兵庫県は近畿地方に属する県の一つで、大阪・京都とともに関西地方の中心を成す都市だ。
旧国名としては播磨・但馬・淡路の全域と、摂津(残りは大阪府)、丹波の西半分(東は京都府)、美作(佐用町以外は岡山県)と備前(赤穂市以外はほぼ岡山県)の一部を含む全部で7つの国にまたがっている大きな県で、本州両端の青森県・山口県以外で唯一南北の海(日本海と瀬戸内海)に面している。
人口は全国7位の559万人(2010年11月現在)でこれだけ広範囲にわたる県であるため風俗や習慣の違いも地域によってはかなり異なり、方言などもその地域が近い大都市の影響を受けて微妙に異なっているらしい。
そして中国山地を挟み北部と南部ではかなりの違いがあり、瀬戸内海に面し県庁所在地の神戸市を有する南部は東海道新幹線が通り関西の大都市・大阪に近いこともあり関西のベッドタウンとして大いに発展すると同時に日本有数の重化学工業地帯として多数の工場を抱えるなど目覚ましい発展を遂げているが、中部から北部にかけては農林水産業を中心とした緑豊かな地域が多く過疎にも悩まされているそうだ。
人口分布も当然南部に集中していて150万を抱え政令指定都市となっている神戸市を筆頭に世界遺産・姫路城のある姫路市、今回の大会が開かれた甲子園球場のある西宮市、大阪に面し県の最も東に位置する工業の盛んな尼崎市、日本の標準時に当たる天文台のある明石市など、上位に来るのはすべて南部の都市だ。
観光名所はこれだけの広大な地域を抱えるためここで整理するのは大変だが、100万ドルの夜景といわれ神戸牛が美味しく六甲山や神戸港、有馬温泉などにも近い港町・神戸と世界遺産の姫路城は最低限押さえておきたいし、北部にある城崎温泉という名湯も捨て難いところである。
次に西宮市はそんな兵庫県の南東部に位置する人口約48万人(県第3位・2010年11月現在)の都市で、西は県庁所在地の神戸市に面し東は大阪のすぐ近くというまさしく「阪神」の間に挟まれる非常に交通の便の良い立地だ。
そんな好立地の条件もあってか市内には大学や短大なども数多く存在し学生で賑わう一方で、関西の財界人・文化人なども数多く住み、セレブが集う隣の芦屋市などとともに高級住宅地ともなっている。
そして何といっても一番有名なのはプロ野球セリーグの人気球団・阪神タイガースの本拠地として、また春と夏の高校野球の開催地として全国的に有名な阪神甲子園球場があることであろう。ちなみに以前は阪急ブレーブス(現在のオリックス・バッファローズ)という球団もパリーグに存在していたが、その際には西宮球場を本拠地として2つのプロ野球球団が存在していたこともあった。
阪神甲子園球場については野球が日本でメジャーなスポーツとしてすっかり定着していることから、知らない人はおそらくいないというぐらい有名であろうが、プロ野球阪神タイガースの本拠地として、また春と夏には高校野球の舞台としても使用されている球児たちにとっては聖地であり憧れの球場でもある。
阪神タイガースが大阪でも大変な人気球団であることから勘違いされがちだが球場があるのは大阪ではなく兵庫県西宮市で、大正時代に開始された高校野球(当時は中等学校野球)の人気の高まりを背景に本格的な野球場の建設の必要に迫られて1924年の8月にオープンした。
所有しているのはタイガースの親会社でもある阪神電鉄で、多目的野球場として野球以外のスポーツやイベントなどにも使用されている。
名前の由来は球場が建設された1924年(大正13年)が60年ぶりに十干と十二支の最初の組み合わせ「甲(きのえ)子(ね)」となる縁起の良い年だったことから。
その後第二次世界大戦の空襲や1995年の阪神大震災なども経験、近年のフルリニューアル工事を経て80年以上が経過した現在でも現役で活躍を続けている。
甲子園の名物としては高校球児が試合に負けた後によく持ち帰っている「甲子園の砂」や内野席の銀傘に昭和初期に増設されたという応援席のアルプススタンド、それに球場の周りを覆う蔦(つた)などがあるが、蔦については2007年からのリニューアル工事の影響もあり元の姿に戻るまでは10年ぐらいかかるらしい。
他にもタイガースの応援歌である名物の「六甲おろし」やライトからレフトスタンドに流れる浜風、タイガースの7回裏のラッキーセブンに盛大に上げられるジェット風船など、とにかく名物には事欠かない球場だ。
