マラソン

大会結果レポート(第33回読売犬山ハーフマラソン)

■2012年■

■2011年■

■2010年■

■2009年■

大会データ

Runnet

日時
2011/2/27(日) 10時5分(スタート)
場所
愛知県犬山市・日本陸連公認コース 名証犬山総合運動場発着
ハーフマラソンコース(一般男子39歳以下の部)
主催
愛知陸上競技協会・読売新聞社・犬山市
後援
愛知県、扶桑町、犬山市教育委員会、扶桑町教育委員会、犬山市体育協会、扶桑町体育協会、犬山商工会議所、犬山市観光協会、中京テレビ放送、報知新聞社
協力
陸上自衛隊春日井駐屯地、サントリープロダクツ(株)
特別協賛
トーエネック、名鉄、清水建設
天候
晴れのち曇り
記録
グロス:1時間56分59秒
ネット:1時間56分09秒
関連リンク
読売新聞 読売犬山ハーフマラソンのページ
犬山観光情報
国宝犬山城
本田恵美 女の花道:中京テレビ アナウンスルーム
名古屋鉄道 犬山駅

大会前

愛知県とは

日本の中部地方に位置し太平洋岸に面する県で面積は約5164km2。人口はおよそ740万人(2011年2月現在)で岐阜県・三重県とともに東海地方を形成している(静岡県を加えることも)

県庁所在地は名古屋市で、東京23区と横浜市・大阪市に次ぐ人口で関東・関西とともに日本の三大都市圏を形成している。ちなみに管理人はここ愛知県の名古屋市出身である。

旧国名は西が尾張、東が三河で現在も尾張地方、三河地方と分けられて天気予報なども予報が出されている。実際文化や風習、そして方言も2つの地域では大きく異なといわれている。

戦国時代には尾張を織田信長、三河を徳川家康が治めていて、信長の家臣から天下人となった豊臣秀吉も含めてこの地方の三英傑と称えられ、江戸時代の大名の多くも彼らの配下から出ておりこの地方の出身者がかなりの割合を占めるなど、この時代の政治や文化を形成する中心となった。

地形は尾張地方には濃尾平野という広い平野が広がり、海岸には知多半島と渥美半島という2つの大きな半島があり、岐阜との県境には木曽川・長良川・揖斐川という木曽三川が流れている。

そして気候はというと典型的な太平洋側気候で夏は高温多湿で非常に蒸し暑く、冬は乾燥した晴天の日が多いのが特徴だ。

またトヨタ自動車の地元ということもあり自動車産業が県の一番の中心産業で、世界的規模の企業ということもあり県の経済規模も非常に大きなものとなっている。

他にも中京工業地帯の中心として工業が盛んな他、東三河を中心に農業も盛んでキャベツや大葉などが全国1位であり、農業出荷額も全国5位の規模を誇っている。

犬山市とは

名鉄犬山駅

一方犬山市は愛知県の最北端、岐阜県との県境に位置し、木曽川を挟んで岐阜県の各務原市、可児市、多治見市などに隣接している。

面積は約74.97km2で旧国名では尾張国に属し、戦国時代は織田家の領地として発展、江戸時代になると御三家筆頭である尾張藩付家老の成瀬氏の城下町として犬山城を中心に繁栄した。

現在の人口は7万5千人ほど(2010年6月現在)で、名古屋から名鉄電車が通っている他、名神・東名高速道路の小牧インターチェンジからも近く交通の便も非常に良い地域である。

地形は濃尾平野に属することから西部を中心に平坦で、農地や工業地として発展する一方、国宝犬山城を中心とする木曽川に面する北部は名勝に指定されていて川下りや鵜飼いが楽しめる他、近くには犬山モンキーパークや明治村などもあり、愛知県有数の観光都市としても知られている。

犬山城について

犬山城

その犬山市のシンボル的存在なのが犬山城で別名は白帝城。戦国時代の1537年に織田信長の叔父にあたる織田信康によって築城され、江戸時代には御三家筆頭である尾張藩付家老の成瀬氏の城下町として栄えた。

日本最古の天守が現存することから国宝に指定されている他、城下には当時の町割りが現在も残されているそうだ。

ちなみに国宝にしていされている城というのは4つしかなく、犬山城の他には兵庫県の姫路城、長野県の松本城、滋賀県の彦根城があるだけである。

岐阜県との県境、木曽川の畔の小高い丘の上に建てられていて、天守からその木曽川の眺めが楽しめる他、春には城下にたくさんの桜が咲き誇り県内有数の桜の名所にもなっているらしい。

犬山城参道

そして長らく日本で唯一の個人所有の城だったが、2004年4月に財団法人犬山城白帝文庫に移管された。

また2006年には日本100名城にも選定されている(43番目)。

大会前日まで

大会前日

前日は14時ぐらいまで京都に滞在しその後名古屋に移動。家に到着すると散髪に行き、終わってから近所の西友で買い物し、明日の朝のボンゴレビアンコ2つとヴァームなどを買って19時過ぎに帰宅する。

帰宅後は晩御飯の後はPC関連の作業をしたりテレビを見たりしながら過ごし早めに寝ようとするも寝つきがよくなく、サイトの更新や明日の準備、荷物も整理して1時半か2時ぐらいに寝たと記憶している。

大会当日

自宅から名鉄名古屋駅へ

自転車で最寄り駅へ

2011年2月27日日曜日、この日は第33回読売犬山ハーフマラソンの日で、風邪など何やかんやで直前の2レースを欠場してしまったこともあり今回が2011年最初のマラソンとなった。

朝は6時10分過ぎに起き、テレビつけつつ準備をし、恒例のボンゴレビアンコのパスタを2つレンジで温めて牛乳と一緒に平らげる。

それから荷物をまとめて7時過ぎに家を出て自転車で最寄り駅へ向かい、7時15分過ぎに駅前の自転車置き場に到着。

地下鉄東山線名古屋駅ホーム

予定より早く着くと昼間割引のユリカを使用して改札を通り、ホームの一番奥で待ってから電車に乗って名古屋駅へ。この日は読書はせずゆったりと電車に揺られていった。

7時39分ぐらいに名古屋駅に到着し改札を出た後は、名鉄は普段全然使わないので最初どっちへ行ったらいいか分からず大名古屋ビルの方へ向かう口のあたりで迷う。

それでも結局笹島の方へ向かう所だというのは分かっていたので地下を通って歩いていくと、ほどなく階段を登りタワーズとミッドランドスクエアが見えるあたりに出る。今回は地上に出た方が明らかに分かり易かったがまあ仕方がない。

名鉄名古屋駅へ

そして宝くじ売場のある所が名鉄のビルになっていて、そこを奥へと進んでいくとようやく名鉄名古屋駅の切符売り場が見えてくる。

時刻は7時45分ぐらいで、元々7時52分発に乗る予定だったので十分余裕もあった。

名鉄名古屋駅から名鉄犬山駅へ

名鉄名古屋駅きっぷ売り場

名鉄名古屋駅に到着すると路線図・運賃表を見ながら切符を買う。

片道は540円と結構高い気もするが、犬山といえば名古屋の北端で岐阜との県境にあるので距離はそこそこあるので仕方ない(とはいえその岐阜駅ですらJRだと450円なのだが)

それから中央改札口を通り岐阜・津島・犬山方面という表示を見つけるとそちらへと進んでいく。

途中春の犬山キャンペーンというA4サイズの名鉄のパンフレットがたくさん置いてある棚があり、そこから1部頂いてホームの方へと向かった。

名鉄名古屋駅ホーム

ホームに着くとさすがに9000人近くが出場するレースということもあってか、スポーツウェアやスポーツバッグ、シューズを身にまとった人がたくさんいて、同じく大会に出場するランナーたちだというのが一目で分かる。

それから電車到着まで少し余裕があったので、先ほどもらったパンフを見つつホームを散策する。この年の2月11日にスタートしたばかりのマナカが使える自販機があったりして新鮮だった。

