マラソン

大会結果レポート(第27回宇治川マラソン)

■2012年■

■2011年■

■2010年■

■2009年■

大会データ

Runnet

日時
2010/2/28(日) 10時30分(スタート)
場所
京都府宇治市太陽が丘
京都府立山城総合運動公園(スタート・ゴール)
21.0975km(ハーフマラソン)コース
主催
宇治川マラソン大会実行委員会
宇治市・宇治市教育委員会・(財)宇治市体育協会・宇治市体育指導委員会・宇治市体育振興会連合会・宇治市中学校体育連盟・ 宇治商工会議所・(社)宇治市観光協会・宇治茶商工業協会・宇治市茶業青年会・(社)宇治青年会議所・宇治市子ども会連絡協議会・ (財)京都府公園公社・(財)宇治市公園公社
運営協力
宇治市陸上競技協会
後援
京都府・京都府教育委員会・(財)京都府体育協会
協力
宇治警察署・宇治市消防本部・(社)宇治久世医師会・宇治市中学校校長会・宇治市青少年健全育成協議会・宇治市女性の会連絡協議会・ 宇治市連合育友会・(社福)宇治市社会福祉協議会・日本赤十字社京都府支部・赤十字レスキューチェーン京都・宇治写真集団・ 宇治ライオンズクラブ・宇治川ライオンズクラブ・京都城南ライオンズクラブ・京阪宇治バス(株)・京阪シティバス(株)・京阪電気鉄道(株)・ 西日本旅客鉄道(株)宇治駅・京都府建設業協会宇治支部・関西電力(株)伏見営業所・ユニチカ(株)宇治営業所(順不同)
天候
晴れ
記録
グロス:2時間00分39秒(完走)
ネット:1時間59分46秒(自己計測)
関連リンク
宇治市観光協会
宇治市源氏物語ミュージアム
京都府立山城総合運動公園
三室戸寺
世界遺産 平等院
世界遺産 宇治上神社
京阪宇治バス株式会社
JRおでかけネット 宇治駅構内図

大会前

京都府について

今回の大会開催地は京都府宇治市。まず京都府は近畿地方にある、人口は約262万人(2010年現在)の都道府県で、県庁所在地は京都市。

今さら説明するまでもないと思われるが、784年に桓武天皇が長岡京に、その10年後の794年に平安京に遷都をしてから明治時代、1869年に東京遷都が行われるまでの1000年以上にわたり、天皇が居所を構え日本の首都が置かれていた場所である。

京都駅前

旧国名では京の都のある山城国全域に加え、丹波の大半と丹後の全域の3国から構成され、北部は日本海に面し丹後半島に舞鶴湾と若狭湾を擁し、丹後山地が広がり、中部は福知山・亀岡盆地や丹波高地で構成され、南部には京都盆地が広がり、府の面積の75%以上が山地・丘陵地だ。

そのため気候は日本海に面する地域は豪雪地帯が多く、それ以外は内陸性の気候と、北部と南部では大きく異なっている。また行政区画としては北から南へ丹後(北丹、中心は京丹後市)、中丹地方(中心は舞鶴市)、南丹(中心は亀岡市)、京都市、そして山城(中心は宇治市)という風に分けられ広域振興局が置かれている。

歴史的には794年の平安京遷都から政治経済の中心地として栄える一方、権力闘争の舞台となり平安時代末期の源平の争いの際には保元の乱・平治の乱、鎌倉時代には承久の乱、戦国時代には応仁の乱や本能寺の変、幕末には鳥羽・伏見の戦いなどの戦乱にも巻き込まれたりもした。

鎌倉時代以降の武士が政治の中心だった時代にも鎌倉幕府は六波羅探題、江戸幕府は京都所司代などの対策が施された他、足利尊氏が室町幕府を開き、豊臣秀吉が聚楽第や伏見城を築城し、徳川家康が二条城を築いて政務の中心とし、幕末には京都守護職が置かれ新撰組が活躍するなど引き続き日本の政治を動かす上で重要な場所のひとつであった。

京都タワー

産業については日本海に面する北部丹後地方は舞鶴港を中心として漁業や水運業が盛んであり、一方山の多い丹波地域は農業や林業が盛んで特に丹波の黒豆は有名である。

そして京都市を中心とする南部については電子機器メーカーの京セラ、ゲーム会社大手の任天堂などのIT関連企業や下着メーカーのワコールなどの大企業が本社を置く他、古都として観光業が盛んであり、清水寺や金閣寺、二条城などの数多くの名跡や寺社仏閣が世界遺産や国宝に指定され、桜の季節や紅葉の季節を中心に年間5000万人以上が訪れると言われる日本有数の観光名所だ。