今回の大会出場は9月24日に開催されたなにわ淀川30k&10k以来で、約1ヶ月半ぶりのレースとなった。
この10月から大阪の方で仕事をするようになって忙しくなっている中での大会出場だったが、前日の土曜日は自サイトの他に、日本シリーズの第1戦やフィギュアスケートのNHK杯開催などのスポーツ中継などを見たりして一日過ごした。
大会当日の朝は平日の仕事の時と同じ6時55分に目覚ましで起床。ひげ剃りなど準備をしつつ朝ご飯にはマラソン大会出場の日には恒例のボンゴレビアンコのパスタを牛乳とともに2つかき込んだ。
8時ぐらいに自宅を出発し予定どおり阪急で梅田へ向かうが、最近仕事の関係で該当区間の定期券を持っていたので交通費節約できてラッキーだった。
席はこの日は日曜の朝早くということもあっていつもの通勤時間帯に比べたら空いている方で、4人席の通路側に座ってミステリー小説の「パンチとジュディ」という作品を読みながらの電車旅だった。
8時53分頃に梅田に到着するとホームをまっすぐ進んで改札を通ってからそばのエスカレータを降り、マクドナルドの横を通って小ぢんまりとした飲食店の集まる高架の下をくぐり抜けると阪神百貨店前にある大きな歩道橋の所に出る。
そのそばにあった出入口から地下街に降りると、奥の方へと進んでいって9時ぐらいには問題なく阪神電車の乗り場に到着した。
それから阪神電車の切符売り場で甲子園駅までの260円の切符を購入すると、改札口を通って中央寄りに停車していたオレンジ色の車体の電車に乗車する。
その電車は9時4分発の急行で「尼崎」行きと書いてあったのだが、あまり神戸方面に詳しくなかったため尼崎が甲子園よりかなり手前にあるということは後で知ることになる。
車内は日曜の朝とはいえ昨年同じ感じで乗った時より妙に人も少なった。不可解な気がするもののゆったり行けると思ったのだが、最初の野田という駅を通り過ぎると次が「終着尼崎」とアナウンスがあったので一瞬うろたえる。
尼崎は甲子園よりかなり手前の駅でなぜ梅田~尼崎間だけ運行する電車があるのかは知らないが、いずれにしろ尼崎で降りて再び甲子園へ向かう電車に乗り換えなければいけなかったのだった。
それにしても梅田が始発のはずだとして、こんなに始発から終着までの区間が短い電車は自分が今まで経験した中では初めてかもしれない。
それから尼崎行きの電車は淀川を渡ってしばらくすると終着の尼崎駅に到着する。予想外の展開ではあったものの方向は間違っていなかったので慌てることもなかった。
ところがそんなゆったりとした気分でホームに出てからせっかくなので尼崎駅の周囲を撮影しようとしていると、甲子園に向かう急行電車がすぐに出発するといった感じのアナウンスが聞こえてくる。
そしてその急行電車というのが隣に停車していた電車を挟んで更に向こう側のホームらしいので、その電車の中を横切る形で奥へと進んでいったのだが、これも普段阪神電車を利用することのない自分にとってはあまりない経験だった。
何とか無事に乗車できるが電車を外から撮影する時間はなかったため、内側からホームへ向けて1枚撮影した。
ちなみに車内から時刻表が見えたのだが9時13分発と書いてあって、こちらは結構混んでいて座れなかった。この時になって初めて最初の電車が妙に空いていた理由が理解できたのだった。
乗り換えた急行電車は武庫川駅で停車しその次がもう甲子園駅だった。
ちなみに武庫川といえばこの大会のゴール会場がある場所であり、更に川にかかる橋の真上に駅があったので昨年大会に出場した帰りに立ち寄った時の印象が鮮烈に残っていた。
そして9時17分ぐらいに武庫川駅に到着した際、河川敷の方をざっと見渡してみると案の定大会会場のテントなどが視界に入ってきて、いよいよこれから大会が始まるんだなと俄然気分が盛り上がってくるのだった。
そうこうしているうちに9時20分にようやく甲子園駅に到着する。甲子園というビッグネームの割には阪神電車の駅はそんなに大きな駅ではないのだが、阪神タイガースの選手の写真が何枚も飾ってあったりするのは昨年同様だった。
そして駅のホームを少し撮影してから階段を下りていくが、階段を下りてから改札口へ向かう途中、昨年会場内でトイレに行くのにえらく苦労した記憶があったので、駅の改札を出る前にトイレに行くことにする。この点男子トイレはなぜか改札の手前で曲がり少し奥に入り組んだ所にあって一瞬分からなかった。
