マラソン

大会結果レポート(第4回大阪ハーフマラソン)

■2012年■

■2011年■

■2010年■

■2009年■

大会データ

Runnet

日時
2011/3/6(日) 10時00分(スタート)
場所
大阪府大阪市東住吉区長居公園1-1 長居公園内
ハーフマラソンコース
主催
新日本スポーツ連盟大阪府連盟
主管
新日本スポーツ連盟大阪ランニングセンター
天候
曇り
記録
グロス:1時間51分36秒
ネット:1時間51分21秒(自己計測)
関連リンク
新日本スポーツ連盟 全国連盟オフィシャルサイト
長居公園
大阪市交通局 長居駅

大会前

大阪府とは

大阪府は近畿地方の都道府県で府庁所在地は大阪市。近畿地方および西日本の政治経済・文化や交通の中心地である。

面積は約1897.km2でこれは全国47都道府県中で香川県に次ぐ46番目の狭さだが、人口は約885万人で東京・神奈川に次ぐ第3位の多さだ(2011年2月現在)

地形は大阪平野を中心に北は六甲山、東は生駒山と金剛山、南を和泉山脈に囲まれており、山から大阪平野にかけてなだらかに丘陵が続いている。西側は瀬戸内海に面し大阪湾に注ぎ込む淀川はこの地方には欠かせない重要な河川だ。

気候は瀬戸内気候で年間を通じて温暖だが、その分夏は熱帯夜の日も多い。その反面北西の季節風の影響で冬の降水量は太平洋岸にある割には多いとされている。

歴史上では旧国名では河内国と和泉国の全域および摂津国東半分と丹波国のごく一部にまたがる地域で、古くから日本の政治経済の中心都市として7世紀頃までは難波宮など何度か都も置かれ、その後京都に都が移ってからも上方へ通じる水上交通の要衝として栄えた。

そして安土桃山時代には天下人となった豊臣秀吉がこの地域に大坂城を築て城下町が整備されて隆盛を極めるとともに、秀吉没後に徳川家康が天下を取ると大坂の冬の陣・夏の陣で戦国時代終焉の舞台ともなった。

江戸時代に入ると幕府の天領として大坂町奉行が派遣されるが、諸国からの物産の集積地でもあったことから「天下の台所」と称されるほど全国の経済・商業の中心地として繁栄した。

明治以降は繊維工業を中心とした工業都市に変貌を遂げるが、近年は重化学工業が盛んで阪神工業地帯の中核を成している。

大阪市とは

一方大阪市はその大阪府の府庁所在地で面積は約222km2。人口はおよそ266万人(2011年2月現在)で、政令指定都市でもあり区の数は24と全国で一番多い。

この地方の政治経済・交通の中心であることは大阪府での紹介の通りだが、中でもJRと阪急・阪神・地下鉄などが通る大阪駅・梅田駅周辺の歓楽街である北新地を擁するキタとグリコの看板で有名な道頓堀を挟んで難波駅から心斎橋駅あたり一帯のエリアに広がる日本最大の歓楽街ともいわれるミナミは市を代表する繁華街である。

ちなみに大阪市を自分の頭の中で自分なりに勝手にコンパクトにまとめてみると、まず市内の真ん中あたりに北から南にかけて大阪のメインストリートといわれる御堂筋・新御堂筋という道路があり、淀川(新淀川)を挟んで北側の方に新幹線の通る新大阪駅と十三(じゅうそう)という駅がある。

そこから淀川を渡って南に少しいった所に大阪駅・梅田駅のターミナルと歓楽街の北新地のあるキタがあり、更に南へ行くと淀川から分岐してきた大川(旧淀川)が大阪市役所や中央公会堂などもある中之島という中洲を挟んで北の堂島川と南の土佐堀川という2つの川に分かれ、土佐堀川には大阪で最も多くの人に利用されている橋だといわれ北の大江橋とともに重要文化財にも指定された淀屋橋という橋がかかっている。

この淀屋橋から御堂筋に沿って南へ進んでいくと本町を通ってアメリカ村の通称で有名な心斎橋、更に南へ進むと道頓堀川があり、川にかかる道頓堀橋を挟んで南側にある難波駅とその東の日本橋駅までミナミの歓楽街が広がる。

