今回の大会開催地は石川県金沢市。石川県は中部地方に属し本州の真ん中あたり、日本海側に面し能登半島を有する人口約116万人(2010年現在)の県。県庁所在地は金沢市で、行政区分は富山県、福井県とともに北陸地方に入る。
旧国名は加賀と能登の全域で、戦国時代に織田信長や豊臣秀吉の家臣として大活躍した前田利家がこの地に基礎を築き、江戸時代には幕府を除く最大の石高となる120万石を擁する大大名となり、加賀百万石として大変栄えたという。
北部には能登半島が広がり、その南に金沢市のある金沢平野が広がっている。そして岐阜県や福井県、富山県と接する南部には富士山や立山とともに日本三名山の一つでもある白山などの高い山がそびえ立つ。富山県境にある倶利伽羅峠は平安末期の1183年、源平合戦の時代に木曽義仲が平家軍を散々に打ち破った合戦があった事でも有名だ。
典型的な日本海気候で低温多湿。そして降雪量の多い地域として知られ、産業はコシヒカリ米で有名な農業や金沢港を拠点とした漁業が盛んな他、加賀百万石の城下町として栄えたため伝統工芸が発達し、輪島塗、九谷焼、山中塗、金沢箔や加賀友禅といったブランドは特に有名だ。
その他工業も盛んで、重機シェア世界第2位の小松製作所やコンピュータディスプレイで有名なナナオ、精密機器メーカーのIO-DATAなども石川県の企業である。ちなみに私の使っている外付けのハードディスクはIO-DATA製だ。
その他2002年にはNHKの大河ドラマで「利家とまつ~加賀百万石物語」が放映されて人気を博した他、プロ野球読売巨人軍の主砲として活躍し、その後メジャーリーガーとしてヤンキースやエンジェルスでも活躍している松井秀喜外野手は石川県星稜高校出身として知られている。今一番有名な石川県人かもしれない。
一方金沢市はそんな石川県の中央に位置する人口約45万人の都市(2010年現在)で、石川県の県庁所在地であり北陸一番の大きな都市として知られている。
江戸時代には加賀百万石の中心都市として人口約10万人を誇り江戸・大坂・京に次ぐ人口第4位の都市だったらしく、加賀友禅に代表される伝統工芸や美術品などの文化も大変発達していたそうだ。
第二次世界大戦による戦火に巻き込まれなかった事から現在でも歴史的な街並みが残されていて、よく「小京都」と形容される事も多い。特に水戸の偕楽園、岡山の後楽園とともに日本三名園の一つとして知られる兼六園や金沢城公園などは観光名所としても有名だ。そして毎年6月上旬には加賀百万石の祖・前田利家の金沢入城に因んだ金沢百万石まつりも開催されて賑わうそうだ。
また金沢駅の近くには日本三大市場といわれる近江町市場があり、美味しい海鮮食品が食べられることでも有名。ちなみに一説によると金沢は日本三大寿司処の一つで寿司の一人あたりの消費量が日本一なのだそうだ。
他にもお菓子の街としても有名で、アイスクリームと和菓子の消費量も全国1位らしい。それにしても今回は日本三大何某というのがよく出てくる。
今回は北陸金沢ということもあり、名古屋からにしろ京都からにしろとても日帰りで行くのは不可能。そこで春分の日とその振替休日も含めた三連休を利用して一泊二日の旅行計画を立てることになった。
そしてせっかくの旅行ということもあり、今回は京都から友人と一緒に行くこととなり楽しみにしながら当日を待っていた。
もっとも年度末の忙しさもあり、非常に厳しいスケジュールの中頑張って仕事をこなし、その合間を縫っての旅行となったのだが。
今回は仕事の関係で3月18日木曜日までは名古屋に滞在していた。この日午前中に荷造りを済ませ、それから名古屋駅のタカシマヤに立ち寄る。
名古屋のタカシマヤは今年開店10周年を迎えるのだが、それを記念してドアラショップでセールをやっていたので思わず訪問した。そしてここでドアラのビールと水、それにTシャツを購入する。
それから付き合いのある会社を訪問して必要な作業を済ませ、午後3時過ぎに京都駅に向かった。その後19日までいろいろな作業に集中し、スカイプで顧客と話しをしたりと非常に多忙だが必要な作業を終えることはでき、すっきりとした気持ちで金沢へ向かうことができる事になる。
しかし興奮したのかなかなか寝付けず、眠れたのは深夜4時ぐらいだったかもしれない。正直あまり眠れない中での旅立ちとなってしまった。
3月20日土曜日、いよいよ金沢への1泊2日の旅行の当日だ。朝7時ぐらいに起きて友人に電話し、その後荷造りなどをしていたが前夜に夜食を食べたこともあり朝はあまり食べなかった。
8時52分ぐらいに家を出て、小走りで友人の家へと向かう。今回は1泊2日ということもあり自転車は使用しなかった。その後友人と合流し歩いて京都駅へと向かう。
この日は天気も良く気温も小春日和といった感じだった。荷物はいろいろと持っていく事になりやはり重く歩くのに時間もかかったが、9時20分過ぎにほぼ予想どおりに京都駅に到着し切符売り場へと向かう。
ところが自動券売機が利用できなかったためみどりの窓口へと向かうと、何とそこには大変な行列が。時間的にはまだ9時30分過ぎで予定していた9時40分発のサンダーバード9号には十分間に合うはずだったが、春休みの3連休のためか席がかなり埋まっており、特に2人分となると尚更ないらしい。
受付の係によれば9時51分発の雷鳥85号のグリーン車なら取れるらしく、グリーン車は一人頭4000円近く高いが、もしそれ以外だと12時30分ぐらいと半ば脅すような事を言われたので、仕方なくグリーン車を購入した。一人片道10200円で名古屋から東京に新幹線で行くのと同じぐらいの出費である。
切符を購入し京都駅の正面改札で記念撮影を済ませて中に入ると電光掲示板が見え、金沢行きは0番乗り場との表示が出ていた。
改札口から中に入ってすぐ目の前に見えるホームで、我々は「サンダーバード」の表示の見える所探して歩いていく。
奥の方まで行ったのだが、実は乗るのが「雷鳥」だったので、もう少しホームの手前に再度移動する。そしてホームの中数枚ほど写真撮影していると、9時51分発の特急雷鳥85号がほどなく到着して興奮は最高潮に達したのだった。
グリーン車の1号車は一番後方の車両で、中に入るといつもとは比較にならないぐらい座席と座席の間が広い。
思わず座席に座ってゆったりした気分になるが、更に足元には足を置ける台もついていてやはりグリーン車はすごいなと感じた。
グリーン車以外は結構混んでいたようだが、我々の乗り込んだグリーン車は高い値段のせいか2割くらいの入りでかなり座席も空いていた。
にもかかわらず我々のすぐ後ろには主婦とお子ちゃま軍団が陣取り……特別うるさい訳でもなかったのだが、結局後々もほとんど席は埋まらなかったのでみどりの窓口の係員ももう少し気を利かして席をバラしてもよいのではと内心思った。
我々の席は9Aと9Bで列車のほぼ真ん中あたり、写真も何枚か撮影している頃にはもう列車も動き出していた。
それから飲み物と食べ物をかばんから出す。名古屋の高島屋で買ってきた金しゃちビールと麦とホップのドアラ版、ドアラのペットボトルの水にサントリーのほろよいもものサワーといったものを持参してきていた。
備え付けのテーブルも席の横の手を置く所からひょこっと出てきて他の席にはない豪華さで大満足であった。
まず金しゃちビールとももサワーで乾杯しようとするが、ここで予期せぬ事態発生する。金しゃちビールは栓抜きがないと開かないことが判明したのだ。瓶ということは分かっていたが、まさかの展開で結局もう一つの麦とホップで乾杯することになった。
