今回の彦根シティマラソンが開催されるのは滋賀県の彦根市である。
まず滋賀県についてまとめると、滋賀県は日本列島の真ん中あたり、近畿地方の北東部に位置する県で、総面積は4,017.36km2、人口約140万人(2010年8月現在)。令制時代の旧国名は近江で、県庁所在地は琵琶湖西岸に位置する大津市である。
滋賀というと何と言っても一番に思い浮かぶのは滋賀県の面積の6分の1を占め、日本一の面積を誇る琵琶湖であるう。湖の水は工業用水や近隣府県約1400万人の飲用水になっているだけでなく、県のシンボルとして湖内のクルージングや花火大会などのイベントの開催、釣りなどの観光資源としても貴重な存在だ。
また京の都からも近いため歴史的にも東海・北陸を結ぶ交通の要所として重要視され、戦国時代にはこの地を押えた織田信長は経済的にもかなり優位になったし、1576年には天下布武の総仕上げとしてこの地に安土城も築いている。
更に遡ると飛鳥時代の7世紀中頃には天智天皇により、大津に都が置かれたこともある(大津宮)
次に地域構成を見てみると、県の中心に位置する琵琶湖を中心に見て、湖南・湖東・湖北・湖西に分けられる。県庁所在地の大津や草津などを中心とする湖南地域と若狭湾や北陸地方と隣接する高島市を中心とした湖西地域は京都に非常に近く関西文化が色濃く、現在も京都市や大阪市のベッドタウン化が進んでいる。
一方今回の大会会場でありゆるキャラの代名詞として知られるあの「ひこにゃん」で有名な、大津に次ぐ県内第2位の都市として栄えた彦根市のある湖東地域と、新幹線や高速道路の通る滋賀県随一の交通の要所として知られる米原市のある湖北地域は県東部に位置している。
その東部は岐阜県に隣接することから中部圏の文化も若干混ざっているらしい。日本における東西文化の境界線はこの滋賀県東部からお隣の岐阜県関ヶ原ともいわれ、関ヶ原というのは1600年、あの東軍西軍に分かれた天下分け目の戦いの舞台となっただけでなく、東西文化の分かれ目の場所でもあるのだ。
そして彦根市だが、滋賀県の南東部、いわゆる湖東地方の人口約11万人(2010年11月現在)の都市で、江戸時代は彦根藩の城下町として、また五街道の一つ中山道の高宮宿と鳥居本宿の宿場町として大いに栄えた。
ちなみに関ヶ原の戦い以前は豊臣家を支え西軍を指揮し無念の最期を遂げた石田三成が治めた地で、彼の居城だった佐和山城址も彦根駅のすぐそばに残っている。
ちなみに彦根藩の開祖といえば井伊直政だが、彼は有能な家臣が多かった徳川軍団の中でも酒井忠次、本多忠勝、榊原康政とともに徳川四天王に挙げられる一人で「井伊の赤備え」を率いて小牧・長久手の戦いなどで奮戦しただけでなく、政治や外交面でも多大な手腕を発揮し徳川幕府の礎を築いた一人でもある。
彦根藩はその後も5人の大老を出すなど譜代大名の筆頭として幕政に参加し、幕末に安政の大獄をきっかけに発生した桜田門外の変で暗殺された井伊直弼などは特によく知られていると思う。
明治期以降も県下第2位の都市として、また滋賀県東部の商工業の中心として栄える一方、旧城下町や宿場町としての街並みが今もなお色濃く残されていて観光客も多く、官民一体となって歴史を感じさせる町おこしが進められている。
また市内にある琵琶湖畔の松原水泳場ではすっかりお馴染みとなっているよみうりテレビ主催のイベント「鳥人間コンテスト選手権大会」が毎年7月に開催されており大変な賑わいを見せる。
気候は豪雪地帯で有名な伊吹山に近い米原駅の1つ隣の駅であることからも分かるとおり内陸性で、米原に比べると少ない方だというが冬は雪が降り積もる。
ただ今回の大会はまだ11月だったこともあり、紅葉シーズン真っ盛りで雪の「ゆ」の字もなく、快適な観光シーズンだった。
「ひこにゃん」は彦根市のマスコットキャラクター。
元々は2007年に築城400年を迎えた彦根城の記念イベント「国宝・彦根城築城400年祭」のマスコットキャラクターとして採用されたのだが、その「ゆるさ」が話題を呼び爆発的な人気を集めた。
イベント終了後も存続を願う多くの声が殺到したため、彦根市のキャラクターとして各種イベントやキャラクターグッズも数多く販売されている。
まさしく近年の「ゆるキャラ」ブームの火付け役的存在であり、ゆるキャラまつり実行委員会による人気投票でも堂々第1位に輝くなど、その人気は止まる所を知らないまさに破竹の勢いだ。
そして名前の由来についてだが、これは「彦根」と猫の「にゃんこ」を組み合わせたもので、キャラクターは彦根藩の第2代藩主・井伊直孝に縁のある白猫と井伊の赤備えの兜をモチーフに作られたらしい。
公式プロフィールにもある通り住所は彦根城天守閣ということもあってか、現在でもほぼ毎週末に彦根城に登場し観光客に愛らしい姿を振舞ってくれている。
ちなみに原案者はイラストレーターのもへろんという方で、「ひこにゃん」の他にもJR京都駅前にある京都タワーのキャラクター「たわわちゃん」や阪急電鉄の阪急ハイキングのキャラクター「ぴょんちゃん&のんちゃん」などのデザインでも有名な方なのだが、このひこにゃんに関しては後述するが残念ながら何度か彦根市との間で使用中止問題が起きている。
この方のイラストを見ているとどれも本当に癒される素晴らしいものだし、一方彦根市の著作権使用料を当初無料の許可制にすることで地域振興に役立てたいという考えも素晴らしいと思う。
だからこそ何とか双方が納得いくいい形での解決となるように願ってやまない。
今回の舞台は滋賀県彦根市。ちょうど名古屋から京都に移動しようとすると中間地点あたりに位置するため、どちらから向かってもいいのだが、京都の友人と一緒に参加するということもあり京都から向かうこととなる。
ちなみに今回は自分の上の弟も参加することとなっていたのだが、当日までは完全に別行動となった。
前日の土曜日は割とゆったりと過ごし、テレビなどを見つつ荷物の準備と部屋の片付けして0時ぐらいには寝ることができた。
11月14日日曜日、マラソン当日の朝はほぼ予定どおり5時15分ぐらいに起きた。
