大会データ

- 日時
- 2012/2/4(土) 10時0分(スタート)
- 場所
- 愛知県一宮市光明寺浦崎21-3 国営木曽三川公園 138タワーパーク内
風紋の広場(大会会場&スタート)~愛岐大橋(7.5kmごと折り返し地点)
30kmコース(一般男子39歳以下の部)
- 主催
- アールビーズスポーツ財団
- 共催
- 中日新聞社
- 主管
- 愛知陸上競技協会
- 後援
- 中部地方整備局木曽川上流河川事務所、一宮市、江南市、木曽川三川公園管理センター
- 天候
- 晴れ
- 記録
- グロス:2時間46分05秒
ネット:2時間45分34秒
- 関連リンク
- ・ 名古屋30k 公式サイト
・ 国営木曽三川公園
・ 138タワーパーク
・ JR東海 尾張一宮駅
大会前
愛知県とは
日本の中部地方に位置し太平洋岸に面する県で面積は約5164km2。人口はおよそ740万人(2011年2月現在)で岐阜県・三重県とともに東海地方を形成している(静岡県を加えることも)
県庁所在地は名古屋市で、東京23区と横浜市・大阪市に次ぐ人口で関東・関西とともに日本の三大都市圏を形成している。ちなみに管理人はここ愛知県の名古屋市出身である。
旧国名は西が尾張、東が三河で現在も尾張地方、三河地方と分けられて天気予報なども予報が出されている。実際文化や風習、そして方言も2つの地域では大きく異なといわれている。
戦国時代には尾張を織田信長、三河を徳川家康が治めていて、信長の家臣から天下人となった豊臣秀吉も含めてこの地方の三英傑と称えられ、江戸時代の大名の多くも彼らの配下から出ておりこの地方の出身者がかなりの割合を占めるなど、この時代の政治や文化を形成する中心となった。
地形は尾張地方には濃尾平野という広い平野が広がり、海岸には知多半島と渥美半島という2つの大きな半島があり、岐阜との県境には木曽川・長良川・揖斐川という木曽三川が流れている。
そして気候はというと典型的な太平洋側気候で夏は高温多湿で非常に蒸し暑く、冬は乾燥した晴天の日が多いのが特徴だ。
またトヨタ自動車の地元ということもあり自動車産業が県の一番の中心産業で、世界的規模の企業ということもあり県の経済規模も非常に大きなものとなっている。
他にも中京工業地帯の中心として工業が盛んな他、東三河を中心に農業も盛んでキャベツや大葉などが全国1位であり、農業出荷額も全国5位の規模を誇っている。
一宮市とは
木曽三川について
大会前日まで
Start 00:00:31
5KM 00:27:07 0:26:36
10KM 00:53:14 0:26:07
15KM 01:20:02 0:26:48
20KM 01:47:08 0:27:06
25KM 02:15:33 0:28:25
Finish 02:46:05 0:30:32
大会前日
大会当日
自宅から名鉄名古屋駅へ
名鉄名古屋駅から名鉄犬山駅へ
名鉄犬山駅から大会会場へ
大会受付~開会式(本田恵美アナの登場)
着替え~荷物預かり~トイレ
スタート前(スタート地点へ移動)
スタート~コース説明
レース序盤(5キロ地点まで)
レース中盤(5キロ過ぎ~10キロ地点まで)
レース後半(10キロ過ぎ~15キロ地点まで)
レース終盤(15キロ過ぎ~残り3キロ地点まで)
レース終盤(残り3キロ~ゴール)
レース後
ゴール直後~お茶・お味噌汁・おしるこのサービス
表彰式~着替え
昼食(鮎釜めしの店にて)
帰路・後日談
帰路
後日談
■2月3日金曜日
朝は目覚ましで9時20分に目覚める、少し寝覚め悪いがシャワー浴びたり明日の名古屋での30キロ走に向けて荷造りしたり、その後この日職場見学の任天堂のサイトをチェックしていろいろと勉強しておく
9時半過ぎにテンプスタッフ山中氏に電話して自宅の印刷機の調子が悪いのでPDF送るので印刷出して欲しいと依頼、容量オーバーもありmori4.comにデータ置いてダウンロードしてもらう
12時ぐらいに朝昼兼用でニッスイの冷凍ちゃんぽんを野菜一日これ一杯と牛乳と一緒に頂く
結構バタバタだったが何とか準備できると12時45分に十条駅改札待ち合わせだったので12時25分ぐらいに部屋を出発、自転車で急いで向かうがそんなに時間かからないと思ったら結構かかり、しかも五条烏丸まで行って烏丸通を南に向かい東本願寺の横を通って12時33分ぐらいに京都駅に到着すると自転車で駅を横切れるかどうか確信がなかったので再び堀川通へ戻りいつものルートで堀川九条まで行った
そこから九条通を通って烏丸九条の交差点で右に曲がり南へと進んで12時44分ぐらいにギリギリで烏丸十条に到着する、交差点の角にサークルKがあったのでそこに自転車停めて一度店に入るが何か買っている時間もなかったのでそのまま店を出て交差点の所で山中氏に電話する、すると山中氏の方もようやくの到着だったらしくそのまま改札出て外まで出てきてもらう、何とか無事合流すると歩きながら職場見学でどんな話をするかとか仕事内容についてある程度教えてもらった
そして予定どおり13時前に任天堂本社ビルの前に到着する、一度以前ビルの前を通ったことがあるがまさかここの面接を受けるとは思ってもみなかったので結構緊張していると率直な感想を山中氏に言う、まあそれでもいろいろと客と折衝したりしてそんなに緊張しなくなってはいたので自分を信じつつ山中氏の案内で入って左手の受付で入館手続きを済ませるとビルの正面エントランスから中へと入っていく、すると中はものすごい広いエントランスでシンプルな中にも高級感というか洗練された空間が広がっていてさすがに世界で活躍する一流企業だと思った
そして受付にいた受付嬢のお姉さんに山中氏が用件を伝えると入口入って左手にあった応接椅子に腰掛けて少し待つ、山中氏とそこで少し話をしているとほどなく声がかかりそのまま正面の通路へと案内されて応接しつに案内され中に入る、応接室も本当にきれいで洗練された作りだった
それから部屋に案内してくれてしばらく待っているようにと行ってくれた30代ぐらいの女性の方が人事の方だと山中氏から教えられる、入社してから知ることになるが名前は森永さんという方だった、その後時間にしたら数分だと思うが山中氏と席に座って待っているとしばらくして再びノックの音が聞こえてきて3人の男性が入ってきて自分たちの前に座った、そして簡単に自己紹介を受けるといつもの順番考えると珍しいことだが向こうの自己紹介と仕事内容についての説明から先にスタートする
自分から見て一番左が竹中さんという方でデザイナーなど部署の統括をしている方らしい、真ん中が上田さんという名前でどうやら今回のサイトの企画を進める部署のディレクターらしく、上田さんの下にデザイナーの女性がいてその方がデザインをしたものを元にサイトの画面を構築をするのが自分の仕事らしかった、それを聞いて最初デザインと聞いていたのでちょっとビックリしたのだが、逆にデザインはここ2度ほど嫌な思いをしていたのでメインでやりたくなかったし、自分はデザイン後のコーディングやサイト構築が最も得意なので逆に有難く思う