トイレでは用を足しつつズボンやヒートテックなどは脱いでバッグにしまい、後は会場でシャツと靴だけ着替えられば済むような体勢にする。
ちなみに狭くてあまり綺麗ではないので苦労したが、無事着替えも済ませると改札を出て、それからゴールが武庫川会場で帰りは甲子園駅に戻ってくることもないため駅前の様子ももきっちり撮影してから信号を渡って甲子園球場の方へと向かう。
手前にある広場の右横には昨年同様にアサヒスーパードライの大きなモニュメントと、「虎バン主義」というタイガースの応援番組の大きな広告があってとても印象的だった。
甲子園会場は昨年とまったく同じような配列で、甲子園駅から会場入りして一番手前の所に更衣室があり、奥へ入っていって阪神高速3号神戸線の高架下に受付と開会式などが行われるステージがあって、そのステージを挟むような形で左側にハーフと10キロのゲートがあり、更に右奥の1塁側スタンド方面には荷物預かり所という位置関係だった。
まずは高架下の自分の該当するゼッケンの机の所で受付を済ませると、ゼッケンやサンスポの大会特別版の新聞など受け取り右奥に設置されたゼッケンに名前を記入する台に向かい記入も済ませる。
そしてその記入中に開会式がはじまっているのが場内放送で聞こえてきたので、ステージの方へ向かう。
するとまず確か西宮市長の挨拶からはじまって西宮市のマスコットキャラも登場。
そして2人の挨拶を聞いてから3番目のニッポンハムの関係者の挨拶はじまったのだが、スタート時間までそんなに時間に余裕がある訳でもなかったので挨拶を聞きながらその場でゼッケンをシャツにつけてから更衣室へ向かった。
男子更衣室はそんなに混んでいなくて、更に自分は前もって準備していたこともありシャツを着替えてシューズにランナーズチップをつけるだけだったのですぐ着替えを済ませることができた。
時刻は9時50分ぐらいで、今度は昨年は友人と一緒だったため利用することのなかった荷物預かり所へと向かう。
荷物預かり所は前述の通り1塁側スタンドの方にあり、球場の外回りを歩いていって昨年トイレに行った所の更に奥に大型のトラックが何台も停まっていてそこがそうだった。
ちなみに途中には阪神タイガースの選手の写真がいっぱい飾られていて、更にトイレは昨年自分が行列に並んだ時と同じ様にすごい行列ができていた。こうなると前もって駅のトイレ行っておいて大正解だった。
荷物預かり所に到着すると貴重品はパンツのポケットに入れ、携帯電話とヴァームゼリーとタオルだけ手元に残して荷物を預ける。
預け終わると時刻は9時52分で、再びステージの方へ歩きながら甲子園球場の入口やステージの両脇にあるスタート地点のドーナツ型のゲートなどを撮影したりしていた。
するとその途中で準備体操のエアロビクスがはじまったのだが、なぜかBGMはAKBの「フライングゲット」だった。
ハーフ側のゲートを撮影中にその音楽が始まるとステージ前はエアロビをするランナーたちで一杯になっていたが、何とか選手たちの間を縫うようにして反対側の10km側のゲートにもたどり着くことができ無事に撮影を完了させることができたのだった。
準備体操が終わると、場内アナウンスで落し物の知らせがあったのだが、これが自分のゼッケンが「A24XX」の番号だったのに対して「A25XX」が呼ばれたので一瞬びっくりする。
最初聞いた時は「24XX」にも聞こえたのだが、2度目に慎重に耳を傾けてみると明らかに「25XX」と言っているのが分かったし、ランナーズチップを落としたと言っていたのだが幸い自分のはシューズにちゃんとついていたので確認に行く必要もなかった。
その後ようやくスタート前の準備完了ということで、少し落ち着いてスタート前給水所で水を飲んだり、頭や帽子にかけて冷やしておいた。
それから10分ぐらい前にヴァームゼリー飲んでから自分のゼッケンの該当するプラカードの方へと進んで行ったのだが、スタート地点のゲートから見てかなり後方というよりもうほとんど最後尾で、ちょうど例の阪神タイガースの選手の写真がたくさんある付近だった。
そして自分の該当するプラカードの所に到着すると時刻はもう10時13分ぐらいで、後はひざを回したりアキレス腱伸ばしたりといったストレッチをしながら待っていた。
