兵庫県は近畿地方に属する県の一つで、大阪・京都とともに関西地方の中心を成す都市だ。
旧国名としては播磨・但馬・淡路の全域と、摂津(残りは大阪府)、丹波の西半分(東は京都府)、美作(佐用町以外は岡山県)と備前(赤穂市以外はほぼ岡山県)の一部を含む全部で7つの国にまたがっている大きな県で、本州両端の青森県・山口県以外で唯一南北の海(日本海と瀬戸内海)に面している。
人口は全国7位の559万人(2010年11月現在)でこれだけ広範囲にわたる県であるため風俗や習慣の違いも地域によってはかなり異なり、方言などもその地域が近い大都市の影響を受けて微妙に異なっているらしい。
そして中国山地を挟み北部と南部ではかなりの違いがあり、瀬戸内海に面し県庁所在地の神戸市を有する南部は東海道新幹線が通り関西の大都市・大阪に近いこともあり関西のベッドタウンとして大いに発展すると同時に日本有数の重化学工業地帯として多数の工場を抱えるなど目覚ましい発展を遂げているが、中部から北部にかけては農林水産業を中心とした緑豊かな地域が多く過疎にも悩まされているそうだ。
人口分布も当然南部に集中していて150万を抱え政令指定都市となっている神戸市を筆頭に世界遺産・姫路城のある姫路市、今回の大会が開かれた甲子園球場のある西宮市、大阪に面し県の最も東に位置する工業の盛んな尼崎市、日本の標準時に当たる天文台のある明石市など、上位に来るのはすべて南部の都市だ。
観光名所はこれだけの広大な地域を抱えるためここで整理するのは大変だが、100万ドルの夜景といわれ神戸牛が美味しく六甲山や神戸港、有馬温泉などにも近い港町・神戸と世界遺産の姫路城は最低限押さえておきたいし、北部にある城崎温泉という名湯も捨て難いところである。
次に西宮市はそんな兵庫県の南東部に位置する人口約48万人(県第3位・2010年11月現在)の都市で、西は県庁所在地の神戸市に面し東は大阪のすぐ近くというまさしく「阪神」の間に挟まれる非常に交通の便の良い立地だ。
そんな好立地の条件もあってか市内には大学や短大なども数多く存在し学生で賑わう一方で、関西の財界人・文化人なども数多く住み、セレブが集う隣の芦屋市などとともに高級住宅地ともなっている。
そして何といっても一番有名なのはプロ野球セリーグの人気球団・阪神タイガースの本拠地として、また春と夏の高校野球の開催地として全国的に有名な阪神甲子園球場があることであろう。ちなみに以前は阪急ブレーブス(現在のオリックス・バッファローズ)という球団もパリーグに存在していたが、その際には西宮球場を本拠地として2つのプロ野球球団が存在していたこともあった。
阪神甲子園球場については野球が日本でメジャーなスポーツとしてすっかり定着していることから、知らない人はおそらくいないというぐらい有名であろうが、プロ野球阪神タイガースの本拠地として、また春と夏には高校野球の舞台としても使用されている球児たちにとっては聖地であり憧れの球場でもある。
阪神タイガースが大阪でも大変な人気球団であることから勘違いされがちだが球場があるのは大阪ではなく兵庫県西宮市で、大正時代に開始された高校野球(当時は中等学校野球)の人気の高まりを背景に本格的な野球場の建設の必要に迫られて1924年の8月にオープンした。
所有しているのはタイガースの親会社でもある阪神電鉄で、多目的野球場として野球以外のスポーツやイベントなどにも使用されている。
名前の由来は球場が建設された1924年(大正13年)が60年ぶりに十干と十二支の最初の組み合わせ「甲(きのえ)子(ね)」となる縁起の良い年だったことから。
その後第二次世界大戦の空襲や1995年の阪神大震災なども経験、近年のフルリニューアル工事を経て80年以上が経過した現在でも現役で活躍を続けている。
甲子園の名物としては高校球児が試合に負けた後によく持ち帰っている「甲子園の砂」や内野席の銀傘に昭和初期に増設されたという応援席のアルプススタンド、それに球場の周りを覆う蔦(つた)などがあるが、蔦については2007年からのリニューアル工事の影響もあり元の姿に戻るまでは10年ぐらいかかるらしい。
他にもタイガースの応援歌である名物の「六甲おろし」やライトからレフトスタンドに流れる浜風、タイガースの7回裏のラッキーセブンに盛大に上げられるジェット風船など、とにかく名物には事欠かない球場だ。
今回の大会は兵庫県西宮市、あの甲子園球場がスタート地点の大会ということもあり、京都からの日帰りでの出場を予定していた。
前回のあざいお市マラソンに引き続き友人と二人での参加で、自分は10キロ友人は3キロということでハーフではないので走り込み不足ではあったもののそんなに不安はなかった。