また先ほどの春の犬山キャンペーンのポスターも4枚も同じものが貼られていて、結構力を入れてPRしているのだなと実感する。

マナカが使える自販機

1本か2本ほど別の方向へ向かう電車が通過し、それから快速特急の新鵜沼行き7時52分発の到着だったのだが、信号故障だったか何かで2~3分遅れて7時54分ぐらいに到着する。

車内は通勤ラッシュ時の混雑ほどではないがそこそこ人が乗っていて、自分は何とか進行方向とは反対の補助椅子に座ることができた。

そこからは先ほどのパンフを読みつつ、周囲のランナーたちの人間観察もしたりしながらの電車旅となる。

春の犬山キャンペーンのポスター

女性ランナーも多く若い二人組が前の方で話をしたりしていたのと、補助椅子の隣に座っていたおっちゃんが大会の受付ハガキを見ていてこの人も参加するのだと親近感を覚えたのが記憶に残っている。

パンフレットの方は残念ながら3月1日から桜の時期を挟んで5月31日までのキャンペーンらしく、2月27日は残念ながらその対象外だった。

それでもマップやおすすめスポットや店などが上手くまとめられていて、これ1部あれば犬山全体を把握するには十分という出来栄えだった。

電車が到着

特に印象に残っているのは、犬山が愛知県最北端で犬山城が木曽川を挟んで岐阜県との県境になっていることと、城の前に本町通りという城下町っぽい通りがあり、そこにいろいろと店があること、更にわん丸というマスコットキャラがいて各所に登場するということ、更に更に「国宝からの花見とは、平成人は贅沢な。」というキャッチコピーにある通り桜の時期には結構な名所になっているらしいというあたりだった。

名鉄犬山駅から大会会場へ

名鉄犬山駅ホーム

8時19分過ぎに犬山駅に到着。正直犬山駅で降りたことがあるかどうかまったく記憶がないが、明治村や日本モンキーパークには行ったことがあるので犬山に来たことは1回はあるはずだった。

まずホームの写真とそれから名古屋へ戻る時刻表を写真撮影してから、エスカレータを登って改札へと向かう。

改札を上がった所で反対の階段の上の壁の所に「ようこそ犬山へ」という看板があり、明治村やリトルワールドも紹介されていて、そこでこの2つのテーマパークもそういえば犬山だったんだなということを思い出し、犬山には結構観光スポットとして強力なラインナップが揃っていると改めて感じる。

混雑する犬山駅の改札口

改札はかなり混雑していたが、それほど待つこともなく出ることができる。ここでもマナカが威力を発揮しているのかもしれない。

改札を出た真ん中には名鉄の時刻表がズラッと並んでいて、帰りの電車の時刻をすぐチェックできるように親切な設計になっていた。

自分もここでもう一度写真に撮り直し、それから左に折れて駅の出口へと進んでいく。

春の犬山キャンペーンのポスターその2

その途中で携帯電話の普及で最近はあまり見なくなった公衆電話が2つほど置いてあり、その前に例の春の犬山キャンペーンのポスターがまた貼ってあったのだが、それ以外に4月2・3日と開催される犬山祭、それから長良川の鵜飼いであろうと思われるポスターも貼ってあったのが目に留まる。

ちなみに犬山祭というのはかなりの伝統行事らしく、パンフを後でチェックするとこの年の祭は何と第377回目だそうで、国の指定重要無形民俗文化財にも指定されているらしい。城を背に13の車山(やま)からくりが勢揃いする見どころ満載のお祭りなのだそうだ。

そして確かここにコンパクトに降りたたんでA6サイズぐらいの小型のパンフレットが置いてあって、1部頂いて行ったと記憶している。

名鉄犬山駅前の案内表示板

こちらは広げるとA4サイズ6枚分ぐらいになり、名古屋駅でもらったものより更に詳細にお勧めスポットやお店などが紹介されているスグレモノだった。

それから「ようこそ犬山へ」という表示のある階段を降りて出口から外に出ると大きな広場になっていて、後から調べてみるとそちらは西口で目の前はタクシー乗り場となっていた。このあたりはいかにも観光地らしい。

そして西口広場を出るとすぐに右に曲がっていき、北へとまっすぐ進んで小島橋という橋を渡る。

小島橋

それから郷瀬川という川沿いに西へと進んでいき、郷瀬川橋という橋が架かっている藪下という交差点の所で右に曲がる…という進路で歩いていったのだった。

もっとも後から地図で調べるとそのまま広場を右に曲がらずにまっすぐ進み、犬山駅西という交差点で右に曲がると、あとはまっすぐ大会会場の名古屋証券グランド(名証グランド)に出られるようになっていたらしい。

実際犬山駅前に掲げられていた大会の案内看板もその通りに書かれていたのだが、「犬山駅西」という表記がなかったせいもあってか、それとも皆さん道を知っているのか皆その進路は取っていなかったのだった。

藪下の交差点

ただ自分はその時はそこまで地理に詳しくなかったし、そこはたくさんのランナーたちの進んでいるのに従っていった方が絶対間違いないことは分かっていたので、無理はせずに人の流れに任せて歩いていったのであった。

ちなみにこの郷瀬川という川はこの先は犬山城の方までずっと続いていて城の東側を通り木曽川に合流しているのだが、その辺りはずっと遊歩道になっており春は桜がとてもきれいな場所らしい。たださすがにこの時期はまだつぼみにもなっていなかったのだが。

話を元に戻し藪下の交差点を右に曲がるとすぐに左手に名証グランドが見下ろすような形で見えてきて、グランドの周囲に沿って北へと歩いていく。

「讀賣」という文字の入った赤と白の旗が続く沿道

その途中の道の歩道の脇にはこれでもかというぐらい「讀賣」という文字の入った赤と白の旗がズラッとつけられていて、読売新聞の肝入りの大会であることを印象付けていた。

グランドにはもうたくさんの人が集まっていて、テントや垂れ幕なども見えて賑やかな雰囲気を醸し出していた。

そしてグランドの北端まで来ると左に曲がる下り坂があり、そこを下り切ってすぐの所にグランドの出入口があり、ドーナツ型の虹色のカラフルなゲートもあった。

虹色のカラフルなゲート前に到着

そしてその先にはオレンジに赤い文字で「FINISH」と書かれたゴールラインも見えて、そこがゴールなのだとすぐに分かる。

昨年の最後に出場した大会がゲートも垂れ幕もない非常に物寂しい雰囲気だったのに比べると、やはりこうでなくてはと思わせるいい雰囲気が漂っていた。

大会受付~開会式(本田恵美アナの登場)

大会スケジュールと会場案内図

レインボーのゲートをくぐるとすぐ右の所が広場のようになっていて、左側に総合インフォメーションセンターとそのすぐ奥に大会スケジュールと会場案内図が書かれた大きな看板があった。

一方右側にはズラリと白いテントが並んでいてそこが大会受付、そしてゴール後には完走証の引き渡し場になっているらしかった。

受付テントの真ん中上あたりには手荷物預かり所と更衣室は左奥にあるという黄色に赤い矢印の大きな看板も掲示されており、このあたりも実に分かり易い工夫が施されていて、今年が33回目の歴史ある大会ということがすぐに分かる親切設計だと感じる。

ズラッと並ぶ大会受付のテント

会場に到着したのは8時半過ぎでまだ時間にも余裕があったが、受付の白いテントの前にはかなり行列ができており、早めに受付を済ませた方がいいという判断で自分のゼッケン番号に該当する受付テントを探して行列に並ぶ。

