であろうと思いつつ、トイレに寄ってから改札を通り1番ホームへ向かう。
それから奥の電車の4人席ではなく横がけの椅子に座って待つことにしたのだが、日記をつけているとあっという間に出発時刻となる。
そして1つ目の下北条で電車の通過待ちで少し待たされたものの問題なく由良駅に到着した。途中友人からメールが来ていて読む。
由良駅に到着するとちょうど電車に乗ろうとする高校生男女の4人組がいていかにもチンピラ風だったが、それ以外は今回は学生の数も少なくて昨年ほどはストレスは感じなかった。
改札を出るとまず由良駅から倉吉に戻る正式な時刻表をチェックする。すると20時18分の次が21時43分なので、夜のイベントは最後まで見られないと確信。残念だが仕方なかった。
その後駅周辺を撮影しそれから駅出て左にあるコナンの像の写真をまずゲットするとコナン通りへ向けて北へと進んでいくが、さすがに3度目ともなると迷うことはまったくなかった。
その後は北栄町図書館入口横の新一像をゲットし、原作コミックスの23巻から順番に表紙の石碑も撮影していくが、昨年までに石碑のアップの写真は撮影しているので今回は少々遠目から景色と一体化した構図で石碑を撮影することに。
ところが撮影を開始はじめて早々のことだった。角に大きなスーパーのある由良駅前の交差点まで来た所で、この日は由良に向かう時間が過去2年とくらべてかなり遅かったこともあり唯一駅の反対側にある大栄小学校を最後に回すと暗くなって撮影ができない可能性があることに気づく。
一方マラソン大会の受付も17時までのためお台場公園にも早くいかないとまずかったが、大会受付は明日の朝もあるし小学校だけを残す方が面倒なのでまず小学校の方へ向かうことにし由良駅へと引き返した。
そして駅前を右に曲がって歩道橋を渡り、坂を上って小学校を目指したのだが、途中は走っていったせいかあっという間に到着。無事に蘭とコナンが一緒に歩く像を撮影できたのだが、由良駅に戻るまでは天気が悪いせいもあってか全く人に会わなかった気がする。
学校前のグラウンドも人がいなかったし、唯一印象に残っているのは昨年も目についたグランド右側の坂道を上がって学校の校舎に向かう道の途中に咲いているアジサイの花だけだった。アジサイは結構立派で雨模様だったせいか生き生きと花を咲かせていた。
時間もなかったのでそれから再び由良駅前に戻ってきてから図書館の横を通って由良駅前交差点を右折し、更に北栄町役場前で左折するとコナン大橋のあるコナン通りに出る。
ただここも後で戻ってくるのでとりあえず撮影は全て自重して、ひたすら走ってお台場公園を目指すことにしたのだった。
その甲斐あってかふるさと館が見えてきた辺りでまだ16時50分ぐらいと時間にも少し余裕が出てきたので、間に合うと確信して少しペースを落として歩いた。
それからふるさと館の横を通り、道の駅裏の5kmのスタート地点の道を通ってお台場公園の芝生が見えた時には正直ホッとした。
まだ締め切りの17時まで5分ぐらい時間があったので、ゆっくり周辺を撮影してから奥のテントへ向かう。過去2回と同じように芝生広場の奥に横一列にズラッと白いテントが並んでいた。
ちなみにまた会場には音楽が流れていたのだが、演歌のような音頭のような女性ヴォーカルだった。たぶん「北栄音頭」と歌っていたのだと思う。
それから受付ハガキを携帯で撮影してからNの番号のテントへ行き、ゼッケンやパンフレット、参加賞のTシャツなどが入った袋を受け取ると無事に受付終了。
受付では車に乗るか聞かれたのだが、乗らないと答えるとハガキを回収したいと言われその通りにしてもらった。
受付を済ますと今度は一転して時間に余裕ができたので、ゆっくり歩きながらまず道の駅前のホームズコナンを撮影し、昨年も見た「密航ダメ」のポスターにまた苦笑いしつつ、ふるさと館へと移動する。
すると若者の一団が探偵団の像の前にいたのでそれがどいてから、探偵団の像とふるさと館の入口、博士の黄色いビートルにすいか長いもマラソンのモニュメントなどを次々に撮影する。
ちなみに入口にはこの日開催される「バルーンアート&シャンソンの夕べ」の告知と、和紙あかりの灯篭のようなものが入口前にあって何だか京都の花灯路みたいだった。
それからふるさと館前の原作1巻から順番に由良駅前まで石碑を順番に撮影して駅まで戻る。途中には色とりどりの花がきれいに咲いていて、それもついでに撮影した。
そして8巻から10巻の間あたりに差し掛かった所で明日のマラソンに出場すると思われるおばちゃんから声をかけられる。
ここがコナン通りなのかと聞かれるとそうだと答え、更にここはマラソンでは確か走らないよねなどと気軽に話しかけてくれたのだが、実は3度目なのにマラソンのコースは詳しく分からなかったので答えに窮する。
ただそれは自分も疑問に思っていたことだったし、スイカ畑の向こうの方を走ると言われ自分も大体はそんなイメージを持っていたので多分そうだと思うと答えたりしたのだが、会話はかみ合わなかったかもしれない。
それからどんどんと先に進んでいきおばちゃんはそのうち姿が見えなくなったのだが、しばし楽しく話せたのは良かった。
ちなみに今思うとおそらくすいか長いもマラソンの方が今回で24回目と歴史が長く、コナン通りができる前から存在していたから第1回のコース設定をする時に考える余地もなかったからなのだと思う。
その後駐車場の横にあるドアと新一の像と、更に最近になって駐車場の中に新しく作られた事を前もってニュースで知っていた蘭と新一が並んで登校する像も撮影することができ、それからクライマックスのコナン大橋の撮影にとりかかる。
このあたりではまだ観光客も結構いて親子連れとかカップルとか女子二人組とかがコナンの像を熱心に撮影していた。
自分も順に橋の四隅の像や街頭のコナンをカメラに収めると、お待ちかねのコナン大橋の下へと移動する。
コナン大橋の下に下りると、昨年以上に川が結構汚れていてスプレー缶とかゴミが浮いていた。何か年々汚くなっている気もするのはちょっと残念だ。
それと昨年はちょうどこのあたりに来た時に参議院選挙直前ということもあり、自民党の石破政調会長が選挙カーから応援演説をしていたのを思い出したりもしていた。