食べ物の方は旅の恒例の三色団子と串だんご黒ごま風を持参していて三色団子はペロリと食べて美味かった。
ちなみに黒ごまの方は結局この後も食べる機会がないまま、帰宅してから食べることになる。その他にバナナも1本食べたと記憶している。
電車は京都を出るとすぐに田舎の景色といった感じに変わり、それからほどなく琵琶湖が見えてきていい天気だったのでなかなかの景色だった。
山の横も通ったのだがその辺りでは雪が残っている所もチラホラと見られ、写真も偶然だが上手く撮影することができた。
その後敦賀で初めての駅停車があったのだが、乗ってきた駅の売り子の女性が田舎風の何とも味わい深い感じだったのが印象的だった。
11時20分頃には福井駅に到着、結構思っていたより都会っぽかったのでさすが県庁所在地だと思った。その後芦原温泉、加賀温泉と停車し、小松駅を経由して金沢へと列車は進んでいく。
加賀温泉ですぐ後ろにいた家族の一行が下車したのと、大きな像が建っていたのが印象的だった。
そしてその後は席もほとんど空いていて半分貸切状態。写真好きの友人も周りを気にすることがなくなり車内の写真をバンバン撮影していた。
11時50分過ぎの小松駅では「KOMATSU」の看板のビルがあり、小松駅にコマツという名前の会社でそのままなので思わず苦笑する。結構有名な企業だが石川県から生まれた企業というのは残念ながら知らなかった。
そして12時15分、電車はついに金沢駅に到着した。
だいだい予想どおりというか福井駅と同じ感じで結構都会的な街並みが広がっていた。さすが北陸一の都市である。
列車から降りるとホームの写真を何枚か撮ってから階段を下りて改札の方に向かう。
その途中トイレは結構人が並んでいて大変な列ができていた。そして友人を待っている間に売店の「白山そば」や「ようこそ北陸へ」の垂れ幕見て金沢に来たのだと気分が徐々に盛り上がってくるのが分かった。
近くのデパートでは北海道物産展もやっているらしくこれには苦笑したが、後からこれは名鉄エムザでやっていることが判明、翌日エムザには行くことになるのだが。
その後改札の手前で領収書もらうの忘れていたことに気づき、駅員に相談しようとするが、受付の女性は中年の女の対応に追われていた。
受付の女性が「あなた前にも来ましたよね?」という感じの事を言っていてかなりキレ気味だったので、どうやらそのアジア系の外国人の女、料金を騙し取る詐欺の常習犯だったに違いない。
何とか領収書を受け取り改札を出て東口と西口に分かれるが、駅前はかなり広い。まずはホテルに向かい荷物を預けたかったのだが、ホテルの場所が西口か東口か分からなかったので、とりあえず携帯電話でホテルに電話して聞いてみる。
すると西口を出てすぐ右に曲がり、JRの高架線をずっとまっすぐ歩いていって3分ぐらいだと言われたのだった。
そこで西口の方に向かうことになったのだが、駅前の広場をざっと見渡すと、金沢百番街という百貨店風の建物では誕生祭という催しをやっていた。
そしてその近くには「マチウド」という名前のローマ時代風の像があったのだがこれはどうやらローマではなくギリシャ神話の神らしい。
それから北陸冬物語のパンフレットやチラシをゲットして、西口の方に向かったのだが、ホテルの従業員の説明は実に分かり易く充分な情報を与えてくれていて、言われたとおりにJRの高架線に沿って歩いていくと、「マンテンホテル」という白い文字に赤い看板の大きなホテルが見えてくる。
そこまでは良かったのだが、ここだと思い入口を探すが奥の方にはなく、手前に戻ってみると、通りの角を左に折れた所に入口が見えてきた。それにしても風の強い一日で場所を確認しようと取り出したメモ用紙を吹き飛ばされそうになるぐらいだった。
ところが念のためにとメモしてきたその紙を見ると「マンホテル」という表記になっていたのでちょっと待てということになる。
そこでノートPC出して一応確認しようとするが、ホテルを予約したじゃらんからのメールの入っているUSBメモリを京都に忘れてきてしまったらしく、途方に暮れてしまう。
結局友人がホテルの受付に聞きに行ってくれ、結果このホテルで間違いない事が分かり事なきを得たが、今後このようなことのないよう戒めとしたいと思いその時の模様を写真に撮影した。
中に入るとすぐ目の前が受付でかなり雰囲気のあるキレイなホテルという第一印象だった。そしてチェックインは14時からだったのでとりあえず荷物だけ預かってもらうことになった。
時刻はその時ちょうど昼の1時前だったので、まずは駅に戻って昼ごはんを食べようということになり、高架線下にあった金沢百番街の扉から建物の中に入っていく。
中はまさに百貨店という感じで、時計塔のある広場のような場所もあった。ちなみにここは翌日帰りがけにピアノリサイタルやっていて確かショパン弾いていたのを記憶している。
結局後から調べてみるとそこは百番街の「トレンド館」という建物だったらしいのだが、そこはざっと見ただけで通り抜け、昼を食べることになったのは「くつろぎ館」の3Fにあった金沢旬料理八兆屋・駅の蔵というお店だった。
ここの階は飲食店街になっていて他にもいろいろとあって迷う所だったが、ここが一番海の幸がおいしそうだったので迷わずそこに決めた。
店内は結構キレイで我々は窓から金沢駅前の広場が見下ろせる場所に案内される。注文した後に自分はトイレに行き用を足してから戻ったが、ちょうど席に戻ろうとした時に女性店員が料理持って来ようとした所に遭遇し、ほとんど待つことなく食事開始ということになった。
注文したのは私が海鮮丼とおそばの膳で、友人が能登産豚と旬野菜のせいろ蒸し膳という料理。どちらも地元の食材をふんだんに使ったという感じで、すごく美味しかった。
ちなみに私の方はここから怒涛の海鮮づくしとなる最初のスタートになった。ホタテ、イカ、まぐろ、甘えびなどはどれも新鮮で美味しかったし、もちろんそばも美味しくつるっとあっという間に食べ終えた。
友人の料理の方は豚も甘みがあって、野菜も温野菜風でヘルシーでまぜご飯と一緒に頂いてこちらも美味しかったようだ。
大満足で店を後にする時には時刻は13時40分過ぎで、それから歩いてマンテンホテルに戻った時にはちょうど14時でタイミングよくチェックインの時間だった。
確か447号室で、チェックインするとそんなに広い訳ではないがきれいな部屋で風呂場などもちゃんとついていて、一泊するにはまったく問題のない部屋だ。
部屋の中を何枚か撮影して、それから窓の外を見るとちょうど下の2階あたりに駐車場に続いていると思われるコンクリートの道があったのが印象的だった。
もう14時も過ぎており観光の時間も夕方までそんなになかったことから、荷物を整理するとすぐにホテルを出発する。
マンテンホテルを出て、ホテルの部屋に備え付けられていたパンフを見て兼六園行きのバスは東口から出ていることが分かっていたため、駅前には行かず高架線をくぐって反対側を目指す。
一番最初に見えたのはファーストコンピューター専門学校というレンガ色の建物だが、あまり専門学校という感じの作りではない普通の家っぽい所が印象的だった。ただ自分も事業を始めて自宅兼事務所で頑張っているので、そういう人も多いことは知っているので驚きはないのだが。
それから今度は「ホームラン」という赤い文字の看板のあるビルが見えてきてこれには思わず笑った。最初は何の店かもわからない謎の感じだったのだが、あとから東口に近づいた所でこれはパチンコ&スロットの店だという事が分かって名前にも納得できたので良かった。
