今回の大会開催地は京都府京都市。まず京都府は近畿地方にある、人口は約262万人(2010年現在)の都道府県で、県庁所在地は京都市。
今さら説明するまでもないと思われるが、784年に桓武天皇が長岡京に、その10年後の794年に平安京に遷都をしてから明治時代、1869年に東京遷都が行われるまでの1000年以上にわたり、天皇が居所を構え日本の首都が置かれていた場所である。
それ以外の京都の地理・歴史などについては2010年2月に出場した第27回宇治川マラソンで詳しく紹介しているので、そちらを参照して頂きたい。
嵐山についてはあまりにも有名なため説明するまでもないと思うが、京都市内の西部に位置し国の史跡および名勝に指定されている京都屈指の観光名所の一つである。
元々は平安時代に貴族の別荘地であった場所で、現在も人気度からいえば数あるアンケートでも清水寺に次ぐ2位にランクインすることが多い。
ちなみに地名としては本来は桂川の西岸を指し、東岸は本来は嵯峨という地名のため正しく呼ぶとすれば「嵯峨嵐山」とすべきなのかもしれないが、近年の観光の記事やテレビ番組などでは渡月橋の周辺全体をまとめて「嵐山」と呼ぶことも多いようだ。
日本さくら名所100選にも選定されるなど桜や紅葉の名所として知られているが、嵐山と一口に言っても非常にたくさんの見どころがある。
まず代表的なのは嵐山の中心部を流れる桂川(上流では大堰(おおい)川と呼ばれる)にかかる渡月橋で、観光パンフレットなどでは必ずこの橋が嵐山の写真として掲載されているはずだ。ちなみにここは紅葉の時期の夜にはライトアップもされるし、8月には大文字(五山の送り火)も見ることができ大勢の観光客で賑わうことでも有名だ。
そしてこの渡月橋付近にはボートも出ているほか、夏には屋形船で鵜飼を楽しむことができ、また川を遊覧船で下る保津川下りも体験できる。
次に挙げるとすればやはり世界遺産でもある天龍寺であろう。足利将軍家や桓武天皇にゆかりの禅寺として京都五山の第1位の格式を誇り庭園は見応えがあるし、桜の季節も紅葉の季節も非常にきれいだ。また天龍寺のそばには宝厳院という特にライトアップが素晴らしい紅葉の見事なお寺もある。
そして渡月橋とともに嵐山の名物として情報誌に頻繁に登場するのが竹林の道だ。嵐電嵐山駅を天龍寺の前を通り北に向かうと市バスの野々宮というバス停があるが、その手前に左へ曲がる細い小道がある。角には豆腐料理店と京スイーツの店があるのですぐ分かると思うのだが、そこの小道に入るとその先はずっと竹林が続いていく。
その竹林の道をまっすぐ行くと突き当たりを右に曲がり野宮神社という神社の前に出る。その手前を左に曲がってさらに奥へと進んでいくと天龍寺の北門の前を通り、そこからは少し坂道になって大河内山荘という建物の前まで竹林がずっと続いていくのだ。特に大河内山荘の入口前から野宮神社の方へ下っていく坂道をてっぺんから見下ろす景色が一番最高である。
このあたりは天気のよい日竹林の間から射す木漏れ日、嵐山花灯路の時のライトアップ、冬の雪が降った時の雪景色など時期によって見どころもたくさんで、何度行っても飽きないと思う。
大河内山荘の近くにはトロッコ嵐山駅がありここからトロッコ列車に乗るもよし、更に北に出向いて紅葉や新緑のきれいな常寂光寺や祇王寺といったお寺に参拝に行くこともできる。
一方渡月橋を渡って西岸側にはまず嵐山公園の中之島地区、更に奥へと進むと嵐山温泉や嵐山モンキーパークなどもあるし、更に桂川沿いに阪急嵐山駅の方に進むと嵐山東公園という公園もあり、そのあたりも桜が非常にきれいである。
そしてこれらの観光を楽しむ手助けをしてくれるのが人力車だ。値段は少々高いものの若いお兄さんが実に分かり易く楽しく付近を案内してくれる。この人力車も嵐山観光の一つの名物といえると思う。
とにかく見どころ満載の嵐山だが、今回のマラソン大会ではレース中に直接嵐山の方まで行くことはない。それでも終わってから観光を楽しもうと思うのであれば歩いてでも行ける距離なので、ぜひ観光も兼ねて来て頂きたいものである。
