マラソン

大会結果レポート(第1回なにわ淀川30k&10k)

大会データ

Runnet

日時
2011/9/24(土) 16時00分(スタート)
場所
大阪府大阪市淀川区西中島地先 淀川河川公園西中島地区野球場
10kmコース(西中島地区~鳥飼下地区折り返し)
主催
アールビーズスポーツ財団
共催
(財)河川環境管理財団大阪事務所
協賛
ミズノ株式会社 他
天候
快晴
記録
グロス:57分31秒
ネット:57分27秒
プログラム
・開場・選手受付 10:00~15:00
・サブイベント 10:30~
・30kスタート 13:00
・10kスタート 16:00
・大会終了 18:00
参加賞
ミズノ製 ランニング用 ロングスリーブTシャツ
関連リンク
アールビーズ30kmシリーズ なにわ淀川30k&10k公式サイト
西中島地区 淀川河川公園
阪急電鉄 南方駅
第1回なにわ淀川30k&10k RUNNET大会結果&写真

大会前

大阪府とは

大阪府は近畿地方の都道府県で府庁所在地は大阪市。近畿地方および西日本の政治経済・文化や交通の中心地である。

面積は約1897.km2でこれは全国47都道府県中で香川県に次ぐ46番目の狭さだが、人口は約885万人で東京・神奈川に次ぐ第3位の多さだ(2011年2月現在)

地形は大阪平野を中心に北は六甲山、東は生駒山と金剛山、南を和泉山脈に囲まれており、山から大阪平野にかけてなだらかに丘陵が続いている。西側は瀬戸内海に面し大阪湾に注ぎ込む淀川はこの地方には欠かせない重要な河川だ。

気候は瀬戸内気候で年間を通じて温暖だが、その分夏は熱帯夜の日も多い。その反面北西の季節風の影響で冬の降水量は太平洋岸にある割には多いとされている。

歴史上では旧国名では河内国と和泉国の全域および摂津国東半分と丹波国のごく一部にまたがる地域で、古くから日本の政治経済の中心都市として7世紀頃までは難波宮など何度か都も置かれ、その後京都に都が移ってからも上方へ通じる水上交通の要衝として栄えた。

そして安土桃山時代には天下人となった豊臣秀吉がこの地域に大坂城を築て城下町が整備されて隆盛を極めるとともに、秀吉没後に徳川家康が天下を取ると大坂の冬の陣・夏の陣で戦国時代終焉の舞台ともなった。

江戸時代に入ると幕府の天領として大坂町奉行が派遣されるが、諸国からの物産の集積地でもあったことから「天下の台所」と称されるほど全国の経済・商業の中心地として繁栄した。

明治以降は繊維工業を中心とした工業都市に変貌を遂げるが、近年は重化学工業が盛んで阪神工業地帯の中核を成している。

大阪市とは

一方大阪市はその大阪府の府庁所在地で面積は約222km2。人口はおよそ266万人(2011年2月現在)で、政令指定都市でもあり区の数は24と全国で一番多い。

この地方の政治経済・交通の中心であることは大阪府での紹介の通りだが、中でもJRと阪急・阪神・地下鉄などが通る大阪駅・梅田駅周辺の歓楽街である北新地を擁するキタとグリコの看板で有名な道頓堀を挟んで難波駅から心斎橋駅あたり一帯のエリアに広がる日本最大の歓楽街ともいわれるミナミは市を代表する繁華街である。

ちなみに大阪市を自分の頭の中で自分なりに勝手にコンパクトにまとめてみると、まず市内の真ん中あたりに北から南にかけて大阪のメインストリートといわれる御堂筋・新御堂筋という道路があり、淀川(新淀川)を挟んで北側の方に新幹線の通る新大阪駅と十三(じゅうそう)という駅がある。

そこから淀川を渡って南に少しいった所に大阪駅・梅田駅のターミナルと歓楽街の北新地のあるキタがあり、更に南へ行くと淀川から分岐してきた大川(旧淀川)が大阪市役所や中央公会堂などもある中之島という中洲を挟んで北の堂島川と南の土佐堀川という2つの川に分かれ、土佐堀川には大阪で最も多くの人に利用されている橋だといわれ北の大江橋とともに重要文化財にも指定された淀屋橋という橋がかかっている。

この淀屋橋から御堂筋に沿って南へ進んでいくと本町を通ってアメリカ村の通称で有名な心斎橋、更に南へ進むと道頓堀川があり、川にかかる道頓堀橋を挟んで南側にある難波駅とその東の日本橋駅までミナミの歓楽街が広がる。

難波駅をもう少し南に行くと通天閣で有名な新世界や天王寺動物園、天王寺駅などがあり、さらにぐっと南に下ると陸上やサッカーでよく大きな大会が開かれる長居陸上競技場があるのだ。