ところが39歳以下一般ハーフの部というのはかなり参加者の多いグループらしく、行列もかなりのもので並んでから10分以上待たされることになってしまったのだった。

その途中で開会式も始まってしまいその模様が場内アナウンスもされていたので少し焦ったが、何とか開会式が終わる前に受付を済ませることはできたのでホッとする。

報道カメラ車のジープ

ちなみに受付の途中には報道カメラ車という黄色い旗のついたジープが停まっていて、大会の模様はその車から撮影した映像がメインになるのであろうと想像できた。

ただ実は朝家を出る前に新聞をチェックしてくるのを忘れたため、その日に生中継があるのかどうかも分かっていなかったのだが、それについては開会式の一番最後になって判明する。

受付を済ませゼッケンなどを受け取ると時刻は8時50分ぐらいで、とにかく開会式の模様を少しでも写真に収めておきたいということで急いで開会式の行われている広場へと向かう。

開会式の模様

場内放送でまだやっているのは分かっていたので焦ることはなかったが、何とか写真撮影には成功したのだった。

すると今度は早く着替えも済ませておきたいという気持ちになり更衣室と荷物預かり所の方へといったんは向かったのだが、それから5分ほどが過ぎちょうど手荷物預かり所&更衣室の入口前に来たあたりで場内アナウンスがあり、この日ランナーとして走るの予定の中京テレビの本田恵美アナウンサーが紹介されたので、慌てて開会式会場へと引き返す。

本田恵美アナウンサーといえば長い間親しまれてきた日本テレビ系列の朝の情報番組「ズームイン!!」で東海地方のキャスターを務めている方で、地元の方なら当然のようによく知っている存在だ。

大会会場の風景

実は前日寝る前に大会のことをネットで調べていて、この日レースを走るというのは知っていたのだが、何と挨拶の最後に出て来た言葉は腰を痛めて残念ながら出場できないというものだった。

会場からも思わず「ええっ」っという残念な声も上がり、申し訳なさそうにしている本田アナウンサーだったが、最後はしっかり治してまた挑戦したいと思います、皆さんにはぜひ頑張って頂きたいですといった感じで締めくくると会場から拍手が起こる。

ちなみに後からたまたまブログをチェックしてみた所2月23日に痛めてしまった経緯について書いてあり、無念の出場断念だったことがよく分かり何とも心が痛んだ。

本田恵美アナウンサーの挨拶

自分も昨年末にハーフを走ってからこの日まで2つの大会を体調不良で出場断念しているので気持ちはよく分かるつもりなのだが、とにかくしっかり治してまた次のレースに挑戦してもらいたいと切に願うのであった。

着替え~荷物預かり~トイレ

荷物預かり所&更衣室入口

そしてその後準備体操のエアロビクスがはじまり会場にいたランナーたちも一緒に体を動かしはじめるが、まだ着替えを済ませていなかった自分はそこで会場を後にして再び荷物預かり所&更衣室へと向かう。

荷物預かり所&更衣室になっているのは普段はテニスコートとして使われている場所で、フェンスで仕切られた中緑色のグランドに白いラインが引かれていた。

そこの右手奥に荷物預かり所のテントがズラッとならび、左手奥に男子・女子更衣室がそれぞれあった。

更衣室

男子更衣室は白い大きなテントで中もかなり広くゆったりしており、下は青いビニールシートが敷かれているので非常に着替え易かった。

自分はその更衣室の入って右の一番奥の所でまずシャツにゼッケンを着け、それから着替えを済ませて腕にストップウォッチをつける。

それから貴重品はパンツのポケットに小さい袋に入れてしまい、黄色いタオルとヴァームとヴァームゼリー以外の荷物を一つにまとめた。

荷物預かり所

今回は荷物預かり所もしっかりしている上に、受付時にゼッケンと一緒に大きな白い袋が配られていてそれにまとめて荷物を入れておけばよかった。

しかもゼッケン番号のついたシールもついていて、それを貼ってゼッケンナンバー末尾の数字のテントに預ければOKという仕組みになっており、システムがきちんと確立されていてとても分かり易かった。

このあたりにも33回の歴史を感じたのだが、男子更衣室を出るとその一つにまとめた荷物を抱えて自分の該当する番号の預かり所に荷物を預けに向かう。

するとここの対応した若い女性スタッフもとても愛想がよく、気持ちよく荷物を預けてスタート地点へと向かうことができた。

トイレには行列が

その後恒例のトイレタイムだが、今回はそんなに冷えていなかったものの時刻は9時17分過ぎで、10時5分のスタートまで時間もまだ十分あったので念のために行くことにする。

トイレはグラウド付属のもの以外に簡易トイレも多数用意されていて、しかも小便用のものもいくつか用意されていて用途別に分かれていることで待ち時間を減らす工夫もされていたのがかなりポイントが高かった。

そして順番を待っている間は体を動かして準備体操をしたりしていたのだが、そこで2つ印象に残る出来事が。

ゴール付近の様子

一つは順番を待っているのに横入りしようとする輩がいて、女性ランナーの人から注意されていた。はっきり言って情けない話だ。

もう一つはトイレを待っている間にやる気のない黒人ランナーに遭遇したこと。

何とも体がだるそうな感じでトイレの列に並ぼうとしていて、黒人選手といっても皆が全て昨年2010年のあざいお市マラソンの時に見た五輪メダリストのワイナイナ選手みたいなエネルギッシュな人ばかりではないのだと感じた。

そして待っている間にピンクのゼッケンのハーフ40歳以上の部の招集もかかっていたが、自分たちの39歳以下ハーフはまだ招集がかかっていなかったので、ヴァームゼリーを飲み、トイレで用を済ませると集合場所のレインボーのゲートの下を通りフィニッシュ地点の方へ移動して更にグランドの奥の方へを向かい、そのあたりをざっと写真撮影を済ませる。

野球場グラウンドでアップするランナーたち

するとたぶん野球場になっている所だと思うのだが緑色のゼッケンをつけた39歳以下ハーフのランナーたちがホームベースから1塁・2塁・3塁とダイヤモンドを一周する形でアップしているのが目に留まり、自分も1周その流れに参加し軽く走り込みをしたのだった。

スタート前(スタート地点へ移動)

ヴァームを飲んで

それから開会式の会場となったあたりでヴァームを全部飲み干してゴミ入れにペットボトルを入れると、再びレインボーのゲートの下へと戻ってくる。そこがスタート誘導開始地点になっており、ゲートにもそのように書かれていたからだった。

そして列に並ぶ前に確かシンガポールかどこかのマラソンに抽選でご招待という水色の応募券を総合インフォメーションの所でボールペンを借りて必要事項を記入し応募の箱へ入れる。

ちなみにここの総合インフォメーションの若い女性スタッフ二人も大変愛想が良く、ますますこの大会への好印象度がUPした。

スタート誘導開始地点へ集合

別に読売新聞の提灯持ち記事を書くつもりは毛頭ないのだが、今回は本当にスタッフの対応は総じて良かったのであるから仕方がない。

そうこうしていると時刻はもう9時45分ぐらいになっていて、ゼッケン番号の書かれたプラカードを持った係員に誘導されてスタート地点までの移動が開始する。

自分も右のシューズのヒモが若干しっくりこなかったのを2・3度結び直しつつその流れに沿って歩いていった。

ちなみにこの日は予備のバッテリーを持っていたこともあって撮影かなりハイペースでしていたのだが、スタートする前の時点でもう目盛が1つなくなっていた。

スタート地点に誘導開始

ただそれでもゴールまでは少なくとも大丈夫だろうという確信はあったのだが。

そして途中どういう経路をたどっていったかはちょっとよく覚えていないのだが、スタートのオレンジに赤い文字の垂れ幕と歩道橋の見える所まで移動した時には10時ちょうどぐらいだったので結構歩いたと思う。

歩いている途中にもかなり市民の方の応援があり、小学生低学年か幼稚園といった小さい男の子や女の子も親に連れられて熱心に「がんばれ」と応援してくれていたのが何とも印象深く温かい気持ちになった。