さらに東口に向かう途中では「やるき茶屋」という店にも出会い、これにも思わず笑った。実は京都にも「やる気」という焼肉店があり、内々では話題になったことがあったからである。
東口に着くと兼六園シャトルバスというのが出ていて、これは100円という安い値段で乗れることが分かりそれを待つ。
やはり金沢一の人気の観光場所だけあって人も相当待っていて乗るのも大変だったが、確か席には座れたと思う。
バスは21世紀美術館なども通るのだが、その前に近江町市場がありそこでも結構人が降りたりしていた。
また兼六園に行くのもいろいろなバス停から降りていけるようで、兼六園というバス停に行くまでに結構人の乗り降りがあったのは意外だった。
更に「兼六園」というバス停自体も「兼六園下」というのが2つあってどっちで降りたらいいんだという感じだったが、最初の観光物産館前の方で降りた。あとから地図を見てみたがどちらからでもまったく問題ないようだ。
観光物産館の中も賑やかだったがチラッと外から覗いた程度で兼六園を目指して歩き始める。
その後は確か金沢市兼六という交差点で左に曲がってすぐに上り坂があって、「この坂上兼六園」という看板があり、そこまで来ると何か京都をほうふつとさせるような街並みが続いていた。
ぼんぼり風の街灯とか石畳風の歩道とか、近くにあるお店やお土産屋とそれに緑が上手く溶け込んでいる点など、そのあたりはさすがに金沢百万石で「北陸の小京都」と呼ばれるだけあって、雰囲気は似ていた。
更にあとから写真を見返してみると「金沢カレー発祥の店」というのがありそれが今になって妙に気になっていることを付記しておく。
坂を登りきった所にお目当ての兼六園の入り口があったのだが、その反対側には金沢城公園のお城の中に入れると思われる城門も見え、結構雰囲気のある場所だった。
しかしまずは初心貫徹ということで兼六園の中へと入っていくことにした。
受付なども京都の寺社仏閣にあるのとほとんど同じなので迷うことなく入場券を購入し、それから門の前で記念撮影をしてから上へと進んでいった。
入り口は年配の方から外国人、家族連れやカップルなど様々な客層で人気スポットなのもうなずける賑わいで写真を撮る人も多かった。
ちなみにどうやら兼六園にはいくつか入り口があるようで、我々の入ったのは桂坂口という入口だったのだが、金沢城公園に隣接している上に案内所や門構えからしてもここが正門と言って差し支えないのではという雰囲気を醸し出していた。
中に入ると苔と緑と石というお寺やお金持ちの家にある庭によくあるような風景が見えてきたが、しかし規模が半端ではなく圧倒されるような庭という感じだった。
最初の道には桜と思われる木があり(あとから地図を見た所ここは「桜ヶ岡」というらしい)、ここは桜の時期には周囲の緑とのコントラストが大変キレイであろうと予想できたが、同時に人も大変な多さになるのであろうと容易に想像できるぐらい実にいい雰囲気だった。
園内は進行方向とか決まった進路というものがなく、自由にいろいろな場所を回ることができるようになっている。池も確か最低3つはあってとにかくその規模が庭園としては半端ではなく管理もさぞ大変であろうと感じた。
我々は桜の並木の後に寄観亭という売店に少し立ち寄ってから本格的に観光を開始したが、ここの売店はやはり京都にもよくあるような雰囲気でお土産も豊富だったが、入口で見た金沢カレーのレトルトの他、確かホタルイカカレーなるものも売っていたと記憶している。
お土産に買って帰ろうかとも思ったのだが、まだ園内の観光を始めたばかりで他にも売店はあるであろうということで、とりあえず荷物にならないようここでは何も買わずに店を出る。
そこから坂を少し上がると、今度は大きな池が見えてきてそこに石橋がかかっていた。橋は「虹橋」といい池は「霞ヶ池」という名前らしい。
虹橋の横には大きな灯篭があり、これは「徽軫(ことじ)灯籠」と言うらしい。そして池の左手には眺望台があり、町を見下ろすと同時に奥の方には山が見えた。
これが白山なのだろうかと思って調べてみたら、
─白山山系の一部、戸室山や医王山が望め、正面には卯辰山、手前に市街地を見渡すことができる。また、その向こうには加賀平野、さらには河北潟、内灘砂丘、日本海、能登半島なども眺められ、六勝の一つ、「眺望」を堪能できる。
とあった。確かに壮観な景色だったが、まさか日本海や能登半島も眺められるというのは少し驚きだ。
そういえば朝からすごいいい天気だったのだが、この兼六園に入った直後ぐらいは最初結構雲が出ていたのだが、すぐに晴れてきていい感じで観光できた事も付け加えておく。
ちなみに「霞ヶ池」は広さ5800平方メートルもあるらしく兼六園最大の見せ場になっているらしい。
中央には島も浮かんでいてこれは「蓬莱島」という名前で、さらに少し先に進むと「月見橋」という橋がかかっていて、このあたりは「唐崎松」という相当な樹齢の松の木がたくさんあった。
中でも池の方に飛び出していて横に向かってどんどんと伸び、池の底から出ている柱のようなもので下から支えられているすごい松の木があって、その生命力には強い感銘を受けた。
以前「ナニコレ珍百景」というテレビ番組で同じような光景を見たことがあるが、こういう光景は生命の神秘という感じで力強くて好きだ。
それから霞ヶ池の周囲をぐるっと回って梅林というのが地図で近くに見えたのでそちらに向かう。
梅は友人は梅の宮神社、北野天満宮に続き今年3回目だったが、私は初めてだったのでその分楽しんだ。ただ少し盛りの時期前だったのか満開とまではいかなかった感じだ。
そしてこの途中で青いガールスカウトと思われる一団が我々の横を通っていったのが印象にも写真にも残っている。
梅林を通り抜けると右に折れて「時雨亭」という茶店があったが、そこはもう16時で店じまいだった。
時刻はこの時16時少し前だったが、お茶を頂くにも結構な代金取られるので仮に時間に余裕があってもたぶん立ち寄らなかったと思う。
「時雨亭」は写真だけ軽く撮って更に先へ進んでいくと今度は「瓢池」という池が見えて来て、名前の通りひょうたんの形をしている池だった。
手前には「翠滝」という滝が流れ、我々の来た方向から見て奥の方には「海石塔」という突き出た島のような場所にベンチが置いてあり、そこから池を眺めるのはなんともいい雰囲気であった。
池にはたくさんの鯉が泳いでいて、1匹だけ白に赤い模様の入った鯉がいたがあとは黒い鯉ばかりで池から顔を出して餌をくれと訴えかけているような様子が何とも印象的だった。
そのすぐ横には「夕顔亭」という茶室と「三芳庵」という池に浮かぶような形で岸辺に建つ茶店もあり雰囲気のある場所だったが、あまり時間もないので海石塔のベンチで友人と少し休憩しつつ話をしてから最初に入ってきた桂坂口の方に戻ることになった。
途中は緑が比較的多く木の根元には苔がたくさん生え、まるで森の中を歩いているような感じで、緑の間から漏れてくる木漏れ日が非常に美しく空気も澄んでいるようなそんな味わいのある坂道になっていた。
ただその途中「噴水」の手前に後から見ると「黄門橋」という橋があったのには気づかず、水戸黄門のファンとしてはちょっと残念だが、別に水戸黄門と直接関係がある訳ではなさそうなのでまあよしとしたい。
「噴水」は現代に生きる我々にとってみればまったく珍しくないが、この兼六園にある噴水は霞ヶ池から流れてくる水を池との高低差による自然の水圧で上げているらしく、3.5メートルぐらい上がるもので、藩政末期に作られた日本最古ともいわれるものらしく、そのため非常に歴史的価値のある噴水らしい。