難波駅をもう少し南に行くと通天閣で有名な新世界や天王寺動物園、天王寺駅などがあり、さらにぐっと南に下ると今回の大会の舞台となる長居陸上競技場があるのだ。

更にこのラインからは外れた所では、淀屋橋の東の方に造幣局の桜の通り抜けで有名な天満橋エリアや江戸時代には京街道から大坂の玄関口として賑わった北東部の京橋エリアや大阪城公園、大阪府庁、大阪府警本部などがあるエリアがあり、一方西側の方には難波を少しいった所に大阪ドーム(京セラドーム大阪)、更にぐっと西に向かい大阪湾に面した所にユニバーサルスタジオジャパン(USJ)や世界最大級の水族館といわれる海遊館もある。

とりあえずこれだけ抑えておけば十分な気がするが、ちなみに阪神タイガースの本拠地の甲子園とガンバ大阪の万博記念公園は大阪市内にはない。甲子園は知っている方も多いと思うが兵庫県西宮市にあり、万博記念公園は大阪市からみてかなり北の方にある吹田市に存在している。

長居陸上競技場(長居スタジアム)について

長居陸上競技場とは

長居陸上競技場、通称長居スタジアムは大阪市東住吉区にあり、スタジアムの周辺は長居公園という緑豊かな総合公園として整備されている。ちなみにそれ以前の1959年までは競馬場、競輪場もあったそうだが現在は廃止されているらしい。

競技場が造られたのは1964年のことで、こけら落としに行われたのは東京オリンピックのサッカー競技5・6位決定戦だったそうだ。

その後は日本陸上競技連盟第1種公認の競技場として2002年には日韓共催のFIFAワールドカップのイングランドや日本の試合なども開催されたり、2007年には世界陸上選手権も開催されている。

そして何といっても1996年からはJリークのセレッソ大阪がホームスタジアムとして使用しているので、テレビやニュースなどで名前をよく見かけるのではないかと思う。

セレッソ大阪の本拠地

収容人員は現在5万人で、最寄駅は大阪市営地下鉄御堂筋線の長居駅から徒歩5分のほか、JR西日本阪和線の鶴ケ丘駅から徒歩3分、長居駅からも徒歩5分で行くことができる。

ちなみに長居公園には陸上競技場以外にも長居球技場(キンチョウスタジアム)、庭球場、相撲場、障害者スポーツセンター、軟式野球場、プールのほか、自然史博物館や植物園、ユースホステルなどの施設もある。

大会前日まで

大会前日

今回は初めてマラソン大会に参加してからちょうど20回目の大会となったのだが、20回目にして初めて大阪の大会となった。

京都を皮切りに兵庫・滋賀県などは何度かあったものの、大阪がなかったのは別に他意はなく、ただ出たい大会がスケジュールと上手く合わなかったからに過ぎない。

大阪といえば京都からは阪急で河原町から梅田まで1時間もかからず行くことが可能な訳で、交通の便は決して悪くないこともあり、これからはそこそこ出場する大会が出てくることと思う。

ちなみに今回の大会の開催されるのは長居陸上競技場、サッカーファンなら誰でもご存知と思うがJリーグのチームであるセレッソ大阪がホームグラウンドとしている競技場である。

京都からだと阪急で梅田まで行き、そこから地下鉄御堂筋線に乗り換えれば最寄り駅の長居駅まで合わせて1時間半もかからない距離だ。

ただ前日調べた時は地図で見て天王寺駅から出ているJR阪和線の鶴ヶ丘駅が一番の最寄り駅だと思っていたので、もう少し時間がかかりそうだという思いでいたのだった。

ちなみに大会前日は京都に滞在し、梅宮大社と北野天満宮に梅を見物に行っていた。まだ寒さが残ってはいたが楽しく見物できた。

大会当日

自宅から地下鉄御堂筋線・長居駅へ

最寄り駅から阪急梅田行きに乗車

大会当日の朝は6時10分過ぎに起きる。テレビをつけると福知山城と明智光秀についての京都の番組がやっていたので、それを見ながら準備をした。

それからネットで調べると鶴ヶ丘駅ではなく長居駅からだと梅田に出た後は御堂筋線で一本で行ける事が分かり、当初予定より20分ぐらい遅くても大丈夫ということで少し安心する。ちなみにこの日はびわこマラソンも開催されるらしかった。

今回はゼッケンが封筒で送られてきていたので前もってシャツにつけ、ひげを剃り、朝ご飯の恒例のボンゴレビアンコは今回は1袋のみ温めて食べ、それからパンツなども着替えて7時20分過ぎに部屋を出て、歩いて阪急の最寄り駅へと向かった。