そして11月3日は水曜日で文化の日の祝日のため、前日は名古屋の仕事先で夕方まで作業をし、17時ぐらいに京都に向けて出発。
地下鉄とJR東海道線・琵琶湖線と乗り換えて無事到着し着いたのは21時ぐらい、それからいろいろと用事をして結局寝たのは1時から2時の間であった。
翌日、大会当日の朝は6時半に目が覚めた。睡眠時間は4~5時間ぐらいで最近の大会当日の朝としてはよく眠れた方だった。
起きるとすぐ友人に電話をし、朝食はボンゴレビアンコだがゆっくり食べている時間なく牛乳と一緒に食べていた。
そうこうしているとあっという間に時刻は7時半となり友人が到着。準備に手間取った上、つい先日ここ最近調子の悪かったパソコンを初期化したこともありスキャナーのセットUPができておらず、ピンチだったが落ち着いてセットUPして受付のハガキをスキャンしてデータ化した。
それからパスタの残りをかき込んで結構慌てて家を出発すると、最寄の阪急の駅まで歩いて移動し大阪梅田を目指す。
幸い出発予定の時間には問題なく間に合い、車内では記念撮影をしたり話をしながらの電車旅となり、あっという間に8時28分に梅田駅に到着したのだった。
梅田に到着すると今度は阪神電車で甲子園駅を目指すこととなり、ホームにあった告知板で阪神電車への乗り換えを調べると3階南改札口とあったのでその改札口をまず探す。
それから標識を見つつエスカレーターを降り阪神電車を目指すが、梅田はしょっちゅう来るのだが阪神は自分も20~25年ぶりぐらいで友人も乗るの初めてらしく、入口探すのに少し手間取ってしまった。
ちなみに前回のあざいお市でカバンがズボンのチャックに引っかかるアクシデントが2回もあった反省もあってか、この日友人の持ってきたリュックは昔使っていたやつらしいがたくさん物も入って両手もふさがらないのでかなりいい感じだった。そしてズボンもこの日はその時と違ったものをはいてきたとのことである。
幸い梅田には友人の娘さんの文化祭を見物に行くため先週来たばかりで阪神百貨店の位置もバッチリ分かっていたので、新梅田食堂街からヨドバシカメラの横を通ってトンネル的な場所(実際は高架下)を通るとすぐに歩道橋の向こうに阪神電鉄の文字を見つけることができた。
途中高架下の通路沿いにあるお店でザ・ぼんちのおさむが来店という告知があったらしいのだが自分は確認できず、歩道橋は登らずそのまままっすぐ進んでいく。
するとその先には地下へ行ける階段があり、更にそこを降りていくと前方に阪神電車の文字が見えてきたのだった。
「阪神」というと何となく黄色をイメージしてしまう野球好きの自分だが、青地に白文字の表示板が印象的だった。
それから改札近くの切符売り場で切符を購入するが、路線図の甲子園駅の所にタイガースの虎のマークが貼ってあるのには思わずニヤリとさせられた。
切符を買うと次の電車が8時40分発ですぐ発車のため急いで乗り込むことになる。
阪神に乗り換えるまで阪急梅田駅からだと徒歩8分と、自分がよく利用する駅探しサイト「駅探」では結構余裕そうな表示だったのだが、実際はかなりギリギリだった。
電車が出発すると途中淀川かどうか分からないが大きな川に差し掛かり、梅田のビル群が川に反射していい感じの光景の広がっていたのが印象的だった。
その後は甲子園は自分が小学校5年生の時に地元・愛知県の愛工大名電の甲子園出場を見に行った時以来だという話になる。
その当時は西武やダイエー、巨人などで活躍のピッチャーの工藤公康ではなくて中日や楽天で活躍の長距離打者・山崎武司ぐらいの世代で、名電には他にメジャリーガーのイチローもOBだなどという話をしていると電車はあっという間に甲子園駅に到着したのだった。
甲子園駅は思っていたよりは小さな駅だったが、ホームを見渡してみるとすぐ向こうの方に甲子園がはっきりと見えた。
そして駅のホームには当然のように阪神タイガースの選手の写真も飾られていて、さすがにタイガースファンの聖地だけのことはあるなと思った。
それから少し駅ホーム近辺の写真を撮ってから東口の階段を下りて改札へと向かう。
甲子園駅の前は大きな交差点になっていて、そこで少し信号待ちをしていると前方に大きなアサヒスーパードライの缶を模したオブジェが目に留まる。
そしてそのまん前に甲子園球場の門というかゲートと呼んだらいいのか入口のようになっている所があり、そこに今大会の地図の看板も掲示されていた。
そこからはもう明らかにマラソンに出場すると思われるランナーで賑わっていて、着替えをしている人もたくさんいた。