テレビつけるとアイ・スチームとかいう商品の通販がやっているのを見つつ、時間がないので朝ごはんに明太子とイカパスタをかき込み5時50分ぐらいに自転車で部屋を出発する。まだ外は真っ暗で少しびっくりした。
その後近くのグルメシティでバナナを買っていなかったので買う。ちなみにこの日は天気はずっと薄曇りで、暑くもなくマラソンには最高のコンディションとなった。
途中で一度電話を入れ、6時過ぎに友人の家の前で合流、そのまま自転車で京都駅へ向かう。
京都駅に到着すると自転車置き場に自転車停める。Dのブロックが空いていたのでそこに駐輪した。
その後券売機で切符を購入してから改札を通って2番線ホームへ向かうが、途中鷹の爪団のポスターがいつもどおりの位置に貼ってあるのを見てニヤリとする。最近お馴染みの光景だ。
それにしても今回の電車の旅はいつもよく利用している電車なのでプレッシャーはまったくなく、6時34分発の電車に無事乗車することができた。この時間は各駅停車しかないので時間は1時間ぐらいだ。
そして日曜日の朝早くということもあり問題なく座れたのだが、自分たちの後ろあたりには青いジャージ姿の何かの運動部の女子学生でたぶん中学生ぐらいだと思うのだが、たくさんいておしゃべりの声がすごく賑やか過ぎるぐらいだった。
それとこの日は結構二人とも疲れもあって最初はぐだぐだ気味だったことも付け加えておく。
その後瀬田駅の前、たぶん石山駅だったと思うが、なぜかSLの列車が反対ホームに停まっていて車内の人たちが少しざわついたのはよく覚えている。
更にそれから少しした7時過ぎに友人が朝ごはんのレーズンパンを自分の持参したヴァームと一緒に頬張っていた。
その後いくつか駅を通過し南彦根駅に電車が着くとこの日出場予定だった上の弟がホームにいるのを発見するが、前日に前もって彦根へ向かって現地を見て回り、南彦根に泊まると聞いていたので別に驚きはなかった。
そして7時36分、予定どおりJR琵琶湖線の電車は彦根駅に到着したのだった。
JR彦根駅はいつも仕事などで名古屋~京都間を移動する際に通っているが降りるのは初めてだったので、ホームの周囲を少し撮影してから階段を上がって改札口の方へ向かう。
改札口の周辺は歴史を感じさせる金屏風を模した大型のパネルやポスターなどが結構あって、歴史の街・彦根という印象が更に強くなったのだった。
そして友人がトイレに行きたがっていたのですぐには改札を通らず駅のトイレに行ったのだが、するとトイレの前には結構な行列ができていて少し待たされることになってしまう。
男子トイレは少し混んでいたが自分は小の用を足しただけであとは改札に戻って周囲を撮影していた。ちなみにトイレのすぐ手前の壁にも人気アニメ「鷹の爪団」のポスターがあって本当にJRの駅では最近よく見かける。
ちなみに結果論になるが、帰りは電車の時間がが結構ギリギリで撮影している暇もだが、そもそもバッテリーが持たなかったので、最初に撮影しておいて正解だったのだった。
更に帰りの京都方面行きの列車は時刻表によると昼は快速はずっと26分と56分発しかないということをしっかりチェックしておいたのだが、帰りはこのチェックのおかげで待たされずに済んだことと、この待ち時間を利用して上の弟にも電話をしたのだが、留守電になっていてこの時は会話はできなかったことも付け加えておく。
友人が戻ってくると改札を出て、それから彦根の物産を紹介する棚や屏風絵のようなものの写真を撮り、更に彦根市のマップを2部もらって出口の方へ向かう。
すると出口へと向かう階段の手前にようやく「ひこにゃん」を見つける。
窓の一つがふすまのようなペイントが施されていて、彦根城はこっちだという標識になっていたのだ。
それからようやく階段を下りるといかにも駅前という感じの広場に出て、広場の真ん中には銅像が建っていた。
それはどうやら戦国時代に徳川四天王の一人として徳川家康を支え、名将・名政治家・名外交官として活躍した彦根初代藩主・井伊直政の銅像らしく、ひこにゃんと同じ長い角のある冑が特徴的だった。
そのまままっすぐ彦根城の見える方へ通りを進んでいったのだが、そのあたりは商店街のようになっていて朝早くでなかったらもう少し賑やかだったことと思う。後から地図で調べてみるとこれは駅前お城通りというらしい。
そしてその途中彦根市役所の前も通り過ぎたのだが、そこには「彦根シティマラソン」の表示のある時計塔のが目についたのと、自動販売機にもひこにゃんのイラストもあり、来年2011年の大河ドラマ江姫ののぼりもあったのが印象的だった。
通りを突き当たりまで行くと神社の鳥居が見えてきて、その向こうに彦根城が相変わらず見えた。
そしてマラソン会場の彦根総合運動場はそこを右折した更に先にあるらしく、ランナーと思われる人もそっちへ曲がっていったので自分たちもそちらに向かう。
まず「彦根シティマラソン」の垂れ幕が飾られている彦根市民会館の前を通り、それからバス停の近くあたりに10kmコースの4km地点の看板が見えてくる。
そしてその先に橋が見えてきて、川の至る所でたくさんの人が朝から熱心に釣りをしていた。
結構大きな川だったのだが、実はあとから地図でチェックしてみるとそこで行き止まりで北に少し行くと琵琶湖とつながっているらしい。
そして彦根城のお堀ともつながっていて、お堀のような気がしたのは間違いではなかったのだった。
橋の向こうには野球場によくある照明施設が見えてきて方向が間違っていないことを示してくれていた。
後から知ったのだがそれは本当に野球場の照明で、この日はマラソン以外にも野球の試合も普通に行われていたらしい。
それから橋を渡って船町という交差点を左折して通りを北へと歩いていったのだが、途中の道はたぶん桜の木で紅葉も既に始まっていて見頃どころかたくらん落葉していて終わりかけのような感じだった。
そしてたくさんのランナーたちも運動場を目指して歩いており、友人もようやく大会の雰囲気の盛り上がりで元気になってきていたようでホッとする。
その後通りの左側をずっと北に向かって歩いていき、三の丸橋という歩道橋を渡って運動公園側の歩道へと下りていったのだが、その途中で上の弟からようやく電話がかかってくる。