更にこのラインからは外れた所では、淀屋橋の東の方に造幣局の桜の通り抜けで有名な天満橋エリアや江戸時代には京街道から大坂の玄関口として賑わった北東部の京橋エリアや大阪城公園、大阪府庁、大阪府警本部などがあるエリアがあり、一方西側の方には難波を少しいった所に大阪ドーム(京セラドーム大阪)、更にぐっと西に向かい大阪湾に面した所にユニバーサルスタジオジャパン(USJ)や世界最大級の水族館といわれる海遊館もある。

とりあえずこれだけ抑えておけば十分な気がするが、ちなみに阪神タイガースの本拠地の甲子園とガンバ大阪の万博記念公園は大阪市内にはない。甲子園は知っている方も多いと思うが兵庫県西宮市にあり、万博記念公園は大阪市からみてかなり北の方にある吹田市に存在している。

淀川について

淀川の景色

淀川は琵琶湖から大阪湾にかけて流れる川の名前で、琵琶湖から流れ出る唯一の河川なのだそうだ。

大津市で琵琶湖から流れ出る時には瀬田川(せたがわ)と呼ばれ、その後京都市内を通る時には宇治川(うじがわ)、更に京都と大阪の境あたりで桂川・木津川と合流し、それ以降が淀川と呼ばれるらしい。

その後大阪市内を通って大阪湾に流れ出る訳だが、京都を結ぶ水運の要衝だったことから淀川流域は古来より政治・文化・経済の中心地として極めて重要な役割を担ってきた。

現在も関西地域の重要な水資源である一方、また河川敷には財団法人河川環境管理財団の運営する公園が整備されていて、今回の大会もまさにその一つで開催された。

淀川にかかる新御堂筋

野草広場地区、景観保全地区、自然地区があり、景観保全地区の一つである京都府八幡市の背割堤地区は桜の名所としても有名なほか、野球場・テニスコート・陸上トラック・サッカー場・ゲートボール・各種ゴルフ場・バーベキュー施設・プールなど様々な施設が存在していて、年間約80万人以上の利用があるらしい。

そしてマラソン大会も今回の大会のほかに大阪・淀川市民マラソン、摂津淀川マラソン、淀川国際ハーフマラソンなどの大会も開催されているようだ。

大会前日まで

大会前日

今回は7月3日に出場した鳥取県北栄町のすいか長いもマラソン以来の大会となった。この前後は仕事の方でもいろいろとあった時期で新たな収入を確保するため20日に大阪梅田に赴いたが芳しい結果にならず、京都の案件に応募した直後だった。

またプライベートでは17日に大学時代の同級生で最も親しかった友人を京都観光で一日案内する一方で、20日には台風が直撃して実家近くの川が大氾濫するなど地元名古屋市で100万人避難かという衝撃のニュースもあったが幸い大きな被害には至らずホッとするなどのニュースもあったりした。

そして22日には中日ドラゴンズの落合監督退任のニュースに衝撃を受けたりもしたりいろいろな事があったが、大会前日は「真実発掘ミステリー、歴史はこうして作られる」などのテレビ番組を見ながら自サイトの作業など進めていた。

夜はなかなか寝付けず結局寝たのが5時ぐらいだったが、大会自体後述のようにそんなに早い時間に始まる予定ではなかったので走り自体には影響がなかった。

大会当日

自宅から阪急京都線・南方駅へ

朝食のボンゴレビアンコのパスタ

今回は自分の出場する10キロ走が16時スタートとかなり遅めだったこともあり大会当日は11時半に目覚ましで起床するが、寝起きが悪く胃がムカムカして気持ち悪い目覚めだった。

その後吉本新喜劇など見つつ準備を進めていき、朝昼兼用でボンゴレビアンコのパスタをハト麦ブレンド茶とともに頂く。

そして受付票をスキャナーでスキャンして荷物整理し終わると14時過ぎに部屋を出て歩いて最寄駅へ向かうが、緑の小さいビニール袋とひげそり忘れたので一度戻り、歩きながら少しヒゲ剃りをして14時9分ぐらいに駅に到着する。

一度河原町へ向かう

切符売り場には学生など人が多くて切符買うの苦労するも何とか無事購入。それから改札口を通ると最初は梅田行きの方に行きかけるが、電車の到着時刻がまた微妙だったで一度河原町に向かって始発で特急乗ることにして準急で河原町へ向かった。