左手には男子更衣室もあったが、とりあえずまず受付をしようということでその先に見える高速道路の高架下に見えた受付所を目指してっまっすぐ歩いていく。
結構たくさんの人が出場するのだと思うのだが、高架下にはズラッと番号の書かれたプレートが見えその中から自分の番号に該当する所を探す。
幸い今回の自分のゼッケン番号はキリ番で分かり易くすぐに見つかりそこでゼッケンなどが入った袋と今大会の参加者の名前がずらっと入ったサンケイスポーツの新聞を受け取る。
隣だけなぜか人の行列ができていたのだが、自分の番号の所はまったく問題なくすぐに受け取ることができた。
その後来た道を引き返して男子更衣室の前まで戻る。そして更衣室少し前のあたりのスペースに陣取り、友人がゼッケンつけるの手伝ってくれている間に自分は下を着替えにテントの中に入っていった。
すばやく着替えを終えると友人の持参した今回のカメラ、まだ新たに購入して間もないことから慣れていないせいか露出の設定が上手くいかないらしく、以前使っていた別のカメラはこの日持ってこなかったので少し焦るが、何とか問題なく撮影できるようになったということでホッとする。
それからシャツも着替えランナーズチップをシューズの紐に装着して記念撮影も済ませ、腹ごしらえにバナナも2本食べた。
友人の方は朝食べてこなかったらしく、持参してきた進々堂のハムサラダロールの惣菜パンを食べてお腹を満たしていた。
その後トイレにも早目に行っておこうということで、自分がスーパードライ近くの看板まで戻ってトイレの場所を確かめに向かう。
すると高架下をくぐってその先にトイレがあることが分かったため、再び高架下の方に進んでいった。
もう既に開会式が始まっていたのは場内アナウンスで分かっていたのだが、まもなくメジャーデビューだというアイドルユニットが歌とダンスを披露していたので、左手に見えたステージの方にに少し寄り道する。ちなみにこの時点では名前も分からなかった。
そしてそのステージを挟むようにして左右の道にマラソン大会ではおなじみのドーナツ型のスタートのゲートが設置されていた。
更に左のスタートゲートの右横にはフジサンケイグループの目のようなマークもあって、レースが終わるまではちゃんと調べていなかったのだが今回のレースはサンケイ新聞肝入りの大会だということが分かった。
しばらく周囲の写真を撮影すると高架下の向こう側─甲子園球場が目の前にあるのだが、その手前にズラッと行列ができているのに気づく。どうやらトイレを待っているらしくすごい列にびっくりした。
それでもまだ9時27分と10時半のスタートまでかなり時間もあったので、自分が行列に並んでいる間に友人には甲子園の周囲の撮影に行ってくるようにと勧め、そこでいったん別れたのだった。
それから思っていたよりは行列も早く前に進んでいたのだが、しばらくすると友人から電話がかかってきて、球場をぐるっと回って奥の方にもトイレがあるのを発見したというので急遽今いる行列を離脱してそちらに向かう。
おそらく正面入口と思われる所から時計と反対周りに歩いていくと、タイガースの選手の写真がたくさん飾ってある道を通り、そこを過ぎるとミズノのマークが見える広場へと出てその広場の辺りで再び友人と合流した。
ただそこもよく見ると行列があって先ほどとほとんど変わらなかったのだが、今さら戻ることもできないのでそちらに並んで用を足すことに。友人は日陰は少し冷えることもあり、日向のところで待っていることになる。
後から写真の撮影時刻で見ると何とか9時40分過ぎにはトイレに入ることができていたらしく、用を足すと来た道を写真を撮りつつ戻っていく。
ちなみに甲子園名物として知られるツタがほとんどなかったのが少し残念だったが、これは時期的なものなのだろうか(後から調べてみると2007年からの改修工事の影響で伐採されており元に戻るには10年ぐらいかかるらしい事が判明したのだった)。時刻は9時50分ぐらいになっていた。
それから友人もトイレに行きたいと言い出したので、再び高架下のステージ前あたりまで戻り、そこから今度は時計回りに球場の外を奥へと進んでいく。
最初に待っていたトイレの横を通り過ぎて少し奥に行くとトイレのある14番ゲートが見え、トイレも無事に見つかったのだった。
もっとも球場の中に入っていかなくてはいけない上にどれぐらい混んでいるかも分からないので、そこで友人とは別行動となる。
自分はそのままスタート地点に向かって武庫川を目指して10キロ走るが、友人はトイレの後は10キロとハーフのスタートを見届けた後に阪神電車で武庫川駅で降り、3キロファミリーランの受付を済ませてから10キロのランナーのゴールを出迎えるという予定になっていた。