その他京料理や京野菜、和菓子などの古い伝統を持った食べ物も多い他、祇園祭や五山の送り火(大文字)などの伝統行事にも触れることができる。日本人である事を再確認し、日本の古き良き伝統に触れたいのならまさしく京都の街がオススメと言えるであろう。

宇治市について

宇治平等院

次に宇治市はそんな京都府の南部、京都市の南に隣接する都市で人口はおよそ19万人(2010年現在)。宇治茶のブランドで有名なお茶の産地として余りにも有名だ。

中心を流れる宇治川には宇治橋がかけられ、古くから交通の要衝として栄えると同時に、その風光明媚な景観は平安貴族の別荘地として重宝され、10円玉の裏に描かれている世界遺産として有名な平等院鳳凰堂もこの地に建てられた。

また紫式部が書いたとされる「源氏物語」の全編54帖のうち最後の10帖である”宇治十帖”の舞台としても知られ、市内には国内唯一の源氏物語に関する博物館「宇治市源氏物語ミュージアム」も開設されている。他にも世界遺産の宇治上神社や西国三十三箇所の第10番札所である三室戸寺など、京都市とともに観光名所としても知られている町である。

紫式部像と宇治橋

ちなみに宇治川はいわゆる淀川水系に属し、琵琶湖から大阪湾に流れている川なのだが、場所によっていろいろな名前がついているらしい。

琵琶湖のある滋賀県大津市では瀬田川と呼ばれ、京都に入ると宇治川と名前が変わり、更に南部で丹波地方から流れてくる桂川や木津川と合流し後に淀川となり、大阪平野を通って大阪湾に注いでいるのだ。京都市内では西部に桂川、東部に鴨川が流れているが、鴨川は伏見のあたりで桂川と合流しているので、淀川というのは鴨川・桂川・宇治川の全部の水が流れていることになるからあんなに大きいのかと地図を確認して今更ながら勉強させられた。

そして今回の宇治川マラソンは、そんな宇治市の有名な観光名所をほとんど通るコース設定になっている。

まずスタート&ゴール地点となっている山城総合運動公園を出てまっすぐ北に進みJR宇治駅前で右折する。そして宇治橋の手前で右折して平等院の前を通り、そこから宇治川沿いにずっと南へ走っていき、10km地点あたりで川を渡って反対岸を北に進んでいき宇治上神社の横を通って宇治橋の所でまた右折する。それから源氏物語ミュージアム、三室戸寺の前を通って北を数キロ走って宇治橋まで戻ると、あとは行きに来た道をほぼ同じようにして折り返すというコース設定だ。

三室戸寺

ただ実は宇治にはこのマラソンを走る前、2009年に一度来たことがあり、平等院も見学しているし、三室戸寺にいたっては三度も来ている上に、地図を見て平等院や三室戸寺の中を走れる訳ではないことは分かっていたので、今回は観光気分で浮かれるという事はそんなになかった。

更にインターネットで事前に今回のコースが非常にアップダウンや坂が多く、しんどい設定であることも分かっていた。しかし坂の厳しさについては当初の想像を遥かに超えるものであった訳だが……それはまた追って紹介させて頂くことにしたい。

大会前日まで

JR宇治駅ホーム内

京都は仕事の関係もありもう2年ほど住んでおり、半分地元であり今回は京都市内の家から直接の参加になるので気分も楽である。そして昨年初めてのハーフマラソンを走ったのも京都であり今回が全都道府県で初の二度目の大会参加となったのであった。

更に付け加えると今回は2月11日に奈良県斑鳩町のハーフマラソンに参加しており、3週間と経たないうちの大会で、同じ月に二度の参加というのも初めてであった。今回も仕事の都合であまり走り込みができなかったのだが、間隔が短いこともあって、さほど不安は感じていなかった。

直前までだが2月25日木曜日に名古屋での仕事を完了し夕方に京都に移動。この時期はちょうど2010年冬季バンクーバー五輪の真っ最中で、この前の日にはメダルが期待されるフィギュアスケート女子のショートプログラムが開催されていた。浅田真央選手が素晴らしい演技をして2位につけていて、翌2月26日にはフリーも行われ銀メダルという結果だった。いろいろいと結果については思う所もあるが、それはここでは関係ないので触れないでおく。

JR宇治駅前商店街口

そして同じ頃、京都でも3月の年度末が間近に迫り、急かつ臨時の仕事が入っていてまた忙しくなりそうな気配を感じていた。それでも前々日はまずまず睡眠も取れ、前日は午後は福岡で開催されたクロスカントリー大会のテレビ中継でエネルギーをもらい、夜はしっかり食べることができた。

