今回のかっとび伊吹が開催されるのは滋賀県米原市内にある伊吹山で、標高1200mを駆け上がり伊吹山山頂を目指すという、いわゆるトレイルラン、自分にとっては今までにないタイプの大会だ。
まず滋賀県についてまとめると、滋賀県は日本列島の真ん中あたり、近畿地方の北東部に位置する県で、総面積は4,017.36km2、人口約140万人(2010年8月現在)。令制時代の旧国名は近江で、県庁所在地は琵琶湖西岸に位置する大津市である。
滋賀というと何と言っても一番に思い浮かぶのは滋賀県の面積の6分の1を占め、日本一の面積を誇る琵琶湖であるう。湖の水は工業用水や近隣府県約1400万人の飲用水になっているだけでなく、県のシンボルとして湖内のクルージングや花火大会などのイベントの開催、釣りなどの観光資源としても貴重な存在だ。
また京の都からも近いため歴史的にも東海・北陸を結ぶ交通の要所として重要視され、戦国時代にはこの地を押えた織田信長は経済的にもかなり優位になったし、1576年には天下布武の総仕上げとしてこの地に安土城も築いている。
更に遡ると飛鳥時代の7世紀中頃には天智天皇により、大津に都が置かれたこともある(大津宮)
次に地域構成を見てみると、県の中心に位置する琵琶湖を中心に見て、湖南・湖東・湖北・湖西に分けられる。県庁所在地の大津や草津などを中心とする湖南地域と若狭湾や北陸地方と隣接する高島市を中心とした湖西地域は京都に非常に近く関西文化が色濃く、現在も京都市や大阪市のベッドタウン化が進んでいる。
一方ゆるキャラの代名詞として知られるあの「ひこにゃん」で有名な大津に次ぐ県内第2位の都市として栄えた彦根市のある湖東地域と、今回の米原市のある湖北地域は県東部に位置している。
その東部は岐阜県に隣接することから中部圏の文化も若干混ざっているらしい。日本における東西文化の境界線はこの滋賀県東部からお隣の岐阜県関ヶ原ともいわれ、関ヶ原というのは1600年、あの東軍西軍に分かれた天下分け目の戦いの舞台となっただけでなく、東西文化の分かれ目の場所でもあるのだ。
そして米原市であるが、前述の通り滋賀県北東部、湖北地域に位置する人口約4万人(2010年8月現在)の都市である。
古くから交通都市として有名で、中山道と北陸道の分岐点として発達し、現在でも名神高速道路と北陸自動車道の分岐点となる米原JCTがあるほか、JR北陸本線の起点でもあり、また米原駅は県内唯一の東海道新幹線が停車する駅でもある。
気候は日本海側気候や東北地方の気候と似ており、冬季は雪が多い豪雪地帯で、冬に新幹線で京都~名古屋間を通るとよく雪が降っている光景を目にすることが多いが、あれは大抵米原のあたりだ。
そして岐阜県との県境をなす市の東部には今回のマラソンの舞台ともなった伊吹山がある。
伊吹山(「いぶきやま」「いぶきさん」)は滋賀県と岐阜県の県境にある山で、伊吹山地の主峰をなす標高1377mの山である。
滋賀県側には日本一の大きさを誇る琵琶湖が、そして岐阜県側にはあの天下分け目の合戦の舞台となった関ヶ原を見下ろすことができるという壮大かつ抜群のロケーションを誇り、中京圏からも京阪神地区からそれほど遠くない上に、東海道本線や名神高速道路などもふもとを通っていることから観光地としても人気が高いそうである。
加えて山頂にはたくさんの野草や高山植物が花を咲かせる自然の宝庫で、日本百名山および新・花の百名山にも選定されており、また古くから霊峰とされ、日本武尊(ヤマトタケル)が伊吹山の神との戦いで傷を負ったという伝説が残されており、山頂にはその日本武尊の像が祀られているなど日本の歴史を語る上でも欠かせない山の一つだ。
岐阜県関ヶ原の方面からは山頂近くまでの伊吹山ドライブウェイが開通しており手軽に登れる一方、米原方面からは上野登山口を経て伊吹山スキー場の中を通過する登山道となっており、こちらは本格的な登山をしたい方にオススメのコースだ。
そして今回の「かっとび伊吹」だが、米原市の開催ということもあってきちんと舗装された伊吹山ドライブウェイは通らずに後者の「本格的」な登山コースが舞台となっている。そのため当然かなりの困難が予測された訳だが…
今回の舞台は米原市だが、スタート地点となる大会会場へは米原駅の2つ岐阜側となる近江長岡駅からシャトルバスが出ている。
