大阪府は近畿地方の都道府県で府庁所在地は大阪市。近畿地方および西日本の政治経済・文化や交通の中心地である。
面積は約1897.km2でこれは全国47都道府県中で香川県に次ぐ46番目の狭さだが、人口は約885万人で東京・神奈川に次ぐ第3位の多さだ(2011年2月現在)
地形は大阪平野を中心に北は六甲山、東は生駒山と金剛山、南を和泉山脈に囲まれており、山から大阪平野にかけてなだらかに丘陵が続いている。西側は瀬戸内海に面し大阪湾に注ぎ込む淀川はこの地方には欠かせない重要な河川だ。
気候は瀬戸内気候で年間を通じて温暖だが、その分夏は熱帯夜の日も多い。その反面北西の季節風の影響で冬の降水量は太平洋岸にある割には多いとされている。
歴史上では旧国名では河内国と和泉国の全域および摂津国東半分と丹波国のごく一部にまたがる地域で、古くから日本の政治経済の中心都市として7世紀頃までは難波宮など何度か都も置かれ、その後京都に都が移ってからも上方へ通じる水上交通の要衝として栄えた。
そして安土桃山時代には天下人となった豊臣秀吉がこの地域に大坂城を築て城下町が整備されて隆盛を極めるとともに、秀吉没後に徳川家康が天下を取ると大坂の冬の陣・夏の陣で戦国時代終焉の舞台ともなった。
江戸時代に入ると幕府の天領として大坂町奉行が派遣されるが、諸国からの物産の集積地でもあったことから「天下の台所」と称されるほど全国の経済・商業の中心地として繁栄した。
明治以降は繊維工業を中心とした工業都市に変貌を遂げるが、近年は重化学工業が盛んで阪神工業地帯の中核を成している。
一方大阪市はその大阪府の府庁所在地で面積は約222km2。人口はおよそ266万人(2011年2月現在)で、政令指定都市でもあり区の数は24と全国で一番多い。
この地方の政治経済・交通の中心であることは大阪府での紹介の通りだが、中でもJRと阪急・阪神・地下鉄などが通る大阪駅・梅田駅周辺の歓楽街である北新地を擁するキタとグリコの看板で有名な道頓堀を挟んで難波駅から心斎橋駅あたり一帯のエリアに広がる日本最大の歓楽街ともいわれるミナミは市を代表する繁華街である。
ちなみに大阪市を自分の頭の中で自分なりに勝手にコンパクトにまとめてみると、まず市内の真ん中あたりに北から南にかけて大阪のメインストリートといわれる御堂筋・新御堂筋という道路があり、淀川(新淀川)を挟んで北側の方に新幹線の通る新大阪駅と十三(じゅうそう)という駅がある。
そこから淀川を渡って南に少しいった所に大阪駅・梅田駅のターミナルと歓楽街の北新地のあるキタがあり、更に南へ行くと淀川から分岐してきた大川(旧淀川)が大阪市役所や中央公会堂などもある中之島という中洲を挟んで北の堂島川と南の土佐堀川という2つの川に分かれ、土佐堀川には大阪で最も多くの人に利用されている橋だといわれ北の大江橋とともに重要文化財にも指定された淀屋橋という橋がかかっている。
この淀屋橋から御堂筋に沿って南へ進んでいくと本町を通ってアメリカ村の通称で有名な心斎橋、更に南へ進むと道頓堀川があり、川にかかる道頓堀橋を挟んで南側にある難波駅とその東の日本橋駅までミナミの歓楽街が広がる。
難波駅をもう少し南に行くと通天閣で有名な新世界や天王寺動物園、天王寺駅などがあり、さらにぐっと南に下ると今回の大会の舞台となる長居陸上競技場があるのだ。
更にこのラインからは外れた所では、淀屋橋の東の方に造幣局の桜の通り抜けで有名な天満橋エリアや江戸時代には京街道から大坂の玄関口として賑わった北東部の京橋エリアや大阪城公園、大阪府庁、大阪府警本部などがあるエリアがあり、一方西側の方には難波を少しいった所に大阪ドーム(京セラドーム大阪)、更にぐっと西に向かい大阪湾に面した所にユニバーサルスタジオジャパン(USJ)や世界最大級の水族館といわれる海遊館もある。
とりあえずこれだけ抑えておけば十分な気がするが、ちなみに阪神タイガースの本拠地の甲子園とガンバ大阪の万博記念公園は大阪市内にはない。甲子園は知っている方も多いと思うが兵庫県西宮市にあり、万博記念公園は大阪市からみてかなり北の方にある吹田市に存在している。
長居陸上競技場、通称長居スタジアムは大阪市東住吉区にあり、スタジアムの周辺は長居公園という緑豊かな総合公園として整備されている。ちなみにそれ以前の1959年までは競馬場、競輪場もあったそうだが現在は廃止されているらしい。
競技場が造られたのは1964年のことで、こけら落としに行われたのは東京オリンピックのサッカー競技5・6位決定戦だったそうだ。
その後は日本陸上競技連盟第1種公認の競技場として2002年には日韓共催のFIFAワールドカップのイングランドや日本の試合なども開催されたり、2007年には世界陸上選手権も開催されている。
そして何といっても1996年からはJリークのセレッソ大阪がホームスタジアムとして使用しているので、テレビやニュースなどで名前をよく見かけるのではないかと思う。
収容人員は現在5万人で、最寄駅は大阪市営地下鉄御堂筋線の長居駅から徒歩5分のほか、JR西日本阪和線の鶴ケ丘駅から徒歩3分、長居駅からも徒歩5分で行くことができる。
ちなみに長居公園には陸上競技場以外にも長居球技場(キンチョウスタジアム)、庭球場、相撲場、障害者スポーツセンター、軟式野球場、プールのほか、自然史博物館や植物園、ユースホステルなどの施設もある。