今回の京都ロードレースは京都市内、しかもすっかり馴染みとなっている嵐山の桂川沿いのサイクリングコースということで、もちろん京都の部屋からの出発となった。
前々日の3月18日金曜日に会社で仕事をしてからJRを使って京都駅まで移動し、前日はPCで作業などをしつつそんなに夜更かしすることなく当日を迎えたと記憶している。
ちなみに今回5キロの部の出場となったのだが、これはただ単にエントリーをするのが遅くハーフが締め切られてしまっていたからだ。
それでも結果的にはハーフの部に出場していたエリック・ワイナイナ選手の走りをゆっくりと応援できたし、5キロのレースがハーフや10キロとは一味違うということも勉強できたのでいい経験になったと今では思っている。
3月20日日曜日の大会当日、今回の大会は京都市内で近くしかもレースの時刻がかなり遅めということもあり朝は8時起きる。
それからこの日一緒にレースに出場することになっている友人に電話をし、テレビの東日本大震災の関連ニュースを見ながら準備をする。
その後部屋の整理整頓もし朝ご飯に恒例のボンゴレビアンコのパスタを牛乳と一緒に2つ食べると準備は完了。9時半ぐらいに友人が自分の部屋に到着し、歩いて阪急の最寄り駅へと向かった。
今回前日までの下調べで9時59分発の阪急で松尾駅まで行く予定だったのだが、9時45分過ぎに最寄駅に到着すると、切符購入してから改札通りホームへ。
すると予定より10分も早い9時49分発に間に合ったので、それに乗って桂まで行くことになる。日曜日の朝ということで問題なく座れたと記憶している。
9時56分ぐらいに桂に到着し、ホームに出ると階段を上がって嵐山方面の電車へと乗り換える。
途中には東山花灯路が東日本大震災の影響で自粛となり、別のイベント「京都東山・祈りの灯り」に差し替えとなったことを知らせる張り紙の貼ってある広告板に遭遇。それに気を取られていたのだが、階段下にもう電車が来ていることに気づき急いでホームへと向かう。
幸い9時58分発の嵐山行き電車に無事乗ることができ、座ることもできたのだった。
車内では友人と二人で話をしていたのだが、ふと中刷り広告に「京とれいん」というイベントの告知があるのを発見する。
結構いい感じの雰囲気の列車に興味を持つが、ただ期間限定車両のようなのでもったいないという印象だった。
他にはさすがにこの頃になると明らかにマラソンに参加するであろうというスポーツウェアの人が多数車内に見られたのが印象に残っている。そして10時3分に目的地の松尾駅に到着した。
松尾駅は初めて降りる駅だったのでホーム周辺を軽く撮影、京都っぽい京町屋風の雰囲気のいい感じのホームだった。
その後階段を下りて改札へと向かうが、改札の左側にトイレがあったので友人がトイレに立ち寄ることとなり、自分は待っている間に改札周辺も軽く撮影していた。
すると改札の前の掲示板には何と先ほど車内で話題になった「京とれいん」のポスターの大きいのが貼ってあることに気づいたのだった。
ポスターの前には見知らぬおばちゃんたちがいて、ちょっと邪魔だったが何とか撮影することができた。
それからポスターをよく読んでみると、「京とれいん」は期間限定なのではなく、春からゴールデンウィークにかけては嵐山行きのダイヤにこのトレインがお目見えし、それ以外の時期、すなわち5月14日からは河原町方面のダイヤにお目見えするということだった。
その後「トイレは行ける時に前もって行っておくべし」というマラソン大会での鉄則を守り、自分もトイレに前もっていっておくことにする。
少し時間がかかったので友人から電話かかってきて申し訳なかったが、何とか済ませると10時13分ぐらいにようやく改札を出ることができた。
駅の外に出ると目の前には松尾大社の大きな赤い鳥居やその先にある桂川と川にかかる松尾橋、そして橋のすぐそばにあるファミリーマートなど、馴染みの光景が飛び込んでくる。