梅田駅構内

自動券売機で切符を購入すると梅田方面のホームへ移動、まったく当初の予定どおり7時34分発の快速急行梅田行きに乗り込むことができる。

席は横に並ぶタイプで日曜の朝早くということもあり混雑はしておらず、問題なく座ることもできた。途中は「一角獣の殺人」というミステリー小説を読んで過ごす。

8時18分に梅田駅に到着すると、梅田にはもう何度も来ているので迷う事もまったくなく、そのまま改札を出てエスカレーターで大きい広場の所を通って御堂筋線へと向かう。

地下鉄御堂筋線に乗り換え

3分かかったかかからなかったぐらいで地下鉄の改札へ到着すると、切符270円のを購入して改札通る。途中に駅構内のトイレにも寄ってからホームへと降りていった。

梅田駅ホームは朝の通勤ラッシュ時にも来たことがあるが、それに比べたら全然少ない人の数で8時27分の電車に乗る。

ただ最初撮影に手こずってしまい座り損ねたのだが、その後心斎橋だったと記憶しているが座ることができ、あとは本読みながらの電車旅となった。

長居駅に到着

天王寺駅を通り過ぎて20分と少し経った8時50分にあっという間に長居駅へと到着。ここまでテキパキと写真撮影もしつつ、いい感じで目的地へと到着したのである。

長居駅から長居陸上競技場へ

長居駅出口

長居駅のホームはいたって普通の地下鉄の駅だが、柱にセレッソ大阪のピンクのロゴが入っていて、駅のそばにある陸上競技場がJリーグで使われていることが改めて印象づけられた。

電車から出るとスポーツウェアを身に着けた人もたくさん降りて、ようやくマラソン大会という雰囲気になってくる。

改札を出て階段を上がって外に出ると京都駅近くにある梅小路公園のような感じの公園が目の前に現れる。

「歓迎」の文字が

この時場所が一瞬分からなくなったのだが、同じく大会に出場すると思われるスポーツウェアの人たちに付いていけば大丈夫だろうということで心配はなかった。

そして入口脇の所にあるポールにちょっと目立たない感じだったのだが30センチぐらいの長方形の紙が貼りつけてあり、そこにしっかり大会会場の方向を指す矢印と「歓迎」という文字があるのが確認できた。

そんなに大きくないのだが、昨年末の大高緑地で開催された大会よりは遥かにましなレベルだ。

受付会場へ

その後は人の流れと所々に見える張り紙の矢印に従って進んでいくと、まずジョギングコースのような道路が見え、そこを左に曲がると横に公園の記念碑があり、更に右奥の方に大きなスタジアムの白い建物が見えてくる。

そして徐々に白い建物が大きくなってきて、やがて標識が見えその白い建物が予想どおり長居陸上競技場ということが分かったのだった。

それから陸上競技場の正面ゲートが見えてきて、その前はかなり広い広場のようになっているのだが、そこには文字の書かれた高い石のオブジェと、石像なども見えた。

長居陸上競技場

そして正面ゲートはというと残念ながら柵が下りていて中に入ることはできなかったのだが、入口の横にはセレッソの試合を告知するポスターなども見えた。

大会受付~着替え

受付会場の長居球技場へ

今回の大会の受付所は長居陸上競技場の左隣にある長居球技場、別名キンチョウスタジアムの南練習室で、陸上競技場との間を隔てる広間には既にたくさんの人が列を作っていて、それが練習室の入口へと続いていた。

早速自分もその列に並ぶ、時刻はちょうど9時を過ぎた所だった。

5分ぐらい待つとようやく入口を通って建物の中へ入ることができたのだが、入口の所には地図のパンフが置いてあって、とある男性ランナーがそれを持っていったので自分も1部頂く。それには長居公園内が詳細にまとめられていた。

長居公園マップ

そして9時7分ぐらいには体育館の中に入ることができたのだった。

中はすごい人で、入ってすぐの所にある受付のテーブル前にはまたしても行列ができていて、もう一度並び直すことに。

そして更に待つこと5~6分の9時14分ぐらいにようやく受付を済ませ、参加賞とパンフレットを受け取った。

ちなみに前述の通りゼッケンは、今回は既に封筒と一緒に予め送られていたので、出発する前に家でシャツに着けていた。

大混雑の受付

それから左奥にあるトイレで前もって用を足しておこうと並ぶ。

前は一人だけだったのだが、大はなかなか出てこず、仕方なく小便の人を何度も譲り、用を足してトイレを出た時には9時26分ぐらいになっていた。

ちなみにトイレでは用を足すとともに下の着替えも済ませた。

再び体育館に戻ると、9時40分のハーフ集合時間までもう時間がないからと受付は完全に放棄して、パンフレットと参加賞は勝手に持っていけという何ともやけくそ気味の対応になっていた。