しかし前日の夜に思わぬ出来事が発生してしまう。もうフィギュア女子が終わり、失礼ながら五輪観戦もほぼ終えてしまったと思っていた中で、スピードスケートの女子団体パシュート追い抜きの競技がメダルの可能性が出てきたのだ。世界ランク1位と2位がともに準々決勝でまさかの敗退をし、世界ランク3位の日本はひょっとしたら金メダルの可能性もあるという。

正直世界ランク3位なのに何で前々話題になっていなかったのか不思議であるが、準々決勝も順当に勝ち上がり、早朝5時半過ぎに準決勝、決勝は何と早朝の7時10分過ぎという予定とのことであった。マラソン大会前夜ということもあり迷ったが、ここまで金メダルゼロの日本選手団ということもあり、結局早めに休みつつ超がつく早起きをして応援することになってしまう。

大会当日

大会会場へ1(JR京都駅~宇治駅まで)

JR京都駅前駐輪場

前日にはチリで大地震も発生して大ニュースになっている中、そんなこんなで5時20分に起きることとなり、5時半に行われた準決勝では日本チームはポーランドに見事勝利で銀メダル以上を確定させ、思わずガッツポーズである。

ちなみに決勝の相手はドイツチームとなったのだが、準決勝では最後3人のうち1人が転倒するも倒れながらも泳ぐようにしてゴールラインを越えてラッキーな決勝進出を果たした。その光景に何か運が持っていそうで日本チームは実力的には負けないものの何となく不気味だった。

決勝までは1時間半以上あったので二度寝もできそうであったが、結局できずに朝食にボンゴレビアンコのパスタを食べ、出発の時間まで時間的には結構ギリギリだったのだが7時10分過ぎから3位決定戦と決勝戦を観戦することになる。

JR奈良線乗車

そして決勝戦…後半追い上げ型のドイツチームに対し序盤からリードをつけ途中までいい感じだったのだが、ゲルマン魂恐るべしといった所か、最後の最後で抜かれて結果0.02秒差での銀メダルに終わった。正直残念な気持ちで一杯であったが3選手ともよく頑張ったと思う。

しかしそんな余韻に浸る間もなく、その後すぐに荷物をまとめて着替えも済ませ、慌てるようにしながら自転車で京都駅へ向かったのだった。

ちなみに京都市内から宇治に行く方法はいくつかあり、今まで宇治や三室戸寺に行く時は四条河原町に出て少し歩き祇園四条から京阪電車に乗り中書島駅から京阪宇治線に乗り換える方法を使っていたのだが、今回は京都駅からJR奈良線で行く方法を採った。ちなみにJR奈良線をそのまま乗っていくと前回訪問した奈良駅へと辿り着くのだが、今回はその時の経験を活かしている。

京都駅に到着し、駅前の駐輪場に前回の奈良行き同様に自転車を停めると急いで京都駅に向かう。すると7時48分の奈良線の電車に間に合い、とりあえず予定していた時刻には間に合いホッと胸を撫で下ろした。

JR宇治駅に到着、改札へ

車内は少し混んでいたが京都駅は奈良線の最初の駅ということもあり何とか座ることもできた。そうして電車の旅がスタートしたのだが、早くもその時点で電車内には明らかに宇治川マラソンに出場する人がたくさん乗り合わせており、前に立っていた5人ぐらいのグループが話す声が正直ちょっとうるさかった。

京都駅からJR宇治駅までは23分ぐらいであっという間だったが、この日は最初から何か調子がおかしく、宇治駅に到着する少し前にそういえば帽子を入れ忘れたのではという疑念が生じる。

朝例の五輪観戦で慌てていたこともあり、荷物をしっかりチェックしなかった事からそのような思い込みをしたのだが、そう思い始めると空が曇りから急に日が差してきたりして焦ったのだが、幸い駅に到着してカバンの中チェックするとちゃんとあったので事なきを得た。

大会会場へ2(JR宇治駅前シャトルバス乗り場)

JR宇治駅

宇治駅に到着するとホームを少し撮影し、階段を上って改札へと向かう。改札前にはたくさんのパンフレットが置いてあり、大河ドラマで話題沸騰中の坂本龍馬のもあった。

そしてここでいつものようにコインロッカー作戦も考えたのだが、そんなにロッカーに入れる荷物もなかったので結局そのまま階段を下りていき、駅前にあるバス停に向かう。

するとバス停の前には既に結構な行列ができていた。ただ時刻はまだ8時20分にもなっておらず、スタートの10時半まではまだかなり時間あったのであまり気にせず列に並び待つことにする。

JR宇治駅前バスターミナル

ところがそうは言ってもなかなか来ないバスに仕舞いには我慢しきれずタクシーで行く人も出始める。そして8時34分ぐらいにようやく1台バスが来てたくさん人が乗ったのだが、自分はギリギリで乗れず更に待つ羽目に。もっともこれで確実に座れると前向きに考えて引き続き待っていたのだった。