スタート時刻が近づくと3分前ぐらいからコールがはじまり、1分前と30秒前、それに10秒前もあった気がするのだが、予定通り10時半スタートになったようであったもののスタート台までの距離があまりに遠かったためピストルの音がまったく聞こえなかった。
ただ場内アナウンスで音楽が鳴り始めたのでレースがはじまったこと自体は分かったのだが、ストップウオッチを押すタイミングは10秒以上はずれていたと思う。
しかしこの年の大会もコースはものすごい人数で抜くどころか走り出すこともできず、最初はみんなでぞろぞろと歩きながらゲートの方に向かうこととなる。
そして結局スタートラインのチップを計測するためのマットを踏むまで手元の時計で2分10秒ぐらいかかったのだった。スタート台の上には多分西宮市長がいてランナーたちに手を振っていた。
スタートのゲートを通過すると甲子園の交差点を右に曲がり最初の直線である甲子園筋を走り始めるが、昨年同様にすごい人の数であった。
昨年は道路の中央を走っていったのだが、今回は右側の歩道との境界あたりを進んでいく。
ただあまりに人が多いので抜きづらいのと、ここ最近序盤飛ばしすぎて後でバテるレースが続いていたので若干慎重に入ったつもりだった。
ところが1キロの表示を何とか見つけると7分そこそこで、かなり抑えたつもりだったのだが1キロ5分を切るかなり早いペースで入っていることが分かる。
しかし自分としては全然無理している感じもなかったので、そのままのペースで次の1キロも進んでいく。
甲子園筋の大通りの直線が終わると、鳴尾浜公園前というT字の交差点を左に折れて左右に団地がたくさんある道へと変わっていく。
その途中にはトイレが所々に表示あってスタート直後から少しトイレに行きたい感じもしていたので気になったが、結局我慢してその後そのまま最後まで問題なく走ることができたのだった。
その後団地通りを抜けると確か右に曲がり、しばらく進むと再び右に曲がって左側に団地、右側に川が見える川沿いの道となる。ちなみに川は鳴尾川というらしい。
そしてその間に2キロ地点の表示があったのだが、ここも1キロ5分そこそこで通過でき、通算タイムでは12分12秒ぐらいでカバーできた。
その後角を曲がって川沿いの浜公団地通りのすぐはじめのあたりが確か3キロ地点の表示で、ここも1キロ2キロ地点と同様にほぼ1キロ5分でカバーする。
それからそこを抜けると団地側の歩道には結構な人が立っていて、熱心にランナーたちに声援を送ってくれていた。
更に少し進んだ所では昨年同様に緑のアンダーシャツに白いユニフォームの野球部の少年たちがいて、ハイタッチを今年もできて大満足。ペースも全然落ちず1キロ5分か5分を少し切るペースが続く。
ここまでの川沿いの道を走り切ると確かまた左へ曲がり、それから少し緑の見える道路をしばらく進んでいくこととなる。
そして4キロ地点は22分16秒ぐらいで通過したのでやはり5分ペースを維持。更にこの直線の終わりにある5キロ地点と最初の給水を向かえるまで少年がたくさん沿道にいて、ハイタッチ何度もした。
5キロ地点に到着するとタイムは27分30秒ぐらいで、この1キロは5分10秒ぐらいかかってしまうがそれでもまだまだいいペースが続いていた。
一方給水は最初のポイントでは水しかなかったが、2つ取って1つはゴクゴクと飲み、もう一つは頭と帽子に軽くかける。ここまでは日陰も多かったこともあってかまさに絶好調だった。
給水が終わるとすぐに高架の下を通って左へ曲がり、川沿いの堤防っぽい上の道の上を走ることになる。
その途中ではゼッケンをシャツに留めているゼッケンホルダーが1箇所外れかけていて、走りながら直すというアクシデントに見舞われるが大事には至らなかった。
ここから道路に沿って右手に流れているのが武庫川で、この直線の道を少し進んだ後に河川敷に降り、そこからは武庫川の河川敷のすぐ横を走るのは去年も走っていたのでよく分かっていた。
ところがこの直線に入ったあたりから急に日が出てきて、アスファルトが妙に熱く感じるようになる。
それでも途中の6キロ地点では32分48秒と、給水があった割には1キロ5分18秒ぐらいなのでそんなに悪くなかった。ちなみにハイタッチは堤防の途中が最後だったが今回は何度もできて本当に楽しかった。