それから一番右に座っていたのがいかにも開発部門というかプログラミングに詳しそうなあんちゃんだったが名前チェックするの忘れる、後日山中氏に聞いた所によると小椋さんという名前だった、必要なスキルやツールについて説明してくれて、ブラウザではサファリやクロームにも対応するサイトで一番主眼に置いているのはサイトパフォーマンスの向上と最適化らしかった、このあたりはいかにも任天堂らしいというかユーザビリティ重視の自分とも共通する点が十分あったのでそれについては率直に話す、また必要なソフトもDreamweaverではなくてHTMLとCSSタグ打ちということなのでこれも自分が最も得意とすることなのでますます自分に合っていた、あとはjQueryなども使うらしいので最近自分が学習してきたことが大いに活用できそうだった
その後ようやくという感じでこちらの自己紹介も簡単にするが、あまり余計なことも言いたくなかったので出身が名古屋で大学が東京で縁あって京都に住むようになったことや、大学時代法律を学びその後WEB制作を志すようになったことについて簡単に話す、仕事の部分は思いっきり端折ったのだが、山中氏が一言入れたのでこれまでどんな事をしてきたかについてHTMLCSS標準のコーディングからMTやWordpressなども豊富に経験があることなどをアピールして、最後はjQueryも最近よく使っているということで締める
そして13時半ぐらいに30分ほどで職場見学が終了し、後で山中氏が電話するということで応接室の所で3人と人事の方と挨拶してエントランスから外に出る、山中氏いわくいい感じで説明できていたということで自分も同感だったが、あとは向こうがどう判断するかということといつ返事をもらえるかという事だった
任天堂のビルを出て退館手続きを済ませて外に出ると13時32分ぐらいになっていて、この日自転車で来ていてサークルKに駐輪したままだと伝えるとそのまま歩いて十条駅の方へ移動する、そこでもう一つ昨日職場見学したということも伝えて来週早々には結果が分かればという話でまとまり、自転車を回収してお開きとなった、それから烏丸通を北上して烏丸九条、堀川九条と移動して堀川通を通って五条通といういつものルートで四条大宮へと戻ってくる、緊張もあったし撮影どころではないといこともあってそんなに写真は残せなかった
部屋に戻ると時刻は14時過ぎぐらいであまり時間もないが荷物はほぼまとまっていたのでそのまま14時20分ぐらいには部屋を出ることができる、この日は時間もないので自転車で移動して丹波口へ向かうが途中14時14分に山中氏から電話が来ているのに気づいて駐輪場に駐輪しつつ話をする、すると16日から勤務開始ということで決定だが、ただ契約の締めなどもありとりあえず2月16日から3月15日の1ヶ月の契約になるという話らしくて、それはそれで使えない人間だと思われてまで会社に長居する気もないのでいいのだが、会社都合の退職になるかだけ確かめておきたいということでハローワークに聞いてから返事をするということになる
自転車を駐輪するがチェーンの鍵がないことに気づき部屋に忘れた可能性もあるのだが確かめようもないので仕方なくもう一つの鍵だけ施錠して信号渡って駅へ向かう、14時半前に丹波口駅改札前に到着し切符売り場の前にきたあたりで山中氏との話が終了し、それから名古屋までの自由席の切符を購入して領収書ももらう、ただ昨日からの大雪の影響でだいぶ遅れているらしく20分だか40分と言われたのだがその時はまだそんなに気にしていなかった
それから階段途中の鷹の爪団のポスターを撮影してホームへ上がると14時38分発の嵯峨野線で京都駅へと向かう、京都駅へ到着するとそのまま新幹線乗り場へと移動する、その途中14時43分に再び山中氏から電話かかってきて話をしてから、改札通ってエスカレータ登りホームへ移動するが、いつもあるそうだ京都行こうのポスターはこの日はうるわしの奈良へになっていた、14時47分には余裕を持って14時52分発ののぞみにいつもどおり1号車から乗車する
ところがこの日は大雪の影響がもろに出ていて、出発こそほぼ定刻どおりだったもののここから相当な遅れになり最初から40分ぐらい到着が遅れるというアナウンスがあったのでハローワークに間に合わないのではとかなり焦る、しかもかなり混んでいて3人がけの席の真ん中に何とか座れるというぐらいの乗車率だった、とはいえイライラしても仕方ないので狭くて大変だったがPC出して日記とまとめたりしていたこともあってさほど時間が経つのは長くは感じなかった
明らかにゆったりとしたペースで進み途中米原から先では雪がすごく降り積もっていて右側のおばちゃんだったか乗客も外の撮影をしていて自分も撮影する、てんこ盛りという感じで積もっていてマシュマロみたいで美味しそうなぐらいだった
16時3分ぐらいに新幹線は予定より35分ぐらい遅れて名古屋に到着する、普段なら35分もかからないのに1時間10分ぐらいかかってしまった、そしてハローワークが17時15分までに入らないとまずかったのでとにかく急いでホームを歩き下に下りて改札を出て地下鉄乗り場へと向かう、確かその途中名古屋タカシマヤの前あたりで親に電話するが星ヶ丘に着いたら電話くれと言われてまあ仕方ないということでそのままマナカで改札を通り何とか16時10分ぐらいに地下鉄東山線の乗ることができると、20分ぐらいで星ヶ丘駅に到着した
16時半に改札出たあたりで再び電話する、するとすぐに迎えに来てくれるということで星ヶ丘三越の横の坂の所で待つことになり、その間にハローワーク名古屋東に電話をして時間大丈夫か確認するがやはり17時15分までに行かないとまずいらしかった、そうこうしていると父親が到着して車に乗り込み、仕事任天堂に変わる話などをしてハローワークにも行かなければいけないことを話すと、家に到着したらすぐに行ってくれることになる、実家に到着するとすぐに自分の部屋に向かって雇用保険被保険者証などクリアファイル一式を持って再び車に乗り込み、父親の運転でハローワーク名古屋東へあっという間に到着、17時過ぎぐらいで十分余裕を残しての到着となった、父親には駐車場で待ってもらって自分一人で中に入る
ところが名古屋と京都と両方に住んでいるようなものなのに京都に住んでいることを正直に言うとこちらでは受け付けられないからといって手続き自体を拒否される、最初30代か40代ぐらいの女の係員が対応してくれていたのだが埒があかずに40歳ぐらいの男の責任者っぽい奴が出てきて京都の方に行ってくれの一点張り、これだけのために名古屋に戻ってきた訳ではないので別にいいというか、それならそれで仕方ないのだが言い方がムカついて噴飯ものだった