その後動画も撮ってから北栄町役場を撮影し、右折して原作コミックス表紙の像を残り全部平らげて、朝倉書店とスーパーの横を通って由良駅前の交差点まで戻ってくる。
そして図書館の横辺りの店の前でペットボトルの水を飲んで一息ついてから、そこで次どうしようか迷ったのだが、とりあえずいったん由良駅へと戻ることにした。
その頃時刻は17時40分ぐらいで、三たび友人にメールをする。それから時刻表の17時台をチェックするとちょうど17時56分発の電車があってそれに乗って倉吉駅に引き返すことはできないことはなかった。
ただ駅構内のベンチでまた柄の悪い連中がたむろしていたのもあり、また今回しかないイベントだし、どこかで座って日記をまとめていればすぐに19時ぐらいにはなるであろうということで再び歩いてふるさと館を目指すことにする。
この点ただコナン通りを戻っていくのも芸がないと思ったので、由良駅前の交差点と役場の途中あたりで左に折れて民家の間を通って北を目指したのだが、すぐに迷いそうになったので修正して右に曲がっていくと結局コナン大橋のそばに出たのだった。
その道の途中の道端や民家の軒先にもコナン通り同様にきれいな花がたくさん咲いていたのが印象に残っている。
一方コナン通りは時刻も遅くなっていたせいかもうほとんど人通りがなく、また空もどんよりと曇っていたこともあって何だか物寂しい雰囲気だった。
ほどなくふるさと館に到着するが、すると入口前には和紙の灯篭や風船が先ほどより多く飾られていて、受付のテーブルも出ていた。
自分も黄色いシャツを着たスタッフが若い女性客に写真のサービスをしようとしている横を通り、まだ時間があるので道の駅の方へ行ってみることにする。
道の駅に着くと建物はまだ開いていて、中に入るとクーラーが効いていて涼しかった。
それから室内に置いてあったパンフをもらってトイレにも寄ってから、中のベンチに座って日記の続きを書く。
ただ道の駅というのはいつまで開いているかこの時は知らなかったので、いつ閉まるか分からないのが気にしつつ外が若干でも見えるように入口を入って右のベンチに移動して日記の続きを書いた。
18時52分に無事ここまでの日記を仕上げることができ、もう一度トイレに寄ってからふるさと館へと移動する。
ただ19時44分の電車には乗って帰りたかったのであまり時間はなく少しのぞく程度で考えていたのだが、ふるさと館へ向かってみるとどうやら館の中に入らないといけないようだった。
そのため催しの途中で出にくくなることから、参加自体を結局断念することにせざるを得なかった。
結局そのまま由良駅に戻ることとなったのだが、19時44分の電車の前に19時9分の電車があることに日記を見て気づき、まだ15分ぐらいあったので何とか間に合わせようと急いで走って由良駅に戻ることになる。
この日2度目の走りとなったが、ずっと走り続けてやっと19時5分ぐらいには無事到着することができた。
そして駅入って左の券売機で切符を買い、その時間は無人駅なので改札をそのまま通ったまでは良かったのだが、倉吉行きの電車が何番ホームに来るのかが分からない。
向こうの方に電車が停まっていてそちらにも思えたのだが、入ってすぐの1番から以前乗った気もするし、とにかく訳が分からないので1番ホームのベンチの所で数人待っていた高校生の一人に倉吉行きはこのホームでいいのかと訊ねる。
すると音楽でも聴いていたのかイヤホンを外してくれ、それから改めて質問し向こうに停まっている電車がそうということで教えてくれたので、慌てて階段を登って高架を渡り反対側のホームへと移動したのだった。
階段を降りて反対ホームへ出るとまだ赤い電車は停車したままだったが、扉は全部閉まっていたので開閉ボタンを押す。
ところが押しても一向に開かないので、仕方なく奥の方で扉開いている所がないかと探すが、すると学生が一人現れて奥の列車の開閉ボタンを押すと開いたので便乗して無事乗り込むことができたのだった。
どうやらランプのついている扉だけが開くようになっているらしい。車内に入ると一応念のために運転士に倉吉行きはこちらでいいのかと確認するが問題はなかったが、それでようやくホッと一息つくことができた。
それから席に座ってちょっと休憩したかったので手前の車両に移動しようとしたのだが、すると女子高生グループが2組いて、その間に男性客が座っているスペースがありその反対側がポッカリと空いていたのでそこに座る。
席に落ち着くとその女子高生グループの片方が傘か何かを地べたに置いていて親切に気にせず踏んでいってくださいと言っていたのだが、正直踏んでいける訳がなく心の中で苦笑いしていた。
そんなこんなでやっと列車が出発すると次の下北条駅にはすぐに到着したのだが、またしても列車通過待ちとなり15分ぐらい待たされる。
かなり待った感じがしてようやく赤い列車が反対ホームに来ると列車が再出発したのだが、その間には乗客が出たり入ったりで虫が入ることを気にして女子高生がこまめにドアを閉めたり、あるいは楽しそうにおしゃべりしていたのをずっと横で聞いていた。
結局由良駅から倉吉駅に到着するまでに25分ぐらいかかり、改札で切符を手渡しして外に出るとエスカレーターを降りて倉吉駅前に出る。
そのあたりも女子高生が少し鬱陶しかったが、そのままもう一度東宝ストアに寄って買い物をしていく。
するとその時は弁当・惣菜コーナーでは値引きがあって昼に買った寿司も安くなっていてまたも苦笑いだったが、追加でタコの寿司と梅酒などを買ってからホテルに戻ったのだった。
ホテルに戻ると先ほどの女性スタッフがまた出迎えてくれ軽く挨拶して2階の自分の部屋へ戻る。
そして19時40分ぐらいに部屋に到着し、それから風呂に行き汗を流した。
一人先客がいたので開放的に一人占めという訳にはいなかなったが、サウナに入る隙に湯船に浸かって久しぶりのゲルマニウム温泉を堪能し、しっかり湯に浸かってから部屋に戻る。ちなみにロッカーは一番上の段の右端を使用した。
部屋に戻るとテレビは志村どうぶつ園でDAIGOが金沢城リレーマラソン大会に緊急参戦したりする場面とか、世界一受けたい授業などが流れていてそれを見ながら晩御飯を食べる。