そんなこんなで一人となり再び高架下のステージの方へと戻っていく。
ステージではもう開会式は既に終わっていて、その後の準備体操も終わり女性アナウンスの方がいろいろと大会運営に関する注意や告知のニュースを読んでいた。
ランナーズチップを落としてしまった人もいるらしく、番号と名前を呼ばれていたのがちょっと印象的だった。
その後スタート地点のゲート周辺の写真撮影も済ませ、それからCの400~700番のプラカードを持っている人がいるのを見つけてそこが自分のスタート場所ということを確認し友人にそれを伝えようとするが、電話は留守電になっていてつながらなかったので、近くをいろいろと見て回る。時刻はようやく10時を回りあとスタートまで30分というところだった。
自分のスタート地点のすぐ横には給水所もあって、このあたりにもこの大会の準備と手際の良さが表れていた。
その後しばらく辺りをブラブラしつつ時間を潰し、20分前の10時10分にヴァームゼリーを飲んで体も動かし始め、それからステージ左側のスタート地点に並び、あとはそこでスタートの合図が鳴るまでじっと待っていた。
この点スタートのゲートからは少し後方だが、自分たちのゼッケンナンバーのポイントの中では前の方だった。
そしてCの400番からの一団だった自分たちのすぐ隣にはBの400番からの一団がいたのだが、どうやらそれは10キロの女性ランナーのグループだったらしい。
ちなみにAはハーフのランナーだったらしく、彼らはステージを挟んで右のゲートからのスタートになっていたようだ。
その後もう一度友人に電話してみたのだが、また留守電だったため仕方なくレース開始前に連絡するのは諦める。
ところがそれからスタート5分前のアナウンスがあり、スタート3分ぐらい前になってから友人の方から電話がかかってくる。
少しだけ話をしカメラを手に構えている場所も教えてもらったのだが、未知の場所だったため残念ながらはっきりとは分からなかった。
そして電話が終わるともうすぐに2分間…1分前と刻々とスタート時間が近づいていた。
そして予定どおり10時半にスタートの号砲が鳴り、ランナーたちは一斉に前方へと走り出していく。
道は狭くはないもののランナーの数が半端ではないので、焦らず最初は流れに任せて慎重に進んでいった。
ゲートをくぐってすぐの所が甲子園という名前の交差点になっていて、そこを右に曲がっていきハーフのランナーたちとも合流するので、さらに大人数になって道を進んでいくことになる。
ちなみにゲートをくぐった時間は今回はちゃんと計測できていって、スタートから37秒後のことだった。
そこからはしばらくまっすぐの道が続き、沿道にはたくさんの人が声援を送ってくれていた。
そして友人はというと少し先の方でカメラを構えて待ってくれていたのだが、気づいたのが結構ギリギリだった上に自分は大きな通りの真ん中あたりを走っていたので声をかけることができる状態になかった。
結局残念に思いつつもそのまま先を進んでいくことになるが、後から聞いてみたがやはり友人の方からも自分を見つけることは難しかったようだ。
幸いこの日は天気はずっと快晴で、気温も最高が16度ぐらいとマラソンには最適なコンディションとなった。
そして最初の通りは後から調べると甲子園筋という名前だったのだが、道幅が結構広いのに加え交通整理で両車線とも通行止めにされていたので、大人数でもそんなにきつくは感じなかった。
自分はその通りの真ん中の両車線を仕切るコンクリートのブロックの上を少し走ったりしていたが、そこは人がいなかったのでかなり走りやすかった。
そして今回はとにかく前回のハーフでゆっくり入り過ぎて最後大失敗したこともあり、また1キロ毎に表示が今回はあるということで、かなり飛ばして最初の1キロを迎える。
1キロの表示は白地に黒い文字で大きく看板に書かれ、それが木にくくりつけてあって非常に分かりやすかった。
手元の時計では5分10秒ちょっとで、1キロ5分を大きく切る自分にとっては少しオーバーペースかなというタイムだった。
以後も1キロ毎の表示では必ず写真撮影をしてタイムも計ったのだが、8キロ過ぎまでは5分を少し切るか上回るかのいいペースで走ることができた。
そしてここからは感覚的な記憶しかないのだが、あとで地図を見返すと1キロ地点を通過して少しの所で左に曲がっていて、そこからまたしばらくまっすぐの道が続いている。そしてその途中に2キロ地点があった。
2キロの表示の周囲は団地が多く、確か川はまだ見えなかったと記憶している。ここまでの1キロも4分50秒ぐらいで非常にいいペースだった。