そして噴水の目の前には「兼六亭」という売店があり、ちょうどそこまで見終わった我々にとっては最後に訪れる売店となったためここでお土産を買うことに決めたのだった。
店の前には看板があって、そこにはTBS系列の人気ミステリードラマ「浅見光彦シリーズ」でおなじみ沢村一樹氏の写真があった。
これはどうやら昨年末11月11日に放映された「浅見光彦~最終章」の撮影で最近兼六園が使われて、ここの売店も使われたということを伝えたかったらしい。沢村氏の大ファンの私としてはその告知が妙に嬉しかった。
お土産は何を買おうか迷ったが、何を買うにしても「兼六園」という名前が入った方がいい記念になるということで友人と意見が一致する。
結局私は小判風のキーホルダーを買い、食べ物はここにしか売っていないということで、おまんじゅうを買った。「兼六園だから6つ入り」という店員の言葉が妙に印象に残っている。
一方友人の方は確か兼六園のクリスタルっぽい携帯ストラップと羊羹を買っていたと記憶している。
その後行き来た桂坂を戻り、桂の木を写真に収めてから外に出る。
桂の木は親木の原型が残されているのだが、それを見て何となくこのちょっと前にあった鎌倉鶴岡八幡宮のイチョウの木が折れた事件を思い出した。
あれは何とか植樹できそうだと聞いているが、木が大木になるまでは相当な年月がかかるので、大切にしてもらいたいと改めて思った。
桂坂口から外に出ると目の前には金沢城公園があるのだが、時刻はもう16時半近くになっており日も少し傾いていて日が暮れるまであまり時間もないのですぐにそちらに向かった。
兼六園とは大きな歩道橋でつながれており、歩道橋からは街並みも見下ろせた。なかなかいい眺めであった。
兼六園側にいる時点ですでに金沢城公園の城門のような雰囲気満点の建物が見えていて、戦国時代好き戦国武将好き、そして歴史好きの私としてはその時点からとても興奮してきたのは否定できない。
城門の前までたどり着くと公園の入り口には「石川門口」と書いてあったのだが、石垣にまさしく城門という組み合わせが何とも言えない戦国時代にタイムスリップしたかのような雰囲気を醸し出して更に興奮が高まってきていた。
興奮しながら城門をくぐるとまず見えてきたのは「案内所」で、更にそこを左に折れると非常に広い芝生の広場になっていて、奥の方には城壁のようなものがずっと続いていた。
そしてその左手には濠があり、更に左奥の方にまた橋を渡る形で城門のような入口があって、よくテレビで見る時代劇のドラマにでも出てきそうな光景が目の前に広がっていた。
その橋を渡って先に進むと少し坂になっていて、左にあるトイレで用を足してからさらに先に進んでいったのだが、そこがどうやら城の二の丸だった場所らしく、二の丸案内所というものもあった。
二の丸には菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓というものがあるらしいのだが、残念ながら16時半で閉館らしく、我々が行った時にはすでに閉館となっていた。ただここも料金を取られるので、時間内に行けたとしても中に入ったかは微妙なのだが。
そこから今度は左手の方に「金沢城の石垣めぐり~三十間長屋コース」というのがあったのでそれに従ってどんどんと先へ歩いていく。
すると目の前には雰囲気のある石垣がたくさん見えてきて、さらに奥の方には櫓跡のような上から景色を見下ろせる場所がいくつもあった。
ただ残念な事にこのあたりに来た所で携帯電話の電池がメモリあと1つになってしまったので、ここで携帯電話での撮影はとりあえず断念することになる。
確か2つになったのが兼六園を出た直後だったと記憶しているのだが、よくここまで持ってくれたと思いつつ、あとは友人のデジカメを借りてしばらく写真を撮影することになった。
櫓のあたりでは風が強く非常に苦労し、さらに三十間長屋のコースは奥へと進むような形で続いているようにも思えたのだが、18時で閉鎖とあったし、時刻も時刻で暗くなってから戻るのも少し不気味だったのでそれ以上先には進まず、二の丸のある方へと戻ることにする。
すると坂を下りた所に休憩所のような小さな小屋のようなものがあって、たくさんのベンチも置いてあった。
そして壁には金沢城の歴史とか、少し前に放送されていた大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語」の紹介記事などもあった。
そこでほんの少しだけ休憩してさらに先に進むと、今度は石垣の種類について解説してくれるコーナーのようなものがあり、石垣にもいろいろと種類があることが分かる。
それから今度は城壁について解説してくれるコーナーを経て鶴の丸休憩所という別の休憩所が見えてきた。
そこにも加賀の歴史についていろいろと解説されていたのだが、その休憩所自体17時に閉鎖されるらしく、時刻をみるともうあと5分を切っている感じで、あわてて写真だけ駆け込みで撮影して回ることになった。
そうこうしているうちに警備員のような年配の男性が来てさっさと閉館の準備を始め出したので、まさしくギリギリセーフだったようだ。ここに見物に来るなら少し早目に来た方が落ち着いて見られたかもしれない。
最後はちょっと慌しい感じもしたが、無事一通り見物でき石川門口から行き来たのとは逆の順序で城門の外に出る。
城見物というのも楽しくまた他の城もいろいろと見て回りたいと思いつつ帰路に着くことになったのだが、そこで今度は友人のデジカメがメモリオーバーとなり、電池はあるものの写真を撮ることができなくなってしまった。
そこで何枚か撮れたか分からずに同じ場面を2枚撮影したのがあったのでそれを削除して8枚分ぐらい確保できたのだが、ホテルに戻るまで残りも少なくなっていたので、あとは携帯の電池も大丈夫であろうということで、再び携帯電話での撮影に切り替えた。
感慨に浸りながら行ききた上り坂を今度は下っていると坂の左奥の方に兼六園シャトルバスが進んでいるのが見える。
シャトルバスは1時間に3本、20分間隔でしか出ていないので、これは逃してなるものかとあわてて坂を下りてバス停に向かう。
すると何とかバスに間に合うことができとてもラッキーだった。後から時刻を振り返ってみるとたぶん17時10分発のバスだったのではないかと思う。
帰りのバスは結構渋滞していて、特に近江町市場から金沢駅までの間が非常に混んでいたのを記憶している。
かなり歩いていたので結構疲れもあったが、バスが金沢駅に着くと時刻は17時31分で、そこでもうひと踏ん張り、明日のマラソン会場に行くためのバスの時刻調べをする。
バス停のすぐそばには噴水があって、そこには噴水で文字を表現している時計があり、「いいね金沢」と「5:31」という表示が妙に印象的であった。
金沢駅の東口は行きはショートカットしたため通らなかったのだが鉄骨のジャングルジムのような柵で上の方が覆われていて妙に雰囲気のあるおしゃれな感じだった。
それから駅前の広場を抜けて西口に向かい明日のバスの時刻表を確かめるために2番乗り場に向かったのだが、そこで時刻表を見てビックリする。
目的地までの下安原行きのバスは日・祝日は朝は5時なし6時は50分のみ、7時なし、8時5分に1本、9時30分に1本、10時11時なしで12時45分にようやく1本という何ともすさまじいスカスカの時刻表だったのである。
これを見た限りではシャトルバスでもない限り6時50分のバスは絶対外せないと思いつつ、ホテルへと戻っていった。