たこづくしとサラダにぎり寿司の寿司セットを2つとトマトサラダに本格辛口生2本、それにデザートにバナナ牛乳寒天を頂いた。
21時からは『渡部陽一が撮った!これが世界の「戦場」だ突撃!サムライジャーナリスト』という2時間番組を見て中国山塞のニセ携帯電話の話に強烈なインパクトを受ける。
そして22時ぐらいには友人に電話して、それから少し外を散歩してから風呂に入り直し荷物の整理と明日の準備をして歯磨きもし、23時半ぐらいには寝た。
もっとも枕やベッドがどうも馴染めず、なかなか寝付けずに1時半ぐらいまで起きていたと記憶している。
夜はなかなか寝付けず首が少し痛かったりしたのだが、枕2つにしたら楽になった。
しかしその後も何度か起きて結局6時前の5時54分に目覚める。安眠できたとは言い難かった。
それからトイレに行きネットでローソンのATMを検索すると、倉吉駅近くのローソンが大丈夫そうだったのでホッとする。
そして顔洗って髪整えてから朝ご飯に麺々セットを食べるが、そばと天かすがトッピングされたそうめんで、他にバナナ1本と持参してきた牛乳の500mlペットボトルもここでようやく飲むことができた。
冷蔵庫ないので朝まで大丈夫か心配だったが、何とか問題なく食べることができた。
それからヒゲを剃り若干現金が不足気味だったので6時55分にローソン倉吉上井店のATMに歩いて向かい現金を下ろす。
7時10分ぐらいにはホテルに戻って部屋の整理をし、アンケートに答えてから7時35分ぐらいにチェックアウトした。
チェックアウト直前には前日は人がいて撮影できなかったゲルマニウム温泉の浴場が朝早くで誰もおらず鍵もかかっていなかったので記念撮影していった。
それにしてもチェックアウトする時はやはり何回来ても一抹の寂しさがあるものだ。来年は友人か弟か誰かと一緒に来たいと思っているが、仮に一人旅になるようならまたここに泊りたいと考えている。
チェックアウトを済ませると荷物を全部抱えて倉吉駅に向かい、切符売り場で由良駅までの切符を買う。
それからトイレに寄って改札を通ったのだが、既に着替えてシューズも履き帽子とゼッケンまで装着していたことから改札のおっちゃんから「マラソン頑張ってきてくれ」と声をかけられ、近くにいた男性の若い駅員からも電車は3番ホームからだと教えてもらい心が温まる。
改札を通りホームに降りると結構人が多く、学生のほかマラソン大会出場者と思われる人も多数いた。
予定どおり7時55分の列車に乗車したが、車内では行列法律相談所のハゲの菊池弁護士に似た人がいたのと鷹の爪団の「音漏れはナシで」のポスターが印象に残っている。
その後下北条で3分ぐらい列車通過待ちしてから由良駅に到着するが、由良駅に下りると改札はすごい人で改札を通る時結構苦労させられた。
由良駅の外に出ると目の前の広場には既にシャトルバスが1台来ていて行列が少しできていた。
ただ人数の関係からそれには乗れずにスルーし少し待っていると、ほどなく次のシャトルバスが到着する。
次のバスは車体はエンジ色で運転手はちょっと強面のおっちゃんだったのだが、運転中には他のドライバーに駅に行ってと命令していたのでシャトルバスの運行のかなりの責任者だと思われた。
そのバスもすぐに満杯になったのだが、自分は最後ギリギリのタイミングで何とか補助席に座れることができたのだった。時刻は8時14分になっていた。
バスが出発ししばらく進むとコナン通りの駐車場付近あたりを中心に少し渋滞ができていたが、問題なく8時22分ぐらいにふるさと館の駐車場前に到着しバスを降りる。
ちなみに今回車内ではコナン通りを見て興奮する若い女子組がいたのだが、ふるさと館の前に到着してからも引き続き大興奮していた。
どうやら当日大会会場にやって来たようでたぶん初めて由良を訪れたのだと想像されるが、大のコナンファンなら気持ちはよく分かる気がする。
ふるさと館に着いてバスを降りるとそのまま歩いてお台場公園の芝生広場を目指すが、途中会場のアナウンスが流れてこの日は気温が29.9度、湿度63%とかなり暑くなるとのアナウンスがあった。
それ以外には「少し疲れています」というTシャツを着た女子ランナーが自分の少し前を歩いていたのがいやが上にも目についた。
大会会場に到着すると受付は前日済ませ着替えもゼッケンもバッチリ準備できていたため、後は荷物預けて身軽になってから周囲を撮影し、お台場キャンプ場付近の海を見て開会式に参加するというスケジュールだが時間には十分に余裕があった。
そしてこの日は最初は曇り空だったため日焼け止めの出番はないと思い塗らず、ペットボトルの無料引き換えを済ませると、荷物預かり所の少し前の芝生で貴重品やヴァームなど携帯する必要があるものを出してから荷物預かり所へと向かう。
この辺りで確か荷物を預ける時かひょっとしたら受け取った直後だったかもしれないが、法務省の社会を明るくする運動という黄色の羽根のデザインのティッシュとパンフレットを受け取る、やり直せる社会に賛成ですというキャッチには自分も大いに賛成だ。
荷物を預けて83番の札を受け取ると会場周辺をまず撮影する。まだスイカと長いものとろろ汁のコーナーは準備前だが、大会本部付近は開会式もあるためか賑やかに人が動いていた。
更に奥のスイカと長いもの即売をしているテントにも向かうが、今年はなぜか長いも1本売りがなくなっていて2つで少し大きめの箱に入れるものしかなかったので、どうしてなくなってしまったのかと首を傾げる。
まあこれについては後で道の駅の方でちゃんと販売されていることを知るのだが、この時点では正直ちょっとショックだった。
それからお台場公園の方へ移動し、園内を通路に沿って横切り海の見えるキャンプ場の方へ向かう。
その途中では昨年と同じようにランナーたちが熱心にスタート前のアップをしている姿も見られた。
そしてトンネルをくぐって海側に出て駐車場の横を通ってキャンプ施設の中を抜けていくとほどなく海が見えてきたのだが、昨年同様に今年も晴れではなく曇り空で何だかもの寂しげな海に見えてしまったのがちょっと残念だった。