するとしばらくして前方の通りでとんでもない事件を目撃する。バイク同士が衝突事故を起こし、運転手が吹っ飛んだのだ。50メートルは離れているので詳しい事態までは把握できなかったが、ぐちゃっという音もしてバイクは派手に損壊したものの、運転手はどちらもケガはないようで、どちらに非があるないで揉めているような感じも受けた。

目の前で衝突事故発生

バスを待っていた人の大半は気づいてその様子を眺めていて、自分も必要があれば証言者になっても良かったのだが、他にすぐ近くに目撃者もいたようなので結局その必要はなく、それから15分ぐらい待たされてようやくバスに乗ることができたのだった。

もちろんちゃんと座ることができ、バスの方は料金も180円でそんなに遠くもなかったのだが、バスが運転している間中ずっと坂を上っていっているのが分かり、そこがマラソンのコースにもなっているのが分かっていたので心配になった。山城総合運動公園はまさに丘の上にある…というような感じで想像していた以上の勾配だったのである。

スタート前(受付~着替え~スタート地点へ)

山城総合運動公園に到着

バスが山城総合運動公園に到着すると目の前にはSL機関車の大きな模型が置いてあり、その先にスタート地点を示すポールが立てられていた。それらを一つずつ写真撮影していくうちに段々と気持ちも盛り上がってくるのが分かった。

受付会場はそこを更に階段を登った上にあり、右手にはレストラン、階段昇り切るとたこ焼きの屋台や宇治茶のお土産屋、それにランニンググッズのショップなどの出店もあって賑やかな雰囲気になっていて、UPしているランナーもたくさんいた。開会式やプレゼント抽選会の席も用意されていて、レース終了後そこで表彰式が行われるであろうことも予想できた。

受付票を写真撮影してから受付でゼッケンと記念品など受け取り、大きな垂れ幕のある建物の中に入っていくとたくさんの人がいて、着替えている人もいて賑わっていた。トイレも並んでいて早くも列ができていた。

受付会場前

ところが実は更衣室は隣の建物だったらしく、一度建物を出てそちらにに向かう。入口には受付の人が待機していて配っていたアメもらって中に入っていくと、そこにはコインロッカーがたくさんあったのだった。しかも料金はたったの100円で駅のコインロッカーを使うのを思い止まって正解だったと思いつつ、京都にちなんで794番のロッカー使うことにした。

ゼッケンつけて着替え済ますと、携帯と財布、それにヴァームゼリーと抽選券を持って更衣室の中にあったトイレに向かう。そちらは最初だけ大の人が行列を作っていたが、その後はそんなに並ぶこともなく、その間何回か行くも今回トイレで困ることはなかった。

コインロッカーのある更衣室内

それから一度外に出てみるが、2月末ということもあってまだ結構寒く、更に抽選会場にも行ってみるが、スタート1時間前を切ったということで抽選はいったん打ち切られて受け付けてもらえなかった。ヤマザキパンだったか松たか子のチラシのあるパンもプレゼントの中にあるようで、なぜかそれが一番記憶に残っている。

そんな経緯でまた更衣室に戻り、その後は10時10分過ぎ、スタート20分前ぐらいになるまでアップや準備運動をしっかり行う。そしてヴァームゼリーを飲んで、更衣室にある鏡でチェックしてからサングラスをかけてスタート地点へと向かった。今回はスタートまでの準備は万全である。

スタート

スタート地点

スタート地点にはもう結構人が並んでいて、自分も先頭付近にいた係員にハーフのスタートはここでいいのか確認してから後ろの方に並ぶ。

そこで後方からスタートラインに向けて写真を撮ったのだが、列の先頭を正面から撮っていないことに気づき一度列を外れて写真撮影してから再び並ぶ。

そしてスタート10分前になってどんどんと緊張感が高まっていく。ストップウォッチも確認しつつ待っているが、今回は列の真ん中に埋もれてしまい結構ガヤガヤとしゃべり声が大きく、スタート合図がどうなっているのかが分からず心配になった。

スタートの合図を待つランナーたち

もうそろそろスタートと思っていると、そこで突然行列が動き出した。ただこれはスタートのポールよりかなり前にスタートラインがあったのでそこまで移動したらしいのだが、正直紛らわしかった。