以前お花見の時期に「嵐山ハーフマラソン」と勝手に称して自分の部屋から嵐山までマラソンを敢行した時にこの辺りは来た場所だったのだ。
それ故ここで本物のマラソン大会をやっていてそれに参加できるというのは、何だかとても嬉しかった。
ちなみにこの松尾駅と松尾大社、それに桂川にかかる橋に面する辺りはずっと四条通りで、東へ行くと四条西大路、四条大宮、四条烏丸、四条河原町などに通じているのは京都に住んでいる人間にとっては言うまでもないことである。
それから会場の場所がはっきり分からなかったので探そうとするが、桂川の方へと進んでいくと橋の左側あたりに京都ロードレースの開催を告知する白い看板があるのを発見する。
そしてその下の河川敷の所に人がたくさん集まっていて白いテントも見えたので、そこが会場なのだと分かりホッとしたのだった。
ただ看板をよく見ると第何回という部分と日時の部分だけが貼り替えられているのがはっきり見えて、リサイクルはもちろんいいことなのだが、ちょっと安っぽく見えるので苦笑いだった。
ちなみにこの河川敷あたりは嵐山東公園と呼ばれているらしい。
さっそく河川敷の方へと続く下り坂を通って下へ降りていくが、このあたりはお花見の時期は桜がたくさん咲き、特に土手の傾斜の所に寝転がって桜を見上げるというのが最高の眺めで個人的に大好きだ。
ただこの日は花見の時期までもう少し先ということもあり、それを思うとちょっと殺風景だった。
もっとも親子連れなどがたくさんいて非常に賑やかなのは同じで、元気いっぱいに子供が駆け回ったり準備体操をしたりしていた。
それとこの日はずっと薄曇りで午後3時ぐらいから雨になるという予報だったのだが、実際その通り最初から最後までずっと曇っていた。
2~3分ほど歩き河川敷の奥の方へと進んでいくと、長いテントがありそこが受付と大会本部になっているようで、さっそく友人が受付を済ませて記念撮影をする。
それから自分も受け付けを済ませるが、その後すぐ目の前で開会式が始まったのでそれに参加することになる。
開会式ではちょうど東日本大震災があったばかりということもあって最初に黙祷が捧げられ、それから募金も行っているということが紹介されるなどするとほどなく主催者の挨拶が無事終わる。
もっとも自分たちの出場するレースまでそんなに時間がある訳でもないので、開会式の途中で着替えに向かおうとしたのだが、会場に来た途中で他の参加者がおいしそうなバナナをもらっていたのを来る時に見ていたので、参加賞があるはずだと受付でもらったものをチェックしてみる。
すると袋の中に封筒があり、その中に引換券が入っていたので、自分たちの立っていたすぐ横にあった赤と青の縞々のテントでさっそく引き換えを済ませたのだった。
ちなみに参加賞にはドールのミニバナナと、その他に一番最初に出場した京都シティハーフマラソンでも受け取ったアミノバリューももらえることができた。
それからようやく更衣室へと思ったのも束の間、今度は友人がゼッケンを留める安全ピンがないことに気づき受付に確認しに行く。
すると先ほどバナナの引換券が入っていた封筒に入っていることが分かり、受付の人も分かりにくくてすいませんと平謝りしていたのが印象的だった。
そんなこんなで10時半過ぎになってようやく松尾駅の方から公園に入って左奥の方にある更衣室へと向かい着替えをはじめる
ところが更衣室のテントは男女とも小さめの白いテントに青いシートを四方にかけたもので、大きさとしてはどう考えても不十分で10人も着替えると満杯という感じのサイズだった。
それでもその時はそんなに混んでおらず自分は事無きを得るが、友人は苦労しておられたようだ。
ちなみに昨年は強風で更衣室のテントが倒れたとランネットの口コミには書かれていたのだが、今回はそんなことはなかったのでホッとする。
そういえば昨年の同じ日に自分たちは金沢ロードレースに出場していたのだが、あの時は北陸金沢も猛烈な強風だったし、全国的に荒れた気候だったのであろう。