どちらにしても米原近辺は京都と名古屋の中間ぐらいにあるため、どちらから行ってもかかる時間に大して差はないのだが、今回仕事の都合で当日京都から米原へ向かうことになり、帰りはそのまま名古屋に戻るという形をとることになっていた。
そのため前日は京都に滞在していたのだが、9時前に友人に電話しそれから少しPCをいじって10時半前には寝る予定だったのだが、最近の傾向どおりなかなか寝付くことができず、カップアイスやボンゴレビアンコのパスタを食べつつPCをいじったりこの日放送されていた24時間テレビを少し見たりしていた。
結局夜中の3時ぐらいまで起きていたかもしれず、睡眠時間は1時間ぐらい寝れたか寝れなかったかぐらいのまたしても睡眠不足状態でのレースとなってしまったのだった。
いよいよ8月29日日曜日の大会当日、起きたのは5時過ぎぐらいでボンゴレビアンコのパスタの2つ目を平らげてから5時50分過ぎに部屋を出発歩いて京都駅へ向かう。
これだけ聞くと相当な早起きと思われるかもしれないが、自分的には京都から名古屋に当日移動する際には最近5時出発ということもよくあるので、実はそれに比べたらかなり楽な出発時間だった。しかもその際にいつも通っている通勤コースなので、まったくといっていいほど緊張感もなかった。
6時25分ぐらいには京都駅に到着し、切符買ってから琵琶湖線の乗り場である2・3番口へ向かう。途中には最近本当によく目にする鷹の爪団のポスターが見えてまたもやニヤリとしながらしっかりカメラにも収めておいた。
そして予定どおり6時34分発の琵琶湖線で米原駅を目指すことになるのだが、思っていたより結構混雑していて補助椅子にしか座れなかった、部活の学生もたくさん乗り合わせていてお互い休日の朝から大変ご苦労なことである。
途中ミステリーの文庫本で読書をしつつ7時40分過ぎに米原駅に到着。ここで東海道線に乗り換えるのだが、8時1分発の大垣行き乗車のため20分ぐらい待たされることになるのだが、いつもの経路なのでまったく動じることも心配することもなかった。
出発時間の5分ぐらい前に列車が到着し、こちらは空いていて問題なく座ることができた。近江長岡駅までは10分ぐらいなのだが、ここで持参してきたもりうどんを食べてヴァームを飲む。
この後はどこで食事できるか分からなかったからだが、それにしてもパスタ2つにうどんとよく食べるが、最近レースの後半でお腹が空くことが多いし、今回は過酷なレースということもあって念には念を入れて栄養はしっかり摂っておいた。
8時12分ぐらいに近江長岡駅に到着、いつもは通過するだけの駅なのだだが降りてみるとやはり小さな駅で売店もない。
しかも階段を降り改札に向かうとそこには自動改札もなかったのだが、この日だけは大会出場者で妙に混雑していたため、駅員の方は切符をチェックしたり乗り越しの精算をしたりで手一杯の様子だった。
自分も切符を置くと迷惑にならないように足早に外に出る。改札口には「ようこそ伊吹山へ」の看板が大きく掲げられていたのが印象的だった。
駅の外に出ると、もうすぐ目の前に西武ライオンズマークのバスが2台と他にもバスが停まっていて、大会スタッフの方も交通整理と案内に忙しい様子だった。
そして本当は駅周辺も何枚か写真を撮影したかったのだが、雰囲気的にバスがすぐ出発しそうであったため係員の誘導に従って「6号車」と書かれたバスに乗り込む。
8時15分過ぎには駅を出発だったので着いてすぐだったと思うが、結局帰りも携帯電話の充電切れのために写真が撮れなかった上に疲れも相当あったのでゆっくりする時間なく、この近江長岡駅周辺についてはあまり撮影できなかった。
バスでは左側の真ん中あたりに座ったのだが、出発してほどなくするとすぐにバスの窓の向こうに高い山が見えて来る。
どうやらあれが伊吹山らしいのだが、しかしあの頂上まで登るのか…と思うと正直大丈夫なのだろうかとこれからを心配せざるを得なかった。
駅を出発して10分ぐらい経過した8時27分ぐらいに大会会場に到着する。目の前にはスタートの丸いゲートとそこに向かって旗がなびく光景が見えてきて、段々と興奮してくるのが分かった。
バスを降り少し辺りを撮影した後、体育館のような広い室内で着替えている人がいて、その横に大会受付の机があり人も結構並んでいた。
さらにその向かいにトイレがあったのだが、この日はまだ用を足していなかった上に少し行列ができかけていたので、受付よりも先にトイレに行くことにする。