今回は初めてマラソン大会に参加してから初めての30キロという距離での参加となった。
ちなみにこれまでの最長距離はもう何度も出場しているハーフマラソンの21キロ余りで、距離だけであれば2010年9月に出場したアクトス6時間リレーマラソン2010 inナゴヤドームの26キロが最長だったが、今回はそれをも上回る距離で練習でも走ったことがないのでやはり大丈夫かという不安はあった。
前日10日土曜日は朝早くに京都を出発し、新幹線で実家のある名古屋に戻って11時ぐらいに新幹線の名古屋駅北口に到着する。
それから駅前のネットカフェで兄と兄の知人とネットショッピングについていろいろと話し合いをした後、実家に戻ってひと晩泊まっていった。
翌日の大阪長居公園で行われる今回の大会には朝6時前に出発して新幹線で新大阪まで移動し、地下鉄御堂筋線で長居駅まで向かう経路で8時40分の到着を予定していた。
大会当日は予定どおり朝5時20分ぐらいに母親に借りた目覚ましで目が覚める。
荷物など出発する準備は前日に前もってしておいたので、布団だけたたんでPCで長居駅のコインロッカーの位置と駅探で出発到着時刻をもう一度確認してから、5時50分ぐらいに父親の車で地下鉄の最寄り駅まで送ってもらった。
いつもの百貨店の手前の所で降りると6時3分ぐらいには駅の改札前に到着。マナカで改札を通り6時16分の電車の予定だったが一つ前の6時7分発に乗って名古屋駅へ向かう。
最初はガラガラだったが、栄でたくさん乗り込んできて名古屋駅では朝早くなのにかなりの人になっていた。
6時半前後に名駅に到着すると、改札を通ってタカシマヤの前を通り新幹線乗り場の方へ移動する。
それから券売機で新大阪までの切符買うが、領収書自動発行のボタン押すの忘れてしまい駅員に手書きで書いてもらうというアクシデントもあった。
北口改札から新幹線構内に入るとこちらも6時51分発の新大阪行きのこだまに乗る予定だったが、一つ早い6時35分発広島行きのひかりに間に合う。
出発間近だったので小走りでホームを移動して2号車に乗り込み、それから車内を通って1号車へ移動する。
この日はなぜか切符チェックがあり、若い男性駅員のチェックを受けてから1号車後ろから2つ目の左側の席に座った。新幹線も朝早くということでかなり空いていて余裕を持って座ることができた。
それから岐阜羽島に到着したあたりで朝ご飯に母親が作ってくれておいたサンドイッチを食べる。
3つ入っていてタマゴとハムとレタストマトの具材でペットの水とともに頂いた。一緒に入っていたお手拭きも入っていて使わせてもらってからあっという間に平らげた。
食後に洗面所で手洗ってからノートPCで日記を少しつけて、7時17分ぐらいに京都駅を通過すると外国人グループなど結構人が乗ってくる。
京都と通過すると到着も近いと分かっていたので着替えしてゼッケンつけようとしたらもう新大阪駅に到着というアナウンスが聞こえてきたのだった。予想以上に到着が早かった。
新大阪のホームに出ると時刻は7時33分になっていた。京都ではしょっちゅう乗り降りしているが新大阪は結構久しぶりだったので、ホームを軽く撮影してから「JR線・地下鉄乗り換え」という表示のある下り階段があったのでそこから下へ降りていった。
下に下りると少し歩いた所に改札があり、奥はガラスの向こうに外の景色が見えたのでそこが1階だと分かる。
そして改札口には地下鉄御堂筋線へ乗り換える表示も出ていたので、そこから出て矢印の示す右へと進んでいく。
このあたりで少し迷いかけるが更に地下へと降りていく。
するとその途中にユニバーサルスタジオジャパン(USJ)の大きい看板と並んでなぜかソフトバンクの宇宙服を着ているお父さん犬のデカい広告の階段があり、強烈なインパクトを放っていた。
それから通路に表示されている御堂筋線への矢印に従って進んでいくと、7時40分頃に広い広場に出て奥に改札と自動券売機が見えてくる。
結構印象に残る光景で、以前働いていた会社の大阪出張で来た時のことを思い出した。
当時はまだ梅田が大阪なのか新大阪なのか分からないぐらいの大阪に対する知識しかなかったのだが、ずいぶん自分も大阪に馴染んできたと思いつつ、まず券売機で長居までの310円の切符を買ってから改札を通り、それからトイレに寄って用を足してからエスカレータを登ってホームへ上がる。
するとホームでは梅田方面行きの電車がすぐに発車しようとしていたため、慌てて電車に乗り込んだ。時刻は7時44分になっていた。
電車は出発するとまず最初は地上を通っていて、無事に座れると窓越しに外の風景を写真撮影する。
それから梅田の一つ手前の淀川を渡った所で地下に入り、御堂筋線が新大阪から梅田・淀屋橋・本町・心斎橋・難波・天王寺と主要な駅をほぼ通ってすごいなと思ったりしながら各駅の様子も観察してゆったりとしていた。
ちなみに大阪の地下鉄は1ブロックが3席分の長さシートが2つ並んでちゃんと座ると6人座れたのだが、中には5人で座っている場合もあり、その場合真ん中の人は自分の真上でソファが切れることになり座り心地が悪い。
そのため自分もきちんと6人座れるように座っていて最初は自分の両サイドが空いていたのだが、途中から右に比較的体格のいい男性が座ったため結構窮屈になってしまう。