ゼッケンをつけ着替えを済まし外に出ると、今度は荷物をどうするかということになる。
ところがどう見ても荷物を預かるような場所がなさそうなので少し困りかける。
更衣室のテントの手前に藤棚がありその下あたりでどうしようかと二人で相談していると、いつの間にか中学生以下男子の部3キロのスタートが近付いてきているらしく、しかもスタートが3キロだけはその藤棚の前になっていることもあり若いランナーたちが多数集まってきていた。
もっともスタートはまだ11時とかなり時間もあったので自分は周囲を撮影して回り、そうこうしている間に徐々にスタート地点前には応援する人や関係者で賑やかになりようやくレースらしい雰囲気になってきていた。
それから藤棚の前の道を開けるようにという指示が係員から出たりして11時についにレースの幕が開ける。
すると中学生以下男子ということもあってか、ピストルが鳴るとみんな猛烈なスピードで駆け出し、長距離とは思えない勢いにちょっと苦笑いだった。
その後すぐに続く11時15分スタート予定の中学生以下女子の部3キロのスタートの準備もはじめられるが、自分たちはその間を利用して荷物をゴール地点少し手前の茂みの真ん中あたりに置くことに決める。
そこだと茂みも低くて目に届きやすい上に、3キロのスタートとゴール地点の真ん中あたりなので、どちらにもすぐに行けて声援を送れるので絶妙のポイントだったからだ。
11時10分ぐらいになるとようやく中学生以下男子の部の上位ランナーがゴールに到着したのでそれを撮影していると、今度は女子の部のスタートがいよいよということで藤棚の前に移動して再びスタートを撮影する。女子も男子と同じでスタートから全力疾走でまた苦笑いだった。
それが済むといよいよ自分のスタートの時刻も近付いてきたので、ヴァームを出して飲む。友人は更にもう一つ後の部なのだが柔軟体操を開始していた。
そしてスタート10分前の10時25分ぐらいに召集がかけられ、男子5キロの部はゴールゲート前の広場の所に集められる。
ゼッケン順に整列し、名簿を見ながらゼッケンもしっかりチェックしている念の入れようだった。
ちなみに整列の後からやってきた人間もいたのだが、チェックを受けないと記録が残らないと言われて慌てて申告に来るランナーもいて、しっかり管理しようとしている姿は好印象だった。
それから中学生以下女子の部のランナーがほぼゴールしたのを見届けて、スタート地点ともなっているゴールゲートに整列を開始する。
自分はゼッケンがかなり早い番号だったのでスタートラインからすぐの所だったので問題なかったのだが、タイムを狙っている人は前に来ていいと大会スタッフの人が大声で呼びかけると自信ありそうなランナーは前の方へ集まって来る。
ただ「上位に入れなかったら罰金だ」と冗談めかしてスタッフのおっちゃんが言うと「ええっー」という感じになり、その場がとても和んだ雰囲気となり皆リラックスした感じになって良かった。
そんなこんなであっという間にスタートの時刻となり、予定の時刻を少し遅れて11時37分ぐらいにスタートの号砲が鳴るとランナーたちが一斉に走り出す。
ところが5キロということとその5キロの部に初めて大会で参加したことでイマイチ入りが分からなかったこともあったせいか、中学生の部を見ていてある程度は予測できてはいたにもかかわらず、開始から猛烈にスピードを上げて走るランナーに乗せられてついついそのペースに合わせて最初のトラック2周を走ってしまい、レース開始早々にその時点でバテバテになってしまう。
やはりあそこはやはり自重すべきだったし、これはいつも言えることだが前の方に並び過ぎていたのかもしれない。
またトラックの周囲には結構応援する人も集まっていて友人の声援も目に入ったのだが、そんな人の数ということもあり写真を撮りながら走るのも妙にやりづらいなど、いつもとちょっと勝手の違うレース展開となってしまったのだった。