男子トイレ

自分はそれから周回用の輪ゴムをゲットしてヴァームとヴァームゼリーを出すと荷物を預けようとするが、ここでもゼッケン番号を書くタグが全然足りなくて隣にいたあんちゃんは結構キレ気味に受付のおばちゃんに抗議する。

すると奥の箱に少し入っていたらしく、そのあんちゃんは怒り気味ながらも受け取って事なきを得たが、自分が尋ねるとおばちゃんは逆キレ気味にこんなにたくさんの人が来るとは思わなかったと開き直る。

呆れつつも机の上にあった記録を書く紙をタグ代わりにして番号と名字を書き、紙を折ってバッグにくくりつけると、受付の机の奥の方にバッグを置いて何とか事なきを得た。

荷物預かりは目茶苦茶

それからヴァームゼリーを飲んでそれを体育館を出た通路にあるゴミ箱に捨て、もう9時40分まで5分を切っていたので急いで集合場所だという時計塔へと向かう。

後から分かったがそこがゴールゲートになっているらしい。とにかくスタートまでは時間的には余裕がなくて結構バタバタだった。

スタート前(時計塔前からスタート地点へ)~スタート

時計塔前に集合してスタート地点へ移動

それでもハーフのランナーの集まる時計塔に無事着くとホッとして周囲を少し撮影していたのだが、すぐに移動の時間になってしまいランナーたちはゾロゾロと歩いてスタート地点へと向かう。

歩いてみると結構距離はあって、スタート地点に到着した時には9時50分を少し回っていた。

スタート地点に着くと目の前の右手前方にトイレが見えたので、まだ時間もあったことから走って用を足しにいく。少し不安があったのでちょうど良かった。

スタート地点そばの公衆トイレ

それからスタートラインを正面から撮影したりして列の真ん中あたりに並び直し、あとはスタートを待つばかりとなり、腕をグルグルと回したりストレッチをしたりしていた。

すると確かスタート2分ぐらい前からカウントダウンが始まり、1分前、30秒前、10秒前となったはずだったのだが、なぜかそこから10秒経過してもいっこうにスタートせず、再び20秒前のカウントがはじまり、ランナーたちは皆一様に苦笑いしていた。

スタート直前

そして予定どおりだったのか、とにかく10時ぐらいにスタートのピストルが鳴り、ランナーたちが動き出す。

レース序盤~1周目通過(2.8km)

スタート直後

今回の長居公園内の周回コースは道幅も広く、走っていて狭く感じたり接触の危険などはまったく感じなかった。

しかもコースがほぼ完全といっていいぐらいフラットなのでとにかく走り易かった。記録を狙うには格好のコースだと思う。

スタートしてネットタイムについては実はちゃんと計り忘れていたが、多分15秒ぐらいだったと思う。

それからは1周2.8キロのコース内はほとんど同じ感じの景色だったのだが、所々に「~周とここまでで…キロ」というプラカードの表示があり、それがタイムを計る大きな目安となり、今回1キロ毎の表示はなかったにも関わらずメリハリを持って走ることができた。

まずは無難に立ち上がり

ちなみに今回1周はだいたい2.8キロということで、1キロ5分ペースで走ると仮定すると、1周は14分で走るとちょうどこのペースになると分かっていたので、1周を少なくとも14分から14分30秒ぐらいの間でカバーしていこうと考えて走り、事実ほとんどその通りに走れたのである。

最初は流れに沿って走っていたが、最初に気をつけていたのは前回学んだとにかく下を向かず前を向いて走るという事で、それに注意して走っていると自然と足が前に出て自分のペースというものを作ることができた。

するとすぐに周囲のペースが明らかに自分の理想のペースより遅いらしく、自然とどんどんと抜き去っていくこととなる。

徐々に遅いランナーを抜いていく

そしてある程度行った所でおそらく自分と同じペースのランナーたちに追いついたらしく、その後抜かれもせず抜きもせずという状態になりいい感じになってきたのだが、そこへピンクの派手な上着を着た女性ランナーが突如左から自分を抜き去ろうとして驚く。