そうこうしているとようやくピストルの音が聞こえてきて、スタートの合図とともに行列が一斉に動き出していったのである。

レース序盤

あと少しでスタート

今回は列の後方に並んでしまったらしく、結構な人でスタートラインの通過まで53秒かかった。

そしてスタートしてからしばらく、まずはずっと下り坂と分かっていたので自然とスピードが出る走りになってしまう。

それでも前回奈良の際にも少し前半飛ばして貯金を作って成功していることもあり、かなりのペースで人ごみをかき分けるようにどんどん人を抜いていったのだった。

もっとも今回は1kmごとの表示板がなく、しかも今まで経験のない下り坂だったので序盤は全然ペースがつかめないまま3.5キロぐらいの地点で最初の給水を迎える。給水もいつもよりちょっと早くまだそんなに喉が乾いていない時だったが、後々の事も考えてきちんと取るには取って先へと進んだ。

しかしこの辺りから結構太陽が出てきて暑くなってきていて、しかも思った以上にペースが出ていたようで、後悔し始める。ほどなくして長い下り坂が終わり、宇治駅のある通りまで来てから右に折れて宇治橋へ向かって走っていった。

実はここから宇治川に出るまでの間どこを走っているか全然分からなかったのだが、後から地図を見返すとJR宇治駅の前を通って、宇治橋の手前で更に右に曲がってから平等院の横を通っていて、ここは前回宇治に来た時にお土産を買ったり、昼ご飯を食べた商店街を走って通っていたのだった。しかし走っているとどうも景色をのんびりと見る余裕がなくなってしまう。今回もまさにそんな感じだった。

宇治川沿いを走る1

宇治川に出て川沿いに走り始めたちょうどこの頃から明らかにオーバーペースだった事に体が気づき始めるが、とにかく1キロごとの表示がないのでペースが分からない。今回はこれに尽きた。このあたりは緑も多く川の横を走るのは気持ちいいのだが全然楽しむ余裕もなかった。

結局今回は5kmの表示もきちんと発見することができず、しばらく走っていると10kmの部と思われるランナーたちが折り返しでハーフとは別の道へ行ったので、あのあたりが5kmだったようだ…程度の記憶しかない。

その時に時計をチェックしてみたのだが、26分30秒ぐらいで、53秒のロスを引くと1キロ5分ペースでは走れていたようだ。ただいつもと違って暑さのせいかしんどい状態で最初の5kmを終了した。

レース中盤

宇治川沿いを走る2

その後も川沿いを南の方へひたすら走っていき、白虹橋という橋を渡って川の反対岸に出ると今度は北に向かって川沿いを走り始める。

この辺りからは緑も多く特に風光明媚な感じがして、あまりに景色がきれいだったので1枚撮っておこうと携帯電話を出すため右ポケットを探る。

すると左胸のあたりが急に痙攣し出して動揺するが、ただ心臓ではなくて左胸あたりの筋肉だったと後で分かったのでホッとするもののやはりあまり調子よくなく、ペースは段々落ちていき、この辺りからどんどん抜かれ始めていった。

この頃からはもう記録についてはすっかり諦め、この後は携帯をしまうことなく青いタオルにくるんで左手に持ってずっと走り、所々で撮影した。するとなぜか撮影の度に少し気持ちリフレッシュできてペース上がるのだが、しばらくすると疲労がきてすぐにペースが落ちる…この繰り返しだった。

宇治川沿いを走る3

途中神社の鳥居のような朱色の橋を渡り、このあたりは京都らしい家並が続いていた。歩行者も結構いたのだが、ただあまり応援熱心とはいえない人もいれば、「ガンバレ」とちゃんと言って応援してくれる人もいて人それぞれだった。

スタートしてからの下り坂が終わるとJR宇治駅前からこの宇治川を北に走っている間あたりまでは結構フラットな道が続き、しんどいながらも何とか食らいついていたが、再び宇治橋に戻り、そこを更に右に曲がって源氏物語ミュージアムの横を通って黄檗駅の方へ向かう頃になると、ここから上り下りが尋常じゃないぐらい増えて足に堪え始める。

それでも最初は結構頑張って登っていたのだが、登りきってから更にまた登りという場所もあってさすがに気力だけでは補い切れなかった。

宇治川沿いを走る4

その後もとにかくペースが一定しないまま、更に究極にしんどそうな坂を迎えたのだが、その手前あたりから速いランナーが反対方向に向かって走ってきたので、もうすぐ折り返し地点だと分かりちょっとホッとする。

その坂もきついのは変わらなかったが、登っていく途中に2度目の給水がようやくあり、しっかり飲んだだけでなく、体にもかけた。今回はポカリスエットだったが、ベトベトするのは承知でとにかくかけた。

水もあったのかもしれないが、仮に水があったとしても分かりにくかったのでそこはちょっと問題かもしれない。それに給水が3.5キロの後10キロ過ぎというのも間が開きすぎな気がする。更にこの後最後の給水も残り3.5キロぐらいの所だったので、給水のタイミングはちょっと自分には合わない感じと言わざるを得なかった。