移動中のランナーたち

ちなみに後から地図で調べてみると、どうやらスタート地点は会場に来る時にも通った例の郷瀬川橋がちょうどかかる藪下という交差点の所のようだ。

そういえば歩道橋に見覚えがあると思っていたのだが、やはりここがスタート地点だったらしい。また名証グランドの東を南北に通る道は県道27号なのだそうだ。

余談だがスタート直前に自分の目の前には着ぐるみを着たランナーがいて、それはたぶん人気漫画ワンピースのチョッパーという鹿のキャラクターだと思われる。

チョッパー

何かふざけているようにも思われがちだが、着ぐるみやコスプレをしている人は相当速さには自信ある人が多いのは過去の大会に出場してきてよく分かっているので、見た目で侮ることは最近はない。事実スタートしてみて分かるのだがやはり結構速かった。

スタート~コース説明

スタート直前

誘導が終わると係員が拡声器でスタートが近づいていることを教えてくれ、確か2分前からコールがはじまったと記憶している。

そして1分前、30秒前と近づいていきやがてスタートの号砲が鳴ったのだが、このピストルの音がスタート地点から少し後方にいたせいか、あまり迫力を感じなかった。

それは自分の周りにいたランナーたちも同じような事を言って苦笑いしていたので、たぶんそうなのだと思う。

スタートラインを通過

それでも何とかきちんとストップウオッチの時間は正確に始められ、スタートラインを超えた時のロスタイムは49秒か50秒ぐらいであった。ゴールタイムからこのタイムを引いた値がネットタイムとなる。

ちなみに今回のコースだが、スタートするとまず最初は5キロ過ぎまでは県道27号に沿ってほぼまっすぐ南へと進んでいき、五郎丸南という交差点で一度右折すると更に南下していき山の田公園前という所まで行く。

そこで右折し犬山市勤労少年センターの周囲をぐるっと1周してから、今度は元来た道を引き返し犬山駅西の交差点まで戻ってくるというのが序盤のコース設定となっていた。そこまでが約12キロ。

藪下の交差点の歩道橋を通過

後半はまずその交差点を左折して木曽川に沿ってずっと西へと走る。

それから16キロ過ぎで折り返して川沿いを東に戻り、ライン大橋という橋を過ぎた所が20キロ地点。

その後は木曽川沿いに犬山城の北側を通り、最後は右折してから道をまっすぐ南下して名証グランドに戻ってくるというコースになっていた。

レース序盤(5キロ地点まで)

最初の直線

まず犬山駅西の交差点を通ってしばらくした所で1キロ地点の表示を迎えることとなる。

スタート直後は結構混雑して走りにくいことも多いのだが、道幅も広く40歳以上とスタート時刻が別になっていることもあってゆったりとした間隔でランナーたちも序盤スタートできたものと思われる。このあたりも33回目という歴史を感じる。

そして毎回距離表示をきちんと確認できるかどうかが序盤ペースを掴むためにも大きなポイントとなるのだが、今回の大会はこの距離表示の看板も実に大きく1メートル四方ぐらいあったのではないかという大きな看板で、黄色地に黒文字でデカデカと書かれており実に見つけやすく、15キロまでは一度も見落とすことがなかった。

1km通過直後の橋爪橋

もっとも最初の3キロまでは上手く写真撮影ができずに、特に1キロと3キロでは通り過ぎてからシャッターという有り様だったが、大体の通過時刻は分かるのでまあよしとしたい。

そして1キロの通過タイムだが、自分の計測では5分50秒近くとスタートのロスを引くと予定どおり1キロ5分ペースで入ることができ、同じ調子でランナーを結構抜きつつ次の2キロ地点を目指す。

そして1キロ地点を通過してすぐの所に少し上りがあった。ここは橋爪橋と呼ばれる道路橋で、高架になっていて下を名鉄が通っているため若干坂になっているらしいが、今回のコースはここ以外はほとんど坂はないに等しいフラットなコースだった。

リトルワールド&明治村&お菓子の城の道路標示

ちなみにこの橋爪橋の通る県道27号を北へ向かうと木曽川に犬山橋がかかっていて、岐阜県の各務原市に通じているため、この辺りは交通の要衝として以前はとても栄えたそうだ。

そして2キロ地点の通過でも1キロ5分ペースを維持し、更にぐっと南下していくのだが、途中リトルワールドと明治村とお菓子の城まで何キロという道路標示が見えてきて、犬山を走っているのだという気持ちになってくる。

明治村まで5.5キロ、リトルワールドまで9.4キロ、お菓子の城まで5.5キロといずれもこれから走る距離を考えると十分行けるのだが、さすがにこの時は遊びにいきたいという気分になることはなかった。

それから五郎丸南という変わった名前の交差点で右折し更に南下してしばらくすると3キロ地点だが、ここでもほぼ1キロ5分ペースとまずまずであった。

4km地点を通過

このあたりの景色は県道沿いということもあってかフラットな民家が多く、本と書かれたデカい看板やらお店などもチラホラと見える住宅街といった風景が広がっていた。

そして4キロ地点では前述の通りようやく写真撮影が上手くいき、タイムも1キロ5分ペースを維持していたが、まだペースに乗った時の軽い感じにはなっていなかった。

それでもここまでのペースを維持しようと懸命に足を動かしていると、この辺りから折り返しで戻ってくる速いランナーたちが通りの反対を駆けていく光景が目につくようになり、さすがに鍛え方が違うなと思いつつも自分は今できるベストの走りをするしかないと気持ちを強く持つ。

最初の給水所

それから10時31分ついに5キロ手前の所で最初の給水所がやってくる。

テーブルも長めに取ってあり、スタッフもたくさん配置されていたので問題なく給水ができた。

贅沢をいえばスポーツドリンクもあればもっと良かったが、さほど暑い日でもなかったので水でも問題はなかった。

汗もまだそんなにかいていなかったので、飲むだけで体にはほとんどかけずに腕にちょっとかけただけだった。

5km地点を通過

そして給水が終わるとすぐに5キロの表示が見え、手元の計測では26分10秒ぐらい(完走証によると実際には26分3秒だった)で、ロスタイムを引けばほぼ1キロ5分ペースを維持したままの通過となり手ごたえを感じる。

ちなみに給水を終えてすぐの所だったと記憶しているのだが、例のチョッパーがスタートからいつの間にか姿が見えなくなっていたのにも追いついたらしく、このままの勢いで抜き去っていけるのかとも感じた。

レース中盤(5キロ過ぎ~10キロ地点まで)

6km地点を通過

ところがいつものレースだとここから少し調子に乗っていくのだが、この日は2カ月風邪やら何やらで運動不足だったこともあって基礎体力が落ちているのか、少し呼吸が荒くなるのを感じた。

そのため若干ペースを落とさざるを得ず、10時36分に6キロ地点に到着した頃にはチョッパーの姿はもう先の方で、その後二度とその姿を見ることはなかった。

そしてこの1キロは5分30秒か40秒ぐらいかかったかもしれず、ここがこのレース最大の正念場となる。

7km地点を通過

ただここでこの走れなかった期間に学んだこととして、とにかく下を向かずに前を見て走ろうということを心がけていると自然とペースが戻ってくる。

苦しくなると背筋が折れ曲がり下を向いてしまうのが自分のこれまでの悪い癖で、そのあたりをテレビのマラソンコーナーなどで見て気づき練習でも気をつけて走っていたのが功を奏し、息を吹き返すことができたのだった。

そうして犬山市勤労青少年ホームの周囲を走り折り返すと左折、そこから再び北へと戻り、10時41分に7キロ地点に到達した時には1キロ5分10秒から20秒ぐらいまでは戻すことができた。

8km地点を通過

以後は10キロ過ぎまではほぼこのペースで走れたと記憶している。

7キロ地点の通過後は南へ下ってきた道を今度はずっと北へと戻っていくだけのため、景色にそんなに変化はなかった。

しかもまっすぐの道が続くので、このあたりはランナーにとってきつい所ではあるのだが、今回のレースも沿道からの応援が至る場所からあり、小さいお子さんから車椅子に乗ったおばあちゃんまで駆けつけているのが視界に飛び込んできたので、それが非常に走る勇気となったので感謝の気持ちで一杯だ。