ところがこれが大正解。結局受付を済ませたのが8時50分過ぎだったので、15分から20分ぐらい待ったことになる。小はいいのだが大は一つしかないので、混雑も当然だ。これはちょっと頂けないと思わざるを得なかった。案の定自分の後ろにはズラーっと人の行列ができていて、あの自分より後の人たちは更に大変だったと思う。
その後受付では参加賞のTシャツと大きな封筒を受け取り、それから体育館のような大きな広場に入る。下は砂なのであまりきれいではなかった。
室内では端の窓に沿う形でズラッと人が陣取っている一方で、真ん中は全然人がいないのが妙に印象的だった。
自分はその空いている真ん中のスペースの少し右奥の辺りに座ってゼッケンをつけ着替えを始める。もっともゼッケンを付ける必要のあった上のシャツ以外は既に着替えていたのでそんなに時間はかからなかった。
着替え終わるともう時刻は9時を回っていて、確か9時10分までに荷物預かり所に預けるような事を言っていたので、慌てて抽選券を抽選箱に入れて、タグをバッグにつけて預かり所に向かう。
預かり所のには大きなトラックが停車していて、そのトラックに荷物を入れて山頂付近まで運ぶ手筈になっているらしい。この大会はゴールが山頂なので帰りにスタート地点に戻ってくる必要のない人もいるのだ。
自分もゼッケン番号を書いてもらって荷物を預けると、もう手元には帽子と愛用の黄色いタオルとヴァームゼリーと携帯電話と貴重品をまとめた白い小さな袋、それにレースの水分補給用のヴァーム1本しかないという状態だった。
この日は大変な暑さになったこともあり、その後は何とか日陰にいたりしてヴァームは最後の最後まで取っておくように心に決めるのだった。
その後スタート地点の辺りを撮影、近くには太鼓も置かれ、これがスタート前の名物らしいのだがまだ演奏する人はいなかった。
時刻が9時10分を過ぎると、開会式を行なうということで奥の芝生広場へ行くように場内アナウンスが流れる。
ぞろぞろとランナーたちが芝生広場へ向かうともう既に式は始まっていて、舞台の上にはお偉いさんも何人かいた。
暑さもあるので自分は木陰になっている広場の一番奥の、少し高くなっていて広場を見下ろせる土手の上に登り、そこでラジオ体操とストレッチをする。
そして今回は高地でもあるしずっと上り坂ということもあってまったくレース展開も予想できないので、とにかくいつも以上にしっかり準備体操をするよう心がけた。
それから米原市長の挨拶の他に数人が挨拶し、大会スタッフの方が気温が大変高くなると説明するなどして、15分ぐらいで開会式は終了しランナーたちはスタート地点へと引き返す。
ところがその途中に水道があって、最初は何の気なしに通り過ぎのだが、ハッとして振り返るとランナーたちが大勢頭から水を被っているのを見てしまったと思う。
なぜならこれだけの暑さだとスタート前から帽子やシャツなどをできる限り水で濡らしておいてもまったく問題ない、というより絶対やっておかなければいけないことだったからだ。
それで自分は慌てて受付前に寄ったトイレにもう一度向かい、そこの洗面所で帽子を濡らし体にも水をかけておいた。
それからスタート地点に向かったのだが、途中には幸いホースもあってそこでも人が水を求めて争っていて、ヤバいぐらいの暑さになりそうだなと確信する。
スタート地点にはもうかなりの行列ができていたが、自分は日陰になる位置に上手くつけることができたので、スタートの時間までそんなに体力消耗せずに済んだ。
もっともあれだけの人ごみの中なのでそれだけの対策をしても結構暑かったのは間違いない。
そしてそれから9時40分のスタートまで10分から15分ぐらい待つことになるのだが、その間大会スタッフのアナウンスなどがあって、それから「かっとべ、かっとべ伊吹」のコールがあり、更に太鼓の演奏があったのだが、スタート地点のランナーたちに埋もれた状態ではまったく視界にも入ってこないので、どんな様子かまったく窺い知ることもできなかったのは残念だった。
そして緊張の中9時40分にスタート。ランナーの数に比べて道はそんなに広くないので転倒などしないようにゆっくりゆっくりと前へ進んでいった。
ネットタイムは-25秒。スタート前にはまったく見えなかった太鼓の人たちの写真も何とか前に進みながら撮影に成功し、しばらく進むと左に折れた。