しばらくはそれに負けていられないと思いついていこうとするが、明らかに向こうの方が速いようで、1周もした頃にははるか前の方に行ってしまっていた。あのペースだと間違いなく1時間40分台で走れたはずである。

1周目のゴールゲート通過

それから周回コースは木のたくさんある所などを通って左にカーブし、前方に長居陸上競技場の見える直線へと入る。

ここが結構長くその中間あたりにゴールゲートがあり、更にその先に給水所が設置されていた。

まだこのあたりだと全然タイムを計測することはできなかったのだが、ゴールゲートに1周目は6分25秒ぐらいで通過している。

それから給水所の前を通るが、1周目は水はたぶん飲まなかったと思うし、他のランナーもさすがにまだ1キロちょっとぐらいしか走っていなかったので誰も取らなかったように記憶している。

最後の長い直線

その後スタート地点へと戻る最後の直線の真ん中あたりで、ようやく「1周とここで5キロ地点」という看板が目に飛び込んでくる。

1周が約2.8キロということは2周で5.6キロ…つまり1周して次の2周目を走り切る600メートル手前が5キロ地点ということになるので、逆にそのポイントから600メートルほど先がスタート地点という計算になることは数字の得意な人なら分かると思うが、その時はそこまでは深く考えずにまずスタート地点の2.8キロ地点を目指した。

1周目通過(2.8km)

そして目標に置いていたスタート地点に再び戻ってきた訳だが、タイムは何と14分ちょうどぐらいで、まずはいい感じで1周目を走り切ることができたのだった。

2周目~5km地点

やる気なくベンチに座り込む係員(右端)

その後も順調に走っていたのだが、そこで少し気になることがあった。

それは1周目から既に気になっていたのだが、表示の看板のある所には黄色い上着を着た係員が立っていたのだが、そのうちスタート地点から1つ目だったか2つ目だったかとその次を担当していたまだかなり若い、おそらく高校生かと思われる年齢のスタッフだった。

そしてそのうち一人は立ってはいたのだが音楽をアイフォンか何かで聴いていたらしく、それが走っている自分にも聞こえてくるぐらいの大音量で聴いていた。

ちゃんと立って一生懸命応援する係員(左端)

更に次のスタッフはというと、もっとけしからんことに地べたに座って携帯電話をいじっていたのである。

正直ボランティアか何かで参加しているのであろうからあまり悪くは言いたくないが、他のスタッフの方はまじめに立ってランナーに声援を送ってくれている人もいる中で、自分だけそういう行動というのはどうなのと思わざるを得なかった。

特にスタート地点の手前にいた少し背の低い男性などは、直立不動でずっと立って「ファイト」とランナーに一生懸命声をかけてくれていたので、それと比較すると本当に腹立たしい。

2周目のゴールゲート通過

しかも2、3周目だったかには、もうまったくレースなんか知らないといった態度で前方にあるベンチに腰掛けてメールしている有様…こういう辺りは反省会が必要なのではないかと思う。

見ているランナーたちにはそういう態度はしっかり見られていると思って行動して頂かないと、最近はネットの口コミサイトなどでもしっかり書かれてしまうので気をつけた方がよいのではないだろうか。

まあそれあ置いておいて、続く2周目のゴールゲート通過は20分40秒ぐらいでゴールゲートからゴールゲートまでのタイムは14分15秒とまずまずで通過することができた。

5km地点の表示(ハーフ)

そしてその先の給水所では初めて給水を取りゴクゴクと飲むが、ここでは撮影をし忘れてしまう。ただそれ以降は全部きちんと撮影できた。

その後はある意味淡々と走りを進めていき、ようやく5キロのポイントを通過する。

5キロ地点のタイムは25分20秒ぐらいで、ネットタイムを差し引けばほぼ1キロ5分ペースなのでかなりいい滑り出しとなった。

ちなみにこの5キロの表示、実は全然別の所、スタート地点とゴール地点の中間あたりににもう一つあったのだが、それを見て最初は何じゃこれはと思ったのだが、実はこちらはフルマラソンの人用の表示だった。

5km地点の表示(フル)

フルマラソンの人も同じコースを走っているのだが、スタート地点が違っていて、距離表示もフルは白色、ハーフは黄色に分けられていることを少し後になって気がつく。

パッと見ちょっと分かりにくいので、本当はプラカード表示にハーフとフルという文字も入れておいた方がベストかもしれない。

2周目通過(5.6km)