9km地点を通過

さらにこの辺りから先にスタートしていたハーフ40歳以上の部のピンクのゼッケンをつけた、タイムがあまり奮わなかったランナーたちを徐々に捉え始めたため、何だか妙に抜かれず数よりも抜いている数の方が圧倒的に多いと感じられたのも気持ちを楽にしてくれた。

ただ40歳以上の部の方はたぶん逆の心理のはずなので、そこは因果応報、自分が40歳を超えてからこのレースに出た時逆の立場になるのだろうなと思うと何だか申し訳なく複雑な気持ちであったのだが。

10km地点を通過

10時46分に8キロ地点を通過し、その後も粘り強く走り続けると10時52分頃には9キロ地点を通過する。

そしてしばらくすると五郎丸南の交差点に到達、そこを左折し再び県道27号へと戻ってきたのだった。

再び県道27号を北に進みはじめると、ほどなくして10キロ地点の表示と間もなく給水の表示が。今度は10キロ地点の表示が先で、給水所がその後だった。

ちなみに10時57分の10キロ地点通過は手元の時計だと52分46秒ぐらいだった(完走証によると実際は52分54秒だった)が、これは最近走った10キロ走で一番良かった彦根シティマラソンの51分35秒と20秒しか違わないタイムなのでまずまずといえる結果だ。

2度目の給水所

その後2度目の給水は1杯目をしっかり飲み、2杯目を腕に軽くかけた後残りは帽子に全部かけた。体にはこの時点ではかける必要がないぐらいのこの日の気温だった。

レース後半(10キロ過ぎ~15キロ地点まで)

東専正寺の大きな交差点(11km過ぎ)

そして10キロから11キロの途中あたりから唯一の上り坂といっていい橋爪橋の緩やかな坂が始まり、11キロ地点はその橋の途中にあった。通過時刻は11時3分。

その後は東専正寺の大きな交差点を通過し、ついに犬山駅西の交差点まで戻ってくる。

それからそこを左折してすぐの所に12キロ地点の表示があったのだが、なぜか今までどおりの黄色い大きな看板の他に少し小さめの白地に青文字のプラカードもあった。時刻は11時8分。

本町の交差点(12km過ぎ)

犬山駅西を左折して西へ向かい始めるとそこからがレースの後半で、そこも沿道に人の応援が多く励まされつつ足を進めていく。

そしてその途中で犬山城へと北に続く本町通りと交差する本町の交差点も通過したらしいのだが、それは家に帰ってこの日記をまとめつつ地図を見返すまでは全然気がつかなかった。

ただ思い返してみると確かにこのあたりはかなり沿道の応援も多かったし、城下町といった風情の古い建物も多かった気がする。

木曽川河川敷の上を走る

それから13キロ地点を通過したのが11時14分。地図で確認すれば分かるのだが、このあたりからやっと北側、進行方向の右手に木曽川が見えてきて河川敷の上を走っており、左手に見下ろす形で民家が見えるのと相まって開放感のある景色が広がり気持ちもぐっと明るくなってくる。

一方道路の反対車線にはもう登録の部のランナーや先にスタートした40歳以上の部の速いランナーたちも折り返して戻ってきて、自分たちとチラホラすれ違うようになってきていたのだった。

14km地点を通過

そして11時19分に14キロ地点の表示の前を通過する。ちなみにこのあたりで犬山市をいったん出て扶桑町という町を走ることになるのだが、景色は大して違いはなかった。

その後もほぼまっすぐの道をひたすら前を向いて走りついに11時25分に15キロ地点の表示の前を通過する。

手元のタイムは1時間20分20秒ぐらい(完走証によると正確には1時間20分18秒)で、今シーズンに走った中で記録のきちんと取れたあざいお市マラソンが1時間31分もかかったことを考えると11分以上速いペースだった。

15km地点を通過

ただ10キロからの5キロと考えると27分24秒かかっており、1キロ5分30秒ペースにはなってしまっていた。

レース終盤(15キロ過ぎ~残り3キロ地点まで)

3度目の給水所

そして15キロ地点の給水はそれから3分か4分ぐらい走った後にあり、実際は16キロ地点からの方が近い所にあった。

最後の給水でしかもさすがに疲労も蓄積されていたので、1杯目をごくごく飲むと2杯目は腕にかけた後頭からもかけたのだが、これが上手くいかずに顔にかかりメガネにもかかってしまってその後走る際に少し鬱陶しい事になってしまう。

それでも水分補給はしっかりできたので気持ちを切り替えて再び走り出すと、すぐに折り返しのポールが見えてくる。

折り返しのポール

そしてその直後に16キロの表示があったのは確認できたのだが、ここは撮影に失敗してしまった。

ただ以後はなぜか20キロ以外の距離表示は確認できず、代わりにあと何キロという表示になっていたと自分が見た限りではなっていたのでここに記しておく。時刻は11時31分だった。

16キロ地点を過ぎて100メートルぐらいいくと当然残り5キロになる訳だが、そこからの2キロも個人的にはしんどかった。

まっすぐな直線がずっと続くコースな上に木曽川と道路とも結構離れており、川の空気を肌で感じられるほどではなかったからだった。

残り4km地点を通過

そしてもうこのあたりになるとピンクのゼッケンの40歳以上のハーフの遅い方のランナーは歩いてしまっている人が多く、それをぶつからないように抜き去るのが結構神経を使うようになっていた。

そのせいという訳ではないのだが、明らかにこの頃から足も重くなってきてスピードの伸びを欠いていた。

それでも11時37分にあと4キロ地点の表示を通過すると、それからの1キロも何とか粘って走り続ける。

レース終盤(残り3キロ~ゴール)

残り3km地点を通過

ところが扶桑町から犬山市に戻ってきて残り3キロまであと少しという所になって突然目の前に木曽川が開けてきて、その時の感動といったら激走による疲労もあったこともあろうが大変なもので、そこで元気をもらったとはっきり記憶している。

そして11時43分についに残りあと3キロの表示の前を通過。ここからが踏ん張り時だ。

やはり走り込みが不足しているのは明らかなので足には相当きてはいたが、それでも足が攣ったりということは今回はなかった。

迎帆楼向こうに見える国宝犬山城

11時49分に残り2キロの表示を通過し、さらにまっすぐ東へと進むと20キロ地点の少し手前が少し上り坂になっていて、その頂上あたりに少し大きめの橋がかかっているのが目に入る。

これはライン大橋というらしく川岸には観光用なのか小さめのボート船も停まっていた。

更にその坂を登り切って今度は右にカーブするように下り坂となるのだが、その坂を下った所に迎帆楼という大きな旅館があり、更に更にその旅館の建物の向こうに見えたのが、国宝・犬山城であった。

20km地点を通過

ここまでコース上から全然姿を見せなかったのだが、この最後の最後でその姿を現すとは、コースを設計した人もなかなか考えたものである。

そして坂を下り切ると少し左に折れる形で迎帆楼の前を通るのだが、その途中に20キロ地点の表示があった。

時刻は11時54分で通過タイムは1時間50分1秒とあまりいいタイムとはいえないが、それでもここの所全然切れていなかった2時間は確実に切れそうなので内心ホッとする。

犬山城北のトンネルを抜ける

そしてすぐに残り1キロの表示の前も通り、そのすぐ後には犬山城の北側にあるトンネルを通過するのだが、そこを通過した時の何か達成感のようなものはまた格別であった。

そこから再び左手に木曽川を望みながら名鉄犬山ホテルの横を通過し、最後は地図で見ると臨江館という旅館のある角を右に曲がってあとは南へずっと進み名証グランドの入口にあるレインボーのゲートに戻ってくるだけだったのだが、最後ゲートが見え徐々にゴールが近づいてきて、そして左右にたくさんの人が声援を送ってくれる中をフィニッシュラインを通過した時の感動は、何とも言えない格別なものであった。