2キロ地点を過ぎるとすぐに左に曲がりまたしばらくまっすぐ進むが、そこは浜甲団地通りというらしい。どうやらその手前にあったのはこの通りの名前にもなっている団地のようだ。
そしてその通りをしばらく進んでしばらくしてから右に曲がり少し進んだ所が3キロ地点だった。
この3キロの表示のあたりは少し坂になっていたと記憶しているが、今大会はほとんど坂のないフラットで走りやすいコースだった。この1キロはほぼ5分のペースでまったく問題なかった。
それと確かこのあたりだったと記憶しているのだが、団地前に緑色のユニフォーム姿の小学生がズラッと沿道に並んで応援してくれていて、自分にとっては初めての経験だったのだがハイタッチもしたりして非常に元気づけられたのは今でもよく覚えている。
そしてこのあたりから前方の方に堤防のようなものが見え徐々に川の近くを通っているような雰囲気になってきたのだが、後から地図で見てみるとここのすぐ近くに鳴尾川という川が流れていた。
3キロ地点を過ぎてすぐに右に曲がっており、地図上だと鳴尾川に沿って南へと下っている。
4キロ地点のあたりでは左が住宅地になっている一方右は緑が生い茂っていて、その向こうはどうなっているか分からなかったのだが、どうやら鳴尾川だったらしい。
そして4キロ地点の計測はまたしても1キロ5分ちょうどぐらいのペース、相変わらずペースが落ちることはなかった
4キロ地点の前後で再び左に折れるのだがその後は東の方へずっと進んでいく。この辺りも左手に住宅、右手に緑が見えるという光景が続いていた。
そしてその途中でようやく5キロ地点に到達。この1キロは5分8秒と少し落ちたが、中間地点を過ぎるとすぐに給水所が待っていた。
給水所は水しかなかったと思うが、予想どおりランナーたちが殺到したものの机も長めに並べられていて冷静に奥の方に進めば進むほど楽に水が取れた。
まず最初の1杯をごくごく飲み、もう1杯取ったものは腕と体に少しかけてから、残りは全部帽子を取りそれにかけた。
幸い思ったより暑くなくびしゃびしゃになるほどかける必要もなかったのだが、給水はこれ1回きりなので、後悔しないようにしっかりと給水することができた。
そして給水が終わるとすぐに高架下の道を通り、少し左カーブになっているあたりを通り過ぎると、そこからはもう右に堤防のようなコンクリートの壁がずっと続く道に変わり、ゴールの武庫川が近づいていることを感じさせた。
6キロ地点はその堤防横の道の途中で迎えたのだが、やはりというか想像通りといったらいいのか、給水の影響もあって5分27秒とここで少し5分ペースよりも遅れが生じてしまう。
それでもこれは給水の影響だと冷静に分析し、今までのペースを崩すことなく走り続けていくことができた。
するとそれまで高いコンクリートの壁に遮られて見えなかった壁の向こうが徐々に見えてきだし、川の流れが視界に現れてきたのだった。これがゴールのある武庫川だった。
それから前方のランナーたちが河川敷の方に降りていくのが見えてきて、アルファベットのZの文字のような感じでまず右に曲がって坂を下り、さらに左に曲がっていく。
そして曲がった直後に7キロ地点の表示があり、この1キロは5分10秒でカバーしていた。
この時点であと3キロとなった訳だが、ここからは完全に武庫川の河川敷を走ることとなり下はアスファルトではなくすべて土に変わる。
松の木も見えたりで景観はいいし川沿いを走るのは気持ちがいいが、この日は少し冷えていたこともあって夏のような喜びはなかった。
そして2・3分走るとゴール地点のドーナツ状のゲートが見えてきたのだが、まだまだ距離があるのにおかしいなと思っていたら、どうやらこれは3キロファミリーの部門に出場する方たちのスタート地点のゲートだったようだ。
よく見ると左側にもう一つ同じ形のゲートが見え、そちらがすべての部門のゴール地点だと分かる。
そしておそらくこのまま川沿いをずっと奥に進んでいき、ある場所で折り返してそのゲートまで戻ってくるという残りのコースの経路も分かった。
ゲートをくぐってまた2・3分経過した所で8キロ地点を迎えるが、ここの1キロは4分54秒とまた1キロ5分を切るいいペースに戻った。
それからほどなくして前方から折り返してこちらに戻ってくるランナーたちの姿が見え始めるが、いつものことだがこれは正直精神的に結構しんどい。
それでも粘り強く足を進めていくと遂に折り返しという文字の入った赤いコーンが見えてくる。
そしてここでハーフの人たちは更に前方へと進んでいくのだが、そのほんの少し先に9キロの表示があった。
ただ10キロの人たちはそこまで行かずに折り返すので、正直9キロのタイムは正確には測れなかったのだが、ポールの手前で4分56秒ぐらいだったので、5分10秒は切っていたと思う。