折り返し地点から後半へ

折り返し地点

坂を頑張って登り切るとようやく赤い折り返しのポールが見えてくるが、ただ今回はポンポン叩く余裕もない。

結局10キロ地点の表示も確認できず、折り返し(10.5キロあまり)の時に時計を見ると53分30秒ぐらいだった気がする。まだこの時点では1キロ5分ペースをかろうじて保っていたようだった。

しかし折り返すと当たり前だが一転して下りとなり、今までの鬱憤を晴らすかのようにここはすごいスピードで下っていき、ランナーをごぼう抜きした。

しかしこれで気持ちも新たにペースも戻せるかと思いきや、またきつい上りと下りの繰り返しで、さすがにバテて足がより一層動かなくなってくる。

この後住宅地っぽい道が続き、その途中では三回訪問している三室戸寺に行く途中に通った記憶のある道も通っていた気がしたのだが、後から確認してみた所やはり三室戸寺の横を通っていたようだった。

宇治川沿いを走る5

ただ京阪の三室戸駅から三室戸寺にまっすぐ進む道のほんのわずかな部分しかコースには入っていなかったので、その途中にある風変わりな看板やポストがあるのだがそれらは見つけることができなかった。たぶんコースには入っていなかったのだと思う。

それから再び源氏物語ミュージアムの横を通って宇治橋まで戻り、そこからまた宇治川沿いにもと来た道を反対に走るコースが続いていくのだが、とにかくもう完全に足にもきているし体力的にも暑さのためかバテバテで、タイムは考えずただひたすら完走だけを考えて粘りの走りをする。

そして再び白虹橋に戻ってきて橋を渡って反対岸に戻ったのだが、橋の手前で結構年配と思われる男性のランナーがうずくまっていて、警察官が電話して救急車を呼んでいるような場面に遭遇する。

宇治川沿いを走る6

間もなく救急車の音が走っていると聞こえてきたので、多分あの男性が搬送されていったのではないかと思う。

その後ももう一度救急車の音を耳にしているし、私もバテバテで抜かれまくったが、完全に参ってしまい歩く人も周りには結構いて過酷なレースを物語っていた。

その後行きにはなかった山を登っていくような箇所があったのだが、そこが最後の白川浜関門所だったらしい。そこではあと8分でゲートが閉まるような旨のアナウンスして叫んでいたので、これで途中棄権はなくなったと分かってホッとした。

レース終盤~ゴール

最後の上り坂

それからまた宇治川沿いを北へ頑張って走っていると最後の給水が。多分残り3.5キロ地点ぐらいだったと思う。

もうこの時はのどの渇きだけじゃなく、お腹も結構空いてきていて、朝オリンピック中継を見ていたせいで慌しかったので、ボンゴレビアンコ2袋食べなかった事を後悔した。

最後の給水に関しては喉もカラカラだったので体には水をかけずに2杯全部飲んだ。それでも足りなかったぐらいで戻ってでもちゃんと飲まなかったのを後悔したぐらいだ。

平等院までの商店街の辺りだったか、それより前か後かも記憶していないのだが、そうこうしているとようやく残り3キロを示す山吹色の丸いデカデカとした表示が。折り返し地点以外で初めて距離が分かる表示で、今更という感じもしないでもないが、時計見ると1時間38分か39分ぐらいだったと記憶している。

あと3キロを1キロ5分ペースで走れば1時間54分ぐらいで走り切れるとも思ったが、最後残りはずっと上り坂だと分かっていたのでそれは期待できないと冷静に思い、何とか2時間切れればとも思って走り続けた。

ゴール地点の競技場

しかし上り坂に入るとやはりペースは全然上がらない。歯を食いしばって坂を上っていると、家族総出でなのか分からないが紙コップに水を入れて配っている方々がいて、それが思いもよらない給水になったので、非常に感謝だった。残りが2.5キロだとも教えてくれた。

それからラスト2キロの表示が過ぎてから一層坂がきつくなり、この辺りからは背筋も張ってきてもう満身創痍という感じだった。いつもなら絶対負けないような若い女の子なんかにも抜かれるのは精神的にかなりきつかったが、それでもただゴール目指して足を進めた。

そして最後の残り1キロの表示で時計を見ると1時間53分ぐらいで、2時間切れるかかなり微妙になってくる。とにかく坂がきつくて足が進まない。

ようやく行きにバスで見た丘の上にある競技場というのが見えてきたが、さらにトドメを差すように上りがきつくなる。最後は思うように伸びないペースと2時間も切れない情けなさに悔しさがこみ上げてきて、吼えながら何とか気力を奮い立たせて足を進めた。