自分のペースで走り続ける

そして5キロを過ぎたあたりから、今度は別の女性ランナーが自分とほぼ同じペースで走っていてしばらく並走が続く。

2人いて1人はこれまた結構速くしばらくすると先へと行ってしまったのだが、もう1人背中に文字の入った黒いTシャツに長い髪を束ねたスポーツマン風の女性はペースが同じ感じで自分の少し先を走っていて、しらばくはそれを追う形となった。

もっとも徐々に自分の方がペースが速かったようで、10キロぐらいで捕えて追い越してしまう。

その後確か5キロから10キロの間辺りだったと記憶しているが、少し太陽が出て暑くて汗が出る感じになりかけたが、それもすぐに曇り空に戻り、この日は薄曇りで風も微風で心地よくとにかくいいコンディションだった。

2周目通過(5.6km)

それから時系列的にはいつだったかはっきりしないがこの頃車椅子でマラソンに参加している人や何なのか赤いゼッケンで走っている人などもいて、いろいろな人が参加しているのだなあと思いつつ走っていたのと、子供たちが野球の試合をやっているのと、更に公明党が駅の方で演説をしていたのが印象に残っている。

2周を走り終えスタート地点に戻ると、タイムは約28分30秒ぐらいで相変わらず1周14分ペースを維持しており手ごたえを感じるのであった。

3周目通過(8.4km)~4周目~10km地点

給水所

そして3周目に入るとまずゴールゲートは残念ながら写真撮影に失敗してしまったのが、給水所は撮影もできかつ給水も無事取ることができた。

更に3周を走り終えスタート地点に戻った時には43分ちょうどぐらいで、相変わらずいいペースを維持できていたと記憶している。

そして4周目のゴールゲートの通過は50分34秒ぐらい、そしてそのゴールゲートと給水所の間あたりに10キロの表示が待っていた。

10km地点の表示

もちろん計算できていたのでこのあたりとは分かっていたのだが、前方を走るランナーの一人が歩道で応援している家族だと思うが会話をしていたのが聞こえてきてそこでもうすぐ10キロだという声があったので、尚更見落とすことはなかった。

10キロ地点の通過は51分46秒と、これは彦根シティマラソンで10キロを走ったのとほぼ同じタイムで、やはり調子は決して悪くはなかった。

4周目通過(11.2km)~5周目通過(14km)~15km地点

障害者ランナーも頑張る

それから給水を済ませると再びスタート地点を目指して走り(この間に車椅子ランナーを目撃したのが後に写真チェックで判明している)、10時59分ぐらいにスタート地点へと戻ってきてこれで4周11.2キロを走り終える。

その後前述の黒シャツの女性を抜き去るが、5周目のゴールゲートは1時間5分26秒ぐらいでさすがに少しペースが落ちる。

2.8キロを15分ぐらいかかってしまっていたのだが、それでもまだまだいいペースだった。

残りあと3周(1時間05分26秒)

ちなみに時間的にもハーフの速い人はこのあたりでゴールなので、この周回からゴールに行く人は左、続ける人は右と分けて通過することになる。

その後11時15分ぐらいにスタート地点へと再び戻りこれで5周14キロを走り切り、更に数百メートル進んだ所で、課題の15キロ地点を通過する。

ところがこの15キロ地点でのタイムが1時間18分37秒と、前週の犬山ハーフよりも更に1分ぐらい早いペースで来ていることが分かり俄然気持ちも盛り上がってくる。

15km地点の表示

あとは前週はここからペースが落ちてしまい1時間56分台に沈んだので粘りの見せどころと思い、気持ちで負けないようにと思いながら足を動かした。

ちなみに15キロ地点では撮影が上手くいかずに次の周で取り直したことを記しておく。

6周目通過(16.8km)~7周目ゴールゲート(残り2.8km)

先が見え気持ちも楽に

15キロを通過してすぐに6周目のゴールゲートをくぐるが、ここの通過タイムは1時間20分27秒。

これでちょうどあと2周5.6キロとなり、先が見えてきたのでだいぶ気持ちも楽になってくる。

その後給水を済ませると次の目標設定のスタート地点を目指したのだが、この周回ではもうスタート地点の表示が片付けられていて正確なタイムが計れなかった。

残りあと1周(1時間35分48秒)