そんな訳でスタートから大いにペースを乱されてしまい、桂川沿いのサイクリングコースを走り始めた時点ですでにバテバテの状態だった。
ちなみに今回のコースは5キロの部はスタートから会場の回りをぐるぐるとトラック2周し、それから桂川沿いのサイクリングコースに出て嵐山の渡月橋の方角へ北へ向かって走り、渡月橋までは行かずにその少し手前あたりで折り返してから南下し再び大会会場前まで戻る。
大会会場前まで戻ると更に今度は桂川沿いを渡月橋とは反対方向に進んでいき、松尾橋の下をくぐり抜けて上野橋という橋まで走る。
そしてそこでまた折り返しがあり、元来た道を引き返して再度松尾橋の下をくぐり大会会場まで戻りゴールという流れになっていた。
今回のレースは最初にいきなりペースを上げ過ぎてしまった訳だが、5キロという距離ではその後ペースを取り戻すにはあまりにも短く、またこのあたりは自分で走ったこともあるのだが今の時期は桜もまだであるし新緑の季節でもないので景色を楽しむこともできない。更にはかなり前の方にいたので続々と追い抜かれるのも結構しんどかった。
しかしある地点で後続ランナーに追い抜かれるのも一段落し、そこが自分の本来のペースの位置だと悟り、そこからは少し気分も持ち直して走ることができた。
そして渡月橋手前の最初の折り返しを済ませるとまだ後ろにはかなり人がいることも分かったので更に気持ちも楽にはなったが、足というか心肺機能的な面では余裕がなく、前回はっきりと自覚した前を向いて走るという事に気をつけるというのも今回はあまり活きなかった。
それに加えてほぼフラットだと思っていたコースだが、思っていた以上に少し上り下りがあり、それもしんどさに拍車をかけた。
渡月橋方面の折り返しを通過したのは11時46分頃だったが、距離が分からないので早いのか遅いのかも分からなかった。
それから再び大会会場の方へと戻ると、その後はスタートの時に走ったトラックはもう通らず、サイクリングコースをまっすぐ川沿いに走り先へと進んでいったのだが、確か友人の応援する姿もちらっと見えたと記憶している。
そしてサイクリングコースは松尾橋の下を通り抜けていくのだが、そこも少し上り下りの坂になっていて、更にそこから上野橋までのコースも河川敷で眺めはいいといえばいいのだが景色は同じ感じなので単調といえば単調で走るのはしんどかった。
それでも11時57分に上野橋の折り返しを通過した頃には少し調子も戻ってきていて、この頃から少し順位も回復できたと記憶している。
それから粘って走り続けているとようやく再び松尾橋が見えてくる。
その時点でタイム的にはもう25分も切れないであろうと分かっていたが、まあ仕方ないと割り切ってゴールを目指し何とかゴールまでこぎつけることができた。
タイムは手元のストップウォッチでは25分48秒で、5キロとしては決していいタイムではなかったが、初めてなので今回はいい勉強にはなったということで前向きに捉えたい。
原因ははっきりしていて明らかにスタートの入りを間違えたので、これはもういつも気をつけていることではあるのだが、次からは人のペースに惑わされないよう自分のペースを守って入るように改めて気をつけたいと思った。
ゴールをすると大会スタッフから順位の書かれたカードを手渡され、その先にタイムを記入する記録所の白いテントがありそこでカードに名前とゼッケン番号を書いて渡した。
ただ次のレースに出場する友人に早くストップウオッチを渡さなければという思いがあったせいかカードの写真を撮るのを忘れてしまい、はっきりと証拠が残っていないのだが、確か78位だったと記憶している。
そしてそこまで済ませると50歳以上の5キロ男子と5キロ女子も同じようにゴールゲート前に整列していたので、そちらに向かうと友人も並んでいてストップウォッチを手渡して使い方を説明する。
するともうすぐにスタートの時間になりゲート前に移動したので、自分はゴールゲートの前の方に回り込んでスタートを待った。