14時19分ぐらいに河原町に到着すると梅田行きの特急が既に反対ホームに停車していて、今すぐにでも出発しそうだったので急いで乗り込む。

案の定ギリギリでゆっくり写真撮影する暇なかったのは仕方なかったが、最初に乗り込んだ車両は全然席空いていなかったので座れる席がなく、これでは何のために河原町まで来たのか分からなかったので前の方の車両にいくつか移動していく。

電車内の中吊り広告

すると移動した先の車両の真ん中あたりの所でおっちゃんの隣の席が空いていたので、何とか無事に座ることができたのだった。

席に落ち着くとヒゲ剃りの続きを済ませるが、その車内の中吊り広告などに目を向けるとサウンド・オブ・ミュージックのミュージカルのポスターばかりだった。

それから自分のサイトの更新作業の続きをやりたかったができず、そのままゆっくり過ごしつつ14時55分ぐらいに淡路駅で下車し普通電車に乗り換える。

淡路駅で乗り換え

普通電車は本数が少ないのか少し待つことになり、天下茶屋行きが1本先に反対ホームから出た後の15時1分に電車が到着し何とか座れたと記憶している。

阪急京都線・南方駅から大会会場へ

南方駅構内

15時5分には南方駅へ到着するが、ほぼ予定通りなもののいつもなら結構朝早い大会が多い中で結構遅めの時間だからか周囲にはマラソン大会に出場する感じの人はパッと見いなかった。

電車を降りるとまずホーム真ん中付近にあるトイレに寄っておいてから奥の改札から出る。

この点南方駅はこの年の4月になにわ淀川ハーフで一度来ていることもあって迷うことはまったくなかった。

西中島南方駅前の大きめの交差点を渡って高架沿いを歩く

南方駅を出ると会場案内の表示が何もなかったのはちょっと頂けなかったが、西中島南方駅前の大きめの交差点を渡って高架沿いに少し歩いて階段で橋の上まで上がる。

ちなみにその橋から南へと続いていく大通りは新御堂筋という名前で淀川を渡って南の方で梅田のあたりで十三筋と合流して御堂筋になるらしい。

それから新御堂筋を少し歩いていくと大会会場となっている河川敷の様子が見下ろせたのだが、これが4月に出場したなにわ淀川ハーフマラソンとかなり似ていたというかソックリだった。

橋の上から見える大会会場

後から調べて同じ主催者だということは分かっているが、この時からどうやら同じ主催者なんだろうという感じがしていたのだった。

大会受付~着替え・荷物預かり

大会会場へ到着

それから河川敷の方に降りていって土手の上から傾斜をぐっと降りていくと、右手の新御堂筋の橋の下あたりでバーベキューやっている集団が見える。午後3時過ぎということでバーベキューだけでなくいろいろと河川敷で楽しんでいる人もいた。

15時10分ぐらいには大会会場の淀川河川公園西中島地区野球場のグラウンドの所に到着することができたのだが、本当に4月のなにわ淀川ハーフマラソンの時と同じ感じで、テントも黄色と白の縞々のがあってそこが受付になっていた。

さっそくクリアファイルに入れていたハガキを出して受付の所に向かうとTシャツとゼッケンを受け取る。そして目の前に記入台と書かれた机があったのでそこに荷物を置いてゼッケンを記念撮影してから周囲のテントも一通り撮影した。

受付のテント

受付所の周囲には給水にスタート前給食、スター後給食、それに「からだ燃える」というスポーツ飲料もあって飲食が非常に充実している感じだった。

特にスタート前給食というのがあって飴やバナナ、それにおにぎりまで準備してあるのにはちょっとビックリした。とりあえずそれらは後でということで着替えを済ませるために更衣室のテントに向かう。

15時15分ぐらいに男子更衣室に入ると、そんなに大きなスペースではないが人が少なかったので余裕で着替えられた。

男子更衣室

テントの両端にはここも机が置いてあって、荷物を机の上に置いて着替えられるのがなかなか気が利いていると思った。

まずゼッケンをゼッケンホルダーにつけてから上をシャツに着替えると、下は長ズボンの下に前もって履いてきていたのでズボンを脱ぐだけ、それからシューズに履き替えてランナーズチップを装着する。

こうして10分ぐらいでスムーズに着替えが終わると、貴重品をパンツの右ポケットに緑のビニール袋に入れて黄色いタオルとヴァームゼリーとヴァームと携帯電話だけ持ち、15時25分ぐらいに荷物をまとめて荷物預かり所へと向かった。

手荷物預かり所前

荷物預かり所はなにわ淀川ハーフの時とまったく同じで、入口と出口があって両方にしっかりスタッフがいて、出口ではゼッケンと荷物の番号札をちゃんとチェックしていて安心して預けることができるようになっていた。ただ棚は以前のなにわ淀川ハーフの時と同じで少し足りなくて結局地面に直接置くことにはなったが。