その後も全然左側には人が座ろうとしなかったので少し左にずれてもよかったのだが、結局ほぼそのままの感じで進んでいった。そして8時13分にようやく長居駅に到着する。
長居駅にはこの年の3月に出場した同じ新日本スポーツ連盟が開催している第4回大阪ハーフマラソンで一度来たことはあり今回は2度目だった。
セレッソ大阪のホームがあるだけあって支柱にセレッソのロゴがたくさんデザインされていて、それを中心に周囲を少し撮影してから改札を出ると右奥にある3番出口から地上に上がる。
地上に上がると目の前は広い大きな通りで、右手に長居の交差点があり左の方には長居公園の広大な敷地が広がっていて木々がたくさん植わっている向こうの方に長居スタジアムの白い屋根も見えた。
そして正面歩道の木の幹には前回3月の大阪ハーフマラソンが行われた際にも見られたB4かA3ぐらいの白い紙で作られた「歓迎」の文字と順路を示す赤い矢印のついた案内板がかけられていた。
手作り感はあるが分かり易い表示で、一応少し離れていても確認できる可読性はあった。
それから公園の敷地に入ると、おそらく前回と同じであろう受付があるはずのキンチョウスタジアムを目指して歩いていく。長居スタジアムの白い建物のすぐ左なのでそれを目指していけばいいので分かり易かった。
すると入口左の所には「長居植物園イルミネーション」と書かれた青い看板があり、このあたりは夜になるとライトアップできれいなんだろうと想像できたが、さすがに夜までここにいることはないのでスルーした。
公園内にはたくさんのイチョウの木があって、もうだいぶ落葉が進んでいて葉はすっかり黄色く色づいていた。
そしてほどなく大阪市とは姉妹都市らしいロシアのサンクトペテルブルグから贈られた石像の前を通るが、これを噴水がきれいに水を放水するのを待ってから撮影する。
それからほどなくして遊歩道に差し掛かると左手に大きめの公衆トイレがあったので、そこで用を足してから更に遊歩道を時計回りに歩いていく。
ちなみにトイレ内には大きめの張り紙でトイレ内で犯罪多発と書かれていた。
そして遊歩道には既に走っている市民ランナーの姿やペットを連れて散歩している人もたくさんいて、特にこの日は往路だけで可愛らしいペットの犬と3度ほどすれ違いその度ごとに結構癒されたのだった。
その後もこれが2度目なので道を間違えることもなく白い長居スタジアムの建物はどんどんと大きく見えてきて、再び木の幹の所に「歓迎」の文字が見えるとそこをまっすぐ進む。
すると大きなスタジアムの前にある白い球体のオブジェなども見えてきて、更に左手には見覚えのあるキンチョウスタジアムの建物も見えてきたのだった。
それから長居陸上競技場の入口を記念撮影すると、さっそくそのキンチョウスタジアムの地下にある体育館へと通じる入口の前までやってくる。
時刻は8時29分で、8時40分に長居駅に到着予定だったことを考えるとかなり早い時間に到着することができたのだった。
キンチョウスタジアムの入口には「練習室南」と書かれていて、前回のハーフの時はもう少し行列ができて体育館に入るまで結構時間がかかったのだが、今回は30kmのためか参加者はその時ほどではないのでまったく並んでおらずガラガラといっていい状態だった。
まあそのせいだからではないだろうが、ただ入口にある看板がベニヤ板でA4サイズの白黒の紙が同日開催の駅伝なども含めて3枚貼ってあるだけなのはちょっと寂しいかなという印象だった。
確か3月のハーフの時はもう少しましな垂れ幕か何かがあった記憶があるのだが、それに比べると貧相なのは否めなかった。
通路を奥へと進んでいくとまず右手に前回もあった長い公園の地図の紙が置いてあるが、今回は取らずに先へと進む。
すると入口の所に前と同じように青いシートが敷かれていて、そこ以外は土足厳禁という表示が出ていたので気をつけつつ奥の入口の前まで来る。
そして受付と書かれた扉をくぐると、これまた前と同じように入ってすぐの所に青いシートが敷かれてその上に受付用の机が置かれていて、先に来たランナーたちが受付をしている所だった。
ちなみに受付とはいってもゼッケンは前もって自宅に封筒で郵送されてきていたので、赤い鉛筆で自分の番号に丸つけてから参加賞の青いシャツと大会パンフレットのみを受け取る。
それから体育館の一番奥のハンドボールか何かのゴールの右横に場所を取って着替えはじめる。
この日はゼッケンは既に受け取っていたので前もって出発前にハサミで穴を開けていた所にゼッケンホルダーを取り付けてゼッケンをつけると、この日は全部着替えを済ませてなかったので一つ一つ着替えていった。
一方貴重品は名古屋の実家からそのままバッグ抱えてきたこともあり財布と鍵なども含めて数が多く、緑の袋に入れたがかなり膨らんで後々重くてズボンが何度もずり落ちることとなる。
それからヴァームゼリー飲んでストレッチや柔軟体操を軽くやっていると、向こうの方から「スタート地点前に移動してください」という呼び声がしたので、意を決して体育館を後にする。
時刻はいつの間にか9時10分と、スタート20分前になっていた。
着替えを済ませて体育館を出ると、まず出てすぐ左のトイレに寄ってから人の流れに従って進んでいく。
それからイチョウ並木の下を通って遊歩道に出て、少しあるいた所にある以前のハーフとは少し違う場所がスタート地点となっていた。
