戦国時代の天正10年(1582年)6月2日に天下統一まであと少しと迫っていた織田信長に対し部下の明智光秀が謀反を起こして主君信長を死に追いやった「本能寺の変」にちなんだマラソン大会。
本能寺の変の当時光秀は信長から中国の毛利氏を攻めていた羽柴秀吉の援護のため出陣を命ぜられ居城である丹波亀山城へ戻っていましたが、「時は今 天が下知る 五月哉」の発句で知られる連歌の会を開いた数日の後の6月2日未明、1万3000人の手勢を率いて城を発つと、桂川を渡ったところで突如「敵は本能寺にあり」と宣言し信長が宿所としていた京都の本能寺へと襲いかかります。
今回は老ノ坂、唐櫃越え、今の明智越えの3手に分けで本能寺を目指した明智軍の唐櫃越えを再現したルートになっています。
| 種目 | 参加資格 | スタート時間 | 制限時間 | 参加料 |
|---|---|---|---|---|
| 約50km | 18歳以上 | 10:00 | 6時間 | 3500円 |
京都府の府庁所在地で大阪・神戸とともに関西を代表する都市のひとつ。794年に桓武天皇が奈良の平城京から長岡京に続けてこの地に都を移して以降、1867年の大政奉還で明治新政府ができ東京に移るまで約1200年もの間日本の首都であり、政治・文化の中心地でした。
現在は古い史跡や町並みが数多く残り日本独特の文化も色濃く有することもあって、日本で有数の観光都市・国際観光文化都市として修学旅行生や外国人など年間5000万人の観光客が訪れます。
京都盆地に作られた京都は四方を山に囲まれ、東に鴨川が西に桂川が流れる場所に中国の風水に基づき計画的に街並みが設計されていて、東西南北を碁盤状に通りが通っているのが大きな特徴です。
その市内には数多くの町屋と呼ばれる古い木造住宅の家が今も残されているほか、清水寺や金閣寺、龍安寺などの世界遺産に指定されているものも含めて数多くの寺社仏閣に出会うことができます。これらの寺社では春は桜、秋は紅葉が見事で、春と秋のシーズンは特にたくさんの観光客で賑わいます。
その外にも7月に開催される勇壮な山鉾が市内を巡行し大変な賑わいを見せる祇園祭や、8月の大文字と呼ばれる五山の送り火も京都市を代表する伝統行事として数多くの人々に親しまれています。
京都府の中西部、南丹地域に位置する人口約9万2千人の都市。旧名は「亀山」でしたが、1869年に三重県の亀山市と混同を避けるために亀山から「亀岡」へと改称され現在に至ります。
京都市西部に隣接することから古くから京都市中心部と深い関わりと持っていますが、1980年代以降は大阪府との府境付近に、ニュータウンが開発されたのを機に京都・大阪の衛星都市の側面を持つようになりました。
古くは旧丹波国の最南端、山城国・摂津国の境目に位置し旧丹波国内の中心都市でしたが、安土桃山時代に入ってあの明智光秀が丹波統治のため丹波亀山城を築き城下町を形成したことで現在の亀岡の礎が築かれました。
亀岡盆地と周辺山地を中心に都市が形成され、盆地のほぼ中央を大堰川・保津川(桂川)が流れ、保津峡等の豊かな自然が亀岡の貴重な観光資源となっています。嵯峨嵐山へと続くトロッコ列車と保津川下りは京都観光の名物として有名であり、また他に湯の花温泉が亀岡を代表する観光名所として知られています。
特産品としては丹波松茸、丹波黒豆をはじめとする京野菜や、亀岡牛、丹波地鶏、鮎、猪などが名高く、京都の一流料亭やレストランを支えています。