ゴール直後

そしてきつい坂を上りきると目の前に競技場のトラックが見えてきて、ゴールはトラックなんだと思いつつ。最後の直線を懸命に走り切る。

もう時計で2時間は切れないということは分かっていたのだが、最後ゴールラインを通過した時には2時間39秒52といったタイムで、何とかネットタイムでは53秒マイナスなので1時間59分46秒、そちらでは2時間をギリギリ切った計算でそこは面子を保った。

ちなみにスタートラインにはタイムを測るマットがなかったので、ネットタイムの計算は今回はないのだろうなと思っていたら、完走証を受け取ったら案の定ネットタイムはなかった。

レース後

ゴール直後

ポカリスエットを飲む

それからフラフラになりながら競技場内の写真を少し撮った後、また階段を昇って上に上がった所に、ドリンク配布と完走証発行のテントがあって、そこでポカリスエットをカップで配っていて、2杯飲んだ。

まさか今回ペットボトルはなしかと思っていたら、「寒さに負けない冬の健康対策水(カロリーオフ)」というあまり普段見ない銘柄のペットボトルを奥のテントでもらう。

それから完走証を受け取り、階段の前あたりに戻ってから記念撮影をしてからまた坂を上っていくと受付会場の広場へと戻ってきた。

もう既に表彰式が始まっているようでマイクの音が聞こえてきたが、会場に戻ってくるとまず最初にココアとお茶を無料配布しているスペースがあり、更にそれに続いて豚汁とか似顔絵を描くサービスやら、いろいろな出店が出ていた。

宇治茶を楽しむ

ただ豚汁は奈良の時と違って300円だったので今回はやめておいたが、温かいお茶は宇治ということもあってやはりおいしかったし、飴茶なるものはショウガも入っていてとても体が温まり芯から回復するようだった。

レース後(抽選~着替え)

表彰式

その後会場付近や表彰式の模様の撮影を少ししてから最初にできなかった抽選スペースに再び行ってくじを引いた。

残り物には福があったようで、源氏物語のクリアファイルを見事に引き当て、白と赤のがあってどちらにするか迷ったのだが、赤い方をもらう。

それから更衣室に戻ると、自分のロッカーの反対で着替えている人がいたので、その人が終わるのを待ってから座り込んで着替えを始める。

抽選で当たったクリアファイル

さすがにかなり疲れていてヘトヘトだったが、着替え終わるとトイレに行き、外したゼッケンや携帯電話がポカリスエットのためか少しベトベトしていたのでそれを水で軽く拭いてから更衣室を後にした。

更衣室の前には係りのおばちゃんがいて、スタート前からずっといろいろと注意事項を叫んでいたのだが、最後気持ちよく挨拶できたのでよかった。

帰路(宇治駅まで歩いて帰る)

お茶のお土産屋

それから屋台で何か食べようとも思ったのだが、この日はここ数日の暖かさから一転してちょっと外が寒く、更に手袋もマフラーも持っていかなかったので、外で食べるのはちょっと嫌だなということで、結局お腹はかなり空いていたが諦めて会場を後にしバス乗り場へと向かう。その辺りでようやく落ち着いたので友人にメールを送った。

しかしバス停の前には行き同様にかなりの行列があって、さすがにもう待つのも疲れていたので嫌だったし、行きのバスで宇治駅までそんなに距離がないことが分かっていたので、歩いて帰ることにする。

歩いて競技場を後に

歩いて帰るといっても宇治駅までずっとマラソンのコースで走っていた道のりでしかもほぼまっすぐなので迷うこともなかったし、一箇所T字路になっていたが、そこは近くにいた警備員のおばちゃんに宇治駅はまっすぐかと確認して親切に教えてもらったのでまったく問題なく、しかも行き帰りの上り下りを冷静に分析しながら歩くことができた。

あとでゆっくり歩いてみると確かに山城総合運動場の手前は相当きついが、そこから宇治駅までは比較的緩やかな坂になっていることが分かる。しかしこれでも18キロ走った後だときついのだと、箱根駅伝の花の2区の最後の坂と重ね合わせて物思いにふけっていた。ちなみに5区の山登りもすごいことだとも今回のレースで思ったのは言うまでもない。

帰路(JR宇治駅~宇治橋へ)

中村藤吉本店

案の定そんなに時間もかかることなくJR宇治駅にはあっという間に戻ってこれた。ちなみに帰りは道がかなり渋滞していたようで、バスの待ち時間も合わせると歩いた方が賢明だったと思われる。ちなみにバイクの衝突事故の現場の付近も通ったのだが、もうすっかり片付けられていた。

そこでそのままJR宇治駅に行き電車に乗って帰っても良かったのだが、前述のとおり昨年5月に宇治橋から平等院のあたりを見物に来ていたので、そこをもう一度見たかったのと、お土産屋で買い物したかったのもあって、商店街入口で行きしなに気になっていた源氏物語の看板の写真を撮ってから、商店街を通って宇治橋の方まで歩いていった。ちなみに本ページTOPにある貴族の男女が見つめ合っているのがその看板の写真である。