ところがそこで意外なことが起きる。左に折れると目の前に現われた最初の道は何と下り坂だったのだ。
標高差1200mを駆け上がるレースで下りはほぼないと聞いていたため、さすがにこれには面食らった。
しかしそれでもこの年2月の宇治川マラソンで最初の下りでいきなり飛ばし過ぎるとバテるという教訓もあったし、この日は絶対無理しないと心に決めていたので、さほど飛ばさずにゆったりと入っていった。結果的にこれは正解だったのだが。
もっとも下りはすぐに終り、スタートから5分くらいは比較的緩やかな傾斜で進んでいく。
しかししばらくして目の前に伊吹山がどんと視界に入ってきたあたりから徐々に登り坂が始まっていったのだった。
それでもまだまったく問題ないレベルだったのだが、しばらくすると神社の入口のような階段が見えてきて、ランナーたちがそこを上っているのが見える。時刻は9時49分だったからスタートしてまだ10分も経っていなかった。
そこは三之宮神社といって伊吹山の登山口になっている場所らしく、そう、ここからが山登りの始まりだったのだ。
それにしてもこれまできつい坂というのは何度かあった気がするが、「階段」というのはマラソン大会のレース中では初めてだったと記憶している。
そして確かここでいきなり最初の給水があり、それを終えると山歩きというか林道の中をずんずんと登っていくコースに急変する。
傾斜も当然きつくなり、ここから早速歩き始める人もいた。
自分も正直坂は元々得意でない上に無理はできないと確信していたので、かなりゆったりとしたペースで坂を上っていき、当然のようにかなりのランナーに抜かれていった。
それでも無理は決してせず、マイペースを心がけた。
幸い林の中で太陽が木に隠れることがほとんどだったので、暑さはまだこの時点ではましだったと思う。それでもたまに日なたに出ることがあるとそこはかなりきつかった。
そして上へ進むごとに段々と山という感じになってきて、パッと横を向くとかなり上まで登ってきたことが分かり、高所があまり得意ではない自分は少し足がすくむこともあった。
それでこのあたりから決して後ろは振り向かないと心に決めて走った。
しばらく登り時刻は10時8分だったろうか、スタートから間もなく30分が経過しようとした所で一度ゆったりとした傾斜のない道が少しだけあった。
ちょうど岩の落下防止の柵がつけられ日なたになっている所を抜けた辺りだったと記憶している。
そしてそこを通過してから5分ほど経過し、ようやく「1合目」の立て札が目に入ってくる。今回は9合目以外の節目節目ではすべて携帯カメラで撮影しておいたので、時刻もはっきり分かっているのだが10時14分だった。
そこまでは自分の記憶では確かアスファルトできちんと舗装された道だったのだが、1合目を過ぎると砂利道で周囲も草と土と石という完全な登山道。そして傾斜も更に一気にきつくなり、ここで走っている人はほぼいなくなる。
そして2・3分かけて砂利道を苦労して上りきると、今度は目の前に雪のないスキーのゲレンデが姿を現したのだった。
前日までにインターネットで充分コースの下調べをしていたので覚悟はしていたのだが、それにしてもスキーで滑降するような所であるから傾斜がきついのは当たり前で、そこを逆に登っていくのである。ここは道といったものがなくランナーの列も少しばらけていた。
自分も実は坂になってからはしんどいものの周りのペースよりは早い方だったようで、抜かれることはほとんどなく抜くことのが多くなっていった。
これは必要以上にゆっくり上がっていく方が、足というより後ろ足のふくらはぎににきつかったからだったのだが。
あとはこのゲレンデコース、所々に側溝があってそれが草で覆われて見えないのでちょっと怖い。自分もかなり慎重に前を探りながら進んでいった。
ようやく道なきスキーのゲレンデを登り終えるとまた砂利道の道ができてきて、そこをまた列をなして登っていく。
そして「足元注意」の表示を越えてしばらくするとようやく2合目に到達した。時間は10時25分で、5.1キロ、あと4.9キロの地点だった。
5キロ過ぎで45分かかった訳で、10キロを通常なら45分~55分ぐらいの間で走る自分としてはおよそ倍かかった訳だが、これは後から写真の撮影時刻で調べて分かったことで、山登りの最中はもう時間の事は既にまったく頭になかった。
2合目は小屋もあり大人数でも十分休憩できるほどのスペースになっていて、そこで給水をする。