二度と来るかと思いつつも再び中に入り京都西陣のハローワークの電話番号を聞いてから外に出る、そして待っていてくれた父親の車に乗車すると助手席に座りながら17時9分に電話をかけ、もう一つ確認しておきたかった1ヶ月で任天堂もしダメだった場合にテレビ愛知とNTT時代の6ヶ月を合わせて会社都合で失業保険受けられるか確認してみるが、こちらも最初に何度も失業保険受けていることを伝えたせいかあまりいい反応ではなかったので改めて聞き直すことにする、結局失業保険関連については収穫なしで無駄骨となってしまい京都に戻って6日月曜日に出直しとなった
それからようやくという感じで実家に戻ってきて、2階の自分の部屋に上がって17時半過ぎに再び山中氏に電話しハローワークの結果を伝えるが、もう一度京都のハローワークに行って確認しないといけなくなったことなど説明し、更に1ヶ月の勤務で雇用保険がかけられるかを確認してもらうため一度電話を切る、それからしばらくPCでデータの整理整頓などしていると18時20分ぐらいに電話がかかってきて、雇用保険自体はかけられるらしく、それを踏まえた上で自分が改めてハローワークに相談することにして、週明け6日の午前中に電話することを約束して電話を切った
しかしまだやる事は残っていて今度はすぐに西友の横のドラゴンへ散髪をしに向かう、まだ日陰になっている所には雪が残っている中歩いて向かい18時27分ぐらいに店の前に到着、店内に入るともう結構遅くということもあってすぐに散髪をしてもらうことができようやく頭もスッキリすることができた、帰る時はスタッフ総出で送り出してくれて何だか恐縮するがやはりできる限りここで散髪したいと思いつつ店を後にする
これでようやくこの日最低限やっておかなくてはいかなかったことは全部終了し実家へと戻ってくる、リビングに入ると弟二人も食事中で挨拶しつつさっそく晩御飯を食べることに
豚キムチ鍋野菜やカキ入り、ステーキ2枚、トマトとポテトサラダ、サーモンの刺身、胡瓜の浅漬け、ローストビーフサラダ、それにこの日は節分ということもあって恵方巻も後で黙って北北東を向いて食べた
テレビは金曜日ということでニュースなど適当に見つつ、スポーツではちょうどキャンプイン直後だったので川上中日復帰など楽しみもあるという話になった
22時ぐらいに隆惠さんに電話かけるが電話に出ないでちょっと困るも22時18分ぐらいになり風呂入っている途中にようやく隆惠さんから電話かかってきて風呂出てから22時23分に折り返す、少し話をして明日のマラソン30キロ頑張るという話などをした
それから再び下に下りて晩酌という感じでいわしの煮付けと鍋の残り、日本酒の女城主などで晩御飯の続きを食べた
ドラクロワ森三中やニュースなどのテレビを見てから0時ぐらいから慶彦と1時半ぐらいまでこの1ヶ月勉強したjQueryなどいろいろと教えてあげる
その後データの移動や整理を頑張りようやく長い一日が終了
2時40分ぐらいに寝るが、何時に眠りについたか分からないが寝付くまで結構時間かかった
■2月4日土曜日
この日は名古屋30kの日で朝目覚ましで6時40分に起きる、荷物だいたい分けてあったが下のCW-Xのパンツだけ履いてあとはスーツに防寒具を着込みニットの帽子も被る
朝は母親が準備してくれていて7時10分過ぎにカルボナーラと恵方巻の残りを牛乳とともに頂く、他に昼ご飯用におにぎりなども準備してくれていて感謝だった
星ヶ丘で7時44分発の地下鉄東山線に乗る必要があったのだが、7時30分過ぎに父親の車で星ヶ丘まで送ってもらう、途中兄の話になりどうやら無事オペレータの仕事だが職にはつけたらしい、7時36分ぐらいに星ヶ丘に到着するとレクサスの前あたりで降ろしてもらい地下へ移動、マナカで改札通ると予定より1本早く7時38分の電車に乗れて無事名古屋駅へ、問題なく座れたと記憶
7時57分ぐらいに名駅に到着すると改札を出てそのままJR乗り場に移動、尾張一宮駅までの290円の切符を買って改札を通りいつも米原へ向かう際に乗っている6番ホームへ、ベンチに座って待っているとすぐに電車が来て8時10分発の特別快速で岐阜方面の電車に問題なく乗車し座ることもできた
何度となく利用している東海道線で岐阜や大垣、米原では降りた経験があるが、尾張一宮駅で下車するのは最近利用しはじめてからは経験がなく多分初めて、一つ目の駅ということであっという間の感じで8時20分に到着する、降りた経験ないのでホームの辺りを軽く撮影してから白い壁に覆われた階段を下りて改札へと向かう
改札に到着すると構造が岐阜駅に結構似ているだけでなく、岐阜駅にもあるモスバーガーもあった、それに加え左奥にはロッテリアがあってその店の左側を進んでいくと名鉄バス乗り場らしいのだが、ロッテリアの店の横に沿うような形でもう既に大変な行列ができていてちょっとビックリだった
自分もすぐに列に並ぶが最初はまったく動かない状態、マナカも使えるらしいがチャージしてなかったので現金で払うことにし、少し待っているとようやく行列が動き出し自分がバスの前まで来た時にはもう8時37分になっていた
1本目にはまったく乗ることができず2本目ぐらいのバスに乗り込みラッキーなことに何とか車両後部右側先頭の所に座ることができる、少し経ってから整理券を取っていないことに気づき慌てて取るが始発だったので別に必要はなかったらしい、そして自分の後ろにもまだかなり人が列を作って待っていたのだが、次のバスしばらく時間かかると係員が言っていたため結構たくさん乗り込んできてすし詰め状態となり立っている人たちは身動きがほとんど取れない状態だった
8時40分ぐらいにバスが出発し、次のバス停でも男子学生っぽい3人組ぐらいが乗り込んできて更に混雑する、30分ぐらいかかるらしいのでPCでも出して作業したい所だがあまりに窮屈なので諦めてゆったりと座っていた、ちなみにバスの中では自分のすぐ左横に女子二人組が立っていて今時の女子という感じの会話を交わしていた、ヨガに行ってきたとか、米を切らしているとか、マラソン走るの久しぶりだとか聞いていてふわっとした何とも緩い会話だった
そんな感じでのんびりしつつ30分ぐらい経過した9時7分、ようやく次のバス停が目的地の138タワーパーク前だというアナウンスが、すぐにタワーのような建築物が見えてきて、前もってネットで見ておいた公式サイトで見かけたのと同じだった、そして9時11分に到着すると名鉄バスは料金後払いのため結構時間かかりながら徐々に乗客が降りていくのをしばらく待つことに
大混雑で結構時間がかかり前の方がほとんど降りてから自分も動き出す、100円を両替で崩して380円を運賃箱に入れて外に出ると、バスの中はかなり暖かかったが外はかなりひんやりしていて気持ちも引き締まってくる、周囲には日陰を中心にまだ雪がかなり残っていた