しかしこの直線が終わってアルファベットのZ字を描くように坂を下り河川敷に出てすぐの所にある7キロ地点では、38分22秒と1キロに5分36秒ぐらいかかってしまいペースが一気に落ちてしまう。
それでもそこからの河川敷に沿った道では少し頑張り、南武橋と国道43号線の架橋下を抜けて8キロまででは少し盛り返して43分台で通過できたので、1キロ5分から5分半ぐらいのペースでまとめることができたのだった。
ただこのあたりからは景色も単調で走るのがちょっと大変だった。
そして8キロ過ぎてからは10キロ走の折り返しのランナーともすれ違っていたが、9キロ地点の手前あたりでその10キロのランナーたちとはお別れとなり、ここからはハーフの部のランナーだけとなる。
そのため少しランナーの数が減ったはずなのだが、しんどかったせいかあまり人数の増減を感じなかった。
そして長く感じた9キロ地点をようやく迎えるが、49分8秒ぐらいで今度はまた5分半以上かかる。
ちなみにこのあたりで1キロのペースが5分の後は5分30秒で走り、合計2キロで11分のペースでずっと走っていることに気づいたのだが、そんな感じで何か1キロごとの表示が本当に合っているのかは昨年も感じたのだが微妙だった。
9キロ地点の手前からはハーフだけのコースなので未知の世界だったが、一言で言うとただひたすら河川敷の道を走るだけだった。
9キロ過ぎにカメラの撮影があった以外はほとんど抑揚がなく、1キロ1キロがやたら長く感じ始める。
そしてそんな中で途中で給水所と思われるテントが見えて、やったと思ったら折り返してからの給水だったので少しガッカリしたことなどをよく覚えている。
その後10キロの直前で結構疲れも溜まってきていたのでパンツのポケットに2つ忍ばせておいた「つぶ塩レモンキャンデー」の1つを取り出して塩分取る。
もっともここで塩分の補充をしなくても、その後の11キロ過ぎの給水所で塩とバナナが置いてあったので、それを後で知って苦笑いすることとなったのだがまあそういうこともあるの仕方がない。
そしてついに10キロの通過を迎えるが、10キロ地点には時計があったので時間も正確に分かる。
通過タイムは55分4秒ぐらいで、最初のロスタイム2分10秒を引けば結局52分50秒ぐらいで調子はまずまずといった感じだった。
そして10キロ過ぎてからは更に直射日光がきつくなってきて正直しんどかった。
そのためペースも上がったり下がったりしたのだが、そのあたりで自分の後ろを走っていた女性ランナーだと思うが自分の後ろに接近し過ぎてペースを乱したらしく「チッ」と舌打ちが聞こえてきて、自分が後ろから勝手に近づき過ぎたくせに非常に感じ悪かった。
そんなこともあったせいかその後自分の後ろに女性ランナーの気配がすると気持ちが奮い立ち、若干ペースが上がったりした。
それから11キロの手前ぐらいで折り返してきた先頭ランナーとすれ違う。
折り返し地点が近づいてきた証拠だが、ほどなく11キロ地点通過しタイムは1時間0分36秒ぐらいで、この1キロはまた5分30秒ぐらいかかってしまった。
そしてその後すぐに給水所がやってきて水を2杯、1杯は飲にもう1杯は頭と帽子にかけたのはこれまでと同じだが、前述の通りここには塩とバナナも置いてあった。
この点バナナはハーフではそこまで必要ないというか食べる気にならなかったので食べなかったが、塩は飴をちょっと前に持参してきた飴を舐めていなかったらきっと欲しかったと思う。
レース的にはひたすら単調な河川敷の道が続くここからが本当の正念場で、12キロの通過は1時間6分18秒ぐらいで1キロ5分45秒ぐらいかかってしまう。
続く13キロ地点は1時間12分00秒で、やはり5分40秒ぐらいのペースだった。
ただこのあたりまで来ると折り返しを終えて戻ってくるハーフのランナーの数がかなり増えて、折り返しまであとちょっとということが分かり少し気分も楽に走れた。
そして14キロ地点を向かえると、そのすぐ先には折り返し地点がすぐにやってくる。
まず14キロの通過は1時間18分00秒ぐらいで6分ペースにまで落ちていた。
一方折り返しは1時間18分34秒ぐらいで、赤い大きなコーンをグルッと回って方向転換する。
そして折り返してすぐの所にまた給水があり、これまた水を1杯飲んでもう1杯を頭にかけた。
この点ここからは折り返し前のランナーたちとすれ違うので気分的には少し楽にはなったのだが、この日は予想以上の暑さもあって余裕はまったくなかった。