とにかくこの時は水分補給もかなりしっかりして、更に頭や体中に水をかけ、痙攣を防ぐために塩も舐めるなどとにかく万全を期した。
そしてスタッフの方々もとても親切で頑張れと声をかけてくれ、今一度切り替えて再び山を登っていく。
2合目通過後はまた傾斜がきつくなった印象で、更に苦しくなってきて当然ペースも上がらなくなっていく。
そしてずっとずっと登り続けて10分ぐらい経過した10時35分に、この大会の名物の一つである霧吹き部隊の前を通り過ぎた。
スタッフが霧吹きで体に水をかけてくれるもので、効果は確かに微妙な所かもしれないが、精神的にはかなり励まされた。
そしてまた坂、坂、坂、坂、さらに坂の連続で、前方に伊吹山山頂が見えるのだがまだ遥か遠い彼方にあるとしか思えず、果たして本当にあのてっぺんまで着くことができるのか…と、ずっと思いながらも足を進めていった。
そして10時47分過ぎにスタッフがたくさん見守り励ましてくれる場所を過ぎたのだが、どうやらもう少しで給水地点だと言っているらしかった。
案の定しばらくすると赤い帽子を被った一団が見えてきてカップをランナーに渡しているのが見えてくる。3合目の表示も見え、6.1キロ、ゴールまであと3.9キロの表示が見えた。
この1キロで何と22分もかかって登り切ったことになるのだが、決して自分はそんなに遅くて抜かれまくった訳ではないのにだ。
3合目付近はかなり大きな広場になっていて、おそらく短いコースはここでゴールを迎えるのであろうか、時計もあってちょうど1時間8分を指していた。
そして給水を手伝っていた赤い帽子の一団はおそらく女子中学生か女子高生で、何かの運動部に所属しているのであろうか、たくましく日焼けしていた。
ここでも同じように給水と体に水をかけるのと塩を忘れなかった。まだこの時点でも手にしていたヴァームペットボトルは一度も開けずに済んでいた。
そして給水を終えるとここで突然、今回のコースではほとんどない下り坂になる。
しかし普通なら大歓迎の下り坂なのに、今回に限ってはせっかく登ったのにまたなぜ下るのかと逆にあまり歓迎できない下り坂だった。
それでも100mか200mぐらい下ると平坦な道に戻り、すぐにまた登りが始まった。目の前に見える伊吹山山頂はまだまだ遥か遠い彼方だった。
それからまた頑張って坂を登って10時55分に4合目の表示を通り過ぎる。7.0キロで残り3キロ、下りもあったせいかこの900mぐらいを8分足らずでカバーできていた。
しかしこの残り3キロからが地獄のはじまりだったのである。
ここまではまだ芝生に土の道が続いていてその道もそんなに歩きにくくなかったのだが、この残り3キロからは大きな石がゴロゴロしていて、岩がむき出しの状態。柵のようなものもなく、一歩間違えば下まで滑落しかねないような危険な所もあり、まさに本格的な登山コースの幕開けだった。
加えて当然のごとく傾斜もきつくなり、ペースがガクンと落ちるランナーもいたが、何せ前はなかなか抜ける状態ではないので、道が二股に分かれた所で抜き去るなどしてとにかく前へ前へと進んだ。
それでも1合目からずっと太陽の光を遮るものもない中ずっと登山し続けて、ついにこの途中でヴァームを飲まざるを得ない状態になる。
ただやはり飲むとだいぶ楽になって、とにかく頑張って足を動かし続けた。
とにかく止まったらもう動けないのではないかという強迫観念みたいなものに襲われていて、気持ちだけは絶対折れないようにという一心だった。
そして11時4分に5合目の表示の前を通過したのだが、ここには確か給水所はなかったと記憶している。
もちろん単なる偶然ではあるのだが、直前に持参したヴァームの500mlを飲んでおいて正解だった。
7.6キロ地点で残りは2.4キロ、9時40分のスタートから1時間24分あまりが経過し、4合目からの600mは9分で登り切った。
それにしてもこの縦列でランナーが連なって登っていくのは正直つらい。
何せ抜くスペースがほとんどないため、自分のペースで登りたくても登れないからだ。
そんなに早いペースでもないのだが、逆にもう少し早く登りたい時でもゆっくり進まなくてはいけないのだが、この方がかえってきつかった。
そんなこんなでここからは抜いていく方が圧倒的に多かったのだが、11時14分に6合目に到着する。