入口の所にはおばちゃんがいて、大きなビニール袋を受け取ると番号札用のタグとマジックをもらってゼッケン番号を記入し、荷物にタグを付けてから袋に入れて縛る。

手荷物預かり所内部

それから記念撮影をしているとおばちゃんスタッフが撮影しましょうかと声をかけてくれたのだが、さすがに大丈夫ですと言って丁重に断ったのだが感じのいいおばちゃんだった。

そして預かり所の中に入ると荷物を右の一番奥の棚のすぐ下の地面に置いてから出口を出る。

スタート前(スタート前給食)

大会会場ステージ

荷物預かり所を出ると会場の周囲を再び撮影する。ステージ台もあって誰もいなかったがその左隣には本部のテントもあり、会場でずっとアナウンスをしているお姉さんがいてマイクを手に頑張って仕事していた。

それから再び「からだ燃える飲料」のテントの前を通って、ヴァームのペットボトルを持ってはいたがドリンクを配布していたので自分ももらうことにする。

小さい白いカップにいかにもレモンといった感じの黄色い液体が入っていてゴクリと飲むと冷たくてそれに酸っぱかった。

「からだ燃える飲料」のブース

近くで飲んでいたランナーの一人が「まずい」といっていたが、クエン酸がたっぷり入っていて酸っぱいが疲労回復にはいいらしい。最初は自分も「えっ」という感じだったが、慣れてくるとあの酸味が疲れた体にはいいと思う。

それから奥の青と白の縞々のテントにも足を運んでみるとスタート前給食とフィニッシュ後給食があり、フィニッシュ後給食の方で何とビールを配布しているのに気づいてちょっとビックリすると同時に気が利いている大会だなと感心する。

更にそれだけではなくてドーナツとジュースのパックも配っており、大人でも子供でも女性でも楽しめるような大会になっているのは高評価だ。

スタート前給食のテント

そしてスタート前給食の方でも前述の通りバナナや塩飴、そしておにぎりまで配っていたのだが、若い女性スタッフが「塩飴ちゃんいかがですか」と言っていたのがちょっと苦笑いだった。

さすがにおにぎりはレース直前に食べるのはどうかと思ったので、塩飴ちゃんとバナナだけ受け取る。

まずバナナを食べたのだが、前日近くのスーパーで買おうとしたものの高いバナナしか残っていなくて断念していたので、こうして配布してくれていてラッキーという感じで美味しく頂くことができた。

バナナと塩飴を受け取る

そうこうしているうちに時刻は15時35分を過ぎていたが、会場では相変わらず女性のアナウンスが続いていて30キロのランナーも続々ゴールしているようだった。

自分もしばらく広場のあたりでゆっくりしていたが、15時40分を過ぎるとそろそろということで会場アナウンスも10キロランナー準備するように声がかかったので、ヴァームゼリーのオレンジを飲むと大会本部前のテントのあたりにあったゴミ箱にゴミを捨ててからスタート地点へと向かう。

ちなみにゴミ箱はダンボール製の大きいのが3つに分別してあって、それが会場の至る所に置いてあった。色々な面で隅々まで行き届いているいい大会だったと思う。

即効マッサージ教室

また受付テント左の黄色と白の縞々テントでは「即効マッサージ教室」というマッサージのサービスがあって、ランナーたちが女性のマッサージを受けていたのだがこれがどうもこの大会の売りらしい。

これからのマラソンシーズンに向けて準備をする大会という位置づけらしいが、本当にいろいろと趣向を凝らしていると思った。

スタート前(開会式)

スタート地点へ移動

そして15時45分前ぐらいになにわ淀川とまったく同じ位置にあったスタート&ゴールゲートの下へと向かう。

まだ30キロの部のランナーたちが続々とゴールしていて、この日の大会はランナーズフォトでゴールの瞬間の写真が完走証に載るということもあり、場内アナウンスで皆さん笑顔でガッツポーズでゴールしてくださいという声がかかり、ガッツポーズでゴールするランナーも結構いて微笑ましかった。

そんな光景も撮影したりしてから、ゴール前にいた男性スタッフに10キロのスタート位置はここでいいのかとしっかり確認する。

ヴァームウォーターを飲んでくずカゴへ

そしてヴァームのペットボトルがまだ飲みかけだったのでそれを歩きながらごくごくと飲み干し、水とスタート前給食のテントの間にあったゴミ箱の所に捨ててから、再びスタートラインへと戻る。

戻る時には10キロのピンクのゼッケンのランナーもぞろぞろと集まってきていて、いよいよスタートという感じになってきていた。

更には前回のなにわ淀川ハーフの時もそうだったのだが、空を見上げると飛行機が結構近くを飛んでいてその光景を帰るまでに数回見ることとなった。

近くを飛ぶ飛行機

それから塩飴ちゃんでしっかり塩分補給もしておこうということで、飴も舐めてこれでスタートまで万全の体制となる。時刻は15時50分とあと10分でスタートとなっていた。