そうこうしているうちに15キロ地点を迎え、10キロ地点同様にここにも時計があったのだが、タイムは1時間23分16秒ぐらいで1キロ5分16秒ぐらいのペースと、もし距離計測が正常なら急にペースUPしたことになるが正直信じ難かった。
15キロ地点を通過するともうレースも終盤に入ってくるが、まず16キロ地点は1時間29分2秒ぐらいのタイムで、1キロ5分45秒ぐらいのペースで通過する。
ちなみにこのあたりからはもう写真を撮るために携帯カメラを構えるのもしんどくて、1キロごとの表示板の所の写真しか残せていなかった。
次の17キロ地点が1時間35分00秒で1キロ約6分のペース、そして続く18キロ地点が1時間41分14秒で1キロに6分15秒ぐらいかかっていて相当しんどかったのだと思う。
そして残り3キロを切り国道2号線の下のトンネルをくぐってすぐの所で給水を迎えるが、確かここかもう一つ先のどちらかではじめてスポーツドリンクがあった。
やはり普通の水よりは力になるし、本当なら全給水所に置いて欲しいものだ。
更に水を頭からかけて気持ちを再び入れ直して先へと向かう。そして少し頑張って走っていると19キロ地点がやってきて、1時間47分30秒ぐらいでやはり1キロ5分45秒ぐらいのペースだった。
そのすぐ後ぐらいには再びカメラ撮影の人がいて笑顔で写真に写るように促していたのだが、ここでは何とか笑顔を作れたと記憶している。
それからついに大台の20キロ地点を迎える。ここにも時計があって1時間52分04秒を指していたのだが、1キロ5分を切るペースというのは信じがたいのでやはりどこか距離表示がおかしい気がする。
そして20キロ地点のちょうど横にまたカメラ写真の撮影スタッフがいたが、この時には正直もう笑顔を作る余裕く必死の走りで通り過ぎた。
ここまで来ると残りあと1キロと切っていた訳だが、やはりペースは上がらず若干抜かれたりもしてしまう。
ただ今回は元々集団の最後尾にいて2分10秒のロスがあったこともあり、今回はいつもの調子悪いレースに比べたら抜かれる数は少なかったと思う。
そして赤いコーンで仕切られたコースを更に進んでいくと、遂にゴールの白いドーナツ型のゲートがようやく見えてきて、応援する周囲の人の数もかなりたくさんいて力になった。
やはりここ最近普段から走り込みができていないこともあって後半の粘りがイマイチだったかもしれないが、それでも何とかゴールまでたどり着くことができ、手元の時計では1時間57分37秒の計測で完走を果たした。
2分10秒のロスタイムを除けばネットタイムは1時間55分20秒ぐらいで、まずまずの走りだったと思う。
完走後は振り向いてゴール地点の記念撮影をしてから、少し歩いて体を落ち着かせた上でチップをシューズから外して返却する。
それからヴァーム受け取るとごくごくと飲んだのだが、この日はこの時期にしては特別暑かったこともあって格別に美味かった。
その後完走の記念撮影もして、それからすぐ奥の参加賞を渡すテントに行ったのだが、参加賞のTシャツは引換券と引き換えらしく先に引換券が入っているスポーツバッグを取りに行くことにする。
ちなみに昨年は友人と一緒に来て荷物預かってもらっていたので、ここだけは今年が初めての経験だった。
それもあって最初荷物預かり所っぽいテントが参加賞のテントの右手にあったのでそこに行きかけたのだがそこは自主管理荷物置き場らしく、大会スタッフのおっちゃんに階段登って上にトラックが停まっているのでそこで受け取るようにと促される。
ただハーフを走った直後に階段を登って上まで上がらないといけないのは正直きつかったし、更に行列もできていたので上に上がるのにも少し時間かかった。
その上それに加えて荷物を受け取ってから階段を下りて会場戻る途中、完走後に受け取ったヴァームのボトルをどこかで落としてしまい、階段の周辺を探したが見つけることはできなかった。
もうほとんど飲んでいたので良かったといえば良かったのだが、何だか少し力が抜ける出来事であった。
それでも気を取り直して友人にメールしてから、テントの右横で引換券を出して引換所に向かう。
自分はLLサイズが欲しかったのだが、応対してくれた受付のおばちゃんによるとTシャツはLLサイズがもう品切れらしく、着れるのかどうか分からないが仕方なくLサイズを受け取る。