それでも雰囲気のあるいい眺めが広がっていたし、写真は波が引いたり押し寄せたりしているのを撮影したり、また動画も少しだけ撮影することができた。
それから会場の方から聞こえるアナウンスで開会式が間もなくはじまりそうだったので、急いで芝生公園の方へ戻る。
ちなみにお台場公園にはふるさと館のスケボー体験コーナーで出てきた映像によると砲台もあるらしいのだが、後から知ったことだったのでこの時点ではチェックが行き届かず見つけることはできなかった。
それ以外では戻る途中に公園の通路に大きく立派なあじさいの花が咲いていたのと、上空にアドバルーンが浮いていてそれがもっとも大きく見える位置だったので撮影したことを特記しておく。
アドバルーンはもちろんマラソン大会のもので文字もちゃんと確認できた。
芝生広場に戻ってくるとまず確か実行委員会の委員長と思われる年配の男性が挨拶をはじめる。
最初ににこの年の3月11日に発生した東日本大震災の被災者に対し黙祷を捧げてからいろいろと話しはじめたのだが、演説をしているそばには過去の大会でも姿の見られた大栄西瓜のマスコットキャラクターの夏味ちゃんもいた。
続けて北栄町長、それから昨日友好提携したばかりだという滋賀県の湖南(こなん)市の市長が挨拶をしたのだが、時間もあまり余裕がなくなってきていたので自分は徐々に後ろに下がってバナナを食べてヴァームゼリーも飲む。ゴミはスイカ食べ放題のテントと公衆トイレの間あたりにあったゴミ箱に入れた。
それから大会実行にあたっての注意、選手宣誓と続くが、その辺りで芝生広場を後にして再びお台場公園へと向かう。途中自分は既に済ませていたのだがトイレはかなり並んでいた。
そしてトイレの横にあった緑色のホースのついた水道の蛇口を使ってアイスパッドを濡らし、体や帽子にも水をかけ、ヴァームのペットボトルもそこで全部飲み干してすぐ横のくず入れに入れると、用意万端となり10キロの部のスタート地点へと移動を開始したのだった。
スタート地点へ到着するともうランナーはかなり並んでいた。まず正面からランナーたちを撮影すると自分も並ぼうとするが、行列はずっと続いていて前から30mか50mぐらいの所の道の道端あたりでようやく陣取ることができる。
そしてしばらく待っているとさらに人の数はどんどんと増えて右側の歩道も埋め尽くすぐらいになっていた。
待っている間に印象に残ったことといえば、すぐ右に61歳だというおっちゃんともう一人おっちゃんがいて話すのが聞こえてきたことだった。
ここ最近熊本のウルトラマラソンに出たりしていたらしくただ足切りされてしまった、でも今度はトライアスロンにも出るということで元気いいなあと感心させられたのをよく覚えている。
そうこうしていると結構あっという間にスタートの時間が近づいてきたのだが、なぜか場内アナウンスらしきものが全然なく、いきなりピストルの音が鳴ってスタートとなり、ランナーたちはええっという感じで苦笑していた。
スタートからしばらくは大変な混雑で、1キロ地点の表示も見つからないのではと不安になるぐらいだった。
ネットタイムは18秒ぐらいで、まずは自分のペースを確立しようと少しゆったり目に入る。
しばらくするといきなり給水所が来るが、さすがにまだ走り始めたばかりなのでそこは取らずにスルーする。
もっともこの日は曇りがちなものの蒸し暑くマラソンを走るには非常に過酷な一日となったことから、以降2度目の給水からは全てのポイントで給水を取ったと記憶している。
最初の1キロ地点の表示については無事発見することができ、タイムチェックすると5分18秒ぐらいとまさしく1キロ5分ペースだったのでいい滑り出しだった。
しかしこの日の暑さでは1キロ5分ペースは無謀だったのかその後一度もタイムを盛り返せず、2キロ地点で1キロ5分15秒ぐらいかかると、坂も結構下って登ってというのが2度ほどあったこともあり大きくペースが乱れた。
それでも4キロ地点ぐらいまでは必死で走っていたと記憶している。
まず2キロ地点の手前あたりでは白い樽のようなものを積み上げて作られた「ようこそ北栄町すいか長芋マラソン」というメッセージがランナーの目に飛び込んでくるのだが、やはりこういう地元の方の手作りの応援メッセージというのは何度見ても嬉しいものだ。
その後長い直線の真ん中あたりで2度目の給水所を迎えここではしっかり給水したと記憶している。前述の通りこの日は終日曇りだったが湿気のせいかとにかく蒸し暑くて昨年の雨や一昨年のカラッとした晴天の方がまだよかったかもしれないという気候だった。
そして2度目の給水が終わると少し進んで右に曲がり、そこからこの大会名物の結構勾配の強い坂を向かえる。
後から見てみるとJR山陰本線の線路をカタカナのコの字に横断しているらしくコの真ん中では実は線路の上を通っているようだった。
感じとしては下っていったん線路と同じぐらいの高さになり、そこからジェットコースターのように登って元の高さまで戻ってから直角に左折して線路の上を通り、再び直角に左折して坂を再び線路の高さまで下ってからジェットコースターのように坂を元の高さまで上がるという感じだ。
そして最初の登りの途中に3度目の給水があり、その直後に3キロ地点の表示があるはずなのだが上手く撮影ができずに後でチェックしてみるとアスファルトが写っているだけになっていた。
その時刻は15分42秒なので、1キロ5分10秒ぐらいでまだこのあたりはまずまずの走りだったようだ。
その後きつい坂を登り切り、90度に左折してJRの線路の上を通って再び90度に左折して坂を下って登る。
そしてこの2度の上り下りで結構なダメージがきたようで、このあたりからペースが徐々に鈍っていく。
ちなみにこの坂の終わりぐらいに早くも先頭のランナーが先の折り返しをあっという間に折り返して戻ってきて、自分たちとすれ違った。
19分16秒ぐらいのことで、それから1分ほど坂を登ると直角に右に曲がって折り返し地点を目指してまっすぐ進むのだが、その坂を登り切って右折する直前のあたりで4キロ地点の表示を迎える。
21分24秒ぐらいで、上り下りのきついアップダウンばかりだったとはいえ1キロ5分40秒以上かかってしまっていた。