そしてスタート地点ではなにわ淀川ハーフの時はハーフの完走タイムを基準に並ぶ位置の目安となるプラカードが出ていたが、今回はこれからのフルマラソン参加を想定してか5時間、5時間半、6時間と分かれてスタートラインが仕切られていたのが興味深かった。

ちなみにピストルもこの区分けごとに3回鳴るらしく、ペースメーカーのランナーもいるらしくてすごいなと思いつつも、10キロ&ハーフ中心の自分としてはもっと速いペースで走らざるを得ないので、このフルマラソン用の遅いペースではさすがに走るつもりはなかったがいい試みだと思う。

ペースメーカーの方の挨拶

スタート前には先ほどまで受付テントにいた女性アナウンスの方もやって来ていて一人で会場を盛り上げてくれていたが、しばらくすると5時間のペースメーカーの人が紹介される。

結構お偉いさんらしく、5時間ペースは結構遅いがフルマラソンでは皆さん最初入りすぎるので一度どんなものか体験してくださいという感じのことを話しておられた。

それからスタートのピストルを鳴らす方も紹介が済んで、いよいよあとはスタートの号砲が鳴るだけという段階になる。

スタート直前

自分はそれらの一部始終が見えるスタートラインからすぐの所にいたのだが、これがちょっと失敗だったかなと思う。

そしていよいよスタート1分前、30秒前となり、カメラとストップウオッチを構えてスタートの瞬間を見事に撮影することに成功すると、ストップウオッチも作動させていよいよスタートとなった、予定どおり16時ちょうどのことであった。

スタート~1キロ地点まで

スタート直後

スタートするとまず数百メートルぐらいまっすぐの道が続いていく。

そしてそこから右に左にと90度の角度で曲がってから道路の高架下を2度通過してあとは河川敷をずっと走るという感じだなのだが、このあたりのコースに関してはなにわ淀川ハーフとまったく同じである。

ただハーフと10キロの違いはあるのでハーフの時よりはかなり手前で折り返すことになるのだが、とにかく半年ぐらい前に一度走っていることもあってどのあたりに1キロ毎の表示があるか分かっているので走りやすかった。

直線を橋って高架へ

ただそれが災いした訳ではないが最初の1キロかなり早く入りすぎてしまった。

前の方にいたこともあったのだが1キロのタイムが4分52秒で、ちゃんと練習積んでいる真冬ならこれでもいいのだが、ここの所あまり走り込みができていなかった上にまだ結構暑さも残る時期にしては最初早く入りすぎたと思う。

ちなみに1キロ到達する前には左かかとにも少し違和感もあったのだが、それは1キロ過ぎてからは全然気にならなくなっていた。

1キロ地点通過~3キロ地点まで

1キロ地点を通過

実は1キロに達する前から内心速すぎるなとは思っていたので若干ペースを落としていたのだが、それでも明らかに息が少し上がってきてしまっていた。

そのため次の2キロでは5分ペースを維持できなくなり10分30秒を過ぎるぐらい、1キロ5分30秒と逆に落とし過ぎで序盤の一定しない走りが災いして後のペースが作れなかった。

しかも息が上がっただけでなく内臓も準備ができていなかったのかお腹がぐっと押さえつけられるような違和感を感じ、こうなると全然体に力が入らなかった。

公衆トイレの横を通っていく

汗は全身ほとんどかいていなかったのだが冷や汗みたいな感じで額にだけは汗が滲み出ていて、更に2キロから3キロの途中では眼鏡のあたりの汗を気にしていたら眼鏡が落ちてしまうトラブルにも見舞われてしまう。

とにかくスタートでオーバーペースで入ってしまったことでしんどい前半になってしまったのだった。

その他にもこの日は雲も結構少なくて青空も出ていたが、帽子を実家に置いてきたままで持ってこられなかったことも結構災いしたと思う。

3キロ地点を通過

それから河川敷の横を走り出すと眺めはいいもののそれを楽しんでいる余裕もなく、ただボート部が練習のためボートを集団で持ち上げて川の方に移動している光景ぐらいしか印象に残っていない。

もっとも2キロから3キロはかなり苦しくて明らかにペース落ちたのに、5分30秒ペースで16分10秒ぐらいで乗り切ったのはちょっと意外であった。

3キロ地点通過~5キロ地点(折り返し)まで

最初の給水ポイント

予想していたよりも3キロ地点の通過タイムが悪くなったせいもあってか少し元気が出てきて、3キロ過ぎてすぐの所の最初の給水で「からだ燃える飲料」と水をしっかり補給できたのも大きかった。