前回の大阪ハーフマラソンの時ほどはランナーがいないので、パラパラだったが皆アップやストレッチをしつつスタート時刻を待っている様子だった。
自分もスタート地点の周辺を進行方向側と進行方向反対側からと2つの角度で撮影してから、少しストレッチをしつつスタートを待つことになる。
そしてここで道の右側に長居公園の全系図のモニュメントがあることに気づき、走り始めてからはそれを目印に1周2.813キロを15分ペースで走ることに決めたのだった。
それから10分前となり、5分前となり徐々にスタートの時間が迫ってくる。そして3分前、1分前、30秒前から10秒前の合図があってピストルが鳴る。
そしてスタート直後の写真も撮影しつつストップウオッチもしっかり作動させたが、この点スタートラインまでのロスタイムはほとんどなく5秒ぐらいだった。
スタート時間は9時半ちょうどだったが、携帯電話の時間では9時29分ぐらいで1分ほど早かった印象だった。
後で写真撮影の時刻を見たら、9時29分20秒ぐらいのスタートだったのではないかと思う。
この点スタートしてからはここ最近最初を早く入りすぎて終盤息切れというレースがずっと続いているので、他の速いランナーのペースにも惑わされないように決して無理しないように押さえ気味で入った。
ちなみにこの日は初の30キロということ、更に前日からこの日の朝にかけて名古屋と関西を往復移動した疲れもあったことから、1キロ6分を切るペースで行ければと本当に最初は思っていたぐらいだった。
そして写真の方は最初何枚かランナーたちの走る姿を撮影したものの、その後は基本的に5キロごとの表示とゴールライン、それにスタートラインのあった長居公園の全系図のモニュメントの所と給水所だけにするように心がけた。
とはいえ無理して遅く走るのも逆に疲れるので、自分の自然なペースに任せて負担をかけないようにゆったりとした気持ちで最初のゴールラインまでを走る。
今回のレースは1周2.813キロを10周走り、それにプラス1.87キロを走るという内容になっていたのだが、最初のゴールゲートまでの1.87キロを9分51秒ちょっとでカバーしていて、ちょっと速いかなと思いつつもまずまずの滑り出しだったと思う。
ちなみにゴールのそばでは道路の端の方でバイオリンを弾いている若い男性がいて、最初の何周かはそこに来るたびに弦楽器の音色が聞こえてきていたのが印象的だった。
そしてゴールラインをくぐるとすぐに給水所があるのだが、最初はまだまだ元気だったので何も取らずに先へと進んでいった。
それからしばらく走ると5キロ地点の表示が見えてくる。もちろんもう1周して初めて5キロなのだが、時計を見ると正確には忘れてしまったのだが11分ちょうどぐらいだったので、次の1周15分ぐらいで走ればまずまずの5キロのタイムになるだろうと手ごたえを感じつつ更に進んでいく。
ちなみにこの頃にはもう自分より速いランナーは先に行ってしまい、遅いランナーには抜かれないので早くも一人旅の状態となっていた。
そしてほどなくスタートラインに戻ってきてこれで1周目を走り終えるが、この時は例の長居公園の全系図モニュメントを発見できず気づいたら通り過ぎてしまっていたため正確なタイムは測れなかった。
それでも感触は悪くなかったのでそのままペースを変えずに進んでいく。
すると2度目のゴールライン通過となり、4.683キロを走り終えてタイムは24分50秒ぐらい。前の通過時が9分51秒だったのでジャスト15分で1周を回ってきたことになり、まったくもって予定どおりだったのでビックリする。
それからゴールラインを通過してほどなくすると休憩所が見えてきて、スポーツドリンクを1杯飲むが暑さはまったくといっていいほどなかったので水を体にかけたりはしなかった。
ただ撮影するのを忘れていて携帯を出すのが遅かったため、走りながら後ろに向けて撮影することで何とか形には残すことができた。
そしてゴールラインを通過し給水所から少し走った所で最初の5キロ地点の表示を迎える。ちなみに今回は30キロ走の1つしか種目がないのですべて白地に赤い文字のプラカードに統一されていた。
通過タイムは26分20秒ぐらいで、1キロ5分20秒を少し切るペースなのでハーフなら目茶苦茶早いペースでもないのだが、30キロ走だということを考えてそんなにペースは上げなかったので順当だったのかもしれない。
いつもの1キロ5分切ろうとするペースが今の自分には無茶な要求なのかもしれない。
しかし本当に調子が良かったので、その後は無理はしないものの足の進むのに任せて進んでいく。
ちなみにこの頃からはもう少し前に濃い水色の長袖シャツを着たランナーがいて、しばらくは同じ間隔でずっと前に見ながら走ることになる。
それから音楽をイヤホンで聴きながら走っていた黒シャツの若い男に抜かれたぐらいであとはほとんど一人旅だった。
そしてこの周回の途中あたりから早くも先頭のランナーが自分たちを周回遅れにしてあっという間に走り去っていくが、まったく別次元なので気にもならなかった。
更にスタートラインに戻ってきたのが29分50秒ぐらいで、ここまで2周5.626km走破してきて1周15分をわずかに切るペースになっているのでいい感じだと手ごたえを感じつつ先へ進む。