それでもいい感じで走れていたのは分かっていたので、そのまま次の7周目のゴールゲートを目指し通過タイムは1時間35分48秒。

あと1周2.8キロを14分で走れば1時間49分台も見えた訳だが、この時はそれよりも1時間50分台前半は確実だという現実的なタイムを頭に描いてラスト1周に臨んだ。

ラスト1周~7周目通過(19.6km)~20km地点~ゴール

最後の給水

7周目のゴールゲートを通過すると最後の給水所を向かえて給水を取るが、ちなみに今回の給水ではスポドがあったのでそれを飲んだが、他にもバナナなどもあった。

まあフルではないのでそこまで補給は必要としなかったし、それと今回は暑さはほぼ感じなかったので、帽子や頭に水をかけることもしなかった。

それからラスト1周、しっかり声を出して応援しているあんちゃんやベンチに腰掛けているスタッフともこれでお別れだなどと考える余裕もなく、必死に走りまず20キロ地点を目指す。

20km地点の表示

そしてスタート地点を過ぎて8周目に入り、少し進んだ所で最後の20キロ地点のポイントを通過する。

20キロ地点1時間45分30秒で、これでもう1時間51分台は確実であろうという確信に変わった。

今回は15キロから20キロを26分50秒ぐらいでカバーしたのだが、これは前週の読売犬山ハーフに比べれば3分ぐらい早いペースで、15キロまではそんなに大差はなかったのだがここで前回と大きくタイム差が出た。

ゴール目前

その後タイムに満足しつつゴールを目指していると、好事魔多しとはよく言ったものである。

何とラスト1キロを切ったあたりで突然10キロ地点過ぎで抜き去ったと思っていた、あの黒いTシャツの女性ランナーがスルッと現れて自分の前を走り抜けていったのだ。

これにはさすがに参ったというか、まあ自分も自分のペースで走っていたので今回は悔いは全然ないのだが、それでもやはりちょっと悔しかった。

無事ゴール(1時間51分36秒)

それでも残りも上手くまとめて無事ゴールを通過。

タイムは1時間51分36秒で、ここまでのベストの2010年のいかるがの里法隆寺マラソンと同じく2010年の谷川真理ハーフマラソンに次ぐ3番目の好タイムでのゴールとなったのである。

レース後

ゴール直後~着替え

速報タイムの掲示板

無事ゴールを果たすと今回も新日本スポーツ連盟の大会は皆そうなのか手作業でタイムをスタッフがつけてくれているのを尻目にゴール周辺を撮影し、友人にもメールをする。

それから給水所でバナナなど食べようかとも思ったが他のランナーの邪魔になるのでやめ、あまり長居せずに長居球技場の方へと戻る。

体育館へ戻ってくると机の上に白い紙が一杯並べてあって何だと思ったのだが、これはフルマラソンの人に渡すものらしいので自分はバッグを回収して奥の方で記念撮影をしてから着替えを始める。

長居球技場の体育館へ戻る

ただ体育館では男女結構ごちゃまぜで人がいたので、上だけ着替えて下は朝も行ったシャワー設備もあるらしい更衣室前のトイレで着替えた。

梅田の阪急三番街にて昼食

帰路

そして今回は屋台などもなかったのでそのまま長居公園を後にし、梅田で昼ご飯を食べてから京都へと戻ることになる。時刻は12時半をちょうど回った所だった。

帰りは筋肉痛はそんなに足にきていなくて、これはやはり2週連続でハーフを走った賜物だろうと感じるのだった。

それから行き来た道とは違った所を通ったものの何とかの地下鉄長居駅の入口まで戻ってきたのだが、印象に残ったのはその通りである。

長居公園前の道路

ココ壱番屋、ケンタッキーフライドチキン、餃子の王将、牛丼の吉野家、宮本むなし、ミスタードーナツ、天下一品と錚々たる食べ物のお店がズラッと並んでいて、学生やサラリーマンがこの近くに住んでいたらきっと食事には困らないだろうなあという印象だった。