ちなみに「からだ燃える飲料」は酸っぱいと前述したが、走っている最中はこれが逆にものすごく体によく効いて美味しかった。

また色が黄色いので普通の水とはっきり区別できるのが有難く、水はしっかり腕や頭にかけて体を冷やすこともできた。

4キロ地点を通過

それからは前方を見るように心がけて走りはじめるとかなりましになり、ようやくまともにレースができるようになる。

現にタイムも良かったみたいで、5分とまではいかないが4キロ地点到達の時はかなりいい感じだったと思う。

しかしその後やはり最近の不規則な生活のせいか内臓系がどうも調子が悪く、ペースが上がらなくなって結局2キロで11分ぐらいのペースに戻ってしまって5キロの折り返しでは27分45秒ぐらいのタイムになってしまっていた。

5キロ地点(折り返し)を通過

ちなみに折り返し地点ではスタッフが立っていて、計測用のマットをしっかり踏むようにと言っていたので、3つあったマットをしっかり両足で踏んでから後半に入っていく。

5キロ地点通過~7キロ地点まで

6キロ地点を通過

ただ後半に入ると地図で見れば分かるのだが西に向かって走るため、午後4時からの大会では西日がまともに正面から入ってきて正直まぶしかった。

このような場合に帽子があれば日差しを避けることもできるのであろうが、今回帽子なしでの出場となったのがこの後半からもろに響くこととなる。

この点折り返しを過ぎると普段なら後続のランナーとすれ違うことで自信を取り戻したり、あるいは残り半分を切ったことで精神的にも楽になってペースが上がるのだが、この日はそういうこともなくひたすら厳しい状態が続いた。

2度目の給水ポイント

ただ前半は抜かれっ放しで精神的にもきつかったが、後半に入るとペースも落ち着いてきたこともありあまり抜かれなくなってきていたはいた。

しばらくするとフルマラソン5時間ペースで走るランナーの集団ともすれ違うが、その後もなかなか6キロの表示が見えてこなく、結局5分50秒ぐらいかかったと思う。33分35秒ぐらいで6キロをようやく通過できた。

6キロから7キロの間もかなりしんどくてただ走っていたという感じだったが、7キロ地点直前に2度目の給水ポイントがあって、そこでの給水でかなり楽になる。今回は給水にかなり助けられた。

7キロ地点を通過

7キロ地点では結局1キロ6分ぐらいかかり39分35秒ぐらいだったが、残り3キロを切りそこからは少しペースも上がったと記憶している。

7キロ地点通過~9キロ地点(残り1キロ)まで

集団で船を持ち上げるボート部の面々

7キロ地点を少し過ぎた所で前半にも見たボート部の連中がまたボートを集団で持って移動させていたのが目に入ってきた。

そして8キロ地点の少し手前あたりには最後の給水ポイントが。正直ここの給水は1キロ手前にあったばかりなのであまり意味はない気がしたが、からだ燃える飲料を飲み水を頭と体にしっかりかけた。

ただ確かこの最後の給水だったと記憶しているのだが、相変わらず給水ポイントの所でペースを落とさずに滅茶苦茶なペースで突っ込んでくる馬鹿者がいて危うく衝突しそうになる。

8キロ地点を通過

本当に危険なので止めてもらいたいし、自分さえ良ければ人はどうなってもいいというのは迷惑極まりない。

記録も大事かもしれないがそれ以上に他人にケガをさせたらどう責任を取るつもりなのかとよく考えて参加してもらいたいものだ。

給水が済むとすぐに8キロ地点を迎えるが、7キロの給水の効果もあったせいか5分30秒ペースでカバーし45分6秒ぐらいで通過することができる。

大会車両が通る

8キロから9キロの間は最初は草原のような感じの所で、自転車を使って救助隊が足が攣ったランナーに応急処置をしたりしている光景なども目にしたが、それ以外はひたすら足を前へ進めるだけだった。

それから右手に簡易トイレが見えてきてそこを通り過ぎると、更に奥の方に高速道路や電車の高架が見えてきてもうゴールまであとちょっとということで精神的にも楽になってくる。

そしてその鉄道の高架の前にはジグザグに曲がるカーブがあって、そこで大会車両と思われるワゴン車がランナーたちを抜いて大会会場へと戻っていくのが目に入ってくるが正直ちょっと邪魔だった。

9キロ地点を通過し残り1キロに

更に川のすぐ横を進んでいくとほどなく鉄道の高架の下を通過するのだが、その手前に9キロの表示があってタイムを計ってみるとここでは51分26秒、もう相当ペースダウンしていて1キロ6分20秒ぐらいかかってしまっていた。