その後折り返し地点までまっすぐ直線が続き、折り返してからまた同じ距離をまっすぐ戻るのだが、折り返しまで時間にしたら3~4分ぐらいなのだがこれが短いようで長くなかなかポイントが見えてこないので意外とキツかった。
そしてようやくという感じで折り返しの直前でまず4度目の給水所を迎え、それから折り返し地点の赤いコーンが見えてそこを180度曲がって元来た道を今度は逆に進んでいく。
ちなみにこの大会はスタート地点と大会会場のゴールゲートが別のため、両者の距離の差分があるので折り返し地点=5キロ地点ではない。
そのため折り返しをしてから少し進んだ所に5キロ地点があることを、実は今回3度目にして後から知った。
折り返しのタイムが26分38秒で、5キロ地点の通過が27分28秒と1キロ6分4秒と6分を超えるペースになってしまっていた。
それから地図と写真から判断するに先ほどのコの字の上り下りに入って最初のアップダウンを上り切る少し前あたりで6キロの表示を迎えているはずでタイムは33分20秒で1キロが5分52秒。
若干ペースが上がったものの10キロ走にしてはとてもいいタイムとはいえない走りで後半戦を迎えていく。
そして90度右折してコの字の最後のアップダウンに入り、1分ほど走って坂を下り切ったあたりに折り返し以来の5度目の給水所を迎えた。
更に2分ほど走るとようやく7キロ地点の表示を迎えるが、はっきりどこだったか覚えていなくておそらくコの字のアップダウンを終える前後ぐらいではないかと想像される。
タイムは39分58秒で、ここもアップダウンだらけとはいえ6分38秒もかかってしまっていた。
それからしばらくはまたまっすぐの道が続くが、もう本当にバテてしまっていて後続のランナーたちに当然のようにどんどんと追い抜かれていくのでそれが精神的にも堪えるのに拍車をかけた。
直線が終わるあたりではスプリンクラーを使ったシャワーなどもあって普段なら気持ちよくて元気がでる所だが、疲れ切った体にはあまり効果がなかったかもしれない。
そしてようやく8キロの表示を迎えると、タイムは46分06秒で1キロのペースが6分4秒と少し戻す。
直後に6度目の給水があって一息ついてから残り2キロを気持ちを切り替えて走ることになる。
その後長い直線を終えて右折すると、あとはまっすぐ進んで由良川にかかる橋を渡りお台場公園の横を通って大会会場のゴールゲートを目指すだけだが、まず5分ほど頑張って走ると最後の給水所を迎え、それから少し走ると由良川にかかる橋へと到達する。
橋に差し掛かったのが52分44秒ぐらいで、この手前で9キロ地点を迎えているはずなのだがかなり疲れていたせいか9キロ地点の表示は見落としてしまったようで記録に残っていなかった。
そして最後の直線でも女子ランナーなどにも何人か抜かれたりしてやはり気分がいいはずもなかったのだが、自分の走りにできる限り集中しとにかく粘りの走りでゴールへと向かっていく。
ほどなく1時間ほど前にスタートした横断幕のゲートのある場所を通ると少し気分的にも楽になるが、暑さで気分を悪くしたランナーでもいるのか救急車が止まっていてこのレースの過酷さを物語っているようだった。
最後の芝生広場の南側に沿った道のあたりや角を曲がって広場の入口あたりにはたくさんの人が立っていて一生懸命応援してくれていた。
その中を懸命に前へ前へと進んでいき、ついにすいか長いもマラソンのスイカ色のゲートをくぐってゴールを果たしたのだった。
完走タイムは57分35秒と過去2度と比べてもかなり悪い成績になってしまって残念だが仕方がない。ちなみにストップウオッチはちゃんとスタート時には起動させたのだが、ゴールでは止め忘れたようで記念写真見るとタイムが1時間を超えていた。
無事完走を果たすとゴール前を記念に一枚撮影してからシューズにつけていたランナーズチップを外して返却する。
それから結構疲労が溜まっていたので2、3分息を整えてから、10時41分ぐらいにさっそくゴール後の名物のスイカを食べるためにテントの方に向かうが、黒山の人だかりという感じでものすごい人が集まっていた。
それでももう3度目ともなると手馴れたもので、手際よく周辺の撮影をしてスイカをまずは1切れ頂き、むしゃぶりつくように食べた。
過去2度ももちろん美味しく感じたはずだが、改めてレース直後に食べるスイカは最高だと思った。
あっという間に平らげると皮を捨てるコンテナに放り込む前に食後の写真を撮影し忘れていたことを思い出し、撮影してから皮を捨てすぐにおかわりで2切れ目をもらいに行く。2切れ目を食べようと記念撮影した時はまだ10時45分ぐらいだった。
余程喉も渇いていたのか2切れ目もあっという間に食べ終わり、10時48分には次のとろろ汁の所に向かっていた。
こちらもものすごい人が集まっていたが、何とか白い器と箸を受け取ると手が塞がって苦労するが記念撮影を済ませてから確か芝生に座り込んで食べたと記憶している。
こちらもあっという間という感じで平らげてしまい、それから10時51分ぐらいには昨年もそばの無料配布のあった所にも並ぶが、残念ながらあと5人ぐらいで売り切れとなってしまった。
それで仕方なくという訳ではないが、再びとろろ汁のテントの方へと戻り2杯目をもらって食べたのだが、暑い時に温かいものを食べる訳だがすごく美味しくつるっと2杯目も平らげてしまった。
食べ終わると箸はゴミ入れに入れたが器はこれまで同様に記念に持ち帰ることにしたのだが、確か少し後に公衆トイレの所で洗うまでしばらく手で持って移動しなくてはいけなかったので大変だった。
結局今回はスイカ2切れととろろ汁2杯の食べ放題を楽しんだ。
その後時刻は10時57分ぐらいになっていて、お腹も落ち着いたので会場とゴールゲートの所にあった時計を撮影していなかったので撮影してから、完走証発行所に向かい完走証を受け取る。
昨年だったか一昨年だったか、完走証が少し折れてしまい悲しい思いをしたので今回は慎重に取り扱った。
それから11時ちょうどに荷物置き場に向かい、83番の黄色い番号札を渡して荷物を回収する。
11時3分ぐらいには男子更衣室で着替えるが、確か入って一番左奥の角で着替えたと記憶している。