そこからぐるっと回って2周+αの7.496kmでゴールラインに到達したのが39分37秒。この1周が14分43秒ぐらいで15分を若干切るぐらいで徐々にエンジンがかかってきたのか逆にタイムが良くなってきていた。
そしてすぐの給水所ではまたスポーツドリンクを1杯飲むが、今度も撮影上手くできずカップを捨てるダンボール箱しか写らず苦笑いする。
それから更に再びスタートラインに到着した時のタイムが44分34秒ぐらいで3周8.439km走り終わって45分を26秒切り、この1周が14分44秒ぐらいとこの周辺はずっとほぼ一定のペースで走れていた。
ただこの4周目の周回にはちょっとペースを乱される事件があった。明らかに大会に出場している選手じゃないと思うのだが、京都N高校という学校名が背中に刻まれた赤いジャージの女子高生が抜いたら抜き返すがまたペースが落ち抜かれ、それを抜いたかと思うとまた抜き返してきたのである。
結局また抜き返したのだが、こちらはまったく一定のペースで走っているので、向こうが何も考えずに走られるとリズムを崩されかねず正直鬱陶しかった。
そしてこの赤いジャージの女子高生とバトッている間に10キロ地点の表示が来て大体52分42秒ぐらい。この5キロも26分22秒と最初の5キロとほぼ同じペースだった。
ハーフでのペースで考えてもまずまずのタイムで通過でき、なおかつまだまだ相当余力が残っていたので再び手応えを感じつつ先へ進んでいく。
それからようやく赤いジャージの女子高生を振り切るとゴールラインを通過し3周+αの10.309kmで54分17秒で切り抜ける。この1周が14分40秒で理想のペースがまだ続いていた。
この後すぐの給水所ではまたもスポーツドリンク1杯飲むだけだったが、今度はようやく給水所の写真をちゃんと撮影できた。
更にしばらく走ると再びスタートラインを通過し4周の11.252kmが終わってタイムは59分16秒、この1周が14分42秒で理想ペースが続く。
それから次のゴールラインを通過し4周+αの13.122kmでタイムは1時間9分14秒。1周のペースが14分57秒で少しペースが落ちていたが、まだ15分を切る目標どおりのタイムだった。
そしてすぐの給水ではまたしてもスポーツドリンクを1杯飲んでさらに頑張って走っていく。
再びスタートラインに戻ってきて5周14.065kmの終了時点で1時間14分16秒。1周のタイムは15分ちょうどで引き続き理想のペースを維持する。
そしてこのあたりから逆に遅いランナーの周回遅れがチラホラとあって抜き去って行った。
それからゴールラインの方へ近づいてきた直線あたりで15キロ地点に到達するが1時間19分00秒。これはハーフ走った時でもかなりいいタイムの方で、1時間50分前後の記録が出るタイムなので非常に手応えを感じつつ更に気持ちを引き締めて走る。
その後ゴールラインを再び通過し5周+αの15.935kmでタイムは1時間24分10秒。この1周も14分56秒と相変わらずの15分ペースが続いていく。
そしてこのゴールライン通過後すぐの給水では、はじめてスポーツドリンクの他に水も取って頭からかける。
そんなに暑くはなかったが、びしょびしょにはならなかったのでいい感じで頭を冷やせた。
ただ写真も撮ったのだが、給水所から焦点が外れた上に水を頭にかけたという印として縦で撮ったやつも後から見ると何だかよく分からない写真になっていて苦笑いだった。
そして再びスタートラインに戻ってきてこれで6周16.878kmが終了しタイムは1時間29分12秒。ここも1周14分56秒と本当に奇跡的なぐらい15分ペースを維持して走り続ける。
ハーフを走った時は15キロを過ぎ20キロに近づくといつも足にきてタイムが落ちていたので、この日は本当に絶好調だったのだと思う。
やがてまたゴールラインへと戻ってきてこれで6周+αの18.748kmが終了するが、タイムは1時間39分9秒でまたしても1周14分59秒と15分ペースを維持し続ける。ここまでくると驚異的かもしれない。
直後の給水所では再びスポーツドリンク1杯飲んで、次のチェックポイントとなるスタートラインを目指した。
そして再びスタートラインに到着するが、この時は周囲に少し気を取られていて全景図のモニュメントを少し通り過ぎてしまってから携帯だけ逆にして肩越しに撮影する。
7周19.691kmが終了してのタイムは1時間44分28秒ぐらいで、撮影が遅れたのもあったが15分16秒ぐらいかかってしまう。それでもまだ全然問題ないペースだった。
それから2分ほど走るとようやく20キロ地点へと到達する。20キロもしっかりタイムを取っておいて1時間45分55秒で、この5キロは26分55秒と1キロ5分25秒ぐらいのペースでずっと走っていた計算だった。
15キロを過ぎてもこのペースを維持できていたのはポイントが高く、後々のタイムにも大いに影響したと思う。
そしてこのままでいけばあと1キロぐらいでハーフの距離なので、これを同じ5分25秒ぐらいで走れたとすると1時間51分20秒ぐらいなので、もしその通りに走れれば2010年1月の谷川ハーフと2月のいかるがの里に次ぐ好記録だ。
この数字を見ても、前半にいかに入り過ぎないかが長距離走を走るポイントだということが衝撃的なほどよく分かったのだった。