ちなみに宇治橋に行くには京阪の宇治駅の方が断然近く、昨年来た時は京阪を使って来た。また三室戸寺も前述のように3回ほど行ったことがあって、実は宇治は以前から結構来ているので結構馴染みの場所なのである。

ベーカリーショップタマキ

商店街も昨年1度来ていて、まず中村藤吉本店という宇治茶の有名な店が見えてきたのだが、ここは前回行っているので今回は我慢し更に左手に折れる。

そうすると宇治橋の方に行くのだが、ここの商店街の中に実は昨年来た時には休みで閉まっていたタマキというパン屋があって、そこの抹茶の食パンが大変評判ということで買いたかったのだが買えなかったので、今回もそこを訪れてみると、店は開いていて高校生と思われる学生が何人も店の前で買ったパンを食べていた。

店にも入ってみたのだが、お目当てのパンは人気ということもありもう売り切れてしまっていたのは残念だった。

帰路(宇治橋~商店街でお土産購入)

宇治橋

宇治橋は何となく雰囲気のある橋で、橋のすぐ横には紫式部の石像も立っていて「源氏物語」の縁の地ということがさかんにアピールされている。

そしてそこを基点に歩いてきた商店街と、平等院に向かう方にももう一つ商店街があるのだが、この平等院に向かう後者の商店街は宇治茶を武器にしたお土産のお店が圧倒的に多い。

ちょうど宇治橋に着いた頃には14時を過ぎていて、ここで友人に電話をして今日のレースについて話をする。

平等院入口

それからお土産を買うために平等院の方の商店街の方に進んでいき、平等院の入口の写真だけ撮ってから再び引き返す。

近くにおいしい茶そばなどの店もあったのだが、今回はあまりいい記録でもなかったし少し気が引けたので我慢して帰宅の途に着く事になった。

ただお土産だけはしっかり通りにあった店で買った。泉園というお店で今回は茶だんごと茶そばを買った。

帰路(宇治駅~京都駅へ)

帰りの奈良線

それから再び宇治橋を経由してJR宇治駅の方に歩いて戻ったのだが、看板によると400mぐらいあるらしくレース後の体には結構堪えた。

それでも何とか駅に到着すると少し駅の周りの写真を撮ってから切符を買って改札を通り、龍馬ゆかりのパンフレットを行きは邪魔になるため我慢していたのでここで頂いてからJR奈良線に乗って京都駅へと帰った。

帰りはみやこ路快速で行きよりも早く、更に座れたので、ゆったりと休憩しながら京都駅まで戻ることができた。

京都駅に戻ると奈良線や新幹線入口の前を通っていくのだが、ここはいつもカレーのいい匂いがする。そこでこの日は空腹もあってカレーを食べたいと思いつつ京都駅の中央改札を出て、それから駐輪場で自転車を回収して家までのんびりと自転車に乗って帰った。

遅い昼ご飯の豚焼肉定食

そしてこの時点でもう時刻は3時半を回っていたと思うが、家の近くの松屋に立ち寄りここでようやく昼食にありつく。

本当はカレーを食べるつもりだったのだが、メニューを見ているうちに妙に豚焼肉定食が食べたくなり、それを注文して食べた。昔から松屋の豚定は好きだったのだが、最近あまり食べていなかったので、久しぶりだったがかなり美味しかった。

そして家に戻ったのだが、疲れでウトウトと寝ていて夜の7時ぐらいまで寝ていた気がする。

後日談

完走証とスポーツドリンクと飴茶

今回は坂というものがいかに厳しいものかを痛感させられた大会であった。直近の奈良のいかるがの里・法隆寺マラソンもかなりの坂だったが、それを遥かに超える坂の連続だった。正直宇治川沿いを走っている時以外は全部坂だと思っておいた方がいい。

坂の上り下りは違う筋肉を使うというのはそのとおりで、充分対策を立てて臨むか、とにかく無理して早く入り過ぎないように心がけないと、この大会はきついと思う。

しかし風光明媚で走っていて気持ちいいし、世界遺産のそばを走れるのも魅力的だ。終わってからじっくりと訪れるのもいい。10円玉でしか見ることのない平等院も一見の価値があるし、三室戸寺も個人的にはアジサイの季節が一番すごいと思うがどの季節に行ってもオススメである。

お土産の茶団子と茶そば

そして宇治茶を使った抹茶だんごや抹茶アイスなど、これらはどれも絶品なので、マラソンに参加がてら是非味わってもらいたい。

私も今回はあまり良い記録が出ず散々だったので、来年是非リベンジしたいと思っている次第だ。

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