それからマンテンホテルに歩いて戻り、まずエントランスの左奥にあるインターネットができる部屋で金沢ロードレースについて調べる。
インターネットはパソコンは4つぐらいしかなく、500円出せば部屋でもできるのだが、一人旅でもないので今回はあえて申し込まなかったので、ここで調べることになった。
幸い混んでいなかったのですぐにネットができ、グーグルマップで目的地の西部陸上競技場を調べてみたのだが、どう見積もっても5キロ以上はあり、歩いていくにはちょっときつそうだった。
そして北陸中日新聞の記事から大会パンフのPDFのページに行きようやくコースも見ることができたのだが、どうやら駅の西部を中心に走り、金沢駅の近くまで来ることも分かった。
そこまで明日のマラソン大会の調査が終わると部屋に戻り、荷物を簡単に整理してから、私の方は風呂に入ることになった。
友人は寝る前に入るのがいいということだったので、私は一人でホテル備え付けのバスタオルとタオルを持って2階の大浴場へと向かう。
エレベータを降りて浴場の前に着くと、おばちゃんが一人で浴場の指揮・管理をしていて、てきぱきと男はあっち女性はこっち、スリッパはここで脱いで目印のタグをつけておくように…と分かりやすく説明してくれていた。
私もスリッパに確かなぜか「主税」という名前の入ったクリップをつけてから風呂場に向かったのだが、すると浴場は男湯が「利家の湯」、女湯が「まつの湯」という名前になっていて、後から振り返ってみるとそういえば「まつの湯」というのは最初じゃらんでこのホテルを見つけた時に写真があったのを思い出した。
しかしここでも「加賀百万石」にちなんだ名前がつけられているのには、何ともいえないこだわりを感じる。
風呂は2、30人は楽に入れるような大きなもので、無料のロッカーもちゃんと備え付けられていたので、サイフや携帯電話を置いてきてしまったのは不覚だった。
特に携帯電話はカメラで写真をまったく撮れなかったので残念だったが、風呂場の入り口については後で友人にお願いして撮ってきてもらって何とか撮ることができた。さすがに風呂場の中は撮影するのも気が引けて撮っていないが。
風呂は18時過ぎでまだそんなに混んでもおらず快適に入れたし、お湯にもしっかり浸かり泳ぐこともできたので疲れをいやすことができた。
雰囲気的には鳥取の時の風呂と同じ感じだったが、まあどこも同じような感じなのだろうと思う。
もう一回入ろうかとも思ったのだが、あのおばちゃんにまた会うのもいかがなものかと思ったのと、明日朝が早く早めに寝ることになっていたので結局1回だけになってしまった。
風呂から戻るとテレビでは我々ば旅立ってきた京都を旅する番組がやっていて、それを少し見てから晩御飯を食べるために下に降りていった。
当初はおいしい海鮮食材がたくさんある近江町市場まで出て食べようという話にもなっていたのだが、歩き疲れていたのと市場までそれなりに距離があるのと、さらに美味しそうなレストランがホテルの中にあったので、わざわざ外に出なくても…ということになり、結局ホテル内のレストランで食事することになったのである。
名前は「和洋創作レストラン 万咲」といい、いかにもホテルにあるレストランという感じでおしゃれだったが、やはり7時を過ぎ夕食時ということもあり席は埋まっていて、名前と2人という人数だけ店員に告げて後で部屋に連絡してもらうことにして、先に近くのコンビニで買い物をすることに決めて外出することになった。
コンビニはチェックインの際にも見てあるのを知っていたので迷うこともなく、ホテルを出て右の方にあるサークルKで買い物をした。
買ったのはえびと明太子のパスタを2つにチョコバナナクレープ、UCCのインスタントコーヒーにみかんヨーグルト、冷しきつねうどん、チーズケーキに生チョコ大福、C1000一日分のビタミン、それに森永のおいしい牛乳といった面々。
かなりいろいろな事を想定して買い込んだのだが、夜寝るのが早かったせいもあり、朝食用以外はホテルで食べることもなくチーズケーキ、大福にいたっては帰宅してから食べることになってしまったがまあよしとしよう。
買い物を終えてコンビニからホテルに戻ったのが大体19時半ぐらいで、その後10分もしないうちにロビーから電話がかかってきて下に降りていくことになった。
ホテルで待っている間はまたテレビを見ていたのだが、その京都を旅する番組は確か女優の野際陽子さんと俳優の生瀬勝久氏が出演していて、後から見たらテレビ朝日系列の番組だったことが分かっている。他にも武田鉄矢氏が出ていて龍馬ゆかりの京都の地を旅したようだ。
いよいよ食事ということになり、店内に案内される。店員さんは皆丁寧で応対もよく実に気持ちよく食事ができたこともここに付け加えておく。
注文については最初はリーズナブルに定食で済ませようかとも思ったのだが、「かにすき」もあるなど単品メニューにも目を見張るような美味しそうなものが結構あったので、結局定食はやめていろいろと頼むことにする。まずビール中ジョッキと梅酒を注文し、それからいろいろと注文した。
自分たちの席はホテルのエントランス側に面した窓際で、目の前が手入れの行き届いたおしゃれな庭になっていて、夜になると外から見てとても雰囲気があっていい感じだった。
ちなみに昼間に見た時とは特別何も感じなかったのだが、夜はこのレストランからの明かりもあり外から見ても大変雰囲気のあるホテルに様変わりしていた。
お酒が来てから「かにすき」のコンロなどのセットが来て、それからいろいろと注文しているものがやってきた。
注文はまず最初に頼んだのは「お通し」から「ほたるいかの自家製沖漬け二種盛り」という一品料理。
これがしょうがと大根おろしとで楽しむことができ、じつに濃厚な味わいでお酒との相性バッチリだった。
次に同じく「お通し」から「能登なまこ酢」という一品料理。
これはなまこなのに意外とコリコリしていないのだが、味は絶品で酢との相性も抜群だった。きゅうりや柚子を細かく切ったのがいいアクセントになっていた。
次に「刺身四種盛り合わせ」。
これはカジキとぶり、甘エビ、それからイカが盛りつけられ、どれも新鮮でお酒に相性ばっちりだった。
それから「富山湾白海老のさくさく揚げ」。
これは桜色をした塩を振りかけて食べたが、まさしく酒のつまみにピッタリで、カラッと揚がっていてサクサクしていた。
その後メインと目される「かにすき」が登場し、火にかけられる。いろいろな料理がどれもあまりに美味しいのですぐにビールおかわりしてしまった。
「かにすき」は身がジューシーですぐに身をはがすこともでき、白菜や他の野菜も美味しくダシも効いていてまさしくメインディッシュにふさわしい味わいだった。
ほどなくして「雑炊セット」もやってきてダシ汁を活かしておいしいカニ雑炊が出来あがり、〆にふさわしい美味しいご飯が頂けた。
最後にデザートにアイスクリームを注文。これは地元の塩を使った濃厚な味のアイスで、トッピングのあずきがいいアクセントになっていた。
それからお茶が出てきて、しばらく会話を楽しんでから店を出たのは大体21時ジャスト。料金は6800円ぐらいで値段的にもまずまずで楽しい晩餐を過ごすことができた。
それから部屋に戻り少しぐだぐだしていたが、間もなく友人が風呂に入りに行き、21時半から22時半ぐらいにかけては1時間ぐらい一人でテレビ見ながら過ごす。
そして翌日早朝の5時起きということもあり23時には寝ることになり、あまり夜を楽しむ時間もなく一日が終わったのだった。