もう到着して受付も済ませていたらしく、また後で電話すると行ってその時は通話を終えたのだった。
それから駐車場のような所を通っていき、途中でガスのCMのキャッチフレーズの入ったジャージを来たランナーもいたが、そこを通り過ぎるとようやく受付と思われる建物と白いテントが見えてくる。
時刻は8時17分ぐらいでほぼ予定どおりの到着であった。
まず友人が受付を済ませゼッケンなどを手に記念撮影をし、それから自分も受付を済ませて記念撮影。
その後更衣室を探したのだが、最初はなかなか見つからずにまず競技場の中に入っていってしまい、更に全然大会と関係ない野球場の方に間違って入っていきそうになる。
右往左往した末に受付の白いテントにも聞くが、そうすると総合受付を紹介されてそちらに向かい、ようやく左奥にあることを教えられて事なきを得た。
しかしそうやって案内されないといまいち分かりにくいかもしれない。
それから案内された方向にずんずん進んでいくと、左側にはテントがまたたくさんあり、お土産やスポーツ用品、屋台などが出ていた。
更にその奥にはグラウンドのような広場があって、そこが駐車場兼レース後に豚汁を振舞う場所になっているらしい。
そして更衣室は更にその奥の建物らしく、手荷物預かりもそこでしているようだった。
時刻はすでに8時半を回っており時間もそんなにある訳ではなかったので、すぐ建物の中に入り靴を入り口で脱いで奥へと進んでいく。友人と一度離れることとなり、後で同じ場所で合流という話になった。
建物の中は男子更衣室が手前で奥が女子更衣室になっていて、その間にトイレという感じで並んでいた。
男子更衣室へと入っていくとそこにはコインロッカーもあって、100円かかるものの荷物を預けるには非常に有難かった。
自分はそこの左奥の方にある69番のロッカーに荷物を預けることになり、さっそくそのロッカーの前でゼッケンをつけて着替えをはじめる。
するとその途中で突然後ろから声をかけてくる人物が。何と上の弟で、偶然自分を見かけたらしい。
少し話をしながら着替えをしていると今度は友人から電話がかかってきて、着替えが済んだので入口の前で待っているということだった。
着替えを済ませると荷物をロッカーに預け、鍵はポケットに大事にしまってから上の弟と一緒に外へ出る。
そこで友人とも合流できたので弟を紹介し、それから友人には少しそのままそこで待ってもらい、上の弟と一緒にグラウンドの方へ歩いていき少し話をする。
もっとも9時26分のスタートまで時間もあまりなかったのだがトイレにはどうしても行きたかったので、自分はまた更衣室のある建物に戻ることになり、上の弟は先に競技場の方へと向かっていった。
それから友人と再び合流し、同じようにトイレ結構並んでいるはずで時間もかかるだろうからと先にグラウンドに行っているように伝え、自分はトイレへと向かう。
すると予想された通りトイレは結構並んでいて、大は10人ぐらい待ちだった。それでも想像していたよりは早く順番が回ってきて、和式に少し苦労するも紙もちゃんとあって皆事なきを得たようだった。
途中で友人から電話がかかってきて、ランナーたちが別の場所に移動をはじめたと知らされた時は少し焦ったが、焦っても何もいいことはないので落ち着いて行動を心がけた。その前には上の弟からも電話があったと記憶している。
トイレを終え建物を出ると最初友人が待っていた辺りで靴を履き、それからグラウンドの方へと向かう。
それから上の弟に電話するがつながらなかったので、移動を開始する。
時刻は9時7分ぐらいで、本当にランナーはすべて移動を開始していて、グラウンドでは最後のランナーたちの集団も移動を開始していた。
その直後の9時8分に上の弟から再度電話がかかってきて、もう弟の出場する5kmのランナーたちはすでに並んでいることを知らされる。
その日はマラソンが終わると用事があるらしくすぐに帰ることになっており、レースが終わるのも10キロの自分よりかなり早いことから健闘をお互いに祈りつつ電話を終えた。
電話を終えるとすぐに走ってランナーたちが移動している先へどんどんと進んでいく。
すると3キロ一般の列がすぐに見えてきて、そこを少し探すと友人がいるのを発見。声をかけて携帯で写真も撮り、またレース後に電話すると言ってその場を後にした。
更にどんどん前へ進んでいくと、ようやく10キロと5キロの列のあるあたりへと到着する。
駐車場になっていて車も停まっていたのだが、その駐車場の左側が10キロで右側が5キロのランナーの待機場所になっているようだった。
そこで整理をしていたスタッフのおじさんにきちんと確認し、10キロの青いゼッケンのランナーたちを確認すると、時刻は9時11分。余裕を持って間に合った訳だが、5キロのランナーもする近い場所にいたので上の弟をもう一回探すことにしたのだった。
すると集団の真ん中から少し後方あたりで無事に上の弟にも会うことができた。
そこで昨日の彦根城観覧の話を聞き、名古屋城や大阪城よりはさすがに小さかったことや夜は宿泊先のホテルでテレビを見ていたことなど話し、それからせっかくなので写真を撮ってあげ自分も撮ってもらい、頑張れと声をかけてその場を後にする。
せっかくなので記念の写真を撮ってやりたいと思っていたので、それを無事果たすことができて何よりだった。
再び10キロの場所に戻ってくると、やはりできる限り前にいたかったのでするすると行けるだけ前へ進んでいく。
ある程度の所で前に進むのを諦めてそこでヴァームゼリーも飲んでスタートまで待つことになったのだが、スタート10分前を切った9時19分頃、とある事件が発生する。
突然自分の周囲にいた女性ランナーだと記憶しているのだが、「ひこにゃんだ」という声を上げたので皆が顔を向けた方を見てみると、駐車している車の向こうに冑の角だけが2本ひょっこりと見え、前の方にゆっくりと歩いていくのが見えたのだ。
会場に来てから全然姿を見ていなかったので、すっかり忘れかけていたのだが、突然の出現はこの2010年2月のいかるがの里法隆寺マラソンの時のせんとくんにもよく似ていた。