20キロ地点を過ぎるとここからはもうほぼ初めての領域だったが、体調的にはあと10キロぐらい何となりそうな感じで、心配というよりは初めての30キロ走としてはいいタイムが出るのではないかという期待の方が大きかった。
ほどなく再びゴールラインが見えてきて7周+αの21.561kmが完了する。タイムは1時間54分44秒で1周のペースが15分32秒とさすがにペースが落ちてくる。
それは体も少し感じ始めていたらしく、妙にお腹が空いたというかスタミナが切れかけている感じがしてならなかったのだ。
それもあってすぐ直後の次の給水ではとにかく何か口に入れたいということで、スポーツドリンクのカップを1つ取ってから奥のテーブルにあったチョコレートを2つほど頂いていく。
他にもレモンと飴とかあったのだが、さすがに止まっていろいろと栄養補給する訳にもいかないのでとっさの判断だった。
まずドリンクをごくごくと飲んでからダンボールに捨てて、それから苦労しながら包みをはがしてチョコレートを口に入れる。
ただやはり走りながらだったので噛むのも大変だったが、口の中で甘いのが広がると疲れが取れていくようで食べたのは正解だった。
そして再びスタートラインに戻ってきてこれでついに8周22.504kmを走り切るが、2時間0分12秒でこの1周は15分44秒とチョコレートを食べたりして走りに集中できなかったこともあったが、明らかに疲れは出てきてさすがにちょっとペースが落ちてしまった。
それから更に粘りの走りで再びゴールラインに戻ってくると8周と+αの24.374kmでタイムは2時間11分10秒。1周のペースが16分26秒とやはりペースダウンしてきていた。
それでもここからが勝負だと、ここまでの走りは絶対無駄にはできないと気持ちを持ち直して粘り強く走っていくこととなる。
そして直後の給水ではスポーツドリンクの他に春日井の黒飴があったのでそれを1つ頂いて飴を舐めながら走ることに。
ここ最近つぶ塩レモンキャンディーを舐めて疲労を回復できていたこともあったため選んだのだが、さすがに粒が大き過ぎてちょっと舐めるのに苦労する。
しかし唾液で徐々に溶かしていくと、甘いのが徐々に溶けてきてこれも大変疲れが取れる気がして結果的には幸いした。
ただ1周してもまだ口の中に残っていて、最終周に入ってから噛み砕いて全部飲んでしまうまでずっと持ち続けていたのだった。
飴を舐め始めてから3分ほど走った所で、ようやく最後の中間チェックポイントである25キロ地点の表示がやってくる。
タイムは2時間15分5秒でこの5キロのタイムは29分10秒とさすがにペースは少し落ちてきていたが、何とか1キロ6分を切るペースでは走れていたようだったので予定どおりと言えるペースだった。
しかしこの25キロ地点を通過する前のあと2周のゴールラインを通過してからは明らかに足が動かなくなって、チェックポイントまでの時間も非常に長く感じてくる。
これはゴールの30キロ到達までずっと続いていて、このあたりが30キロのしんどさなのだと実感する。
そして25キロの表示からしばらくして再びスタートラインを通過しこれで9周25.317kmを走り切るが、タイムは2時間16分58秒と1周16分46秒かかっていて疲れがタイムに如実に出ていた。
ただここまで来ると回りの応援の声というのが非常に有難く感じて、ちなみに係員は今回は若い人はほとんどおらず皆まじめに立って応援してくれたので特に終盤には力になった。
中でも唯一ほんの少し坂になっている辺りで熱心に「ここが頑張り時だ」とランナー一人一人に声をかけてくれたおっちゃんとハーフのスタートがあった地点の少し先のカーブにいたおばちゃんが特に印象に残っている。
そんな沿道の応援の力もあって頑張って再びゴールラインに戻ってくる。9周+αの27.187kmを走り切りタイムは2時間28分28秒で1周に17分18秒ぐらいかかっていたが、ここまで来るとあと1周なので最後の給水をスポーツドリンク1杯で済ませてから気力を絞って先へ進んでいった。
ちなみに給水所のまとめだが、最初のゴールライン通過時は取らず、その後はスポーツドリンクだけ取って1杯飲む。
16.0キロ地点で初めて頭に水をかけるが、今回はそんなに暑くなかったので水かけたのはこの1度だけ。
2周後の21キロ過ぎででチョコレート2つ、24キロ過ぎでは春日井の黒飴を舐める。
黒飴は粒が大きいので次の周になってもまだ残って最後は噛み砕いてゴールする前にはもう食べ切ってしまう。
かなりエネルギー消耗していたのかチョコレートも飴もすごく栄養補給になった。
給水所にはスポーツドリンクに水、レモンに黒飴にチョコレート、他にもいくつかあったのは覚えているがバナナはなかった。
ただラスト1周を迎えたゴールラインの所には、赤いタスキを肩からかけた小学生ぐらいの少年少女がズラッと並んでいてそれを避けるように通過していったのだが、どうやらこの後すぐに併催される駅伝大会がスタートする様子で嫌な予感を感じながらその場から離れる。
すると悪い予感は的中というか、最後の1周はここまでの苦労を噛み締めながらじっくりと走る予定だったのが、駅伝でチビッコが走っているのに終始かき回されてしまう。
親が必死で激を飛ばしたりしている姿などもあって突然騒々しくなりペースを乱されたし、ハーフでスタート地点だったあたりではタスキ渡しもあって無関係な30キロのランナーにとっては正直ちょっと邪魔だった。せめて30キロの部のスタートから3時間後とかにして欲しかった。