ほどなく12時5分が来てスタートの号砲が鳴るが、今回はスタート直後の姿もまともに撮影もでき、更にトラックを2周まわってくれたこともあってゴールゲートと藤棚の方と両方を行き来して何度も撮影ができた。
友人には最初は入りすぎないようにとアドバイスもしたのだが、どうやらそのあたりは心得ているらしくかなりゆったりとした感じで後方から追い上げるつもりで走っておられたようだ。
ランナーたちがトラックを後にして渡月橋の方へと向かって走り去ると、少し時間もあったので荷物を全部持って更衣室で着替えを先に済ませることにする。
今回は5キロという短い距離だったこともありそんなに疲れもなかったが、荷物を整理しつつ着替えを済ませると確か渡月橋方面から戻ってくる友人を見たと記憶しているのだが、ここは写真にも収められていないのではっきりと覚えていない。
それから12時半ぐらいに再び荷物を置いていた茂みのあたりに戻るものの、前いた茂みのあたりに若い男二人組がずっと座り込んで話をしていてしばらく動きそうになかったので、今度はゴールに更に近い位置に荷物を置いて友人のゴールを待つことになった。
そして5分ほど待っているとようやく友人の姿が見えてきて、ゴールはばっちり撮影することができた。
タイムは32分18秒ぐらいで94位、初めての5キロにしてはまずまずの記録でゴールとなったと思う。
ゴール後友人はそのまま記録所で記録をつけそれから着替えのため更衣室へと向かっていったのだが、その間自分はしばらくゴール前で他のランナーたちを応援することにしてレースを見守っていた。
すると一人結構高齢の男性ランナーがゴール直前でフラフラとなり倒れてしまう。
かなりヤバい状態に見えたのだが大会スタッフの駆けつけるのが遅く、多分大会関係者ではないしかも外国人の女性がすぐさまかけつけて解放していたのが何とも情けなかったのだが、それでも担架で運ばれていく時には意識はあったようで自分も含め周囲は少しホッとした様子だった。
そして12時54分ぐらいにようやく最終ランナーが到着したのだが、こちらも頭にハチマキをつけたかなり高齢の方でゴールした時には周囲から大変な拍手をもらっていたのが印象的だった。
その後12時50分スタートだったハーフが、少し遅れて12時58分ぐらいにようやくスタートする。
その頃には友人も着替えから戻ってきていて、グッズの当たるお楽しみ抽選会の掲示をチェックし残念ながら外れていたのを確認し終わると、この後どうしようかという話になる。
昼も食べられるような場所もなかったのでこのまま帰ろうかという話にもなったのだが、そこに登場したのが昨年の2010年10月のあざいお市マラソンの時にも出会ったあの有名人だった。
帰ろうかという話をちょうどしていたその時、ハーフのトップが最初の折り返しをして会場前へと戻ってきたのだが、そのトップのランナーたちを見ると黒人のランナーがいることに気づく。
やっぱり黒人のランナーの人が速い人が多いなと感心していると、その顔が何か見おぼえのあるものであることに気がつく。
すると大会スタッフのアナウンスがそこであり、「ワイナイナ選手」という名前が聞こえたのでビックリ、やはり2度の五輪でメダルを獲得しているあのエリック・ワイナイナ選手だったのだ。
今回の大会前には何の告知もなかったのでその瞬間まで彼がこの大会に来ていることは全然知らなかったのだが、ワイナイナの快走を見たかったし、ハーフは5回ぐらい大会会場付近を行ったり来たりするらしいので、急遽予定を変更してハーフの走りを見届けることになる。
それから会場周囲の風景やちょうど行われていた表彰式などの撮影も先に済ませておいてから大会会場前のコース横に陣取り、動画も駆使して友人と二人でハーフの模様を撮影する。
ところが動画は走るのが速いのであっという間に前を通り過ぎ撮影に苦労させられたものの、写真の方はいい感じで撮ることができたのだった。