最後の直線を駆ける

タイムは1時間57分0秒とうのが手元のストップウオッチの計測だが、完走証によると1時間56分59秒で、ネットタイムは1時間56分09秒と、何とか最低目標の2時間切りだけは果たすことができた。

レース後

ゴール直後~お茶・お味噌汁・おしるこのサービス

ゴールゲート

ゴールするとまず奥にある赤と白の縞々のテントに向かい、その手前でランナーズチップを外して係員に返却する。

それから友人にメールをしテントの中で参加賞のマフラータオルとバッグを係員のおばちゃんから受け取った。

二人いて両方に差し出されたので一瞬戸惑うが、先に出してくれた方のを受け取る。

ちなみに友人からメールの返事はすぐに返ってきて、「おめでとう」と完走に対する祝福を頂いた。

ランナーズチップを返却し参加賞を受け取る

それから今度は青と白の縞々のテントに行ってみると、スポーツドリンクのDAKARAの500mlペットボトルを配っていたので1本受け取る。

そしてそのすぐ横隣では温かいお茶を白いカップに入れて振舞ってくれていたので、それも受け取るとその場でごくごくと飲みとても体が温まった。

その後朝に開会式を行っていた広場の方へと向かうが、すると赤と白の縞々のテントがまたあってそこに行列ができていた。

DAKARAのペットボトルを受け取る

サンジルシがお味噌汁のサービスをしていたのだが、温かいお茶を飲んで結構美味しかったのでその列にも並ぶ。

ところがあと10人ぐらいになった所で係員の人がカップがなくなってしまったと申し訳なさそうに謝り、カップを持ってくればそれに入れてくれるらしいのだが、とりあえず配布はそれで終了となる。元々200名限定という表示もあったのだが、皆残念そうであった。

仕方なしに隣にある青と白の縞々のテントでやっていたおしるこのサービスにも並ぼうとも思ったのだが、そちらの方が行列が長かったため、更にその隣でやっていた2度目の温かいお茶のサービスで温かいお茶を受け取り再びゴクゴクと飲んだ。

サンジルシのお味噌汁のサービス

そして空になったカップを手に再びサンジルシのお味噌汁のコーナーへ行くと、まだみそ汁は残っていたので1杯もらうことができた。このあたりは行動力の勝利である。

それから再びおしるこの列に並び直すと今度は無事受け取って飲むことができたのだが、みそ汁もおしるこもとても体が温まって美味しかったし、気持ちも何となく落ち着いた。そしてこの頃だったか、再び友人に2度目のメールを送っている。

おしるこ

おしるこを飲んでいる時は疲れて芝生に座ってしまっていたのだが、その後もらった参加賞の品々を写真に収めると立ち上がってゴール付近へと向かう。

ところがもうその辺りはランナーのゴールはすべて終了していて、ゴールの雰囲気は残念ながら撮影できなかった。

時刻は12時23分ぐらいでまだゴールしてから15分少々だったのだが、撤収が早過ぎと思いつつそれでもゲートとゴールの垂れ幕を背景に記念撮影も済ませると、今度は完走証を発行する受付テントへと向かいそこで完走証を受け取る。

完走証を受け取りに

ただここで完走証を発行して渡してくれたおばちゃんがちょっと愛想がなくて少し感じが悪かったのが、この大会の中で唯一残念なシーンだった。

表彰式~着替え

表彰式

それから朝は開会式会場だった場所で上位入賞者の表彰式が行われているのをカメラに収めると、そのまま荷物預かり所&更衣室の方へ向かう。

そして荷物を受け取ろうとしたのだが、すると手荷物預かり所の所では係員10名ぐらいであろうか、皆で一緒に記念撮影をしていてとても仲良くしていたのが印象的だった。

ああいう良いチームワークだからこそいい対応ができたのだろうとその時思った次第である。

そしてまた愛想のよい感じで荷物を受け取ったのだが、驚いた事に自分の向かったテントでは最後から2つ目の荷物だった。

荷物預かり所

大会関係者だけでなく他のランナーもだが、みんな撤収するのが早過ぎだと苦笑せざるを得なかった。ただ他の所はまだ荷物がたくさん残っていた所もあったみたいだが、時刻は12時半を少し回った時間だった。

荷物を受け取るとホッとしたのかどっと疲れが出てきたが、そのまま男子更衣室のテントに入り手前奥の所で着替えを始める。

やはり足には相当疲労がきていて着替えるのも大変だったが、荷物を上手にまとめつつゆっくりと時間をかけて何とか着替えを済ますことができた。

男子更衣室

そして持参の櫛で頭も整え、ここでメモリがあと1つになっていた携帯のバッテリーも予備のに交換を終える。

今回は何もかも用意周到で焦ることのないゆったりとした気持ちで過ごせた大会だった。何でも前もってきちんと準備しておくことが大事だと改めて感じる。

犬山城観光

犬山城までの道中

公園坂を登る

着替えを終えてテントを出たのが12時55分ぐらいで、男子更衣室の中は人もほとんどいなくなっていた。

更衣室を後にするとそのまま犬山城に向かう予定だったのだが、全然場所を把握していなかった自分はレインボーのゲートのある方へと戻ってしまい、そこで入口付近の撮影をして、再び県道27号の方へと上がってしまう。

ところがここから小さい方のパンフレットが大活躍で、じっくり地図を見返してみると実は更衣室のあった方が犬山城のすぐ横だった事が判明。

郷瀬川にかかる公園橋

再び坂を降りてこの日はまったくお世話にならなかったオムそばと唐揚げの屋台の横を通り、レインボーのゲートを通過してグランドの北沿いを西へと歩いていったのだった。

犬山城は名証グランドからだと本当に目と鼻の先で、突き当たりを右に曲がってすぐまた左に曲がり、そこから登り坂になっている所を登っていって1~2分ほどで郷瀬川にかかる公園橋という赤い色の橋へと出る。

そしてその橋を渡ってまた公園坂という結構な登り坂になっているのだが、そこを登るともう犬山城の入口となっている犬山城前広場が見えてきたのだった。

犬山城前広場に到着

たださすがにハーフを走った疲労があり、坂を登るのは結構苦労したことは付け加えておく。

広場の手前右手の方には神社が2つあって、それぞれ針綱神社と三光稲荷神社という名前だった。

どちらも「犬山七福めぐり」というこの周辺にある寺社を巡り朱印帳を集めるイベントの対象となっている神社だったのだが、疲れもあって最初お参りしようか非常に悩む。

神社横の公衆トイレ

そしてこの頃から妙に体が冷えてきて鼻炎がひどく鼻水が抑えきれなくなってきていたので、一度神社の右手にある公衆トイレに向かい、用を足しつつ念のため持参してきていたマスクをする。

そうすると少しは楽になってその後の観光は割と楽しめた。

三光稲荷神社

三光稲荷神社入口

それからまずどうしようかと迷うが、針綱神社の方は石段がハーフの完走後の足には結構きつそうだったので残念ながら諦め、隣の三光稲荷神社へと向かう。

こちらには入口付近に屋台がいくつも並んでいたのだがそれはスルーし、入口から境内の様子をのぞいてみた。

すると神社の説明書きには「天下泰平、五穀豊穣、商売繁盛、交通安全、入学祈願、家内安全」を祈願することができますとあり、ここは辛い時だけ神頼みになるのではなく日ごろからしっかり祈願しておかなければダメだということは最近特によく感じていたので、思い切って神社の中に入らせて頂くことになる。