ところが消灯してふとんに入ってもベットが妙に暑くてなかなか寝付けず、更に深夜1時ぐらいからは台風並みに雨が降り雨音が妙に耳に響いた。久しぶりの旅行という事もあったので1時間ぐらいは寝付けなかったように思う。
たぶんベットはホットカーペットみたいになっていて、背中をベッドにつけているとかなり暑いが、うつ伏せや横になるとそうでもなかった。
汗もかいたりで大変であったが、結局その後一度起きしばらく話などしてからようやく眠れた。
1時46分まで起きていたのは記憶しているので、3時間も眠れたかどうかという結果であったが、その分楽しい思い出を作ることができた。
翌3月21日日曜日、この日はちょうど春分の日でもあった。予定どおり起きたのは早朝5時過ぎで、テレビをつけるとちょうどバンクーバーパラリンピックのアイススレッジホッケーの決勝戦がやっていて、日本がアメリカと対戦していた。
いい試合をしていたが、最後の最後で追加点を取られて結局0対2のスコアで敗戦。でも日本チームはこれまでは5位入賞が最高位らしく、銀メダル獲得は素直に祝福したい。
それを見つつ朝ご飯をかき込む。冷しきつねうどんに明太子のパスタ、それにみかんヨーグルトにバナナを牛乳と一緒に頂いた。
それから着替えをして、ホテルを出たのは確か6時10分前ぐらいだったのではないかと思う。
6時20分ぐらいにはバス停に到着したが、意外にも我々が一番乗りだった。バスの到着までまだ30分ぐらい時間があったのだが、友人が加賀棒茶を買ってきた後は、二人でそこのベンチで座って待つことになった。
前日は24度と夏日に近い陽気だったのが一転してこの日は最高気温7.5度ぐらいと15度以上下がり肌寒い一日で、しかも雨もぱらつく悪天候。ベンチに座って待っているのも結構大変だった。
そうこうしているうちにようやく一人二人とマラソン参加者と思われる人物がバス停の周りに集まり出した。
しかし大会関係者と思われる人物はまったく来なかったため、列をちゃんと取り仕切る人がいなかったせいもあるが、皆バラバラとバス停の周りにいて列をなしていなかった。
それでもだんだんと人が多くなってくるにつれてベンチの後ろに自然と列ができていく。しかしそれでも後から来て列の最後尾に並ぼうとしない不届き者も何人かいて正直呆れた。
そしてバス出発10分ぐらい前であろうか、ようやく大会関係者と思しき中年男性がきて、列にちゃんと並ぶように促し始めたが、正直来るのが遅い。
しかも実はシャトルバスなるものがちゃんと来る手はずになっていて、6時50分出発のバスは直行ではなく途中いくつものバス停に止まるので乗らないようにと言う。
そういうバスがあるなら受付票にちゃんと書いておくべきではと疑問に思う。1000人以上が参加する大会で公共交通機関利用するようにと書いているのだから1台のバスでは足りないに決まっているからそうだとは思ったが、はっきり言って不親切・不案内だ。
結局列に横入りする奴がいて、更にそれを周りもまったく注意しないし、自分さえ乗れれば別にいいんじゃないのという感じの輩のせいで気分は良くなかった。
ようやくバスが来て無事乗ることができたが、途中から雨も本格的に降り出して、最初から気分があまり優れない大会となってしまった。
バスは6時55分ぐらいに出発して、着いたのが7時10分過ぎ。到着するとたぶん来たことのある人間もいたのであろうが、自然と陸上競技場へ歩いていく流れができていて、それに従って我々も歩いて向かう。
しかしこの日は冷えているだけでなく全国的に風がものすごく強い一日だったらしく、競技場に着いてから帰るまでずっとその風に晒されていた気がする。
今回の陸上競技場は屋根のついている所がホームスタンド下にあるエントランスと通路と部屋ぐらいしかなく、体育館など他の建物が隣接していない。しかし1500人もの人が一度にそこにいられる訳でもないため、雨の天候の中、尋常じゃないぐらいの人の数で歩くのも困難だった。
たぶん雨でなければ外で着替える人もそれなりにいたのであろうけれども、加えて折からの風で外に出るとどこにいようと猛烈な風が吹く状態で落ち着くことができなかった。
受付は競技場の中に入ってホームスタンドすぐ下に設けられたスペースで行われた。
担当していたのはあの高校野球でも有名な「星稜」という名前の入った地元の高校生たちで、おそらくボランティアで手伝ってくれているのである、正直手際はあまり良くなかったが何とか無事受付を済ませる。
今回はゼッケン当日受け取りだったため着替えはせずに来たため、受付を済ませてから着替える場所を探す。
ところが前述のような大混雑の有り様だったので、いろいろと歩き回った挙句、ホームスタンド観客席に向かう通路のあたりで着替えることになった。
しかしここもすごい風が吹いていて、苦労しながらも友人にゼッケンつけてもらうなど手伝ってもらい何とか着替えを済ますことができた。
着替えが終わるとこの時大体7時40分ぐらいで、まだ時間が結構あったのでホームスタンドで友人としばらく話をしてから、バナナとヴァームゼリーを飲んで別れ競技場へと戻る。
ところが今回はどこを探してもゴミ箱というのが見当たらず、しばらくバナナの皮とヴァームゼリーの入れ物を手にあたりをうろうろとするハメになった。
しかしどんなに探しても結局見つかることはなく、結局スタート直前に仕方なくホームスタンドに戻って友人に何とか処理してもらおうとしたのだが、どこかに出かけていたみたいで通路でバッタリと出くわす。それでも無事に処理を依頼して、スタート地点に慌てて向かうことになった。
それから下に降りていくと間もなく開会式がスタートしたが、雨のせいでホームスタンド下のスペースで行われるという寂しい形で相変わらずの大混雑だったので、大部分の人はきちんと参加できなかったと思う。
ところが7時50分過ぎに今回の大会の目玉ともいえるゲストランナーの高橋尚子さんが登場すると、ガラス越しにホームスタンド下には人だかりができて、私も彼女の姿を見ることができた。
声はスピーカーで競技場内に聞こえていたと思うが、やはりその明るい性格で人気の彼女の登場でどんよりとした曇り空の中の大会も何とか明るい雰囲気に変わったという感じで、私も気分が盛り上がる。写真や動画も撮ることができ、その後の準備体操やアップにも自然と身が入った。
競技場の中で軽くアップや準備体操し始めた自分だったが、他の出場者も雨も降っていて寒い中トラックをぐるぐると回っていた。
ただいつも懸案となるトイレについては、競技場入って右の奥の方に一つあるのを発見していてそこはそんなに混まないことが分かっていたので、そこを利用することで事なきを得た。
そして8時25分のスタートの時刻が近づいてくると、競技場のトラック右奥に設定されたハーフのスタート地点には自然と人が集まり出した。
私もそんなに早く列に並んだ訳ではなかったのだが、なぜか相当前に並ることができてしまった。今回はグロスとネットはほぼ一緒のタイムだったと思う。
緊張の中スタートの合図を待っていると、周囲がざわめき出す。どうやら今大会のスターターは高橋尚子さんが務めるらしく、まず皆に温かいエールをランナーたちに送って皆からの大きな拍手が起き盛り上がる。
それからほどなくしてスタートの合図が鳴り、曇り空の中ランナーたちはトラックを駆け、半周した後競技場を出て金沢の町へと走り出していった。