ちなみにワイナイナ選手以外のランナーたちも頑張って走っていて、自分もハーフを走りたかったという気持ちが強くなったのだがまあ仕方ない。
そして14時9分ぐらいに余裕の走りでワイナイナ選手がゴールする。
タイムは確か1時間11分ぐらいだったが、本気なら1時間を切れるであろう圧倒的な速さでやはりシドニー・アテネと五輪連続メダリストは伊達じゃないというのが感想だった。
ゴール後は記録所でカードにサインをしていたが、その間も気さくに周囲を話しながら笑顔を振りまいていた。ちなみにサインはやはり英語だった。
その後たくさんの子供たちに囲まれサインをせがまれるが、「先に着替えをさせて欲しい、後でね」と言ってその場を後にしようとしたものの、子供たちは後についていき松尾橋の手前までそんな光景が続いていたのが何だかとても微笑ましかった。
その後エリックは着替えを持って坂を上がり松尾大社の方へと姿を消してしまったため、まだハーフのレースは続いていたのだが自分たちも充分満足したのでそこで会場を後にすることに決める。
予想外のエリック・ワイナイナ選手の登場に満足しつつ、会場を軽く撮影してからその場を後にして松尾駅へと戻る。
そして券売機で切符を買おうとしていると…改札の方で友人が誰かと話しているのが聞こえてきて、横を振り向くとその正体は何とエリック・ワイナイナ選手だったのだ!!!
これにはさすがにビックリしたのだが、どうやら松尾駅のトイレででも着替えていたのか、改札から出てきた所に鉢合わせとなったらしい。
友人も自分も握手までしてもらい、「また来年」と声をかけてもらい、いっぱい笑顔を振りまいてからまた桂川の会場の方へと歩いていったのだった。
思わぬ遭遇に興奮して握手している所は撮影できなかったのだが、最後エリックが松尾橋の方へ向かう後姿だけは撮影できた。
ただそれも残念ながら完全という形にはならず、携帯電話のバッテリーの不足からか勝手に待ち受け画面サイズの写真撮影モードに切り替わっていてサイズが小さいのでしか撮れなかったのはもったいなかった。
それでも最後の最後にすごくいい思い出になったのは言うまでもない。
それから改札を通り14時28分発の桂行きの電車に乗った所で遅まきながらバッテリーを切り替える。
その後14時34分に桂駅で乗り換えて最寄り駅に到着し、部屋に戻ったのは14時50分ぐらいだった。
部屋に戻ると少し休憩し昼ご飯は会場では食べなかったのでポテトチップスのわさび味とカレーライスを食べる。
それからプロ野球のオープン戦や地震関連のニュース、笑点などを見て、友人が休んでいる間に西友へ買い物に行き、晩御飯は今回は焼肉ではなかったのだがビールと一緒に美味しく頂いた。
そして大河ドラマを見てから21時半にはお開きとなり、晩酌もしたが1時ぐらいには眠りについた。
まずエリック・ワイナイナ選手については、昨年10月のあざいお市マラソンの時にはゲストランナーとして最初から名前があったので驚きはしなかったのだが、今回はそういった告知は自分の知る限りではまったくなく彼の登場に非常に驚かされた。
ただこうして予想もしなかったワイナイナ選手の登場で最後とても楽しく、そして貴重な経験をしつつ大会を締めくくることができたので、ワイナイナ選手には感謝したい。
ちなみに数週間後の4月9日には2011年春のTBSオールスター感謝祭の放映があり、すっかり恒例となっている赤坂5丁目ミニマラソンにもワイナイナ選手は出場していた。
残念ながらハンデがきつ過ぎて今回は優勝できなかったが、他にも優勝した猫ひろしや谷川真理さん、それにこの後出場する予定のなにわ淀川ハーフマラソンでゲストの森脇健児氏など自分がマラソン大会で出会った芸能人も元気に出場していて、やはり一度でも実際に会ってみると親近感が湧くものだと感じたのだった。
そして次のレースはその森脇健児氏がゲストとして登場するなにわ淀川ハーフマラソンである。
今回が第1回大会ということでどんなレースか情報がまったくないのだが、また好記録を目指して頑張りたいと思う。