疲れもあってぐったり座りながら着替えたので結構時間がかかり、更衣室を出たのは11時19分ぐらい、そして着替えが終わり外に出ると更衣室の裏の所にシャワーがあり気持ち良さそうにランナーたちが汗を流していて羨ましいと思いつつも自分はやめておいた。とろろ汁の器をここで洗いたかったがそれもやめておく。
それからちょうど表彰式がはじまった所だったので、大会本部前あたりに移動して表彰式の模様を1枚撮影する。その後11時23分ぐらいに友人に完走を報告するメールを送り、12時10分に返事が返ってきた。
ちなみに実は携帯電話のバッテリーが3月の京都ロードレース以降予備のが行方不明になって今回の遠征前にも結局見つけることができず今回は1つだけだったため、このあたりからは非常に慎重に選んで撮影しないといけなかった。
それがちょっと残念といえば残念だったのだが、その後も最後までバッテリーは持ってくれて最低限のものは撮れたと思う。
表彰式は全部見る時間がなかったので途中で切り上げ、スタートライン近くの公衆トイレに移動して用を足しつつとろろ汁の器を洗うが、トイレの中は結構水浸しで服やバッグを汚さないように注意しながら作業した。
そしてこの後ふるさと館にも行きつつ帰りの電車の時刻まであまり時間もないので、残る作業のスイカと長いもを買っていくことにして芝生広場入口入ってすぐ右のテントに向かったのだった。時刻は11時29分になっていた。
しかしスイカと長いものテントに向かい昨年一昨年同様に買おうとすると、今年はなぜかここのは贈答専用だと言われて道の駅の方に見えるピンクののぼりのあたりへ行ってくれと言われる。
そこで芝生広場をもう一度しっかり撮影して、ゴールゲートと自分も入れた記念写真などを撮影してから道の駅の方へ移動する。
入口の所には「北栄町農産物直販センター お台場いちば」という看板が出ていて、結構な人だかりができて皆一生懸命品定めをしていた。時刻は11時32分になっていた。
そちらではスイカも長いももたくさん売られているようだったが、店の中に入ると長いもの「ねばりっこ」というのがあと4本ぐらいしか残っていなかった。
しかも少し店内をうろうろしているとあっという間に残り2本となったので、慌てて1本買うことに。
もっとも昨年までのとはちょっと違う気がしたし値段も若干高い感じだったが、買えないよりはましという判断だった。
ただスイカについてはずっしり重く荷物になるし数もふんだんにあったので、ふるさと館に行ってから帰りに買って買えることにしてその場を後にする。
11時43分にふるさと館に入ると、荷物を預けて中級のマスター認定証を渡して入館手続きをしてもらい料金600円も支払い入館手続きを完了する。
それから上級問題の用紙を受け取りさっそく館内を回り始めるが、上級問題は中級や初級の問題に比べると意外に難しく大苦戦することとなる。
最初の方は青山先生の動画きちんとチェックしないと分からない問題だし、あともどこを見たらいいかすぐに分かる問題ではないので非常に時間がかかった。
この点13時33分少し前には絶対由良駅に着いていないと帰りの14時25分発スーパーはくとに間に合わないのだが、予想以上に時間がかかりそうで焦る。
そんな中、結構上級にチャレンジしている人は多くてカンニングしたい気持ちを押さえつつ、動画も確認のため2回3回と見て、スケボーのも念のために2度確認してと苦労しながら何とか一つ一つつぶしていく。
すると最後の一問が残ったのだが、これがまた由良育英高校だったかの校内新聞の第何号かの発行日はいつかという極めて難しい問題だったので少し気持ちが切れかかる。
ただ絶対に順路の最後の方だという確信はあったので、記帳コーナーから演奏のあるあたりまで一つ一つ丁寧に見ていくとようやくで発見することができた。
今回はスケジュールの都合上帰りの電車の時刻もあって焦らざるを得なかったのだが、ただ落ち着いてゆっくり見て回れさえすれば上級問題も間違いなくクリアできると思う。
最後にスタンプラリーのスタンプを4つ集めて人気投票はもちろん毛利小五郎に1票入れて記帳ノートのある机の上で記念撮影してから受付に戻ると無事に上級認定証をもらえる。
そしてこの日は経済的にはあまり余裕がなかったので、お土産は買うことはできずにコナン探偵社は入口からざっと眺めただけで、後はトイレに寄ってから12時41分ぐらいにふるさと館の見学を終えた。
それから最後に残されたスイカを買うという予定を済ませるべく、再び道の駅の方へと戻る。
するとたこ焼を売っている売店の前に過去2回買った時にも付いていた大栄すいかのシールのついたスイカと、更には1本でばら売りしている長いもも置いてあり、まさしくどちらも昨年まで買っていたのと同じだったのですぐに両方とも買うことに決めて財布を用意する。
ところが自分の前には年配の5人ぐらいの客が来て長いもを買っていこうとしたのだが、このグループの爺さんの一人が結構偉そうな感じで店員に対し「箱を出せ」とかなり上から目線だったのが嫌な感じだった。ああいうみっともないクレーマーにはなりたくないものだ。
その後自分はその嫌な客が去ると次の客だったので、できるだけ紳士的な振る舞いで長いも1本600円のとスイカを購入する。
するとこれで全ての目的を果たせたので後は由良駅へ戻るだけだったが、シャトルバスももう終わりかけてよく分からなかったし時間もまだあったので歩いてコナン通りを通って由良駅を目指す。
しかしやはりスイカはかなり重く、長いも2本と荷物を合わせるとかなりの重量で、特にスイカを覆う紐が指に食い込むのが一番きつかったが、コナン通りを必死の思いで歩きコナン大橋で少し休憩したりしつつ何とか苦労しつつも無事13時15分ぐらいに由良駅に到着する。
由良駅に到着すると入口入ってすぐ左にある券売機で倉吉駅までの切符を買ってから駅の休憩室で待機する。
隣にひげのおじいさん、前に運動部の女子学生と二人ぐらい子連れの若い夫婦が座っていて、ペットボトルの水など飲みつつ13時30分ぐらいに切符を改札のおっちゃんに見せてホームへ向かう。
時刻表に出発ホームがちゃんと書いてあることをこの待ち時間の間に初めて知り、1番ホームから問題なく13時33分に予定どおり乗り込んで倉吉駅にむけて出発する。