このあたりはランネットで申し込みする時サイズを事前に申告できる大会もあるので、是非改めてもらいたいものだ。
ちなみにTシャツには昨年同様にバレンタインラブランのチラシが入っていて、「むこがわ」と書かれた赤色のポケットティッシュも入っていた。
それから12時50分ぐらいに男子更衣室で着替えを始め、大混雑だったが一番奥の角が空いたのでそこに陣取って着替える。
そして着替えている途中で13時を過ぎたようで、アイドルグループJK21のチャリティーライブが始まっているのが場内放送を通して聞こえてきた。
それもあって少し急いで着替えを済ませるとステージの方に向かうが、すると昨年も見たニッポンハムのキャラクターの一つである緑色のソーセジータがいて子供達とじゃれあっていた。
一方ステージ上ではアイドルユニットJK21の歌がはじまっていて、昨年も歌っていた「I 愛 KANSAI(アイアイ カンサイ)」という彼女たちのデビュー曲の他に2曲ほど歌っていてしばらくは写真撮影と動画も少し撮影する。昨年と変わりなく元気に活動しているようでなかなか競争の激しい世界であろうからそれが一番何よりだった。
それが終わると13時20分ぐらいからはShunkan(シュンカン)とかいう野郎のグループも歌い出す。サイトをチェックしたら”旬な関西人”の略で男性俳優ユニットだという紹介があった。
最初はEXILEのチューチュートレインのように縦に並ぶので何が始まるのかと一瞬気になるが、ダンスはEXILEを超えるにはまだまだ相当努力が必要であろう。
そしてアイドルユニットJK21の時からだったのだが、いかにもといった感じの観衆がいてピョンピョン飛んだりある意味ふざけていたのが気になって仕方なかった。
その途中で今度はニッポンハムの他のキャラクターの赤いベーコロンとピンクのハミューもやって来たので、ライブの観賞を途中で中断してそちらの写真撮影をしたのだが、マスコットたちは子供たちにもみくちゃにされていて何だか微笑ましい光景だった。
それから再びShunkan(シュンカン)のパフォーマンスを最後まで見て、それが終わってから握手会も兼ねた即売会がはじまったのだが、その準備中に昨年同様に右奥に設置されたニッポンハムの食べ物販売コーナーの様子を見に行くことになる。
今回は1人だったし梅田で昼は食べようと思っていたのでまあいいのだが、自分が13時40分ぐらいに行ってみるともう食券販売の所のメニューに何とウーロン茶しかなく食券は1つも残っていない有様だった。
昨年より店じまいの時間が早くなっていて1年前の反省が生かされていないのは、まあ売れ残ったりしたら大変なので仕方ないとは思うが個人的には残念だった。
ちなみに昨年はなかった気がするハリケーンポテトというのが販売されていたようで、それだけちょっと気になった。
それから武庫川会場周辺を一通り撮影し、握手会の様子も軽く撮影してから13時45分ぐらいに会場を後にして武庫川の駅へ歩いて向かう。
途中土手の上にトイレがあって一度行こうと思ったが、階段がきついので結局引き返す。土手の所では子供たちがダンボールを使ってそり遊びで元気に遊んでいた。
その後は昨年も同じルートで帰っているので道を間違えることもなく、13時50分ぐらいには武庫川駅に到着する。
歩道橋を通って階段を下り、駅入口右側の切符売り場のところで230円の切符を買ってから改札を通って駅の中へ入る。
切符売り場から改札にかけてのあたりは、帰るランナーたちでそれなりに混雑していた。
改札を通ると左に曲がり、少し長めの通路を通ってホームへと移動する。
昨年は川の上にホームがあるのに衝撃を受けたが、今年は1枚写真撮影はしたものの慣れもあってか昨年ほどは感動はしなかった。
その後ホームの椅子に座って待っていると丸に囲まれたゆの文字が背中に大きくプリント入ったシャツを着ている女性が列車待ちしているのが見え、あまりに変なシャツだったので印象に残った。
それから普通電車を1本スルーして14時発の奈良方面行きの快速急行の電車に乗るが、ここでも尼崎駅でオレンジ色の電車に乗り換えなければならなかった。
朝と同様に電車の中を抜けて奥のホームへ移動するが、これまた朝と同様にほとんど時間がなく車両写真は撮影できずに電車の中からホームを撮るしかなかった。
無事電車に乗ると車内ではかなり疲れもあったが、何とか座れたので何もせずのんびり過ごしていた。