ただそれは自分たちのいる場所から見て結構遠く向こうの出来事だったこともあり、まあ角だけでも見れてよかったのかな…あるいはスタートして走り出したらひょっとしたら少しは見えるのかなと淡い期待も抱いたりしていたのだが、するとその直後にランナーたちが前へ前へと移動を始め出す。
どうやらスタートラインはもう少し先にあるらしく、たぶん交通規制の関係でようやくそこに移動することになったのだと思うのだが、そんなこんなで結局出た先は競技場へやって来る際に歩いてきた例の釣り人のたくさんいる川沿いの道だったのだ。
そしてその移動の途中、駐車場を出た直後にはひこにゃんではないゆるキャラにも遭遇する。
人力車に乗った可愛らしいお姫様風のゆるキャラで、最初はいったいどこのどなた様かまったく分からなかったのだが、後から調べた所それは幕末に大老として活躍して桜田門外の変で倒れた井伊直弼の次女・弥千代姫がモデルだという「やちにゃん」という名前らしいことが分かったのだった。
そしてそのやちにゃんの前を通りスタートラインから見て右側、川沿いの歩道あたりまで移動したのだが、そこでついに真打が登場する。
歩道をスタッフに囲まれながら現われたのは、あのゆるキャラ人気不動の第1位を誇る「ひこにゃん」その人だったのである。
最初はランナーたちの行列と歩道の木の影になっていて見えなかったのだが、ふっと現れた時のその第一印象はというと、いい大人の男性の自分でさえ「可愛らしい」というしか言いようがなかった。
自分はそれまでそんなに強い印象を持っていなかったのだが、その仕草といったら周囲で見守っていた女性ランナーたちは一様に興奮した面持ちで「可愛い」を連発していた通り、本当に癒されるキャラクターだった。
手を振ったりいろいろなポーズをとってくれてサービス精神満点で、ランナーたちはすっかりスタートのことも忘れるぐらいの興奮ぶりだったのである。
自分もすぐ目の前で見れたので本当に興奮してしまい、思わず10枚も写真を撮ってしまったぐらいだったが、ようやく我に返るとスタートに備えてストップウオッチを準備し、いつでもスタートしていいように態勢を整える。時刻は何ともうスタート1分前の9時25分だった。
それからほどなくして前のランナーたちが動きを見せたので思わずストップウオッチをスタートしたのだが、どうやらそれはスタートラインに移動しただけだったらしく、一度時計をリセット。
しばらくするとちゃんとしたピストルの号砲が鳴って今度のが正式なスタートだとはっきり分かった。
そのような感じでスタート前からいろいろとあったこの大会だったが、ようやくレースが開始したのである。
この大会ランナーの数はものすごい多くて通りをいっぱい埋め尽くすぐらいで、ピストルの合図からしばらくは自分のいたあたりはなかなか動き出せなかったぐらいだった。
それでも徐々に徐々に動きが出てきて、5キロと10キロのスタートラインの標識も見えてきたのでそこを通り過ぎる際にはきちんとネットタイムを計ることができた。ピストルの合図からスタートライン通過までのロスタイムは52秒だった。
スタートした直後に行きに通った歩道橋をくぐり、それからしばらくは南へとまっすぐ走っていく。
そしてピアゴの前を通過してすぐ船町の交差点だったと思うが右に折れると行きにも来た市民会館の前を通っていったと記憶している。
そのあたりで1キロだったはずなのだが、残念ながら今回は注意して見てはいたのだが1キロ地点の表示を見つけることができなかったので1キロ通過の正確なタイムも計れなかった。
その後赤いコーンを蹴って倒してしまったランナーがいて、その倒れたコーンに後続のランナーが足をひっかけかねない状況があったので、自分がコーンを拾って歩道に出すというアクシデントもあった。
それからすぐに護国神社の前を通り彦根キャッスルホテルの所を右に曲がっていき、彦根城のすぐ近くを走っていくことになるのだが、このあたりは本当に彦根の城下町を走っているという雰囲気たっぷりで、いい感じだったと思う。
そしてそのまままっすぐ進むと彦根城の入口に向かうのだが、そちらには行かずにまたすぐ左折、そのままお堀に沿ってしばらくまっすぐ進んでいく。
9時34分頃には立花町西という交差点で再び右折し、そこから今度はお堀に沿って北へと走っていった。
更に京橋という交差点を通りすぎたあたりで2キロ地点を迎えるはずなのだが、まだランナーの混み具合がすごいこともあり残念な事に1キロ地点に続きここでも表示を見つけることができなかった。
そうなるとペースがどうなっているのか掴めず不安になってくるものだが、この前の西宮ハーフの際に10キロの走り方のコツを何となく掴んだような気がしていたので、不安はそんなになかった。
そして国立滋賀大学の前で再び右折した時の時刻が9時38分。その後少しいくとまた右に曲がりその角にあるのが彦根西中学校という学校なのだが、そこを通った時に校門の前でブラスバンドの学生の皆さんが演奏で出迎えてくれたので今でも強く印象に残っている。
それに力をもらって再び南へと進路を取り、しばらく直線が続いたのだが、その途中でようやく3キロ地点の表示を発見することができた。
時刻は9時42分で9時26分のスタートから16分、手元の時計でも16分10秒を切るぐらいのペースで、52秒のネットタイムロスを差し引くと1キロほぼ5分のいいペースで走っていたのだった。
それを見て思わず前回の西宮ハーフマラソンに続き今回も大いに手ごたえを感じる。
それから道は左へゆるやかなカーブになり、その途中でまたブラスバンドの演奏がランナーたちを出迎えてくれる。
後から確認するとどうやらそこは彦根東高校という高校のようで、後からよく考えてみると彦根城のこんな近くに高校があるというのは羨ましいとその時は思った。まあこれだけ近いとかえって当たり前に見えて有り難味がなくなるのかもしれないが。
そしてランナーたちは今度は彦根城の入口あたりを進んでいく。後で撮影した写真を振り返ってみると表門橋はもちろん、入口で見た屋台もしっかりカメラに収まっているし、馬屋のそばも通っていたことが分かったのだった。