まずは周囲の様子を撮影してからタワーの方に向けて移動する、タワー以外は大きめの駐車場や橋などが目立つ他はよくある大きめの運動公園などで見かけるような光景が広がっていた、しばらくはタワー周辺の看板やら撮影したりしていたのだが、タワーの近くまで来たあたりで急に冷えた所に出たためか急に腹が下ってきてトイレに行きたくなってしまう
そこでタワーの前にあった周辺地図で確認するとタワーの所にトイレの表示があったので少し探ってみるが、建物の中にしかなさそうだったのでタワーをぐるっと回って右の方にある休憩所を目指す、するとやはり休憩所にはトイレはつきものということでちゃんとあってホッとしつつ中に入るが、すると大きい方は3・4人ぐらい待っていて数分我慢しなければならなかった
それから自分の番になると用を足すが、奥の大会会場からはもういろいろな催しが始まっているような感じで声が聞こえてきてちょっと急ぐ、9時19分ぐらいに着いて27分ぐらいにトイレから出ると目の前のそびえるタワーをもう一度撮影してから、そのまま遊具などもちらほら見える公園の広場のような所を横切ってマラソンランナーらしき人たちがたくさん集まっている方面へ移動するが、途中の地面は相当な雪が積もっていた
更に奥へ進み遊歩道のような所に出ると下は河川敷のようになっていて、そこに白いテントや大会のゲート、それにステージなどもあり賑やかにスタート前のセレモニーが開催されている様子だった、後でサイトを調べてみた所どうやらそのあたりは風紋の広場と呼ばれているらしい
その時はあちょうどストレッチか準備体操が始まっていたようで皆一生懸命体を曲げたり伸ばしたりしていたが、自分はとにかくまず受付済ませて着替えなければいけなかったので、周囲の様子を写真に撮りつつも下へ降りる階段の方へ向かう、ちなみに上の遊歩道と下の河川敷の間には土手というか緩やかな傾斜があるのだが、そこはまだ完全に雪が積もっていて真っ白な部分も多かった、そしてちょうどタワーの正面に下りる階段があってそのあたりまでストレッチをしているランナーがいたが、それをかき分けるようにして下へ降りると降りてすぐの所に大会のゲートがあり、それをくぐると選手受付のテントが並んでいた
さっそくハガキをカバンから出して写真に撮りそれから受付スタッフに渡して9時30分ぐらいに無事受付を完了させてゼッケンを受け取る、そしてそれが済むと右奥にはステージもあってなにわ淀川30k&10kの時にも会場アナウンスをされていた女性の方がまた元気に場を盛り上げている所だった
その時点で昨年9月の淀川30k&10kと同じ主催者がやっているのだという確信はあったのだが、テントだけじゃなく更衣室や荷物預かり所も同じような感じで設置されていて、どれも本当に良く考えられていてこの主催者の大会は安心して参加できると改めて感じた、その後会場アナウンスでもやはり30kというのが昨年から東京大阪と開催されていて9月には淀川であったことにも触れていたし、東海地区が初開催だということも触れていた
それを楽しみたかった所だが時間もあまりなかったのですぐに左奥の荷物預かり所の更に奥にある男子更衣室へと移動する、中はそれなりに人で混雑していたものの入口の一番奥、反対方向の角の所にスペースがあって、そこで着替えることに、靴下を脱ぎゼッケンつけて上下着替えて帽子被り、ストップウオッチもはめてと懸命に着替えたがかなりスタート時刻は近づいていて、更に荷物を整理してまとめて携帯電話のバッテリーもフル充電の予備に替えてから更衣室出た時にはもうスタートの10時の10分前ぐらいになっていた
それから荷物預かり所に移動し入口の所でタグに黒いマジックで自分のゼッケン番号を記入する、荷物はコートとかスーツとかがかさ張り過ぎてノートPCなど入れている仕事用のカバンが入らず2つに分けざるを得なかった、それでも2つにタグを付け終わると預かり所の中に入り、自分の該当するゼッケン番号の棚を見つけてそこに荷物を預けたのだが、もう結構遅かったせいもあって設置されていた棚はほぼ埋まっていて、若干他の人の荷物を移動すれば隙間を作れないことはなかったのだが、棚の下の地面の所の一番角に荷物を置いた、まだ日陰になっている所は溶けた雪が凍っていたが、逆に日向は雪が溶けているものの水でびしょ濡れになっていたので、それよりはましだということで日陰部分に置いたのだった
荷物を置き出口を出ると手にはいつもの黄色いタオルと携帯電話とバナナにヴァームゼリーが残され、貴重品はいつもどおりズボンのポケットに入れておいた、それから大変な行列ができている簡易トイレの横を通り、受付テントの反対側にズラッと並んでいる飲食物の配布テントに向かうとレース前給水もやっていたので、ヴァームゼリー飲んでバナナを食べてから水を一杯飲む、そうこうしているともう上の遊歩道にはたくさんのランナーたちがズラッと並んでいて、スタートが近いことを物語っていた
自分もレース前の補給が済むとタワー前の階段から上に上がるが、ランナーの列はこのレースは素晴らしいことに目標の1キロのタイム毎に早い方から前に並べるので、自分はとりあえず前に進んでいき5分30秒のプラカードのある所まで移動する、その間中ずっと場内アナウンスの女性がスタートラインの所でレースを盛り上げようと一生懸命話をしてくれていて、自分もそのスタートライン付近の様子も撮影したかったので更に奥へ向かいランナーたちを正面から撮影することができる、それだけやるともう大満足だったので再び5分30秒のプラカードのある所まで戻り、あとはスタートを待つばかりとなった
とはいえもうスタート間近だったのであっという間に3分前、2分前、1分前となる、この日はデジタルビデオカメラも持っていたのだがさすがに持って走る訳にはいかなかったので、携帯のカメラ機能で動画も少し撮る、そしてスタート10秒前直前にも動画撮影をし、ピストルの音とともに華々しくレースが動き出した、その後も元気な女性の声でランナーたちは送り出され、スタートラインの左右にはわざわざ応援に来てくれた人たちも声を出していてさあやるぞという感じでスタートラインを通り過ぎる、スタートの合図からちょうど30秒時間がかかったのでネットタイムはマイナス30秒ということになる
この日の朝は3時間ちょっとぐらいしか寝る時間がなかったのだがそれでも体調は妙に良くて、あとは昨年12月の長居での30キロレースを経験していることもあって、更に今回はペースメーカーもいるので5分30秒のペースメーカーの後ろで序盤からかなり余裕を持って走ることができた、そのあたりがハーフにはないゆとりでまったく無理なく走れるのが個人的には気に入っている
スタートラインを通過すると最初の1キロぐらいまでは今回のコースでは唯一舗装されていない土の遊歩道で、この日は端の方はまだ雪が積もっていたものの真ん中あたりは雪は溶けていて、その溶けた水のために泥だらけの状態で若干走りづらくぬかるみを避けながらの走行となる、後で知ったのだがどうやら大会開催前に朝早くだと思うがスタッフが懸命に雪かきをしてコースコンディションを整えていてくれていたらしい、そういうことを聞くと本当に頭が下がる思いだ