ここまで来れば残りはあと1キロ、先ほど見えたゴール地点まであとはまっすぐ進んでいくだけだ……とその時はそう考えていたのだったが…。
そこからは川沿いの土の道ではなく松の木の下の少し芝生のようになった場所を走っていく。
そして木の枝のおかげでコースは日陰になっていてもっと暑い時期ならかなり癒されるであろうが、この日は暑さはまったくといっていいほど感じなかったので、ありがたいとは思わなかった。
ただそこからの1キロはやけに長く感じた。しかも2分ぐらい進んだ所で残り1キロという表示が確か見えたので、最初「えっ?」と思ったのだが、ゴールした時刻を見るとあの折り返しのポールからゴールのゲートまで7分以上(ゴール直後に撮影しなかったので正確には計算できないのだが7分30秒ぐらい)かかっており、前回のあざいお市マラソンに続き何だかまたしても釈然としないゴールとなった。
それでも52分46秒というまずまずの好記録でゴールを向かえ、ネットタイムでは52分09秒。
ゴールをくぐった直後はハイペースだったせいか少し息が弾んだが、久しぶりに充実したレースをすることができて大満足だった。
そしてゴールしてから少し歩いていくと友人がカメラを手に出迎えてくれてホッとする。
少し言葉を交わしてからそのまま前の方に進んでいき青いテントのドリンクサービスでヴァームの500mlを受け取ってから、ランナーズチップをシューズの紐から外して返却し、周囲の写真を撮りつつ友人のいた方へと戻っていく。
しかしもう友人はその場にはおらず、電話をかけるとドリンクサービスの更に奥にある参加賞のTシャツを配る近くにいるということが分かり慌てて引き返すこととなった。
それから赤いコーンがたくさん積んでいるあたりで再び合流し、完走の記念撮影を済ませると参加賞の引換券を持ってTシャツと交換しMサイズとLLサイズと2つを受け取る。
それから例の阪神甲子園前のステージでもスタート前に歌っていたアイドルユニットがこの会場でも歌を歌い始めたので、それを写真に収めようとゴール地点付近まで戻っていく。
後で調べてみるとこのアイドルユニットは名前をJK21といい、「JAPAN KANSAI 21世紀」の略で2008年に21人で結成され関西地方を中心に活動している女性アイドルグループということであった。
関西を元気にするというコンセプトで関西在住の女子中高生と大学生で結成し、メジャーデビューを目指して関西各地のイベント出演に多数出演しているらしい。
2010年12月15日にシングルCD「I・愛 KANSAI」でメジャーデビュー予定とのことで、会場でもそう宣伝していたのを覚えている。
そんな彼女たちのステージの周囲にはおじさんやら男性陣がごった返していたが、自分はその後方あたりから写真を何枚か撮り、動画も一応撮影してからまた赤いコーンの方に戻っていった。
ここまで来ると自分の方はようやく落ち着いた気分になったが、友人の出場する3キロの部はまもなくスタートということでゼッケンをシャツにつけて上を着替えに更衣室に向かう。
自分も少し時間があったのでそこで上と靴を着替え、更に友人がトイレの行列に並んでいる間に荷物を全部持って更衣室に向かい、下も着替えた。
それから更衣室を出ると友人がトイレから戻ってくるのを待っていたのだが、するとゴール付近のステージでは今回の特別協賛のニッポンハムのキャラクターたちが「ハムソーセージ食べたいな」と歌を歌いながら踊り、更に3キロの準備体操も始まったのだが、それがマイケル・ジャクソンのスリラーの音楽に合わせてやっているのがアナウンスで聞こえてきて、ちょっと気になったが結局見に行くことはできなかった。
友人がトイレから戻ると時刻はちょうど12時でスタートまであと30分となっていた。
友人のスタート前の記念撮影してからスタート地点のゲートの方に向かうが、すると近くのステージ前あたりにニッポンハムのキャラクターと思われる緑色の物体が。
名前はソーセジータというらしいが、子供たちから一緒に撮影をお願いされたり人気を集めていた。
ただ中の人は着ぐるみから外が見えないのか連れの若い女性スタッフに誘導されて慎重に歩いているようにも見えたのには苦笑いだった。
それから3キロファミリーランのスタート地点に向かう。こちらもゼッケン番号毎にスタートのプラカードが掲げられていて、友人は400番台だったが少し後ろの方だった。
ここで預かっているキャノンEOS-5Dでの撮影も本格的に開始し、いい写真をいっぱい撮影できたと思う。