それからランナーたちは彦根城の石垣に挟まれた道路を通っていったのだが、確かこのあたりで大きなカメラで撮影をしているオールスポーツさんと思われるカメラマンがいたと記憶している。
そこを南へ進んでいくと先ほど通った彦根キャッスルホテル前に再び戻ってきてそこを左折、そして市民会館の横を通ってあの釣り人のたくさんいる橋の上を通り船町の交差点を左折しスタート地点もあった通りをずっと北上していくというコースなのだが、その途中市民会館を通り過ぎたあたりで、最初来た時にも見ていた4キロ地点の標識の前をバッチリ通過。
タイムを確認すると21分10秒ぐらいで、この1キロもきちんと5分でカバーできていたのだった。
ちなみにこのあたりではあのスタート前にもちらっと見た「やちにゃん」というお姫様のゆるキャラが人力車に乗って移動していたのにも遭遇しているのだが、それを見て何とものどかだなあと走りながら思わず癒されたのであった。
それから再びスタート時にも南下した大きな通りを今度は逆に北上していき、競技場の前を通り過ぎる辺りで5キロのランナーたちは競技場へと入っていく。
ここまでは5キロも10キロもまったく同じコースのようだった。
一方10キロのランナーはそのまままっすぐ進んで運動公園の一番北にあるスイミングセンターの所で右折をしていく。
ちょうどその右折するあたりが5キロ地点になっていて、通過したのは9時52分、この1キロも5分少々でカバーしていた。
ちなみにここで曲がらずにまっすぐ突き進むと彦根港まで行き、目の前には琵琶湖が広がっているらしい。
彦根城とその城下町は本当に琵琶湖のそばに広がっているのだ。
それからしばらくは東に向かってまっすぐ通りを進んでいく。通りの左手には用水路がありそこにゴミが捨てられ少し汚れているのが気になったが、それだけ観光客がたくさん来るということであろう。
そしてこのあたりだったと記憶しているのだが、毛虫が道路を横断しているのを目撃したのだが、あのままだとランナーに踏まれやしないかと少し心配になる。
しかしそれぐらいのどかなコースだったし、それを感じられるぐらいこの日は調子も良かった。
そして9時56分ぐらいにようやく最初で最後の給水所を迎える。
ところが実は給水は自分の記憶している限りでは最初右手に見えた机に水ばかりが、そこを過ぎて少しの所に今度はポカリスエットの入ったカップばかりの並べられた机が順番に並んでいて、そうとは知らずに自分は最初の水をごくごく飲んでしまい、次がポカリだと分かった瞬間、それでも仕方なしに帽子や体にかけてしまいそうになる。
ただ以前スポーツドリンクを頭にかけて後で結構ベトベトしてしまい気持ち悪かったのを思い出し、帽子や体に液体をかけるかどうかで悩んだ末、この日は幸いそんなに暑くなかったのでポカリも飲むだけで体や帽子には水をかけることはしなかった。
飲んだカップはあまり遠くに放り投げるとゴミ掃除が大変だと思い道路の端にランナーの邪魔にもならない場所に起き、それからペースを元に戻して再び走りに集中する。
ちなみに給水所の近辺が6キロ地点のはずだったのだが、ここでは距離表示は見つけることができなかった。
そして給水を終えるとすぐに右折が待っていて、そこからまたしばらくは南へまっすぐの道が続くのだが、そのあたりは城下町からも少し離れていることもあり、田んぼが広がるのどかな場所になっていた。
その長い直線距離を終えると再び右折し、少し大きな通りへ出る。
それからしばらくランナーたちはそこの歩道をずっと走っていくのだが、車道には車が普通に走っており、中には頑張れと車の中から声をかけてくれる方もいた。
その大きな通りへ出た直後に7キロ地点の表示があり、時刻を確認すると10時2分。スタートから7キロで36分だから依然として1キロ5分ペースを維持しているいいペースだ。ただ給水で少しロスしたタイムがあり30秒ほどタイムは遅くなってはいたが。
その後ガソリンスタンドの前を過ぎて少しすると再び右折し、またのどかな田園風景の続く道を北へと向かって走っていく。
その途中には近江高校と城北小学校と2つの学校があるのだが、そのあたりに8キロ地点の標識があり、時刻は10時8分。この1キロは5分とちょっとかかったが、まだまだ5分ペースでは維持できてはいた。
それから長い直線を終えると今度は左折、そして5から6キロにかけて通った道を反対方向に西へと進んでいく。
その途中で9キロ地点を向かえ、10時13分、この1キロも5分ペースでカバーできてきていた。
そして再びスイミングセンターの所を左折してスタート地点のあったあの大きな通りに三度戻ってくるが、ここまでくればもあとちょっとなので気力と気合いで足を進めていった。
ほどなくしてあの歩道橋が見え、その向こうにランナーたちが次々と競技場へと入っていくのが見える。
自分の走っている姿も撮ろうとカメラを向けるがこれは自分の体が大きく入り過ぎて失敗。それでも左折して競技場へと向かっていく時には、これまでにない力強い走りだった気がした。
そして受付のテントがあった競技場の正面入口と野球場の入口の前を通り、その先にあるゲートからついに競技場のトラックへと入っていく。
トラックをぐるっと一周しゴール直前で時計をチェックするが、残念ながら52分を切ることは難しかった。
それでもゴールをくぐった時のタイムは52分21秒で、52秒のスタート時のロスの引けばかなりいいタイム。非常に満足のレースとなった。
ゴールのゲートをくぐり抜けるとペースが速かったこともありしんどくなるかとも思ったが、意外と余裕があった。
すぐ目の前に完走証の発行所があり、その手前ではランナーズチップの回収とポカリのペットボトルを配っていて、自分もランナーズチップを返してペットボトルを1つもらう。
それから記録証を受け取るために右の方の列に並んでいると、友人が後ろから声をかけてきた。
無事3キロを完走できたらしく、着替えも済ませて競技場に戻ってきていたらしい。
時間的にもちょうどいい感じだったらしく、自分の最後のゴールシーンも撮影してくれていたようで嬉しかった。