この日は前日のような列車の通過待ちはなく予想より早く倉吉駅に到着した。
駅に着くと階段を上がってガラス窓のそばの木のベンチに荷物置いて、緑の窓口で先にスーパーはくと10号の切符を購入する。
横に黒服のチンピラ風の若者がいて少し嫌な感じだったが、切符買い終わると前日目を付けておいたエスカレータ前の休憩コーナーに向かいそこでカレーを食べることにした。
休憩コーナーは入口を入って左にカウンターがあり、どうやら「こばしま」という名前の店らしかった。
そしてそこでおばちゃんが確か一人で料理を提供していて、反対の右側には椅子がたくさんあっておばちゃんたちが多数休憩をしていた。
ちょうどカウンターでは冷麺か何かを作っていて、自分がカウンター前まで来ると忙しい中で注文を聞いてくれるが、5分ぐらいでカレーならできるということでカウンターすぐ前のテーブルに座って待つことになる。
向かいのテーブルに座っていたおっちゃんもカレーを食べていて、大体予想どおりの時間にカレーが出てきた。
カレーと一緒にらっきょうと福神漬の入れものが出て来て、どちらも好きなように取っていってくれと言われる。
らっきょうはちょっと苦手なので福神漬だけ2杯ぐらいもらい、先に料金400円を払ってさっそく食べ始める。
味はいたってオーソドックスだが、半熟の目玉焼きが乗っているのがグッドだった。
あっという間に平らげてしまい、水が少ないのが少し不満なものの概ね合格点という印象だった。
休憩コーナーを出ると時刻はまだ14時5分ぐらいで多少時間があったので、エスカレータを降りて東宝ストアまで行き本格辛口生を1本だけ買う。
レジに並ぶと奥のレジが空いたのでそちらに移動してレジを打ってもらう。JRでよく通る豪雪地帯の駅と同じ名前のおばちゃんだった。
袋は受け取らずシールだけ貼ってもらい、入口のガラス扉の前に置いていたカバンやスイカを回収して再び倉吉駅のガラス窓横の木のベンチへと戻る。
それから少しそこで待っていたが昨年少し出発少し前にスーパーはくとが来ていたことを思い出し、改札を通ってホームで待つことにする。
14時15分に年配の係員に切符をチェックしてもらって改札を通って2番ホームへ向かう。その階段まで向かう途中の通路でスイカを重そうに運んでいるとかに寿司などの駅弁を販売していたおばちゃん2人が「スイカ重そうだね、気をつけて、落としたら終わりだから」といった感じで声をかけてくれた。
その呼びかけのおかげでしんどい気持ちが少し和らいだのだが、丁寧に返事をしてから慎重さも忘れずに苦労して階段を降りていった。
それから2番ホームの奥の方に向かうとデジャヴというか昨年の帰りもまったく同じ感じだったことを思い出したのだった。そして昨年同様に既に結構人が並んでいた。
14時20分にスーパーはくと10号が到着するとホームへ来る瞬間をカメラに収めてから乗り込み、2号車の一番後ろ右側15CDの席に陣取る。
列車が出る時はやはり寂しい気持ちは否めなかったが、荷物を落ち着かせてからさっそく本格辛口生を飲んだ。
そして14時32分のスーパーはくと乗車後に友人にメールを送り、15時41分に返事が返ってくる。
その後35分ぐらいに切符チェックがあり、14時51分には列車の通過待ちで一度列車が停まった。
それから14時56分の鳥取駅ではたくさん人が乗り込んできて、15時6分に郡家に到着すると15時16分には再び電車の通過待ちがあった。
この点帰りは自由席が先頭ではなく最後部な上に激しく揺れるので日記がほとんど書けず、更に旅とマラソンの疲れもあってウトウト状態だった。
更に15時23分には反対列車が遅れているせいで結構待たされる。それからトイレと手洗いに向かうが、ガスが腹に溜まっていて爆発しそうだった。
15時32分には智頭に到着するが、このあたりで自分の座っていたあたりの床が異常に熱くなっていてバッグが高温になっており、慌ててひざの上に移動させる。
それからすいか長いもマラソンのパンフレットがバッグの底に置いておいたのを思い出し慌てて外に出すが、干からびず何とか無事でホッとした。電車の遅れは11分ぐらいになっていた。
15時47分に大原に到着すると荷物を上の棚に上げ、15時57分には佐用に到着しここで倉吉で買っておいたリアルゴールドを飲む。
そして携帯電話の電池もここまでよく持ちこたえたのだが、このあたりでついにメモリが1つになってしまう。
16時8分に上郡に到着すると電車の遅れ8分になり、自分はウトウト居眠り状態だった。ところが故意ではないだろうが緑色の服の女に足を蹴られちょっとムッとする。
16時30分に姫路に到着するとたくさんの人が降りた。一方で前の席にいかにもチンピラ風の茶髪男が座ったのだが、やることがセコいというかやはり特急券を持っていなかったようで乗車券チェックでバレて追加で金を払っていた。
そして電車は5分遅れになるが、このあたりから朱色のアロハっぽい服を着た小さな女の子が父親に連れられて何度も通路を通り、トイレか手洗いに行っていた感じだった。
とにかくやんちゃで元気良さそうにしていたのだが、しばらくすると怒られでもしたのか大泣きしていたのが非常に印象に残っている。
16時55分に明石駅に到着し、出てすぐに明石大橋が見えてくる。遅れはまた8分になり、このあたりで梅ッシュと三色団子を食べるのを断念する。
梅ッシュは後日飲めたが、団子の方は仕事が忙しいこともありなかなか食べられないうちにカビが生えてしまったのは残念だった。
またヴァーム残り1本と大会でもらったいろはすのペットボトルも持ち帰りが決定する。
17時9分に三ノ宮に到着すると空はどんよりとした曇り空になっていた。そして17時29分にようやく大阪駅に到着するが、電車は11分遅れになってしまっていてここで大半の乗客が降りて車内はガラガラに。それから17時35分に新大阪に到着すると更に乗客が降り残りはわずかとなる。
ただ自分の通路挟んで左隣の兄ちゃんは京都までのようで、メガネで白髪のお年寄りと鳥取行きで一緒だったみたいで新大阪駅直前でいろいろと話をしていた。