今回のコースは後から見るとよく分かるのだが、競技場をスタートすると最初は渦を巻くようにして、それから犀川という川に沿うような形で真っすぐ東へ行き、それから左折して川を渡って金沢駅の少し手前までまた左折し、そこから金沢港線(金石街道)というのをずっとまっすぐ進んでいく。
かなりまっすぐ行った所で寺中交差点を左折して犀川にかかる赤土大橋というのを渡り、松任・宇ノ気線というのをまっすぐ進んで、そこからジグザグと道を曲がって陸上競技場に戻るというコースで、折り返し地点のないコースだった。
そして今回も前回の宇治の大会に続いて1kmごとの表示というのを発見できず、5km毎の表示はかなり大きい板になっていて見逃すことはなかったが。やはり1kmごとの表示がないとペースを組み立てるのが難しい。
それでも前回の宇治で苦い経験をしているので、自分としてはかなり自重して無理なペースで走らないように心がけた。
そのせいもあってそれなりに抜かれつつも自分のペースでと心がけて走る。幸い予想されていた雨はレースをしている間はラッキーなことに止んでくれていて、ゴールまでまったく問題なく走れた。
そうやって宇治でのレースを反省しつつ最初の5キロを走っていたつもりだったのだが、1km毎の表示が確認できなかったこともあり、ようやく訪れた5kmの表示で時計を確認してみると、何と23分50秒という数字が。おそらくこれはスタート地点でかなり前に並んでいたことが影響したのだと思う。
4分50秒を切るペースで自分としては若干早過ぎるペースで走っていた事が分かり、それからの5キロは更に意識してペースを抑えて走ろうと心がけた。
しかしこの5km地点を過ぎた辺りから、明らかに強い風を感じるようになり、それが顕著に表れ始めたのが金沢駅の手前を左折し、金石街道に入ってからだった。
ここからは猛烈な向かい風で、とにかく足が前に進まないで意識して落としていたペースが更に落ちてしまう。
そしてそうこうしているうちに体が冷えてきて更に足が進まなくなる…そんな悪循環だった。
その後街道に入ってほどなくして8.3kmの所で第一関門と最初の給水が訪れる。今回は折からの風と低温であまり給水を意識しなかったのではあるが、それにしても8.3kmが最初の給水というのはちょっと遅すぎるような気もする。
しかも水しかなかった気がする。スポーツドリンクだったのかもしれないが、あれがスポドだとするとかなり薄い。
そして給水が終わり9kmを過ぎた辺りから更に風、風、風といった感じで、被っていた帽子が二度突風で飛ばされるアクシデントに見舞われた。
飛ばされないようにかなり気をつけていたのだが、時々突風のようなものが吹いて対処には苦労させられた。
それから10km地点が訪れ、タイムを図ると49分50秒ぐらいだったと思う。10キロとしてはそんなに悪いとは言えないペースだが、最初の5キロが24分弱だったことを考えると今回の5キロは26分ぐらいかかっており、かなりペースが悪くなっていた。
しかしまだそんなに深刻に考えるペースではなかったのだが、いかんせんその後も1kmごとのタイムが図れない事もあって上手くペースが掴めない上にずっと風に晒され続けたせいで体が冷えてペースが上がらない。
そんな状態でも必死に向かい風と闘いながらおそらく5キロぐらいは続いたであろう金石街道を走り切ると、ようやく左折する。
ところがよく考えれば分かることだが、左折するまで真向かいの風だったのだから、左折したら当然今度は右からの強烈な横風に変わっただけで状況は好転せず、またひたすら横風との戦いになる。
そしてそれがまた5キロぐらい、13.4km地点の二度目の給水所を挟んでずっと続いた。この頃になると明らかにペースがガタ落ちになり、どんどんと抜かれ出したが、それでも冷え切った体ではまったくペースが上がらなかった。
今回も半袖半ズボンだったのだが、今回ばかりはこの格好では風をもろに受けることになり大きなハンデとなってしまった。
それでも松任・宇ノ気線という道を走り切るとまた左折があったのだが、そこまで来るとようやく右からの横風も収まり小康状態となるが、もう時既に遅しといった感じで、また走り込み不足もあったのであろう、もうペースを立て直す力は残っていなかった。
それでも前半かなりのハイペースで走っていた貯金もあったためか、15キロは1時間27分は超えていなかったと思う。
そして16kmの所で意外な事に気づく。何と道路に「16km」というチョークで書かれた表示があることに、この時点になって初めて気がついたのだ。
ひょっとしたら前回の宇治も含めて1キロ毎の表示がない大会というのはすべてこうなっているのかもしれないが……。
それを知っていればもっとまともなペースを組み立てられたのにと内心思いつつ、気持ちを切り替えそこからは1キロ毎のタイムも図りながら走った。
ただ6分をギリギリ超えないかぐらいのペースがその後は続き、ラスト3キロでタイムは1時間37分ぐらいだったと思う。
そして最後の3kmは1キロ6分ぐらいのペースでフラフラになりながら走り、終わってみると1時間55分54秒というまあ平凡なタイムとなってしまった。
陸上競技場のトラックでゴールを迎え、場内の撮影などをしつつしばらくトラックの中をうろうろしていると、ホームスタンドで観戦していた友人から完走を祝福するメールが届く。
それに返事をし、それから前方にあるトイレに向かい用を済ませ、ホームスタンド前で完走証を受け取るが、更に参加賞を受け取るブースがあったものの引換券を持っていなかったので、友人に電話して、最初受付の際に受け取った袋の中にあった引換券を受け取り、参加賞をもらいに行った。
それを受け取ると二人でホームスタンド下の通路に向かうが、まだやはりスタンド下は結構な混雑だったため、救急室の前あたりで着替えを始めることにした。
足にはかなり疲労がきていて着替えるのも苦労したのだが、着替えの途中これまで愛用していた靴下の指先の部分に穴が開いていることに気がつきちょっとショックだったが、それだけ足に余計な力が入ってしまったということだろう。その事が今大会の激闘を物語っているようだった。
それから友人にもいろいろと手伝ってもらい何とか無事着替えを済ませると、友人が出店で買っておいてくれたホットドックをもらい、それを食べた。
実は宇治の時同様終盤になって結構空腹になっていたので、すごく美味しく感じた。
その間友人が待っていた時の話も聞いたのだが、待っている間高橋尚子さんが観客席の前を走って声援に応えるなどしてかなりファンサービスをしていたらしく、待っている間も退屈しなかったそうだ。
着替えと軽い食事を済ませると時刻は10時50分ぐらいで、今回は帰りのバスも行きのバスで帰りの時刻案内が表示されていてそんなに数がないことも知っていたし、待たされるのが怖いこともあり、あまり長居せずに競技場を後にする。しかし競技場を出ても相変わらずの強い風で、結局最後まで風、風、風の大会だった。
競技場を出て少し歩くと掘立小屋の前に北鉄金沢中央バスの袋畠西部緑地公園という表示のバス停があり、そこに十数人ぐらいで既に列ができていた。
そしてそこに並んで待っていると、しばらくして強い雨が降り始める。それは雨というよりは氷の塊といった感じでひょうだった。
風も相変わらずで待っている間震えていたが、まあそれでもレース中天気が持ってくれただけでも有難かったかもしれない。このあたりは2月の奈良斑鳩町の時同様、ラッキーだった。
15分ぐらい待って11時10分ぐらいに臨時バスが到着し、20分ぐらいかけてバスは金沢駅まで戻ってきた。
帰りは金沢駅前のまっすぐの道の所で渋滞に巻き込まれたが、大体予想通りの時刻での到着であった。