競技場の周囲を少し撮影した後、妙なゆるキャラがいて最初はバームクーヘンにしか見えなかったのだが、後から調べてみるとこれは「カロム王子」という名前のゆるキャラらしい。
カロムというのは簡単にいうとおはじきとビリヤードを足したようなゲームで、赤と緑の玉を四隅のポケットに落として勝負を競う盤上ゲームだ。
滋賀県の湖東・湖北で100年近く遊び継がれているらしく、特に彦根はその中でも特に盛んな地域らしい。
そしてカロム王子は彦根のカロムを世界に広めるためにカロム王国からやってきた王子様をイメージしているらしく、顔は王のコマ・ジャック、手足は緑と赤のパック、体はカロム板、頭につけているのは冠なのだそうだ。
後から見たイラストのカロム王子は大変可愛らしくいい感じなのだが、この着ぐるみはカロムを知らない自分が最初に見た印象はちょっと微妙だったのでもう少し手直しした方がいいかもというのが率直な感想だ。
話がすっかり脱線してしまったが、そのカロム王子と別れた後競技場を出て更衣室の方に向かい、友人が自分が着替えている間に豚汁の列に並ぶことになり、自分は更衣室の方に向かうこととなる。
そして69番のロッカーを開け荷物を取り出すとホッとした気分になったが、豚汁は11時までらしいので少し急いで着替えを済ませ、途中友人からも電話がかかってきたが、何とか11時前に豚汁の列に間に合わせることができたのだった。
それから豚汁の券を大会パンフレットから切り取るのに時間がかかったが、何とか豚汁を受け取るとグラウンドの端の所に座り二人で豚汁を頂く。
するとこれが結構美味しく、更に体も芯から温まるような気がして最高だった。
豚汁には満足だったがしっかり走ったので二人とも結構お腹が空いており、更に何か食べようと食べ物を売っているテントへと向かう。
するとみたらし団子の前にすごい列ができてビックリしたが、その隣の焼きそばとフランクフルトはそんなに行列はできていなかったので、友人がフランクフルトの列に、自分が焼きそばの列に並ぶ。
そしてフランクフルト2本と焼きそば1つを手に、奥の広場のようになっている所に腰掛けてヴァームと一緒に頂いた。
ビールがあれば尚可だったがまあいいだろう。どちらも結構美味しかったが、焼きそばの肉が少なかったのはちょっと残念だった。
食べ終わるとまだお腹に少し余裕があったので友人がみたらし団子も買おうとするが、行列が相変わらずなので断念する。
そのまま帰路に就きはじめるが、途中にあったお土産コーナーにひこにゃんのグッズがたくさんあるのが目に留まり、せっかくなので購入を決意する。
いろいろとあって迷ったが、クリスタルのストラップとミニタオル、それとひこにゃんの人形(小)ともうひとつの計4つを購入。全部でしめて2000円だった。
お土産も買ったので会場を後にするが、野球場の横を通った際には野球選手たちの声が聞こえてきて活気があって良かった。
そしてこのあたりに来ると友人も非常に元気になっておりバンバン写真撮影、通りの紅葉なども熱心にカメラに収めていたのだった。
その後船町の交差点で地下通路を通って橋の方に出るが、帰りもまだ釣り人が多くこのあたりはどうやら釣りスポットとして人気があるらしい。橋の上から川を見ると黒っぽい魚が確認できて結構たくさんいた。
そしてそのまま護国神社の前まで来るが、ここは後で時間があったらということで、まずはそのまま彦根キャッスルホテルの所を右折して彦根城を目指すことになる。
すると先ほどのマラソンでも走った記憶のある石垣と堀のあたりを通り、井伊大老の歌碑や松の植え込みが印象的な道を抜けた辺りで彦根城の入口が見えてくる。
一方お堀の水面には屋形船も運行していて、何とも言えない風情のある感じを醸し出していたのだった。
もっともその途中にあった馬屋というのが重要文化財で無料公開中だったので、まずそこにチラッと立ち寄ることになる。
まさに馬屋だが、馬は模型でそれ以外は特に見るべきものもなく、無料というだけあって雰囲気を味わうだけという感じでそそくさと退散したのだった。
そしてそこを出て更に彦根城の入り口の方へ行くと、これまたマラソンの時に見た屋台がたくさん出ていたのだった。
そしてその目の前に橋がかけられていたのだが、これが表門橋というらしくそこを渡ると彦根城の入口に通じているらしく先へと進んでいく。
橋には本日のひこにゃんの登場時刻の掲示もあって、次は1時半からだということをチェックして城内へと入っていったのだった。
するとすぐに入場券販売所の前にやって来たのだが、今回無料券がマラソン大会の特典でついているのに危うくそれを忘れていて券を買いそうになる。
もっともすぐにそれに気づき券をパンフレットから切り取って入口で渡し、いよいよ城内へと入って行った。
受付と通るとすぐ、そこは表門山道という名前らしいのだが石段と石垣がずっと上まで続いていて、そこを一段一段マラソンの疲れもある中慎重に登っていくことになる。友人の方が元気でどんどんと先に進んでいった。
それから苦労して階段を登り切ると、高い石垣に左右を挟まれた場所に出る。
右側は天秤櫓といい、左は鐘の丸という名前の広場になっている場所で、まず左の階段を上がって鐘の丸に行き、そこから橋を渡って天秤櫓に行くという設計になっていた。
こうやってぐるっと迂回させることで城を守る側は敵を上から攻撃できるようになっているのだ。
自分たちもまず鐘の丸に向かうことになるのだが、そこは現在は休憩所になっていてトイレや売店などもある城の憩いの場所になっていた。
自分たちはまずトイレに立ち寄るが、普通の公園の公衆便所のような年期の入ったトイレだった。
ちなみにこの日はマラソンの終盤にはもう携帯電池のメモリが2つになっていて、この時点ではもう1つになっていて写真一枚撮るにも慎重に選んで撮影せざるを得なかった。
トイレから戻ると売店の前の赤いベンチで少し休憩し、友人が戻ってくると何かまた食べようということになる。
いろいろと美味しそうなものが売っていたのだが、その中からきつねうどんとおでんを買った。