数百メートルそんな状態の道を走ると緩やかに下りになるあたりで徐々にぬかるみが少なくなり、やがて左右に木々がたくさん生い茂る林に挟まれた道へと変わる、そして少し走ると1キロ地点の表札が左側に見えてきたのだった、結構大きめで分かりやすく設置されていたのでその後も見落としたりすることはまったくなかったと記憶している、そして今回のレースは片道7.5キロのコースを2往復するので1キロ地点の表示と同時に16キロ地点の表示もあった、時刻は記録によると10時6分24秒の通過だが6分10秒ぐらいだったと記憶している、出だしとしては若干緩めのようにも思われるが、ネットタイム計算でマイナス30秒すると5分40秒と若干遅い入りにも思えるが30キロ走ることを考えるとまあこんなものだと思う、前回の30キロ同様に最初はゆったり入ったことが最終的には好記録を生むこととなったからだった
それからしばらく林の中を走るとやがてヘアピンカーブのようなものすごい急なカーブを曲がりの下り坂に差し掛かる、往復で戻ってくる時には結構キツい上り坂になるであろうことを想像しながら一度目は下っていったのだが、事実ゴール直前の2往復目の後半にここに差し掛かった時には結構キツいことになるのである、そしてそのヘアピンカーブを下るとしばらくは直線の道が続きその途中で2キロ地点の表示を通過する、10時11分24秒で自分ではそんなに早いタイムで通過したつもりはなかったのだが1キロ5分ぐらいで走っていたらしい、ただまったく無理はせずにその後も5分30秒のペースメーカーの少し後ろあたりについていく形で走っていくことになる
ところが2キロ地点を過ぎて少しカーブになっている道の途中あたりでそのままのペースだと若干遅すぎるなあという印象というか体がそう訴えていた感じがしたので、自分の体が速くもなく遅くもないと感じるレベルで走ろうと決意し5分30秒で走っているランナーやペースメーカーたちを追い越して自分のペースで走り始める、するとやはり若干自分のペースよりも遅いようで徐々に徐々にではあるが後ろのランナーたちを引き離していったのだった
そしてそのあたりからはずっとまっすぐの道が続くのだが右手が少し高く土手のようになっていたので風もまったく吹いてこなかったし天気もほぼ雲ひとつなく日も出ている快晴だったため最初の7.5キロは少し暑いぐらいだった、ちなみに逆に折り返してからは冷たい風が正面や横から吹いてきてかなりきつかった
やがて3キロ地点を通過し10時16分38秒の通過で1キロ5分24秒、その時の走りがまさに自分の理想のペースに思えたのでその後も1キロ5分20秒前後のタイムを維持していければという目標を立ててその後も走り続けることとなったのだった
30キロ走ということもあってかハーフほど参加者が多くないし無駄にペースを狂わせるランナーもいないので3キロ地点では驚くほどコース上もゆったりと余裕があったが、そうこうしているうちに10時21分40秒過ぎぐらいに最初の給水所を迎える、ここは問題なく給水を済ませるとすぐに4キロ地点の表示を迎え10時21分56秒の通過で1キロ5分18秒とまたしてもいい感じでの通過となる
その後も同じような景色の続く直線が続くが3分ほど走ると上に高架が通りその下が少し狭い登り坂になっていてそこを登って土手の上の道へと復帰する、その後も同じように直線が続くのだが今度は上から土手の下の景色を見下ろすような形での走りになり今までと若干視点が変わるので飽きないという意味ではいい景色の変化だった、周囲の空も青一色に近くて見下ろす形の眺めが個人的には非常に好きでその後折り返しまでいい気分で走ることができる
そうこうしているとあっという間に5キロ地点を迎える、10時27分26秒の通過だが5キロ地点にあった時計は27分4秒の表示だったのでスタートは10時00分22秒ぐらいだったことがこれで分かる、1キロ5分30秒ぐらいで5キロもロスタイム除くと26分30秒ぐらいでほぼ理想というか予想していたのと同じタイムで5キロを通過することができたのだった
その後も快調に足を運ぶが3分ほど経過した10時30分38秒ぐらいに既に折り返しを終えて引き返してくる先頭のランナーの姿が見えてくる、「先導」と書かれた自転車に乗った男性の先導で当然だが自分たちとは明らかに次元の違う走りであっという間に駆け抜けていってしまう、上下黒の競争着で結構独走だったと記憶している
それからしばらくすると6キロ地点に到着し10時32分24秒の通過で1キロ4分58秒と少しタイムが上がるがまったくペースを上げた印象はなかった、そしてそのあたりから左手に見える木曽川の本流との間には河川敷のグラウンドが広がっていて奥の方までずっと続いていて野球やサッカーをしている人たちを見下ろすことができた、グラウンドまでは土手の上の遊歩道から下り坂を降っていくと行けるのだがその傾斜のあたりにはまだ雪が色濃く残っていた
その後も左手にグラウンドを望む形で7キロ地点の通過、10時37分40秒で1キロ5分16秒と相変わらず理想的なタイムを刻み続けていた、そして天神社という建物が右手にあるらしいあたりで7.5キロの折り返しを迎えるのだが残念ながらその時はその建物にはまったく気づくことはなかった
10時40分8秒で折り返すとそこからすぐに下り坂になっていて後続のランナーを上の方に見ながら坂を下っていき、そのすぐ先に2度目の給水所を迎える、そしてちょうど給水所に差し掛かった所で上方にランナーの大集団がやってきてすれ違う、それが5分30秒のペースメーカーに先導された一団だったのだが、計算すると40秒から50秒ぐらい引き離していたようで手ごたえを十分に感じながら給水を済ませて1往復目の終了となるスタート地点を目指す
復路は前述のように若干風が強くて走るのが大変ではあったものの、後続のランナーたちとたくさんすれ違うので気分的には前向きに走ることができた、そしてほどなく8キロ地点を迎え時刻は10時42分50秒で1キロ5分10秒のいいペースで通過する、その後は更に3分ぐらい走る所で左手の山の所でシャベルカーが雪が積もる中を工事に勤しんでいたのが目についたぐらいで後は淡々とペースを刻んでいき10時48分6秒に9キロ地点を通過、1キロ5分16秒のいいペースで段々とランナーズハイというか調子に乗ってくるのが走っていて分かった
それから数分走った10時52分32秒ぐらいに反対側の往路の最後尾のランナーとすれ違い、ほどなく10時53分16秒ぐらいに10キロ地点を通過する、設置された時計のタイムでは53分11秒と書かれていてこの5キロは26分7秒と1キロほぼ5分15秒前後のペースをずっと維持して走っているという計算になるので大いに手ごたえを感じる、この1キロも5分10秒だった