そして18時4分、結局12~13分遅れで京都駅に無事到着する。0番乗り場で降りると名残惜しみつつ電車の先頭部分なども撮影し、それからトイレに寄って嵯峨野線に乗り換えた。
ところがスーパーはくとの京都駅到着が遅れたせいもあり、嵯峨野線にも上手く連絡できず結局14分も待たされて18時18分に出発する。
そしてJRの最寄り駅で降りると改札を出て信号機が運良く青だったので、急いで渡り駐輪場へと向かった。
それから自転車を回収して何とか乗っていこうとするが、荷物が重すぎてスイカと長いもがバランス悪く上手くコントロールできない。
途中何度か止まり自宅まであと少しとなったあたりのとある通りを曲がって真ん中あたりの所でついに長いもを落としてしまう。
すると無残に3つに折れてしまい怒りが爆発、周囲を歩いていたおばちゃんが何事かとこちらを見ていたのだたそれも気にならないぐらいに怒っていた。
まあ長いもはどうせ切るか擦りおろすので別に折れてしまった所でいいといえばいいのだが、せっかくここまで苦労したのにと思うとやりきれなかった。
それから今度はスイカにも何か起きたら本当に取り返しがつかないのは倉吉の駅弁売りのおばちゃんも行っていた通りだったので、サドルにバッグを乗せて手で押して通りを北へと歩いていった。ただスイカのヒモが指に食い込んで痛かった。
最後はバッグをカゴに上乗せして再び自転車に乗り、何とか無事自宅に到着する。
自転車を停めるとまともに持って上がる体力も気力も残っていなかったので、荷物を半分に分けて少しずつ上へと上がっていった。部屋に到着すると時刻は18時50分ぐらいになっていた。
それからすぐに荷物を降ろして写真を撮ってから携帯電話を充電し、友人から18時半ぐらいに電話がかかってきていたので電話するが移動中のようで留守電になっていた。
仕方なく荷物を出して洗濯ネットに入れていると、インターホンが鳴り友人が部屋に到着する。
しかしその日のうちに新幹線で名古屋に戻っていなければならなかったこともあり、急いで作業しなければならなかった。
まず洗濯をしに下へ降りていくと、友人はその間にスイカを切ろうと準備してくれていて、記念撮影をしてから大変そうなので自分が代わりに切ることに。
もっとも少し切り目を入れると後はサクッと割れるのでまったく問題はなかった。
切り終わった後にもまた記念撮影し、あとは友人にお願いしてラッピングして袋に入れてもらう。自分はその間に荷物を片付け、19時20分ぐらいにはほぼ完了した。
それから下に降りるとまだ10分ぐらい洗濯が終わるまでかかりそうだったので、インターネットをつけて友人に暇つぶししてもらう。
途中野菜ジュース毎日これ一杯の残りを友人と一緒に飲み、牛乳の残りも自分が片付けた。
それから洗濯物を干して、不在中のテレビ録画の予約をしてから19時50分ぐらいに部屋を出る。
歩いてまず最寄のフレスコで買い物をし、自分は店の前でスイカなどの袋を抱えて戻るのを待っていた。
それから重い袋抱えて友人を家まで送る。見送った後はスイカと長いもの重さが半減したこともあり少し楽になって再びJRの最寄り駅へ向かう。
駅に到着すると窓口で名古屋までの新幹線の切符を買い領収書をもらう。
そして20時26分発があと2分で来るというタイミングで列車に乗り、荷物を椅子の上に置いて京都駅へ向かった。
京都駅内の新幹線口への通路は本当に久しぶりでたぶん1年ぐらい行ってなかったが、改札を通り上へ上がるとホームの告知板に20時38分のひかりと20時52分発ののぞみの表示があったのだが、ひかりが岐阜羽島に止まらないという表示だったので駅員に尋ねると先行のひかりの方がやはり早く着くことが分かり、慌てて2号車まで移動する。
すぐに列車が来て無事自由席に乗り込み、前から2列目左側に座った。
席に落ち着くとバナナを食べようとするが潰れた上に夏の暑い時期ということもあって痛んでおり止む無く廃棄せざるを得ず、ヴァームだけ飲んでゴミを処分してから日記の続きを書く。
途中米原の手前でまた停止信号で3分ほど遅れるが、名古屋駅には定刻に着くらしかった。途中の米原では結構な乗客が乗り込んでくる。そして21時22分ぐらいに名古屋駅に到着し、それから地下鉄と市バスを乗り継いで実家に到着した時には時刻は22時20分ぐらいになっていた。
自宅に到着してから晩御飯を食べ、うな丼、豚しゃぶにもやし炒めにレタストマトのサラダを麦とホップを飲みながら頂く。
それから6月29日に訪れた大原三千院から5日連続の大移動の疲れと、明日からいよいよ新しい取引先で仕事ということもあり、そのまま23時ぐらいには眠りについたのだった。
次の日7月4日からしばらくの間はテレビ局での仕事となり今までにない貴重な経験をいろいろとできたのだが、初日は旅の疲れとマラソンの疲労などもあって特に足にはかなりきていた。
ただしばらくは仕事の忙しさ、それに出場するつもりでいた昨年出場のナゴヤドームでのアクトス6時間リレーマラソンに弟の体調不良もあって出場することもできなかったことや、更に時期的に走りたい大会自体あまりないことなど、いろいろと事情が重なって次の大会出場まで2ヶ月半ぐらい開いてしまうことになる。
倉吉と北栄町に関してはもう3度目ということもあって結構馴染みの場所になりつつあるが、おそらく2012年もよほど都合が悪くならない限りは出場するつもりでいる。
ただ3回とも一人旅でそれはそれで楽しいのではあるが、倉吉は温泉で有名な場所でもあるし次こそは一人旅ではなく友人か家族か分からないが誰かと一緒にこの名探偵コナンゆかりの地を回れたらと思っている。
他にも鳥取といえば鳥取砂丘も有名だし「ゲゲゲの鬼太郎」にゆかりがある境港などもあるので、倉吉以外の地域も回れたらという気持ちもなくはない。
それから苦労して持ち帰った長いもとスイカについてはおすそ分けした友人はご家族と一緒に美味しく頂いたようだったし、自分の両親や弟たちにも昨年一昨年同様に好評だった。
スイカはそのまま冷やして切って食べればいいのだが、長いもはやはりとろろかけご飯にして少しだし醤油をかけて食べるのが最高だ。これをまた食べるためにも来年も是非行かなくてはと思う。