三光稲荷神社 手水舎

こちらの神社は稲荷神社ということもあって赤い鳥居が非常に印象的でいくつも境内にはあり、商売繁盛の神様を祀っていることもあって祈願の絵馬もたくさん奉納されていた。

そして入口を入ってすぐ右手の所に手水舎(ちょうずや)があり、まずそこで身を清める作法に取りかかる。

  • 1 まず右手に柄杓(ひしゃく)を持ち、左手を洗い清め
  • 2 柄杓を左手に持ち替えて右手を清め
  • 3 再び持ち替えて柄杓を右手に持ち、左のてのひらで水を受けて口をすすぎ
  • 4 左の手のひらを清め
  • 5 最後に柄杓を縦にして、自分が持った柄の部分に水を流し、元の位置に戻す
三光稲荷神社 拝殿

この一連の作業を注いだ1杯の水で行わなければいけないらしいのだが、最初間違って2・3度水を注ぎ直してしまい改めてやり直すことになってしまう。

それでも何とか無事に終えるとその場を後にして中へと進み、今度は拝殿でお参りをする。

お賽銭を入れて鈴を鳴らしてから、二礼二拍手一礼の作法に従ってお参りをさせて頂いた。

三光稲荷神社 境内

そこまで済ませると今度は境内にあるもう一つの猿田彦神社にもご挨拶に伺うこととなる。

こちらは交通安全を祈願するらしく、同じようにお賽銭を入れて二礼二拍手一礼の作法に従ってお参りをした。

そこまで済ませると奥の入り口から境内を後にしたのだが、すると出た場所は何と犬山城へと向かう参道の途中で、どうやらこの2つの神社はお城とすごい所縁があるからこんなに近い所に建っているのだということがよく分かった。

そして参道でしばらく佇んでいると坂を登っていく奇妙な格好の人と子供が数人いるのが目に留まる。

猿田彦神社

奇妙な格好というのは忍者のような黒っぽい衣装を着た男性で、子供の方は戦国の鎧兜に身を包んでいた。

城の関係者なのかよくあるコスプレのサービスなのか分からないが、とにかくビックリしたのだった。

犬山城参道

犬山城入口

それから思いがけず参道の途中に出てしまったので、いったん犬山城の入口まで戻る。

戻るといってもそんなに距離があった訳ではなくすぐに「国宝犬山城」と書かれた大きな石のある入口へと到着した。

そこで写真撮影をしてから再び参道を登り始めるが、やはりハーフの疲労の影響もあって少しきつかったのは否めない。

ちなみに入場時間は9時から16時半までで、閉門は17時なので時間は十分にあった。

犬山城参道

参道の石段は結構上るのは大変だが、お城見物となると大体つきものなのかもしれない。

そしてある所まで来ると先ほど来た三光稲荷神社の別口もあり、そこは鳥居がズラッと並んでいて厳かな雰囲気を醸し出していた。

針綱神社

針綱神社入口(犬山城側)

そして更に石段を登っていくと、そこで今度は先ほど行くことができなかった針綱神社の別の入口が見えてくる。

そうなるとやはり挨拶ぐらいはしていかなければと思い、賽銭を入れてお参りをさせて頂いたのだった。

ちなみにこちらの神社は安産、子授けなどにご利益があるとのことだ。

針綱神社の境内からの景色

そして針綱神社の境内から犬山市内を見下ろす景色もなかなかのもので、午前中に出場した読売犬山ハーフマラソンの大会会場である名証グランドも小さく向こうの方に見えたのだった。

犬山城へ

犬山城 城門

それから更に石段を登るとようやく犬山城の城門が見えてきて、その手前にある拝観受付で拝観料を払い、券を受け取って城門へと向かう。

そこにいた初老の男性に券を見せて中に入ると、すぐに犬山城のパンフがあったのでそれをもらい、その横にあった記念スタンプ台でスタンプを押す。時刻は13時45分を回っていた。

そして城内へと進んでいったのだが、そこに見えた光景はなかなか見事なものだった。

犬山城

大きさ的には名古屋城や大阪城ほどの大きさではなく、つい先日いった彦根城と同じぐらいだが、石垣の作りといい天守の構えといい、まさしく戦国時代を彷彿とさせてくれた。

まず遠目から撮影をし、それから櫓跡のような所から見下ろす景色を撮った後、いったん赤い布の敷かれた椅子の所で休憩しパンフレットを眺める。もう結構疲れもあったので、少し休憩していい形で天守の見学もしたかったのだ。

しばらくそこでゆっくりしてからDAKARAやヴァームを飲むが、城を見ていると天守の所は手すりが低く、高所恐怖症の自分としては結構大変ではないかと急に心配になる。

犬山城 天守入口

それでも覚悟を決めて入口に向かい、右手にある「大杉様」と呼ばれる樹齢650年といわれる木や石垣を間近で眺めてから係員の男性から靴を入れるビニール袋を受け取ると靴を中に入れ、スリッパを借りて中へと進んでいこうとする。

ところが入口からいきなり急な階段が待っていて結構ビックリするが、再度気合を入れ直して前のカップルに続いて階段を上がっていく。

犬山城内(1F~3F)

犬山城 1階

するとまず1階に出るが、城の中は古い木の感じがやはり歴史を感じさせてくれ、中に飾られている鎧兜なども強烈な印象を残した。

窓の外から見える景色が気になっていたのだが、木曽川方面は特に川が見下ろせていい眺めだった。

1階にはその他にも大名配置と石高調べという木の札や工芸品、更には犬山城の模型なども展示されていていろいろと見所も多かった。

続いて2階へと上がるが、こちらは1階より少し狭く真ん中に「武具の間」と呼ばれる部屋があり、そこには全国の名城が写真つきで紹介されていた。

犬山城 2階(武具の間)

その周囲は回廊のような感じになっていたのだが特に何もなかったが、かえって昔の姿をそのまま伝えている気がして雰囲気は満点だった。

そして3階へと上がるが、ここは「破風の間」というらしいが、2階より更に小さいスペースで、現在は4階へ続く階段があっただけだと記憶している。

犬山城内(天守)

犬山城 天守からの眺め

そして4階、ここは「高欄の間」というらしく天守の眺めというものが楽しめる所だ。

部屋の四方に回廊があり、そのどこからでも下界の景色が眺められるまさに絶景スポットである。

ただ時代の流れか手すりがあまりに低い所にあり、身長180センチを超える自分などはかなり怖い。

犬山城 天守からの眺め(木曽川方面)

ここにはいかにも経験と知識の豊富そうな年配の男性係員がしっかり配置されていて、小さい子供は絶対一人で回廊に出ないようにと何度も言われていた。

中には外に出たがらない親もいてその気持ちがよく分かったし、自分もほんの少し出ただけで周囲をぐるっと1周したりはしなかった。

ただ眺めは部屋の中からでも十分楽しめ、特に木曽川の見える北側は長浜城の琵琶湖を見下ろすような感じと良く似ていていい眺めだった。

犬山城 天守内部

一方南側は名古屋のテレビ塔やセントラルタワーズが見えるらしいのだが、係員が立っていて部屋の中からだとあまり眺めを楽しむことができなかった。

そして部屋の中にはこの城の城主を江戸時代からずっと務めてきた成瀬氏の歴代の城主の絵や写真が額に入れて紹介されていて、それが何代の続いていたので時代を感じる。

ちなみに犬山城は以前は個人所有だったらしいが、2004年に財団法人犬山城白帝文庫の所有になったそうである。

天守の低い手摺り

十分景色を楽しむと階段を降りて外へと出る。降りる時も足の疲労が少し苦労したが、思ったよりは簡単に降りられた。

次はまた桜の季節にでもぜひ観光に来たい所だ。

お土産を購入

お土産コーナー

城の外に出るとお土産も何か買っていこうと思いお土産コーナーへと入る。

ちなみに本当は食事もこでしていきたかったのだが、最初に城の中に入った時にチェックしてみた所確か食べ物は売り切れでソフトクリームぐらいしかなかったので諦めていたのだった。