10キロ地点を通過するとほどなくして先ほど登った坂を今度は下り、高架の下をくぐって再び土手に沿うように下に続く遊歩道を走っていく、10時58分32秒に11キロ地点を通過しこの1キロも5分16秒とまずまず、昔はハーフを走っていて10キロを通過するとそこからが正念場という感じだったがかなり成長したものだと感じつつ更に先へと足を進めていく
それからしばらくは淡々と走り続けていたのだが11時00分48秒ぐらいに再び先頭のランナーとすれ違うが、往路の時と同じ黒シャツに黒パンの選手だった、更にそれから少し走った11時1分44秒ぐらいに3度目の給水を迎えると問題なく給水を済ませる、そして12キロの通過は11時3分54秒でこの1キロも5分22秒とまずまずのペースだった
その後もひたすらまっすぐ続く道を走り続けていたのだが、しばらくして現れた高架をくぐったあたりで奥の方にスタート地点そばにそびえ立つ138タワーパークが見えてくる、まだまだ小さい点だったが目標となるものが見えてくるとやはり元気が出てくるものだ、そして11時9分18秒に13キロ地点を1キロ5分24秒のペースで通過するとスタートして間もない頃に通ったヘアピンカーブの坂が見えてくる、今度は登り坂で左上方を見ると先行するランナーたちが苦しそうに坂を登るのが目に入ってきて若干苦笑いしつつも、気合を入れ直してその坂へと挑んでいく、もちろん大変は大変だったが宇治川のラスト数キロ続く坂やかっとび伊吹などを経験していることもありさほど苦しくは感じずに走り切ることができたのだった
坂を登り切ると再び林の間の道に変わり、その途中に14キロ地点の表示を迎える、時刻は11時14分40秒でこの1キロは5分22秒と急な上り坂があった割にはいいペースでカバーできていた、そしてそこを抜けるとスタート直後にも走ったぬかるんだ土の道を気をつけながら走っていき、それが終わり舗装された道に変わると向こうの方にスタート&ゴール地点であるゲートが見えてきて、司会進行役の女性が元気な声でランナーたちに声援を送っているのが聞こえてくる、15キロの折り返しまではあと少しとなっていた
15キロの折り返し地点では折り返しのポールを曲がってすぐの所で場内アナウンスの女性と皆がハイタッチして折り返していて自分もハイタッチをして折り返していったのだが、やはりああやって熱心に応援してくれると本当に元気をもらえるのでありがたい、そしてその折り返し前の所に時計が設置されていてタイムはほぼ1時間20分ちょうどの1時間19分58秒で11時20分4秒の通過、この5キロは26分47秒でカバーしての通過だった、確か長居の時は1時間19分台だったので若干遅いがあの好調だったレースとほぼ同じペースで走れていることが分かり自信を深めつつ後半戦へと挑んでいく
15キロの折り返しだとここからまた今走ってきた距離をもう一度走るのかと思いたくもなりそうだが、その日はそんな気持ちはまったくなくて高いモチベーションで2周目に挑んでいくことができた、まずは再びぬかるんだ土のコースを慎重に走り、それから林の中を走る途中に16キロの表示を通過する、11時25分24秒で1キロ5分20秒でまずは2往復目最初の1キロを走り切る、ちなみに15キロの往復の際には5分30秒のペースメーカーの集団ともすれ違ったのだが、はっきりとは覚えていないがまだ30秒から40秒以上は引き離していたと記憶している
ちなみに今回は30キロ走ということもあって前半からあまり余計なものは撮影せずに走っていたのだが、後半はそれがより顕著になっていて距離表示と給水以外は余程印象に残るものしか撮影していない、そして17キロ地点は11時30分42秒の通過で1キロ5分18秒と相変わらずのいいペースを維持して走り続けていた
その直後にはまたペースメーカーに先導されてランナーの大集団が走っているのとすれ違ったのだが、タイムから考えて1キロ6分半のペースメーカーではないかと想像される
11時36分14秒に18キロ地点を通過し1キロ5分32秒と少しタイムが落ちるが、さすがにこのあたりになると若干エネルギー不足を感じ始める、するとそれを待っていたかのように4度目の給水を迎え、ここではドリンク以外にはじめてバナナを食べた、結構お腹が空いてきたのか写真に撮るのを危うく忘れかけてしまったが何とか途中で気づいて食べかけのではあるが写真撮影を済ませる
11時41分42秒ぐらいに19キロ地点を1キロ5分28秒で通過すると、再び少し狭い坂道を登り高架をくぐって土手の上の道を走りはじめる、そして淡々と足を進めていき11時47分12秒についに20キロ地点に到達、この地点に設置された時計によると1時間47分5秒で、この5キロも27分7秒とまずまずの感じで残りあと10キロを迎えることに、あと1キロ走ればハーフとほぼ同じ距離であり、ここからが本当の正念場だ
そしてここからは見晴らしはいいもののひたすら直線が続くのであまり書くこともなく写真も撮っておらずすぐに21キロ地点に差し掛かる、11時52分42秒の通過で1キロ5分30秒のペース、さすがに5分20秒前後というのは厳しくはなってきたが、まだまだ5分30秒ペースは維持できているので想定どおりのレース運びだった
それから左手に広いグラウンドと木曽川の本流を眺めながら走り続けると22キロ地点は撮影に失敗したらしく距離表示が唯一撮影できていなかったのだが、大体11時58分20秒ぐらいの通過で1キロ5分38秒のペースだった、さすがに20キロを過ぎたあたりから結構疲れは出てきていたのだが、まだまだ粘れていたのでまったく問題なかったし1キロ5分半ペースはほぼ維持できていたので気分的にも余裕のはずだった
ところがほどなく12時1分2秒に22.5キロの2往復目の折り返しを迎えてすぐの下り坂を下りていく途中、5分30秒ペースの集団が想像していたよりかなり近くに迫っていることに気づきちょっとビックリする、まだまだ最低でも30秒ぐらいは離していると思っていたものがもうすぐ後方といった感じになっていたのだ
結構焦り気味で5度目の給水を済ませると、更に23キロ地点の手前あたりで紐がほどけるアクシデントに見舞われる、ちなみに23キロ地点の通過は12時4分4秒で少し予想タイムをオーバーし5分44秒かかっていた
それからも後ろに5分半のペースメーカー迫ってくるのが分かり正直後ろ方突き上げられている感じで気分はよくなかった、そして結局靴紐も気になっていたし、明らかに5分30秒のペースメーカーが速いので、ここでコースを少し外れて紐結び直す、するとあっという間に抜かれて置いていかれしばらくするとその姿すら見えなくなるが、次のラップも5分半ぐらいで走っている印象があったのであのペースメーカーペース速すぎでは、とその時は感じた、実際24キロ地点の通過は12時9分52秒で確かに1キロ5分48秒かかっているのだが、靴紐結び直ししている時間をマイナスすればまだまだ5分30秒ペースに近かったのだった