もうこのあたりは広場のようなスペースはなくただひたすら登りが続き、休めるような場所といったら岩陰の隙間を見つけて一人が休憩できる程度しかなかった。
そして8.1キロで残り1.9キロ、5合目からの500mを10分で登り切った。傾斜を考えればかなり早い方だ。高山植物もチラホラ見えたのだが、まだそれを楽しむ余裕はまったくなかった。
そしてこのあたりからは坂はくねくねと曲がりながら進んでいくのだが、曲がり切るとその向こうは崖という場面が多く、あまり高い所は好きではない自分としては精神的にもかなりきつかった。
一度などは何でこんな大会に応募したんだと気持ちがキレかけたが、それでも止まることは許されないので、やけくそで登るような所もあった。
とにかく当初の想像を遥かに超える苛酷なレースだ。
さすがにこのあたりからは写真を撮る精神的余裕もなくなってきて、また足で登るというよりはロッククライミングさながらに手で岩を掴んでよじ登っていくような感じだった。
そして11時24分、7合目の表示の前を通過する。8.6キロで残り1.4キロ、7合目からの500mを約10分で登り切った。
ここも給水はなかったと記憶している。ここの表示には標高も書いてあって1080m、残り1.4キロで300m近く登ることになる訳でここからまたこれでもかというような傾斜が8合目まで続いた。
そのためか8合目に着いたのは10時38分、9.1キロ地点で残り900mだが、500mを14分もかかっている。
そしてここには最後の給水があって、そんなに広くはないものの少しスペースになっている所でスタッフの方々が給水をしてくださっていた。
それにしてもこんな所までタンクを運んでくださったと思うとただただ頭が下がるし感謝の気持ちで一杯だった。
とはいえ1000人が走るレースでタンクにも限りがあるので、自分だけたくさん水を使う訳にもいかないので、少し自重して給水と体に水をかけた。
ただここでさすがに疲れが出たのと、今までは休憩したら再度歩き出すのは大変だと思っていたのだが、ここでは逆に休憩しておかないと変な所で止まったら他のランナーに迷惑がかかると、あえて少し休憩する選択肢を選んだ。
結果的にはこれが大正解だった。このレースは山は道が狭いのでとにかく無理をしても仕方がないし、他のランナーの迷惑になるので無理は禁物だという事がよく分かった。
何分休憩したか正確には覚えていないのだが、4、5分ぐらいだったと思う。
再び歩き始めるとかなり楽になっていて、あとはとのかく岩を手でよじ登りながら前へ進む連続だったがとにかく頑張った。
そしてついに9合目に到達、残り400mだったのだが、ここは写真を撮る気力が残っていなくて正確な時間は分からないのだが、11時50分を少し過ぎたあたりだったのではないかと思う。
9合目が登りの最難関で、ここを過ぎるとあとの400mは緩やかな登りなのだが、今までのきつい登りを考えると平坦な道にしか思えないほど楽だった。
もうすっかり気分も楽になって、写真を数枚撮影して後ろを振り返って撮影する余裕もあった。
更に動画まで撮影してしまったのだが、後から撮影時刻を確認するとそれは11時53分のことだったようだ。ただここで調子に乗って動画まで撮ったせいで早い電池切れを招いてしまったのだが、この時はもうそんなことも気を使う余裕はなくただただ嬉しい気持ちだった。
そしてついにゴールのゲートが見えてきて、たくさんのスタッフや既に完走したランナーたちの出迎えを受ける。
もちろんいつもゴールする時というのはホッとするものだが、今回は格別ホッとした気持ちだった。
ゴールを通過しストップウオッチを止めると2時間16分28秒での完走であった。
ゴールを通過するとスタッフの方からアミノバリューを受け取り、少し歩いて芝生広場のような所に少しぐったりしながら腰を下ろす。
すぐにドリンクをごくごく飲んだが、やはり格別に美味かった。持っていた愛用の黄色いタオルは土まみれになっていて激闘を物語っていた。
もっともそれからあまり休憩している余裕もなく、すぐに伊吹山から見下ろす風景や高山植物の撮影を開始する。
標高1377mから見下ろす景色はまさしく絶景で、しかも自分の足で登ってきたことを考えると格別の満足感があった。
その後ゴール前を撮影していなかったので戻って撮影し、更に山頂にある日本武尊(ヤマトタケル)の像も記念撮影してお参りもした。