そしてスタート15分ぐらい前、並んでいる時に友人のすぐ前の主婦ランナーの方のズボンが知り合いがよく履いているピンストライプのピンクの3本線も同じなのを見てちょっとビックリするというハプニングもあったが、それからスタート5分前ぐらいまで近くにいて、エールを送ってから自分はスタート地点の前の方に陣取りランナーたちが走り出すのを待つ。
周囲の写真も撮影し、更に場内アナウンスで紹介のあったピストルを持ったスターターの年配男性と旗を持った年配女性の写真も収めると12時30分予定通りに3キロもスタート。
ところがスタートするとあまりにたくさんの人がゲートに押し寄せて誰が誰だか分からないほどの混雑ぶり。
必死に探すが結局友人を見つけることはできず、やけくそ気味にランナーが一団となって駆けていくシーンは何枚か撮影したのだった。
それから3キロのランナーたちのゴールまでは18分ぐらいはあるのでまたステージ近くに戻ってみる。
するとステージ上ではハーフの部であろうか表彰式が行われていて、更にステージ周辺には今度は先ほどは緑のソーセジータしかいなかったニッポンハムのキャラクターが、3体増えて4体になっていた。
相変わらずの人気ぶりだったが、なかなか4体が揃ってくれないので写真を撮るのには苦労した。
その後まだ時間があったので奥にあるニッポンハム主催の食べ物コーナーにも様子を見に足を運んでみる。
そしてそうこうしているうちに時間が近づいてきたのでゴール地点に移動し、ゲートのすぐ横の場所がちょうど空いたのでそこに陣取った。
それから時計友人に貸していたので携帯電話で時間を確認しつつカメラを構え慎重にランナーを確認しながら待っていたのだが、18分を過ぎたあたりから緊張してチェックすると向こうの方から一生懸命ゴールを目指す友人が見えてくる。
その後はひたすらシャッターを押し続け、友人も自分の方に気がついたらしく、最後はガッツポーズで締めくくってくれた。
それから友人はドリンクサービスの方に向かったので自分もそちらに移動し、再び合流を果たすと完走を祝して記念撮影を行う。
そして友人が更衣室で着替えを済ませると、13時に例のアイドルユニットJK21がまた歌を歌い出したので今度は友人のキャノンEOS-5Dを借りて撮影をする。
12月にメジャーデビューらしいが、果たして売れるのかどうかそれは神のみぞ知るといった所だ。
撮影が済むとお腹も空いていたのでニッポンハムの食べ物コーナーで食事をすることになり、友人に場所取りをお願いし自分は食券を購入する。
ほとんどの食べ物注文したのだが、ただ一点ビールが売り切れと聞いて残念極まりなかった。
席につくとまずタルタルドッグ200円を取りにいくが、こちらは並ぶこともなくゲットできる。
すぐ次に焼きソーセージの盛り合わせ200円だが、こちらは少し並ばされた上、どうやらソーセージ自体もう品切れになっているらしく、タルタルドッグで使っていたソーセージを代用して出していると断りがあった。
仕方なくそれをもらい席に戻るが、自分たちが商品を受け取るとすぐにこちらも品切れになったらしく、ソーセージの看板自体を下ろしてしまった。
そこでいったん商品の受け取りをストップしてとりあえず食事にありつくことに。タルタルドッグもソーセージもなかなか美味しくヴァームを飲みながらの食事になった。
続けてスイートポテトをゲットするために友人が並んでくれるが、ここでソーセージの盛り合わせで感じた嫌な予感が的中し、少し手前の所で品切れになる。
正直言って手際がちょっと悪いというか、これだったらわざわざ食券を買う意味がまったくない。
100円ごと何にでも使える食券ではなく、料理の名前の入ったチケットでそれを買ったら必ず食べられるようにしないと食券の意味がないと思わざるを得なかった。このあたりは来年も同じ企画をするようなら是非改善をお願いしたい所だ。
仕方なくそのまま友人は次のだんごうどんに並んでくれたが、正直こちらも大丈夫かと不安になる。
そこで途中で自分が交代して並ぶが、何とかこちらは数も多かったようで無事にゲットできた。
一方ビールはまだ一応あって冷やしてなかったらしいのだが、こちらも後で行くと結局品切れで100円の食券は返金してもらうことになる。
ビールについては自分たちのすぐ前の席の人が5缶も飲んでいるのがテーブル上にあり、こういう人たちのせいで品切れになったのだなあと苦笑いだった。
その後残しておいたソーセージ2本も食べ、それから頂いただんごうどんはこの頃には少し曇りになっていて寒くなりかけだったので結構温まって美味しかった。
食べ終わると武庫川の写真を何枚か撮影し、それから抽選会の当選番号も確認したがやはり当たっておらず、それを見届けると時間も14時を回っていたので帰りの途につくことになった。