お土産はいろいろといいものもあって、特に市のイメージキャラクターのワン丸のTシャツなどは結構魅力的だったのだが、この頃はあまり経済状態が良くなく無理はできなかったので、食べ物を買っていくことに決める。

ワン丸君のイラスト入りせんべい

お酒や名古屋名物の味噌関係の美味しそうなものもあったのだが、結局ワン丸君のイラスト入りのせんべいが350円と安く美味しそうだったので購入を決める。

お土産コーナーを出ると最後にもう一度犬山城を遠目から撮影して城を後にした。時刻は14時半を少し回った所だった。

それから石段を苦労して降りるが、確かこの時だったか行きだったか忘れてしまったのだが、またしても例の黒い忍者と子供武者が歩いている光景に出くわしたこともここに記しておく。

昼食(鮎釜めしの店にて)

ビルに「あゆ釜めし」の文字が

城を見学し終わり犬山城前広場に出ると何だか無性に空腹を感じ、早く何か食べようという気持ちになる。

この点元々この犬山城前広場へと通じている本町通りにいろいろと美味しそうな食べ物屋があることはパンフレットをチェックして知ってはいたのでそちらに向かおうとも考えたのだが、駅前に「あゆ釜めし」とデカデカと表示されたビルがあり、そこにあるお店が妙に気になったのでショーウィンドウを除いてみる。

するとあゆ釜めしという名前を聞いただけで垂涎ものの料理のがあるばかりか、その他に信長御膳だとか秀吉御膳・家康御膳などという名前の料理もあるではないか。

犬山神社

お店は名前をことぶき家というのだが、戦国やぐら茶屋という肩書がついているのでなるほどという感じだったが、それでも御膳は2625円だしあゆ釜飯も1365円とそれなりにするのでちょっと迷う。

それでいったんは本町通りの方に戻ってみるかと思い隣の犬山神社の写真を撮影するが、本町通りが逆方向だと気づいて引き返すともう我慢ができなくなり、ついに店の中へと入ってしまったのだった。

店内は昼時をもう過ぎていたこともあってそんなに客はおらず、テーブルか座敷かどっちがいいか聞かれた後、テーブルと返事すると6人ぐらい腰掛けられるテーブルに一人で座ることができた。

ことぶき家のショーウィンドウ

それからすぐにお茶とおしぼりが運ばれてきたので、迷うことなくあゆ釜めしを注文する。

すると20分ぐらいかかるかもしれないと言われたので大丈夫だと返事したのだが、実際は5分ほどで料理が運ばれてきた。

皿にあゆを置いて身をほぐして食べてくださいと説明を受けると、写真撮影をしまくり、それからようやく遅い昼ご飯にあずかることができたのだった。

ただ最初は食べ方がよく分からなくて苦労したが、そんなに難しくなく釜からご飯を茶碗に移し、鮎は長い皿に置いて普通に食べればいいと分かりゆったりとした気持ちで食事ができた。

あゆ釜めし1人前

その後少ししてから3人組だったと思うが、中年の男性たちが入店して自分の2つ奥のテーブルに座る。

確か揃いも揃って味噌煮込みうどんを頼んだような気がするのだが、ビールも注文しようとしているのを聞き、自分も無性に飲みたくなる。

ところが食べ出すとこれがめちゃくちゃ美味しく、しかもお吸い物が妙に食欲をそそり結局ビールなしでもぺろっと平らげることができたのだった。

釜めしのアップ

大根と梅の漬け物も美味しかったし、少し量的には足りなかったが大満足で店を後にする。

ただ代金を払う時のレジのおばあちゃんがこれがかなり天然な方で、以前京都の大原三千院に行った際に出会った豆腐料理店のおばあちゃんも真っ青の接客ぶりだったことは付け加えておかねばならない。

それでペースが乱されたのか、出口の戸も自分が悪いのか建て付けが悪かったのか分からないがきちんと開けることができず、出るのに少し苦労した。

ことぶき家外観

それと奥の方でカップルが食事していたのが妙に気になり、特にこの日はどこへ観光に行ってもカップルや小さい子連れの夫婦が多かった気がして、そのあたりがさすがに落ち着いた雰囲気の観光地が多い京都とは違うなあというのは率直な感想だった。

特に犬山城ではあまり風貌のよろしくないおっさんもいたりで、そのせいもあって落ち着いていて城を見られなかったのは残念だ。

帰路・後日談

帰路

本町通り

食事を終えると時刻はもう15時10分を過ぎていて、日も傾きかけていた。

犬山城周辺には他にも見どころはたくさんあるらしいのだが、さすがにハーフマラソンを走った直後ということもありそれ以上何かできる体力も気力もなく、そのまま本町通りだけ歩いて見物しながら名鉄犬山駅へと戻る。

やはり城下町という雰囲気のあるなかなかの通りで、本当なら行き来た時に通るべきだったのだが、まあ仕方あるまい。

名鉄犬山駅

そして本町の交差点を左折して犬山駅前に到着した時にはちょうど15時半。幸い15時37分発の特急に間に合うことが分かり、慌てて切符を買って改札を通りホームへと移動する。

最初ホームの奥の方へと移動したのだが、そちらは別料金で特急券か何かを買わないと入れない車両で慌てて一般車両の方へと向かう。そのため出発の電車の写真は撮れなかった。

電車の中では幸い席に座れたこともあり、疲れもあってほとんどウトウトしていたらあっという間に名古屋駅に到着したと記憶している。時刻は16時3分ぐらいだった。

名鉄名古屋駅到着

それから中央改札を通ってそのまま東山線へと続いていたので、寄り道する気はまったく起きずに地下鉄へと乗り込む。

そして16時10分ぐらいの電車に乗り上手く座れ、最寄り駅までゆったりとくつろいで戻り、駅を出て自転車置き場で100円払い領収書もらうと、そのまま自転車に乗って家まで戻った。16時40分過ぎぐらいに家には到着したはずである。

その後は友人からもらった抹茶チョコの残り食べつつしばらくPCで作業し、19時ぐらいから風呂に入る。

名鉄名古屋駅改札口

大河ドラマ「江」を見つつ晩御飯を食べ、22時前に友人に電話するが、マラソンの疲れなどもあってまた明日ゆっくり話すということで短めに切り上げた。

それからスポーツニュースなど見てから、疲れもあって12時過ぎには寝たと記憶している。

後日談

今回支給された荷物を入れるバッグ

今回の読売犬山ハーフマラソンは招待選手も多数招待されていて、その中には年始の箱根駅伝で大活躍した早稲田大学などのランナーも出場していたそうだ。

その箱根の有力ランナーたちの走りや、今回本当はハーフマラソンに出場予定だった中京テレビの本田恵美アナウンサーが仕事の合間を縫って練習を頑張っていた様子、それに伴走を長年しているランナーの特集などをまとめた大会の特別番組が3月12日土曜日に放映される予定となっていて、それは開会式の時にも告知されていた。

ところがあの東日本大震災が3月11日金曜日に発生したこともあり、その後しばらくはずっと震災特別番組が放送されたため今回の大会の特集番組も当然休止となってしまった。

犬山城内の休憩用椅子

ただその後震災のニュースが少し落ち着いてきた頃に放送があったらしく、それを父親が偶然見つけてくれて録画しておいてくれたため、自分も放送を見ることができた。

もちろん自分などは映ってはいないのだが、その当時の様子を思い返すには非常に貴重な映像であるし、永久保存版としたいと思う。

名鉄犬山駅内 ワン丸君の看板

そしてこの次は間髪入れず1週間後の3月6日日曜日に、大阪市内の長居公園で開催される大阪ハーフマラソンに出場することになっている。

正直ハーフの大会に2週連続で出場するというのは初めての経験でどうなるかまだ分からないのだが、いい形でこの大会以上の成績を収められればと思う。

アクセス

TOPへ

最近チェックしたページ

check