そうこうしていると背中に「耐」というプリントの入ったシャツを着た50代ぐらいの男性ランナーの方から撮影を頼まれ、快く引き受けてデジカメを預かり何枚か撮影する。
するとお返しに自分も撮ってくれるというのでお願いし、像の前と、更に伊吹山頂の表示の前でも撮ってもらった。これはかなり嬉しかったしいい記念になったので、とても感謝している。
それから山頂にあるソフトクリームや食べ物の売店の周りを撮影し、更に奥にある展望スペースにも行って別の角度から見下ろす光景と高山植物を撮影する。
こちらの方には雲がかかっていたのだが、何と雲が下に見えその向こうに下界があるという雲の上の人になったような気分が味わえたのだった。
十分撮影を終えると、ふと荷物をゴール地点でもらえるという話をスタート地点でしていたのを思い出し、スタッフの一人の方に尋ねる。
すると荷物は奥の駐車場まで行かないと受け取れないということが分かり、どうしようか迷ったのだが結局先に昼ご飯を食べて一服してから荷物を取りに行くことに決める。
ただこれは実は大正解で、その駐車場というのは山頂から階段をずっとずっとずっと下った先にあり、そこからまた階段を登って山頂に引き返すというのはナンセンスに等しかったのだ。
そういう訳で何か美味しいものでも食べようと売店の一つに入る。
店内は座敷も含めて結構席があったのだがかなりの人が座っていて、それでも奥の席を確保できた。
注文はまず缶ビールを注文し、食べ物はせっかくだったので伊吹そばというそば料理を頼んだ。
そして会計を済ませて席へ座りアサヒスーパードライのビールを開けてまずは一杯、これがまた最高だった。
自分の席の前には日本百名山のポスターが貼ってあってもちろん伊吹山も入っていた。
そうこうしているうちに伊吹そばが運ばれてきたが、こんなに忙しいことは滅多にないのか、店のおじちゃんとおばちゃんは大忙しで、大慌てで注文をさばいていたのが印象的だった。
そしてそれを横目に自分は伊吹そばを食べたのだが、山菜と蒲鉾の入ったそばで美味しく頂くことができた。熱いそばだったのだが、激闘の後に水をガブガブと飲んだ後ではかえって温かい方がよかったのかもしれない。
そして12時半ぐらいに店を出て、確か1時ぐらいまでに荷物は取りに行かないといけないと言っていたような気がしたので、ソフトクリームは諦めて奥の駐車場というのを目指すことにした。
ちなみに時間は忘れてしまったのだが、山頂にいる間に友人に完走を知らせるメールを送ろうと思い書いて送信しようとしたのだが、圏外で無理だった。
駐車場までは前述の通り階段をずっとずっとずっと降りていくことになるのだが、こちらは本格的な登山を楽しむ人とは別に家族連れでも山頂に行けるように整備された階段で、おそらく岩がごろごろしたあちらに比べれば圧倒的に登り易いであろうから、逆に降りるのも楽だった。
ぴょんぴょんと足取りも軽くあっという間に降り切ることができ、途中高山植物もたくさんきれいに咲いていたのだが、それもバッチリ撮ることができた。
ただこの頃になるともう携帯のバッテリーがかなりヤバいことになっていて、それだけが気がかりだった。
12時45分前に階段を降り切って駐車場に到着する。いわゆる高速道路のサービスエリアみたいになっていて、階段を降りてすぐ右手に青いシートを敷いてそこに荷物がまとめて置いてあった。
もうかなり数は減っていてすぐに自分のバッグを見つけることができたので、スタッフにゼッケンを見せてバッグを指さして持ってきてもらい受け取る。これでやっとようやく落ち着いた気分になれた。
もっとも帰りのバスの時刻も気になったので、着替える前にスタッフに尋ねると向こうの方と場所は教えてくれたのだが、かなりの渋滞に巻き込まれているらしく遅れているという話だった。
それでも歩いて帰る気力なのないので、とにかく行って待ってみようと指示した方に行ってみると、30人か40人ぐらいの方が既に待っていて、自分もその最後部に並んで座って待つことになった。
着替えもしたかったのだがそういう事情ですぐに列に並んだため着替えることができず、更に携帯の充電がこの後切れてしまったショックもあり結局名古屋の家に帰るまで着替えることはなかった。
座って待っていると自分の次に並んだ方に話しかけられ、そこから妙に話が合ってバスが来るまでずっと話をしていた。
その方は自分より2つぐらい年上で奈良県に住んで県内のマラソン会に参加しているとのことだった。