9キロ地点通過~ゴール

最後の高架下を通過

最後の1キロもなかなかペースが上がらず、後半はあまり抜かれることもなかったのだがこの頃になると終盤元気が出てくるランナーに少し交わされはじめる。

それから高速道路の高架の下をくぐり再びジグザグと曲がると再びの鉄道の高架が見えてきて、そこをくぐると沿道の応援もあって少し元気も出た。

しかし何となく体は重いままで高架沿いに少し走っていくと、ほどなく左に曲がってゴールゲートへと続く最後の直線へと入っていった。

高架の横を通って最後の直線へ

最後の直線も折り返してからコースの後半ずっとそうだったように、前方から直射日光がまともに差してきて目を開けていられないほどまぶしかった。

しかしゴールだけはランナーズフォトによる写真撮影があることは分かっていたので、笑顔かつ元気にと思いつつ必死に足を動かして前へ前へと進んでいく。

そして最後の300メートル前ぐらいで最後の写真を携帯のカメラで撮影するとあとは懸命に走り、ゴールはガッツポーズこそ出なかったが下は向かないように正面を見据えて笑顔でゴールできたと思う。

ゴール直前

完走タイムはストップウオッチの計測で57分29秒と10キロ走にしてはごくごく平凡だったが、何とか最低限1時間は切ることができたので良かったと思う。

レース後

ゴール直後~フィニッシュ後給食

ランナーズチップの回収

ゴールゲートをくぐると少し歩いた所でランナーズチップの回収をしていて、箱と折りたたみイスも用意されていた。

自分もその一つに座ってチップを外そうとしていると、若い女性スタッフが声をかけてきて外してもらえる。今回はいろいろな所に細やかな気遣いの行き届いた大会だと思った。

それからゴールのゾーンを通って会場入口前に戻ってくると、すぐ左手にあった給水所の赤と白の縞々のテントで水をもらう。

フィニッシュ後給食

水はプラスチックのカップに「水」とかかれた水滴の絵が入っているもので、それを1つ受け取ると続けてその奥の青と白の縞々のテントに向かった。

そしてここでおにぎりを1つ受け取るるが、種類は梅ゆかりと昆布と鮭があって自分は鮭を選ぶ。おにぎりは後で見たらファミリーマートのものだったようだ。

続けて隣では待ちに待ったビールの受け渡しをしていて、マジックでゼッケンに赤丸を書かれた後にモルツの350ml缶を頂いたが、すごく冷たくてキンキンに冷えていた。

ビールとおにぎりと水とドーナツ

最後にドーナツも受け取ると両手で持ちきれないぐらいになっていたのだが、慎重に休憩テントの方まで持っていき、そこで一度荷物を芝生に置いて体勢を整える。

同時に友人にメールもして、それから再び荷物を持って「燃えるからだ飲料」を再び受け取ってごくりと飲んでから、荷物預かり所へと向かった。

着替え~会場を後に

燃えるからだ飲料

荷物預かり所に到着すると入口を通って右奥にあった荷物を回収し、出口で係員にゼッケンと照合するチェックを受けてからビニール袋に入っているのをそのまま持って更衣室のテントへと向かう。

そして更衣室のテントを記念撮影している時にちょうど友人からのメールの返事が来ていて、それを読んでから更衣室へと入っていった。

さすがにスタート前に比べるとかなり混雑していて、少し待ってから右奥のテーブル前が空いたのでそこに荷物を置き着替え始める。

荷物置き場で荷物を回収

すぐに自分の前におっちゃんが来て狭くなるが、そのまたすぐに左隣の人が着替えが終わったのでそちらに自分がずれて以降はゆったりと着替えをすることができた。

着替えている最中にくっつき豆がパンツと靴下についているのに気づいてそれを取ってから着替える。

そういえばレース中にあと1キロを切った付近でそれに気づいてはいたのだが、ゴール前の写真撮影もあるので頑張って取ったものの数が多すぎて結局諦めたことを思い出した。

更衣室で着替え

それから荷物を整理しつつ着替えを済ませてテントを出ると時刻は17時23分になっていて、もうこの頃には日もかなり傾きかけて風もあり涼しかったため、ちょっとビール飲むには…という時間帯になっていたのと、あとは自宅に帰ってから焼肉と一緒にしっかり飲みたかったのもあって、結局ビールは持ち帰ることにする。

そして会場周辺を軽く撮影してからプロミスの大きな看板が前に見える土手の手前あたりで、袋入りでなかったのでドーナツだけ食べていくことにしたのだった。

ドーナツを水を飲みながら食べる

近くに赤と白の縞々のテントの給水所があったのでそこで水のカップを1つ頂いてドーナツを食べていたのだが、すぐ横には年配の夫婦が座ってビールを飲んでいたのが印象的だった。