まあ自分は自分のペースを守っていたので別にいいのだが、靴紐を結び直す時急に止まったのだが足が相当疲労していてついていかず少しフラフラに、結局10秒ぐらいそこでロスしたかもしれない
結局17キロぐらいまでは1キロ5分20秒を守れていたがその後は5分30秒ぐらいが多くなってはいたが、まだまだこのペースから大きく崩れない限りは前回の大阪での30キロ走とほぼ変わらないタイムでゴールすることも不可能ではなく、それも頭に入れてその後も気持ちを切り替えて粘り強く走り続ける
とはいえ24キロ地点過ぎからは急に足が動かなくなり5分半を超えることも増えていく、そしてようやくという感じで25キロ地点に差し掛かるが時刻は12時15分38秒の通過で設置された時計では2時間15分31秒、この5キロは28分26秒とやはりかなりペースは落ちていたがまあ仕方がない、この1キロは5分46秒かかっている
そこからはもう本当に自分との戦いというか粘りだけで走り続け、土手の上から坂道を下り高架を抜けて再び土手下の道に戻ってしばらくの26キロ地点は12時21分16秒の通過で1キロ5分38秒と若干ペースが戻る
27キロ過ぎて残り3キロからは更にタイム落ち足の疲れと空腹が半端じゃなかったのだが、ただその直前26キロと27キロ地点の間にあった最後の給水所でのキットカットでかなり救われる、体にしみるように栄養が体じゅうに巡るような気がして力が本当に湧いてきた、そして27キロ地点になると表示が残り3キロに変わっていて12時27分28秒の通過で1キロ6分12秒とさすがにペースがガタッと落ちて6分以上かかってしまう
更にここからも足が重くしんどかったのだが、更に追い討ちをかけたのが残り2キロ地点を通過し138タワーパークが見えてくると同じようにして視界に入ってきた例のヘアピンカーブの登り坂だった、ちなみに28キロ地点は12時33分40秒の通過でここも1キロ6分12秒かかっている、残り2キロ地点を切ってから3分ほど走るとその強烈な上り坂に挑むが、これが意外と平坦な道を走るよりは気持ちをこめることができて思っていたよりはしんどさを感じずに登り切ることができた、そうはいってもしんどかったのは間違いないが
しかしこの坂を登り切るとあとは林の中の道を通ってぬかるみの土の道を抜けて最後の直線ともうほんの少しだ、まずは林の中の道をくぐり抜けて途中に残り1キロの表示とともに29キロ地点を通過する、時刻は12時39分52秒でまたしても1キロ6分12秒とこの3キロまったく同じタイムで刻んでいた、それから道は土に変わり緩やかな坂を登るとだいぶ乾いてはきたもののまだぬかるんでいる土のコースを慎重に足を進めていく、この頃になると先ほどは点にしか見えなかった138タワーパークは見上げるようにそびえ立っていて大きく見えるようになっていた
するとそれを合図にぬかるみの道が終わり最後は舗装された直線を突っ切るだけとなる、ラストも司会進行役の女性の元気な声に出迎えられて感無量でゴールラインを通過することができた、タイムは手元の時計で2時間46分6秒、ロスタイムが30秒ぐらいあるので、前回の大阪30キロロードレースの2時間45分51秒を上回る自己ベストの好記録だった
ゴールすると時刻は12時46分になっていて、その後はゴールラインを記念撮影してから大会会場へと続く坂を下った所で白いバスタオルを配布していて受け取る、他のランナーも皆白いタオルを肩にかけていてやり遂げた感が感じられる光景だった、タオルを受け取るとそのままゴールゲートをくぐってまずTシャツ引換所で参加賞のTシャツとパンフレットなどを受け取ってから、フードとドリンク配布所へと移動しまずカップに入ったスポーツドリンクを受け取ってゴクゴクと飲んだ、
そしてここからがこの大会のすごい所でいろいろ飲み物やら食べ物の配布があり一つ一つ受け取っていくが、風が吹く中で体も冷えたし混雑していて結構大変だった、その間にちょうど表彰式やっている最中だったのだが皆そっちのけで食べることに夢中になっている感じ、それでも司会進行役の女性に促されると拍手をする人もいてここでもこの女性の頑張りが目だっていた
スポーツドリンクをカップで飲んだ後はまずヴァームの500のペットボトル、次にカップめんの配布コーナーでいつもよく食べている醤油とシーフードのカップメンと迷ったのだが食べたことがないというのが決めてになり中華そばのを1つ、それからりんごとみかんとバナナ、そしてドーナツと次々に受け取っていく、するとあっという間に両手が物でいっぱいになったので、一番左端のテントの左横に空いているテーブルがあったのでそこで体勢を立て直すことにして、ゴール後にもらったタオルを風呂敷代わりにしてもらったものを包んでから、お待ちかねのビールはアサヒスーパードライ、おにぎり、更にグレープフルーツジュースをカップで受け取った
そこまでで全て受け取ると時刻は12時56分ぐらいになっていて、それから表彰式の様子も1枚撮影してから再び先ほどのテーブルに戻ってここまで受け取ったものを全部並べて記念撮影を済ませる、それが済むとドーナツとグレープフルーツジュースは持ち歩くのも難しいのでそこで食べていくことに、30キロ走った後の食事だったのですごく美味しく頂けた
ドーナツとジュースを食べ終わると表彰式の模様をもう一度と大会会場図や完走者の発表一覧などを撮影してから荷物預かり所へと向かう、13時ちょうどに隆惠さんにも完走のメールを送っておいた
13時6分に預かり所に到着すると荷物回収してから更衣室へ向かう、そこで自分を記念撮影してなかったので1枚撮影してからストップウオッチのタイムも撮影し、それから着替えを済ませて13時27分ぐらいに更衣室を出る、前日雪が降りまだまだ寒かったので着替えが済むとだいぶ落ち着いたが、お腹はドーナツだけでは満たされなかったのでラーメンとおにぎりは食べていこうと決めお湯の確保に向かう、途中割り箸も忘れていたのでもらいに行った
お湯はテントとテントの間の真ん中あたりにテーブルに置かれていたのだが、あまりにたくさんのランナーがいたので全然足りずに係員の人がお湯を足しても間に合わず、しかも時間もしっかり待っていなかったので熱湯というよりはぬるま湯に近かったようで文句を言っている人もいた、自分も苦労して何とかお湯を確保できたが、器ごしに触った感じでは確かに熱湯という感じはしなかった、それでも温かいものが食べられるというのはこういう冬の大会ではありがたいものだ
カップめんにお湯を入れると白い椅子2組のところがちょうど空いたので座ることができる、机はなかったがもう一つの椅子に誰も座る気配がなかったのでそれを机代わりにしておにぎりとカップめんを食べはじめた、さすがにカップめんはしっかりと出来上がらなかったがそれでもおにぎりと一緒に美味しく食べられた