マラソン歴は自分より1年ぐらい先輩で、もうフルマラソンも何回か走ったことがあるらしく、今度は和歌山県で開催される和歌浦ジャズマラソンを走るとおっしゃっていた。
他にも小豆島の大会とか残酷マラソンという変わった名前のマラソンにも出場したことがあるそうで、自分の方は奈良の斑鳩のマラソンに参加した時のことや名古屋や金沢、東京のマラソン大会に参加したことなどをお話させて頂いた。
そんなこんなでバスが来たのは13時45分と1時間ぐらい待たされたのだが、全然苦痛に感じなかった。
ちなみにこの後どんどんとバスを待つ人は増え、列は10列ぐらいになっていたのではないかというぐらいの人が待っていたと記憶している。
ソフトクリームを諦めて早く駐車場まで降り、着替えもせずに並んだのは結果的に大正解だったのだ。
ようやく来たバスには最初は自分の5人ぐらい手前の所で定員オーバーになってしまったのだが、補助椅子を出して10人ぐらい乗れることが分かり、ギリギリで1つ目のバスに乗ることができた。
乗る前にはビニルシートを渡されて汚れないように敷いて座った。自分が汚れるというよりは自分が汚さないようにするといった方が正しかったかもしれない。
そして帰りのバスは道をカーブをくねくね曲がりながら緑豊かな山の中を下っていく光景が見ていて癒された。
率直にそちらの道の方が箱根の山登りのような感じのコースでマラソンするにはふさわしい気がするのだが、そうでないのがかっとび伊吹なのだろう。
それから残念なことにバスに乗ってすぐ1枚写真を撮影し、更に圏外脱出したのでメールを再び送信しようとした直後に携帯の電池が切れ、ここからはとはまったく撮影ができなかった。
これは無念だったが、まああとは行き来たのとほとんど同じなのでいいといえばいいのだが。途中関ヶ原の近くも通ったのは写真がないのでここに書き留めておく。
そして再びふもとまで降りて来て、伊吹山の山頂がずいぶんと先に見えた時には、あそこまで登ったのかという感慨深い気持ちが溢れてきてちょっと感動だった。
14時半に大会会場へ戻り、ここで駐車場で仲良くなった方ともお別れとなった。
そのまま14時40分発の近江長岡行きのバスに乗り換える。行きにも見た西武ライオンズ印だった。
10分ほどで近江長岡駅に到着し、駅で切符買い領収書をもらってから改札を通る。
それからホームの待合室で待っていたのだが、近江長岡駅は本当に緑が多くのどかな駅だ。
15時06分発名古屋行きの電車で大垣へ、そして15時41分発の東海道線で名古屋へ向かったのだが、そのままうとうとしつつ16時13分に名古屋駅に到着した。
地下鉄のホームに降りる途中で松坂屋名古屋店が閉店最後のセールをやっているのを目にする。2007年の中日ドラゴンズ日本一のセールに行った時のことを思い出したが、やはり残念だ。
それから地下鉄に乗り換えて伏見経由で鶴舞線に乗って会社に戻り、会社に置いてきた自転車を回収して乗って帰ったのだが、とにかく引き続き暑かった。
18時前にようやく名古屋の家に到着、さすがにぐったりだった。足のふとももにはくっきり日焼けの跡が残り、首の後ろや腕もかなり焼けていて激闘を物語っていた。
シャワー浴びてから晩御飯を食べ、大河ドラマの龍馬伝を見てから21時40分ぐらいに友人に電話し、それからPCのデータ整理などしようとしたが、疲れと寝不足もあって電話が終わるとすぐに寝てしまった。
今回はじめてトレイルラン(山登り)のマラソンというのを体験した訳だが、想像していた以上に大変な大会だった。
それでも「かっとび伊吹」がリピーターが多い大会というのは頷ける、達成感のとてもある大会でもあったと思う。やはり大変なことというのはやり切るとその分喜びも大きいというのはこういう大会に出るとよく分かるものだ。
自分自身高所があまり得意でない上に10kmに2時間以上かかるというあまりに過酷だったため、「かっとび伊吹」を含め今後トレイルランに出場するかどうかはちょっと分からないが、また心身ともに鍛え直して出場できるようになればぜひ挑戦したいとも思っている。
そして次は9月中旬にナゴヤドームで開催される6時間リレーマラソンで、こちらも今まで経験したことのない過酷なレースになりそうな予感がする。
兄弟2人と3人で参加予定だが、しっかり走り込んで無事完走できればと思っている。