最初缶をその場に捨てていくのかと思ったが、男性の方がちゃんとゴミ箱に捨てに行っていたようだった。

ドーナツを食べ終えると会場まで戻って広場のゴミ箱にゴミを捨ててから、17時26分ぐらいに会場を後にする。

大会会場を後に

土手を登ってすぐ横の道へ坂を下って降りていったのだが、よく見たら行きに通った高架上の道路まで上がらなくても会場入りできることに気づき、次からはこちらから会場に行くことにしようと思いつつ帰路に着いたのだった。

もうその時刻には夕焼けで空が少し赤くなっていたのが印象に残っている。

帰路・後日談

帰路

南方駅へ向かう途中の道

会場を後にすると高架の横の道をまっすぐ進んで西中島南方駅前の交差点で少し信号待ちをした後、阪急南方駅の乗り場へと向かう。

そしてここで昼にこの駅に来た時と同じ改札口の横にある券売機で切符を買ったのだが、その際に切符の買い方が分からない確かおじいちゃんだったか外国人だったかがいて、その人に対していかにも大阪といった感じのおばちゃんが一つ一つやり方を丁寧に説明していたのが、さすが大阪のおばちゃんは面倒見がいいという感じで印象的だった。

それから改札を通って中に入っていいたのだが、中に入ってとんでもないことに気づく。南方駅は真ん中にホームがあるのではなく電車が中でホームが外側にあるタイプなのだが、何と反対ホームへ行けないのだ。

阪急南方駅前

自分が入った方は十三・梅田方面行きのホームで帰りは京都河原町方面に乗らなくてはいけないので逆だった。

よく調べなかったのでひょっとしたらどこかに移動できる通路があったのかもしれないが、ぱっと見で見つからずもう電車がすぐに来る時間になっていたので、仕方なく十三・梅田方面にり十三から特急に乗ることに決める。

どちらにしても淡路で特急乗り換えがあったのでいいといえばよく、またほぼ同時に両方面の電車が来たので、まあよしとして17時40分発の準急で十三まで向かった。準急だったが結構混雑していて座ることはできなかった。

南方駅ホーム

十三に到着すると乗り換えることになったのだが、ここでもまた失敗した。

階段下りて京都方面乗り場である5番ホームへと移動したのだが、なかなか電車が来ずベンチで座ってしばらく待っていると結構行列ができたので慌てて列に並んだものの、17時53分と結構待って乗り込むと全然空席がなかったのだ。

椅子が進行方向に2席ずつ並んでいるタイプではなくて普通の地下鉄などのように横向きに長い椅子が両サイドにあるタイプだったせいもあるが、こんなことならいっそのこと梅田まで戻って始発の特急に乗れば確実に座れたし時間的にも同じことだったと後悔しつつ以後しばらく立ちっ放しとなる。

阪急十三駅ホーム

そして長岡天神駅で目の前のかなり高齢のおばあちゃんと60歳ぐらいのおばちゃんの親子と思われる2人組が降りてくれてようやく座ることができたが、すぐに桂駅だったのでまた準急に乗換えとなったのだった。

18時半前後に最寄り駅に到着すると改札を出て近くのスーパーで買い物してから19時前に帰宅となった。夜はマラソン大会の日恒例の焼肉で、マラソン大会でもらったモルツも飲みながら美味しく頂いた。

阪急桂駅ホーム

夜には「真実発掘ミステリー、歴史はこうして作られる」の続き録画で見ていたのだが、宮本武蔵も柳生一族でなくコネもなかったため仕官できず苦労したという話で何か今の日本と同じだなあとため息が出た。

この日は疲れもあったがなかなか寝付けず、結局4時ぐらいにようやく眠ることができたのだった。

後日談

大会会場全景

今回の大会はランフォトに対応しているということで、後日写真や記録証などをダウンロードすることができた。

ランフォトに対応しているということで参加料は他の大会に比べると若干高めなのだが、記録証にも好きな写真を付けられるし、いい感じでゴールの写真を撮ってもらえるのでこのシステムすごくいいと思うしいい記念になった。

大会についても隅々まで細やかな配慮が行き届いており、第1回大会だがすばらしい運営だと思う。4月になにわ淀川ハーフマラソンも第1回開催で出場させて頂いたが、どちらも遜色ない素晴らしい大会だった。

大会会場から見上げる景色

いい記録は今回出なかったがこういう大会にはまた参加したいと思うし、来年またこの大会の第2回が開催されるのを期待していると同時にスケジュールがあれば今度は30キロにも挑戦したいと思っている。

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