13時45分ぐらいに食べ終わるとデジタルビデオカメラが最後の最後でようやく出番となり、動画をゴール地点以外の大会会場ひと通り撮影する、その後スタート&ゴール地点も撮影しようとするが場内アナウンスで13時54分発のバスの次は1時間後しかないと言われてさすがに1時間も待つのはこの寒さの中では嫌だったし、タワーもできれば立ち寄りたかったが一人で疲れた体では楽しめそうにもなかったので、やはり帰ることを優先することに決める
そこで遠目から少しだけゴール地点撮影すると、重い荷物を抱えて慌ててバス乗り場へと急ぐが足が筋肉痛と疲労困憊で全然進まなかった、それでも何とか13時54分の時刻にちょうど間に合う、しかしものすごい行列になっていて座れるか不安でいるとほどなく14時ぐらいに来たバスは全然自分よりはるか手前で満員となってしまう
もっともその後すぐに臨時のバスが2本追加されてやって来たので、問題なく3つ目のバスに乗車でき、しかも後部車両右側先頭に何とか座ることもできた、14時3分ぐらいにバスが来て14時6分ぐらいに出発すると、あとは一宮駅までウトウト状態で過ごす、一宮駅に到着したのは14時29分ぐらいだった
一宮駅に到着すると行きに乗り込んだのとほぼ同じ位置でバスを降り、名鉄バスのドラゴンズ観光パックのちらしがいっぱい置かれている横を通って名鉄とJRの乗り場の方へと移動する、切符売り場の方へ到着すると時刻表に14時41分発の米原行きがあるのが分かり、急いで切符を買って領収書を自動で出し改札を通るとエスカレータでホームへと上がっていった
14時41分発の無事に乗り込むと客数もそんなに多くなく問題なく座れる、大垣米原間は雪の跡が色濃く関ヶ原も伊吹山も雪で真っ白で動画も撮影したりした、15時14分にもう一度電車に乗り込んだというメールを隆惠さんに送ると15時19分に隆惠さんからの返信が到着する
15時43分ぐらいに米原に到着すると米原もホームに雪が積み上げられていてすごい状態の中で琵琶湖線に乗り換えるため移動する、足が動かないが何とか先頭の列車まで歩いていくと、トイレ寄ってから席に着くが、15時48分の出発から彦根へ向かう途中まで先頭車両の運転室のガラス越しに線路がまっすぐ見える形での動画撮影をしたりした、その後はPCで日記まとめるがウトウト状態だった
16時42分に京都駅に到着すると「通話はやめてクエ!」という鷹の爪団のポスターを横目に嵯峨野線に乗り換えるため移動する、16時57分発の電車に乗り込むと17時ちょうどに丹波口駅に到着、改札前の精算機で京都から丹波口までの料金を精算するとカニカニエクスプレスなどのチラシを拝借してから改札を通り、駐輪場で自転車を回収して17時8分ぐらいに丹波口駅を後にする
それから17時12分に隆惠さんに電話し、隆惠さんの家に寄って合流してから一緒に自転車で買い物へ
グルメシティで買い物してスギ薬局でもちょっと買い物してから18時10分ぐらいに部屋に到着する
隆惠さんが晩御飯作ってくれている間に風呂準備して入る、19時45分ぐらいから晩御飯
黒毛和牛モモステーキ用2切れとカット野菜キャベツを食べようともやし炒めニラ入りと豚バラ肉で作った野菜炒め、川越シェフオススメのキムチ、この日のマラソンでもらったアサヒスーパードライに鍛高譚と黒霧島の焼酎をおかわり
18時半からの青空レストランはブロッコリー
19時から志村どうぶつ園、その後も世界一受けたい授業、世界ふしぎ発見、情報セブンデイズなど見ながら久しぶりに楽しく過ごす
喉渇いていてヴァーム残り飲む
20時半ぐらいにデザートに恵方スイーツチョコロールを食べハト麦ブレンド茶
22時40分ぐらいにお開きとなり自転車で隆惠さんを家までお送りする、グルメシティで買ったさくらパンダのパンなどお土産に
23時部屋に戻ってくるが金曜日からの任天堂の職場見学からはじまり名古屋~京都間の大移動で相当疲れていて、部屋もかなり散らかったままだがさっさと0時前に寝る
■2月5日日曜日
この日は休みで10時半ぐらいに起き、報道ステーションサンデーなど見ながらゆったり過ごす
12時からは別府大分マラソンの中継を見ながら昼ご飯、カンボジア代表としてオリンピック出場を狙うお笑芸人の猫ひろしや箱根駅伝優勝メンバーの東洋大の田中などが出場、ただ田中は注目されたものの10キロぐらいであっという間に脱落、猫ひろしは自己ベスト更新するペースで快調に走るが中継は残念ながら途中で終わってしまう、優勝したのは日本の実業団で活躍するアルン・ジョロゲ選手で2:09:38のタイムだったが、レース後の優勝インタビューのたどたどしい日本語が印象に残っている
昨日母親に用意してもらったおにぎり3つ鮭ふりかけに具は梅干し海苔で巻いたやつ、カニクリームコロッケ、玉子焼き2つにきゅうりの浅漬け、小海老天そば、キムチの残り、野菜一日これ一杯に牛乳
15時からはタカトシのおねだり牛肉宅配便、白鵬と相川翔、東尾理子がゲストで出てくる
16時20分ぐらいに自転車で外出、サイクリングで任天堂のビルをもう一度見学する、もう一度改めてみてみてここで働こうと決意、帰り九条のブックオフに寄っていって87分署1冊とドラゴンタトゥーの女の上巻を購入してから帰る
18時過ぎに自転車で西友に買い物してから18時40分前ぐらいに部屋に戻る
19時から鉄腕ダッシュ栃木のイチゴとか
おでん作りながら洗い物片付ける
20時直前にNHKが来る、BS写るだろうとか言われるが写らないのだから仕方ない、危うく大河ドラマ録画し損ねる所だった
母親からも電話来る、兄が急かしているらしい
その後イッテQ見つつ写真データの整理、海外の祭り宮川大介が挑戦オーストラリアの乳牛祭りは牛乳早飲み競争が大爆笑、温泉同好会森三中の肉の旅、20時半過ぎに隆惠さんから電話かかってきてしばらくするといらっしゃる
21時前ぐらいから大河ドラマ平清盛の録画見ながら晩御飯
おでんセットにウインナーともち巾着にこの日は牛すじも追加、キャベツミックスサラダ、柚子大根にご飯3杯、黒霧島と鍛高譚に宝焼酎新しく開けたのを飲む、デザートにショコラ&ミルクのシュークリームと生クリームチョコレートのイチゴ味がなかなかに美味しかった
宇治に花の寺とも呼ばれている恵心院という名前のお寺があるらしい
サッカー五輪代表最終予選対シリア戦
グランパスの永井選手にちなんで話をした際に永井の海苔知らないらしいことを知る、どうやら愛知県ローカルか
22時40分ぐらいにお開き
自転車で隆惠さんを家までお送りする、帰りフレスコで買い物サンドイッチや肉じゃがなど半額であったので購入して23時14分にレジ精算する
部屋に戻るとちょうど駐輪場の電気が消えるタイミング
洗い物だけ片付ける
Goingはカトゥーン亀梨が挑戦する読売の阿部の自主トレの続き
みかんとバナナだけ食べる
3時過ぎに力尽きて寝る
アクセス