それを眺めてよっぽどここのどれかで食事をしていこうかとも思ったのだが、せっかくなので梅田の阪急地下の三番街で食事をしたいと我慢を決め込む。

地下へ降りるとまずトイレに立ち寄り、それから切符を買って改札を通りホームへと降りた所でちょうど電車が行ってしまい7分ぐらい待たされることになる。

阪急地下の三番街へ

それでも12時46分に乗車、何とか座れて13時8分にあっという間に梅田へと到着した。

そこから歩いて阪急の方へと戻ると、すぐに三番街へ向かうエスカレーターが見えてそれを降りていく。

降りてすぐの所には地下2階にあるグルメミュージアムのマップがあり、何にしようかと考えても良かったのだが、まだ昼時ということもあり混んでいる所は避けつつ、昨年12月にルミナリエの時に行ったカレーのサンマルコの近くにラーメンの北斗という店があってどちらに迷ったこともあり、今回はそこへ行ってみよう決心。三番街の中で少し迷ったものの何とか店を見つけることができた。

らーめん北斗

店内はラーメン屋にしては結構明るくオシャレな感じで、店の前には分かりやすくメニューもあった。

それを見ると醤油ラーメンが今日のオススメとしてピックアップされていたのだが、塩ラーメンが650円と他に比べて多少安かったので注文することに決めて店の中へと入っていく。

塩ラーメン

すると入って左の一番奥の席に通され、塩を注文。本を読んで待とうと思ったら5分もせずに料理が運ばれてきたのでさっそく食べることに。

かやくご飯も店の前にはあったのであれっと思ったのだが、そんなに食べられないのでまあいいかということで食べ始める。

ラーメンはまずまずでスープはあっさり系で食べ易かった。チャーシューはトロっとしていて美味しかったし、ワカメがたっぷり入っているのともやしとネギのシャキシャキ感もまずまずで合格点は与えられると思う。

三番街を後に

ただ接客はというと店主っぽいメガネで小太りのおっちゃんとおばちゃんはまあ愛想は悪くなかったが、下っ端店員の若い男と女は決してムカつく訳ではないのだが無表情でロボットに接客されているみたいだった。マイナスではないがプラスでもないという感じか。

帰路・後日談

帰路

阪急梅田駅きっぷ売り場

食事を終えて店を出ると店舗外観を撮影し、それから阪急の乗り場へ向かう途中で少し迷うも、何とか軌道修正して無事阪急乗り場に到着する。

ちなみに切符売場では3月に開催されここ数年毎年見に行っている東山花灯路の告知の掲示版もあった。

切符を買うと寄り道もせずに改札を通り河原町方面乗り場へ向かったのだが、すると13時40分発の電車がありダッシュすれば間に合いそうだったのだが、トイレに寄りたかったので1本見送り、トイレで用を済ませてから余裕を持って次の13時50分発の特急に乗り込む。

13時50分発の河原町行き電車に乗車

真ん中より少し奥の方の車両に乗り込んだのだが、始発の梅田で扉が開く前に自動で椅子の向きが変わるのはいつ見てもビックリする。

問題なく座れて、帰りは読書しながらも大半ウトウトしつつ最寄り駅に到着、それから家まで歩いて帰り14時40分ぐらいには無事帰宅した。

その後しばらくウトウトしていたのだが、17時過ぎに近所の西友に買い物に行く。

阪急梅田駅ホーム

すると予報どおりだがいつの間にか雨の天気になっており、マラソンの時間に雨が降らなくて本当にラッキーだったと感じるのであった。

夜は友人と晩御飯を一緒に食べるが、献立はマラソンの日恒例の焼肉。そして大河ドラマなども見たが疲れもあって22時前にお開きとなり、23時半前には眠りについた。

後日談

キンチョウスタジアム前

この日のわずか5日後の3月11日金曜日、あの東日本大震災が発生し、東北地方を中心に津波で甚大な被害が出て日本は非常事態となる。

そしてサッカーJリーグも電力事情や鹿島や仙台のホームグラウンドが被災したことなどもあり当面日程を延期となるが、その一方で3月29日には日本代表vsJ選抜でチャリティーマッチが開催された。

この時このチャリティーマッチが開催されたのが、他ならぬ今回の大会が開催された長居陸上競技場の長居スタジアムであった。

また受付と着替えの場所となったキンチョウスタジアム(長居球技場)ではザッケローニ監督や日本代表の長谷部キャプテンらが募金活動を行い、つい先日楽しく大会に参加し1ヶ月も経たないうちにこのような事態となり、悲しいと同時に自分にも何かできないかと考えさせられる。

歓迎の垂れ幕

平和に穏やかに暮らせるのがどんなに幸せなことが改めて思い知らされたし、募金などを通じて少しでも被災者を助けることができればと考えつつ次の3月20日の京都ロードレースを迎えることとなる。

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