そしてバスを降りると駅前の広場に鳩が集団でいたのだが、雨を避けるように屋根の下で休憩しているのが何だかとても印象的であった。
それから12時にマンテンホテルのチェックアウトの時刻が迫っていたこともあってまっすぐにホテルに戻り、荷物を整理する。
結構冷えていたので友人はわずかな時間を利用して部屋の風呂に入って体を温めていた。
私の方は風呂に浸かるとそのまま寝てしまいそうだったので風呂は遠慮し、荷物をまとめつつインスタントコーヒーの準備をしてあげ、友人が風呂から出てそれを飲み、私も少し頂いた。温かいコーヒーはとても美味しく感じた。
忘れ物がないかをしっかり確かめ、名残惜しかったが12時をほんの少し回った所で部屋を出てチェックアウトの手続きを済ませる。
雰囲気もよくまた金沢に来ることがあればぜひ利用したいと思いつつホテルと後にした。
それから金沢百番街を通って帰りの切符を買うために金沢駅に向かったのだが、その途中前日気になっていた時計塔のある広場でショパンのピアノコンサートが開かれていたのが印象的だった。
みどりの窓口で切符を購入すると、帰りの電車の時刻を確かめた上で近江町市場へ向かうためシャトルバス乗り場へと行く。
ギリギリで時刻に間に合わず少し待たされるが、何とかバスに乗ると今度はまた不愉快な連中に出くわす。
確かに普通のバス停では1区間というのは歩ける距離ということも多いのは事実であるが、近江町市場は金沢駅から一つ目のバス停なのだが結構距離がある。
それを知ってか知らないで言っているのか分からないが、降りるブザーが鳴ると「歩けよ」とバスの中で周囲に聞こえるような声で話す女の声が聞こえたのだ。
私も声がした時にそちらを見ていなかったのだが、声の主は中学生ぐらいの男子とその姉と母親といった親子連れといった感じだった。
我々も当然近江町市場で降りたのだが、実際特に観光客の中にはここで降りる人はかなり多く、その誰もがこの親子には内心ムッとしていたに違いない。
近江町市場に着くとちょうど時刻は13時を回った所といった感じで、まだ昼飯時ということもあってか、市場は大変な人で賑わっていた。
まず入口を入ってすぐの所にあった店で、友人がお土産に買って帰りたいと言っていた塩がすぐに見つかりそれを購入する。
それから昼飯を食べる店を探し始めたのだが、どこもすごい行列ができていて、マラソンの疲れもあったのだと思うがそこまで並んで待つ気力がなく、市場の中をぐるぐると歩く羽目になる。
すると美味しいサザエやカキなどの海産物をその場で焼いて食べることができる店に出くわし、結構美味しそうなので並んだ。
ところが並んで店員の動作を見ているとかなりテンパっているような感じで、若い女性店員とかなり年配の婆さんが二人であたふたしながら注文をさばいていた。
婆さんの方は自分の焼いている海産物に夢中で、女性店員が頑張っているのだが、客には注文した料理が届いていないらしく、クレームがあちらこちらから上がっていた。
それを見て我々は以前京都の大原を訪れた時に入店した某豆腐料理屋を思い出し、同じ臭いを感じ取ったため、食べるのを早々に諦めて他の店を探すことにした。
おそらくこのまま待っていてもろくに注文が来ず、イライラさせられるだけであろうと思えたからだ。我々の前後に並んでいた人も、それを見て呆れつつ店を後にしていた。
飲食店以外にも帰りの電車で飲んだり食べたりするために買うのに適した串料理などもあったのだが、それはまた後で探すとして今度は2階に上がってすぐに食べられそうな料理屋を探す。
向かいにある名鉄エムザにも飲食店街はありそちらに行くことも考えたのだが、結局2階にある鮮天という天ぷらと刺身の店がたまたま行列が少ないタイミングで並べたこともありそこで食事をすることになった。
待っていると近々結婚式予定の大学の同級生から電話がかかってくるなどのハプニングもあったが、結局店に入れたのは14時前後、料理が出てきたのは14時15分だった。
二人ともBランチという天ぷらと刺身がセットになったのを頼んだのだが、待たされた分料理は結構美味しく頂けた。
料理を食べ終えると結構お腹いっぱいだったため帰りの電車での晩酌用のおかずは断念し、向かいの名鉄エムザに行き、少し時間をつぶしてから金沢駅に戻るためバス停でバスを待つ。
それから15時10分過ぎに金沢駅に再び戻り、百番街のおみやげ館でお土産を買う。
おみやげ館に「山さん」なる店があるらしいことに興奮したが、疲れもあってあまり動きたくなかったので私は入口の所で友人が笹寿司のお土産買うのを待っていた。
待っていると自然と山さんの店が目の前にある事に気づきそれをカメラに収め、その周囲に美味しそうな料理店がいくつもあることに気がつく。
近江町市場も結構良かったが、こちらで昼飯を食べても悪くなかったかなと今更ではあるが思った。
お土産を買い終わるといよいよ帰りの電車に乗るために改札へ向かう。
ところがおみやげ館から改札に向かうには直通のエスカレーターがあって、それを登るとデパートの出口のような場所に女性が立っていて、その前に改札口という立て札のある場所に出たのだ。
デパートから直通とはなかなか珍しい改札だと思いつつ、切符を見せて外に出ると、そこは行きに来た金沢駅のホーム下のトイレがある場所につながっていた。
それから16時1分の特急サンダーバード34号大阪行きに乗って京都へと戻った訳だが、さすがに行きにグリーン車に乗ったこともあり、普通の指定席は狭く感じたものの、それでも普段どおりといえば普段どおりなのですぐに慣れた。
そんなに混んでいなかったし、指定席だったので問題なく二人並んで席に座れ、帰りは疲れもあってほとんど居眠りしつつの電車旅だったと記憶している。ヴァームウォーターを飲んだ以外は満腹感もあったので他に食べたりもしなかった。
帰りの電車で印象に残っているのは、琵琶湖の近くを通り比叡山と思われる辺りで雲の切れ目がはっきりと見え、そこに差し掛かってから急に曇りか雨の天気から晴れの天気に変わったことである。
ちょうど夕焼けの時間とも重なったので、ものすごくきれいな空の景色だったことを覚えている。
18時10分くらいに京都駅に着き、それからまた領収書をもらうのを忘れたのでそれを係口でもらってから、さすがに帰りは疲れもあったのでバスで戻ることにし、京都駅前のバス停に並ぶ。
ちょうどその頃には既に日も暮れかけていて、少し待たされたので、バスが到着した時には空はすっかり暗くなっていた。
そしてそのままバスに乗り、友人は先に途中のバス停で下車し、自分は19時ちょうどぐらいにバスを下車。歩くの筋肉痛で大変だったが重い荷物を抱えて歩き、無事部屋に到着した。
その翌22日には東山花灯路に行くなどその後も慌しいスケジュールだったが、それも含めて楽しい三連休となった。
金沢には実は学生の時に短期のアルバイトで一度来たことがあったのだが、その時は深夜に車で移動し、百貨店で作業をしてそのままどこにも寄らずに早朝に帰るという事でまったく外を見ることすらできなかったので、実質今回が初めてと言っていいと思う。
また高校生の時には大学進学で志望校を決める際に金沢大学も一時候補に上がった事もあったのだが、結局東京の私学を目指すことになり断念した記憶もあり、これまでなかなか縁がなかったのだが、今回遂に訪問することができて嬉しかった。
なかなかそんなに簡単に何度も訪問できる距離の場所ではないが、またマラソンにしろ旅行にしろ金沢を訪れることがあることを願いつつ、次のレースにも備えたいと思う。