そんな逆風の中でも何とか頑張り、まず最後のスタートラインを通過しこれで10周を走り切る。
28.130kmのタイムは2時間34分10秒でこの1周は17分12秒と若干ペースを持ち直していた。後は1周もなくゴールラインを通過するだけだ。
それから前述のタスキ渡しの現場に遭遇しつつも気にせずマイペースで走り続けるが、写真を上手く撮影できず携帯背面に向けて撮影したのも敢え無く失敗してしまったのは残念だった。
更に周回の後半で落葉がだいぶ進んだ赤く紅葉した木々に挟まれた道を抜けて最後の直線に入ってから、目の前に長居スタジアムの白い建物が見えてきた時には正直感慨深いものがあった。
そして最後のゴール前では通りの左側に設けられた「ゴール」の表示の方に寄り、ついにゴールラインを通過する。
ただ写真撮影は上手くいかず、しかも最後ゴール通過する時ストップウオッチを止めるボタンを間違えて正確に測れなかったので10秒ぐらいはロスしたと思う。
ちなみにタイムは手元の時計では2時間46分6秒になっていて、10秒はロスしたということで友人のメールにも2時間45分56秒ぐらいだと返事を出した。
最後の5キロも30分51秒とほぼ1キロ6分ペースで、20キロから30キロの間もほぼ1時間で走り切ったらしいことは初めてにしては評価できる内容だったと思う。
レースの手応えとしても圧倒的に早いランナーに周回遅れで抜かれる以外はほとんど抜かれなかったので、気分的にも悪くなくスッキリしたレースになった。
レースを終えると時刻は12時15分で、12時半少し前ぐらいかかるかなと思っていたのを考えればかなり早くゴールができた。
レース完走後しばらくゴール付近やテントのあたりをうろうろしながら写真撮影すると、特に見るべき所もないので歩いてキンチョウスタジアムの方へ移動する。
途中太陽光がまぶしくて日影に移動しつつ友人にメールしてから、自分の姿が入った記念撮影もしてキンチョウスタジアム地下の体育館へ戻る。時刻は12時24分になっていた。
体育館に入るとまっすぐ奥のゴールの右横まで行くが、座るのも大変なぐらい足にきていた。
それでも何とか座ると携帯に友人からのメールの返事が着ていて、それを読んでからはヴァームで水分補給をしつつかなりゆったりと着替えをしたり荷物を整理整頓したりしていた。
ちなみにヴァームは喉が渇いていて結局ここで全部飲み干してしまう。それから下のパンツ以外はここで着替えて荷物を全部持って男子更衣室へと向かう。
男子更衣室入るとやけに元気ある中年のオヤジに「お疲れ様」と親しげに挨拶されてちょっとビックリする。
それから下だけ着替え終わると、更衣室横のトイレに寄ってから部屋を出て体育館を後にした。時刻は12時54分を過ぎていた。
その後着替えを済ませてキンチョウスタジアムの外に出ようと入口の前まで来ると、別のおっちゃんの飼い主が飼うマルチーズか何かの犬がいたのだが、それがテニスボールを口にくわえてウルウルとした目でこちらをじっと見ていてものすごく可愛らしかった。この日は朝といいい犬にやたらと癒された一日だった。
それから長居駅の方に向かって移動していると時刻は13時2分ぐらいになっていて、すぐに昼食を食べたかったので前回来た時に印象に残っていたたくさんの店が並んでいる通りへ向かう。
この点最初は餃子の王将か、あるいは肉をガッツリ食べたかったので吉野家と迷ったのだが、通りの信号を渡り餃子の王将の前まで来るとどうも順番待ちをしているのがガラス越しに見えたので、待つのは嫌だったのでまず王将を諦める。
そして更に奥へ進むと自分のお気に入りのめし屋である宮本むなしが目に留まり、ご飯がお代わり自由なのは知っていたしガッツリ食べるにはうってつけということでそこで食事をしていこうと決めて入店した。
この点入店前に入口のショーウィンドウにある料理も見て何にしようか悩んでいて、豚しゃぶは家でも食べられるがカレーは量的に不満なのでと思っていると、ジャンボトンカツ定食というのが590円で安かったのでそれにしようと思いつつ中へと入る。
ところが自分の前に若い女子二人組が入店して入口入ってすぐ右の券売機で食券を購入していたのだが、一人は普通に生姜焼き定食だったのだが、もう一人が選んだのが牛肉玉子とじ定食という690円の定食だった。
しかもちょうど券売機のすぐ横にデカデカとポスターも貼ってあって、それを見ると思わず自分も食べたくなってしまう。
結局自分も牛肉玉子とじ定食を選ぶこととなり、食券購入して奥のカウンター席の一番手前に座る。向かいもカウンター席になっていてその奥にトイレがあり、自分のすぐ後ろにお代わりの電子ジャーの大きいのが置いてあった。
店は昼時を少し過ぎた時間だったが、そこそこ客は入っていて若い女性従業員が多くて大変そうに接客していた。
しばらくは喉も渇いていたのでカウンタ席に置いてあったお茶のポットでお代わり数杯飲みつつ、料理が来るのを携帯電話も触りながら待っていた。
13時6分入店で少し待って13時14分ぐらいに料理が運ばれてきて、早速記念撮影をしてから食事にありつく。
料理は牛肉玉子とじ定食という名前の通り玉子とじになっていて、トロトロなのが絶妙の舌触りで更に鉄板で出されるので熱々でダシもいい感じで白いご飯とよく合った。