ともに500円で買うと中で食べていっていいらしく、屋根付きのテーブルの方に移動。友人が冷たいお茶をもらってきてくれて、それから余り待たされることもなく料理が運ばれてきてさっそく食事となった。
ところが食事をしていると薄茶色の毛をした猫が自分たちの席に近づいてくる。
いかにも何か食わせろという感じで自分をじっと見つめていたのだが、猫を飼った経験のまったくない自分たちは何を与えてよいかも分からなかったので、申し訳ないが自分のうどんを食べることに集中した。
しばらくするとようやくお茶などが置いてある台の下の布をくぐってどこかに行ってしまったが、その時の体をヌッと伸ばす仕草が印象的だった。
他にも猫は3匹か4匹ぐらいいてテーブルの下を行ったり来たりしていたのだが、店の爺さん婆さんはその猫たちの動きにまったくの無反応。
どうやら飼い猫らしく奥の物置の下の隙間には皿にエサも置いてあって、最後はそこに仲良く集まっていたのだった。
そんなこんなで食事を終えるといよいよ橋を渡り天平櫓の方へと向かう。ちなみに売店には甘酒の他に大きなひこにゃんの人形も売っていたのだが、これは8000円と目ん玉が飛び出そうな値段だった。
橋からは最初に登ってきた表門山道を見下ろすことができたのだが、そこを渡って城門をくぐるとまた石段が続いていて、更にそれを登り切るとその先には太鼓門櫓があった。
ただそこに行く前に天平櫓の中を公開中という立て札があったので中にも入れるということでそちらに向かう。
櫓の中は土足厳禁になっていて、靴を脱ぎ確かスリッパに履き替えて中に入ったと記憶している。
櫓はまさしく籠城戦になった時の防衛の拠点といった雰囲気が満載で、窓も矢が直接入ってこないように柵が張られていて、逆に自分たちは下にいる的を狙い撃ちできるようにコの字型に作られていて、これだと攻める方は大変だろうなあと実物を見て実感した。
そんなこんなで満足しつつ櫓を出ると再び石段を登っていき、太鼓門櫓をくぐってついに天守へとたどり着く。途中には傘や鐘もあって実に風情があった。
しかしやはり天守を見るとその見事な造りに圧倒された。名古屋城や大阪城に比べたら確かに小さいかもしれないが、名古屋は徳川御三家だし大阪は天下人秀吉の城でどちらも別格中の別格、各藩の大名の城の天守というこはこんなものなのだろうと思う。
そして天守を満足しながら撮影していたのだが、ここでついに携帯の電池が切れてしまう。それでもここまで持ってくれて天守はちゃんと撮影できたので良かったし、友人のカメラもあるので後はお願いして自分の希望の写真も撮ってもらえたので問題はなかった。
とはいえ今度からはきちんとスペアの電池を買って持って来なければという誓ったのだった。
天守には上がることもできたのだが、ここは30分待ちの行列ができていて、一方時間を見るともう1時5分前と1時半のひこにゃん登場まで30分ほどしかなかったため、来年またこのマラソンに来た時の楽しみに取っておくということで断念する。
その他にも売店もあり、戦国おみくじも印象的だったのだが、時間もなかったのでそこは友人のカメラで写真だけ撮ってもらい、その先の展望台のようになっている所から景色を眺めると、ひこにゃんの登場する博物館を目指すことになる。
ちなみに展望台はほぼ360度周囲が見渡せるようになっていて、琵琶湖も見えたがこの日は曇りで水平線は見えなかったのが残念だった。あとは朝マラソンを走った運動公園のトラックや野球場も見えたのが印象に残っている。
それから地図を見た所西の丸をずっと奥に行くと黒門山道というのがあり、そこから博物館に行くのが近そうだったので奥へと進んでいく。
こちらも紅葉が結構キレイで自分がトイレにも寄ったりしている時間を利用して友人がたくさん写真を撮っていた。
もっともひこにゃんの登場までほとんど時間もなかったので、そんなに長居はせずに間もなく見えてきた石段を下っていった。
ところがこの下りの石段というのが結構急で、しかも左手が90度の崖のようになっていたので高所恐怖症の自分には少し難儀だった。
そしてそこを二人でゆっくりと下りていくと下りた先に立て札が見えたのだが、それを見るとどうやら自分たちが下りてきたのは黒門山道ではなく山崎山道だったらしく、思いっきり遠回り…急いで黒門橋の方へと歩いていくことになる。
ところが黒門橋の前までくると博物館へと続くはずの道は関係者以外立ち入り禁止になっていて、地図の微妙な書き方はそういう意味だったのかと分かる。
結局黒門橋を渡り…玄宮園の前を通り…堀にそってジグザグと道を歩き…行きにも来た馬屋の前を通って…と、相当遠回りする羽目になってしまったのだった。
時間的には微妙だったが、途中の二季桜とか通りなども風情があったので撮影しつつ、再び表門橋へと戻ってくる。
結局最初来た入場券販売所と表門の前まで戻ってきたのだが、そのすぐ隣にひこにゃん登場の場所はあったのだった。まさに灯台下暗しだ。
そして入口にスタッフがいたのだが、そこを何とか中に入るともう自分たちが入ってすぐというタイミングで受付が終了し扉が閉められてしまう。
どうやらある程度人数が決まっていて定員に達すると締め切りになるらしく、30分あるので少し遅れても大丈夫だと思っていた考えは大間違いだったことが分かったのだが、それでも何とかギリギリで間にあったのでラッキーだった。
そこは建物の縁側のような感じになっていてどうやらひこにゃんはその縁側に登場するらしく、外をぐるっと観光客たちが取り囲んで登場を待っていた。
自分たちは門をくぐってすぐの一番左端に陣取っていたので、少しスタッフが気になったがまあ問題なかった。
それから少し時間が経過した後ひこにゃんがついに奥の方の門をくぐって姿を見せる。
朝マラソンの時も見たが、やはり可愛らしい動作で特に女性の方たちは大興奮……縁側に着くと手を振ったりポーズを取ったりして観客の声援と撮影に応えていた。
それでもやはり全身を着ぐるみで覆われているキャラである、それ以上の例えばプロ野球中日ドラゴンズの人気マスコットキャラクターのドアラのようなバック転のようなパフォーマンスを期待するのは無理な話だ。