会場を後にすると友人と二人で歩いて阪神電鉄の武庫川駅を目指すが、途中でおばちゃんランナーから駅はこちらでいいのかと訊ねられる。
10キロの部に出場した自分は行きは甲子園駅で降りて走って武庫川まで来ているので正直分からなかったのだが、3キロの部に出場した友人は自分と別れてから電車で武庫川駅に移動していたので分かっていて大丈夫だと請け負ってくれた。
それから切符を買って改札を通るとしばらく歩くことになる。やけに長いなと思っていたら武庫川駅のホームはなんと川の真上だった。たぶん川の上に駅があるのは珍しいのではないであろうか。
しかし川の真上、橋にかかる駅のホームというのは11月上旬という時期的なものもあり風がスースーしているようで何だか寒く感じた。
それでも上から川を見下ろすとボートも出たりしていて風情はあった。
ホームに着くとすぐに各駅の普通電車が来るが、時間がかかりそうだったのでそれはスルーして奥に進みベンチで座っているとオレンジ色の電車が来る。
14時30分発の急行梅田行きで、それに乗って梅田まで戻ることとなった。
幸い席にも無事座れて、帰りは次のマラソン大会どれに出場するかなど話ながらの電車旅だった。
そして帰りも梅田のビル街が川に反射していい眺めを再び拝むことができた。
梅田に到着したのは14時44分ぐらいで、疲れはないかと思ったが右のふとももの付け根あたりを中心に筋肉痛もあった。
最初は梅田のオフィス街で写真撮影をしようという話もしていたのだが、スーツも持ってきておらず撮影もしづらいのでそのまま阪急で戻ることになる。
そして移動廊下を通っていくと行きに来た改札に再び戻ってきて、そこで阪急の切符を買う。
目の前にはこの年の朝のNHKドラマ「ゲゲゲの女房」の主題歌が大ヒットとなった人気アーティストのいきものがかりのベスト盤の看板のあるCDショップがあり、その手前にある嵐山のもみじ祭りの広告を友人が見ていたが、同じ日に彦根マラソンがあるので行けないのが残念だった。
それから改札を通り、15時ちょうど発の河原町行きの特急に乗車。席も少し奥にいくと平日は女性専用車両にあたる席に2つ空いている所があり、座って帰ることができた。
帰りは疲れも相当溜まっていたようで、京都産業大学の中吊り広告を眺めたりもしていたが、2人もウトウトしていて少し寝ていた時間もあった。
そして15時45分に最寄駅に到着し、近くのグルメシティというスーパーで買い物をしてから帰宅する。ただキムチと焼肉のたれがないことに気づき後でもう一度別のスーパーに買い物に行くことになってしまったのだが。
部屋に戻ると疲れもあり6時ぐらいまで休憩をしてから、晩御飯の準備をした。
それから日本シリーズのロッテ対中日戦を見ながら晩御飯に焼肉を頂くが、あまりにふがいない試合で途中でチャンネルを替えてその後は池上彰の学べるニュースを見た。10時前にお開きとなったが、夜は結構寒かった。
友人を送り帰宅すると何と日本シリーズはまだやっていて見ながら晩酌をすることに。
中日ドラゴンズはさんざんサヨナラ負けのピンチを紙一重で切り抜け、11回表に大島選手のセンターオーバー3塁打でついに勝ち越し。高橋投手からリリーフの岩瀬投手への継投で1点守りきり勝利、何とか対戦成績を2勝2敗として本拠地ナゴヤドームに戻れることとなった。
試合が終わったのは何と11時ぐらいで、それから帰りに阪急梅田駅改札前のCDショップでチラッと見たいきものがかりの出演する音楽番組をチラッと見てから1時過ぎに就寝となった。
今回初めての兵庫県でのレースとなり、甲子園球場にも20年から25年ぶりぐらいで行くことができ感慨深いものがあったのだが、レース自体はまずまずの好記録が出ただけでなく自分の思い通りのレースができたことで大満足だった。
甲子園球場はスタートだけでゴール地点は武庫川会場だったこともありじっくりとは見られなかったし、中はまったく見ることはできなかったのであるが、比較的家からも交通の便はよくて時間もそんなにかからないことが分かったので、来年あたりは野球を見に甲子園に行ってみたいとも思っている。
そして次の彦根で開催される彦根シティマラソンはもう11日後ということであっという間に当日を迎えるであろうが、10キロで気が楽とはいえできる限りいい形で調整をしてレースを迎えたいと思う。
彦根自体は名古屋と京都を行き来する中で最近しょっちゅう通っているのだが降りるのは初めてであるし、彦根城とその城下町の見物だけでなく最近人気のゆるキャラ・ひこにゃんにも会えるということもあり今から楽しみだ。