14時18分ぐらいに阪神梅田駅に到着するとホームに降りて改札の方へ向かおうとするが、その途中で60歳は過ぎているであろうおっちゃんが黒いリュックを地面に落とした状態でうつ伏せに倒れていて周りにいた人たちが騒然としていた。
おばちゃんが声をかけると何とか意識取り戻したが顔から少し血が出ていた。命に別状はなさそうだったのでホッとするが、あまり遭遇したくない冷や冷やさせられる光景だった。
梅田駅の阪神電車の改札を出ると、そのまま地下を通って阪急乗り場の方へ移動する。
そして予定していた通り阪急三番街で食事をしていくことにするが、もう15時近くて晩御飯までそんなに時間なかったことと無性にラーメンが食べたかったこともありラーメン屋を探すことにしたのだった。
すると「ラーメン横綱」という店が見つかったので、五条大宮にあるラーメン横綱と関係があるだろうかと思いつつ入店した。
店に入ると店内は明るく結構きれいな感じでスタッフの愛想もよく最初から好印象だった。そして真ん中あたりのカウンター席に着くと、あまりたくさん食べられないだろうということで普通のラーメン並680円を注文する。
そしてしばらく携帯をいじったりしながら待っていると、そんなに待つことなくラーメンが運ばれてきた。
カウンターのテーブルの上にはネギのケースが何席かごとに置いてあってネギを自由にトッピングできるようになっていて、水も同じ感じでポットが置いてあっておかわりできるのが良かった。
スープもあっさりこってりという感じでしつこくなく、麺もコシがあってかなり美味しかったと思う。
他にもチャーシューも3枚ほど入っていてトロトロで美味しかった。
料理にも店員の対応にも満足しつつ勘定を済ませてラーメン横綱を出ると、阪急梅田駅ホームへ向かう途中に地下街で少し道に迷うが、何とか紀伊国屋が見えるエスカレータの所まで来ることができ定期券で改札を通る。
そして河原町乗り場の下にあるトイレに寄ってから階段を登り、15時発の河原町行き特急に乗車する。
帰りは朝にも読んでいたミステリー小説の「パンチとジュディ」の続き読みながら帰るが、疲れのため大半はウトウトしていた。
15時35分ぐらいに桂で準急に乗り換え、最寄り駅到着するとそのまま寄り道せずに部屋に戻り16時前には無事自宅に到着した。
その後はテレビでこの日が初日で大関琴奨菊のデビュー戦だという大相撲中継を見たりしながら少し昼寝をし、夕方自宅近くの西友で買い物をしてから、18時からプロ野球日本シリーズの第2戦ソフトバンク対中日の対決をテレビで観戦した。
杉内対吉見の投げ合いで、中日が7回に平田のタイムリーで先制するもその裏に吉見がピンチ招き、浅尾も1アウト満塁のピンチから川崎にタイムリー打たれて同点に追いつかれる。
ところがここで踏ん張ったおかげで10回裏に荒木からチャンス作って森野のタイムリーで勝ち越しに成功し、最後岩瀬が締めてまたしても2対1で延長10回で中日が勝利した。
敵地で2連勝は幸先が良かったが、残念ながらこの後ホームで3連敗して結局3勝4敗で終戦となる。
夜は恒例の焼肉にショートケーキも3つほど食べるなど久しぶりに楽しく過ごすことができ、スポーツニュースをはしごした後大河ドラマの録画を見てから0時半ぐらいには眠りについた。
大会からおよそ1週間ぐらいで完走タイムの書かれた記録証ハガキが送付されてきた。2224人参加で順位は全体の真ん中ぐらいで後半バテたことを考えるとまずまずの記録だ。
ちなみにこの後は大阪の長居陸上競技場で行われる30キロのレースに出場エントリーしていて30キロ走は初めての経験となるが、これは来年3月に開催が予定されている第1回京都マラソンを意識してのものだった。
どんな記録が出るのかというよりは無事走り切れるか心配だが、できる限り走り込みを増やして体力を強化していければと思う。
西宮国際ハーフマラソンは昨年に引き続き2年連続2度目の出場で、今回は初めてハーフに挑戦したが10キロの部に比べると後半がずっと河川敷で景色の変化に乏しいので精神的には大変だと感じた。
ただ甲子園球場前からのスタートやスタートして間もない団地あたりで少年たちとハイタッチできたり、アイドルグループたちのステージなど楽しめる要素も結構あるので、来年もスケジュールが合えば参加したいと考えている。