だからといって何十分もそれだけで繋ぐのは苦しいし、声の出演というのも著作権的な問題もあって難しいのであろうからひこにゃんの出演は1回あたり5分~10分程度で十分なのかもしれない。
実際写真に収めると満足してさっさと途中で帰っていく人も多く、徐々に前の方が空いていってどんどんとひこにゃんの方に近づいて行くことができた。
途中から友人は写真だけでなく動画も撮ってくれて、きっといい思い出になると思う。
そして10分ぐらいで自分たちの回は終了し門の外に出たのだが、すると次の行列がもうできていた。
自分たちはそれを横目に、今度はすぐ横に隣接する彦根城博物館を見学することにして中へと入っていく。
彦根城博物館の入口で白いビニル袋を受け取り靴をそれに入れ、スリッパを借りて中へと入っていくとすぐにスタンプコーナーがあって、更にその奥の方に受付があった。
友人がトイレに行きたがっていたのだが、トイレはどうやら受付を通った先にあるらしく友人は先に入場してトイレに行くことになり、自分はスタンプを押してからパンフレットの券を切り取り受付を通って中に入る。
ただもうこの時にはマラソン後の疲れが体全体を蝕んできていて明らかにしんどい状態であった。
そして入口を入ってすぐの所にトイレと休憩用の椅子があるのだが、自分もトイレに行ってからその椅子に座って少し待っていた。
友人が戻ってくるといよいよ展示室へと入っていったのだが、第1・第2展示室は撮影禁止のため、カメラは閉まって見学を始める。
確かまず彦根藩主の井伊家の歴史について説明する展示があり、それから井伊の赤備えと言われる鎧兜や刀などの武具の展示があったと記憶している。
更に能面や茶器などが展示されていて、能の舞台と客席を再現した所もあった。
そしてこの展示コーナーでは展示解説シートなるものがあって、各展示室に2枚ずつ置いてありそれを几帳面に全部集めていったのだが、そこまで几帳面に収集している人は他におらずたぶん自分だけだったと思う。
ただ全部集めるとデアゴスティーニ風で意外といい感じの資料になった。バインダーも別売していたのだがそれは買わなかった。
それから能のビデオの所まで来ると椅子があったのでそこに座って休憩する。友人も結構疲れがきているようだった。
椅子の近くには歴史関係の本が陳列してある本棚もあって、歴史好きにはたまらない感じだったが、そこを通って受付のおばちゃんの前を通って先に進むと今度は表御殿という殿様が生活していた奥座敷や御亭などの木造建築や庭園などを鑑賞。
それから再び引き返して最後の第5・第6展示の陶磁器や楽器などの展示だったと思うがそこを見て、更にもう一回能舞台を見てから、入口の休憩のベンチへと戻ってくる。
そしてベンチで少し休憩しポカリなど飲むと見学はついに終了、友人は疲れもあってかスタンプもいいらしく、そのまま彦根城見物は完了となったのだった。
結構楽しめたし、やはりマラソンに城や博物館の招待券のおまけがついているのは本当に嬉しいサービスだと思う。
城を出ると歩いて道路を駅の方へと戻り護国神社の前までやって来る。
しかし電車の時間が迫っていたので挨拶だけして左折し彦根駅へと向かった。
行き来たのとは反対側の歩道を通り、石材店に運慶・快慶像などがあったのが印象的った。更にその先にあった石材店にはひこにゃんの石像もあってそれがすごく精巧に作られていたのにはビックリだった。
それから魚民のデカデカの看板が「ぎょみん」としか読めないと内輪の話で盛り上がってから、JR彦根駅前に到着すると井伊直政像をようやく写真に収める。
ちなみに行きに遠くから見た時には気づかなかったのだが、手前には彦根城の小さいミニチュアもあった。
もっとも帰りの京都方面行きの電車は30分起きにしか快速がなく、2時26分発の出発まですぐだったので、結構慌てて改札まで行き、切符を買ってホームへと向かう。
しかし実際は十分余裕をもって3分前にはホームに到着することができ、始発の米原駅から1つ目の駅なので余裕で座ることもできたのだった。
帰りの電車では疲れもあってお互いほぼウトウトしていた。今度は快速だったので45分ぐらいであっという間に京都駅に到着する。
京都駅到着後はヨドバシカメラ京都店やこの日開催されていた二条城と東寺のライトアップに行く予定もあったのだが、ヨドバシはポイントカードを持ってくるのを忘れてしまったし、ライトアップもさすがに疲れていたので諦めて帰ることになる。
自転車置き場で自転車を回収するとまず友人の家に立ち寄って荷物を置いてから、一緒に近所のグルメシティというスーパーへ買い物に行き、買い物をしてから帰宅となった。
16時半過ぎに部屋に到着し、荷物整理してから風呂に入り晩御飯は最近すっかりマラソン大会後恒例となった焼肉った。
そして夜は大河ドラマ龍馬伝ほかテレビを見たりして過ごすが、疲れもあって10時過ぎにはお開きとなる。
友人が帰ってからは再びテレビを見ながら晩御飯の残りの焼肉をビールと一緒に平らげ、1時ぐらいには寝る。疲れもあってぐっすり眠ることができた。
このマラソンがあってからしばらくした2011年1月に、「ひこにゃん」のグッズなど立体物の使用権を巡り、彦根市と原作者が対立している問題で、市がひこにゃんの立体物を使用したり業者に使用を許可するのは2007年に両者が交わした調停に違反すると、大阪地裁が認定したというニュースが報道されていた。
内容についてここで事細かに解説する気はないが、せっかく彦根市を訪れてできたひこにゃんのファンをがっかりさせるような結末にだけはなって欲しくないものだ。
今回のマラソンに参加し彦根城も訪れてあの着ぐるみがいかに人気に貢献しているかも実際見てよく分かったし、また来年も会えるようにと願うばかりである。
マラソン自体も運営はかなりいい形で行われていると思ったしコースもフラットで走りやすく景観も良いし、また大会パンフレットに付いている彦根城や博物館の観覧券のサービスは本当にいいサービスだと思う。
そしてこの次は八幡市民マラソンに参加予定のはずだったのだが、都合により欠場することになってしまった。その辺りはまた次に出た第1回大高緑地公園耐久ランニングフェスタ2010で詳しく触れたいと思う。