他に豆腐の冷やっこの小さいのときゅうりのQちゃんの小皿があって豆腐はしょうゆをかけて食べる。
ご飯は大盛りで1度おかわりして2杯食べたのだが、走った後で大変な空腹だったのであっという間に平らげてしまい、満足な昼ご飯となった。
13時半過ぎに店を出て、宮本むなし前の2番出口から地下鉄に入ろうとするが階段が何段もあって苦笑い。降りるときは足のあちこちが痛んでしんどかった。
それから切符を買って改札通ってホームへ降りると、到着まで少し時間あったので椅子に座ってしばらく待つ。
そして13時38分に電車到着すると乗り込むが、最初中途半端に席が埋まっていて座れなかった。天王寺駅で結構人が降りてくれてようやく座ることができ、その後はウトウトしつつ梅田まで電車に揺られる。
14時ちょうどに梅田駅に到着すると改札を出て歩くのが大変だったが、エスカレータ登って阪急の切符売り場を目指す。
途中この前仕事中に移動で梅田に立ち寄った際にも見た、手塚治虫のキャラクターを使った阪急三番街のクリスマスのキャンペーン広告がたくさん目につく。
それから途中に紀伊国屋書店もある大きなエスカレータを上がっていき、定期券を買っていく予定だったのだがすぐに定期券売り場の表示が見つかったので右奥の方へ進んでいく。
売り場に入ってから用紙を書くが昨日まで有効の定期券がなぜかなくて仕方なく定期券なしで受付へ向かう。
すると後からきた若い女性係員が対応してくれたのだが、これが顔はそこそこ可愛らしいが愛想がまったくなくて感じが悪く実に不快な気分になった。
それでも無事定期券を購入し終えて定期券売り場を出ると、すぐ右横の改札を通って京都線の一番右のホームへ階段を登って移動する。
すると14時20分の特急河原町行きが既に到着していて、掃除を終えてから例の自動で向きが変わる儀式を済ませ、扉が開くと14時16分ぐらいに電車に乗った。
ただ並んだ位置が悪かったようでちょうど中途半端に2人席が空いていなくて4席の席に座ることになる。
席に落ち着くとノートPCを立ち上げて日記を書くが、最初順調だったものの徐々に眠くなって途中何度もウトウトしていた。
14時54分に桂で14時56分発の準急に乗り換えしてから最寄駅に到着する。改札を出るとトイレに寄ってからTOKKを一部もらい、更に目の前にあった紅葉情報の掲示板も見るがもうほとんどがさすがに見頃は終わりになっていた。
15時10分過ぎに部屋に到着するとそこまで言って委員会を途中から見て風呂を沸かして入る。
更にサッカーのクラブW杯が放送していてアジア王者対アフリカ王者の試合見つつこの日の大会日記をつけた。
それから洗濯かけてから自転車で近くの商店街へ買い物に行くが財布を忘れて一度戻ることとなったがまず100円ショップでTシャツ計4枚などを購入し、更にスーパー西友で買い物をして帰った。
晩御飯のおかずの他に少年サンデーの2012年1号を購入するが、見ると来週は名探偵コナンが連載800回記念らしかった。
そしてレジ精算後今3000円以上買うとシルバーバスプラで銀の金塊を模したティッシュ箱をもらう。実家でゴールドの同じティッシュを見たのだがそういうことかと納得する。
夜は友人と一緒に晩御飯だったがこの日は恒例の焼肉は一昨日の金曜日に食べていたこともあり、おでんを食べる。デザートにはつかのまDOLICE大人のショコラとパイナップルを頂いた。
その後浅田真央選手の欠場が残念だったフィギュアスケートのGPファイナルを見たりして過ごしてから0時過ぎに眠りについた。
今回初めて30キロという距離を走ったが、想像していたよりは順調なレース運びで予想していた3時間を切ればいいというタイム設定より15分近くいい記録で完走することができた。
どうしてもハーフだと自分の現在の実力では1キロ5分前後で走って1時間50分を切るのが目標になるのだが、30キロだと1キロ5分半設定で走れば2時間45分で走れるため割とゆったりとした感じで走れるのが自分には合っているのかなという感想だ。
ちなみに元々このレースは2012年3月に開催予定の第1回京都マラソンに出場するための準備のレースとして予定していたのだが、残念ながら抽選で落選してしまいその意味では無駄になった。
しかし結果的に実にいい経験になったと思うし今までの自分から一歩踏み出せたというか、一皮むけたような気がしている。
ただ京都マラソンについては元々の抽選結果の発表予定が10月末だったのが、通知が1ヶ月も延期され11月末に連絡が来たのだが、元々の10月末に結果が分かっていればこのレースにエントリーしなくてもよかったし、1ヶ月間結果が気になって仕方なかった。
延期の理由は手続き上の問題らしいが、3年近くかけて準備してきたのだから来年からはしっかりとした運営をお願いしたいと思う。
そしてこのレースを持って2011年のレースはすべて終了となったが、2011年は2010年の年末から年始にかけて体調を崩してその影響で1月と2月にエントリーしていた2つの大会を欠場せざるを得ず、その後も仕事などの影響でほとんど遠出ができず47都道府県制覇はまだまだ当分先という感じだ。
社会的に見ても東日本大震災があったりと明るいニュースが少なかったが、2012年はできるだけいい年にして明るく楽しく過ごし、マラソン大会もいろいろと参加できたらいいなと考えている。