今回の大会開催地は奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町。奈良県は本州の真ん中あたり、紀伊半島の内陸部に位置し、人口は約140万人(2010年現在)。県庁所在地は奈良市で、行政区分は近畿地方に入る。
北部は西に奈良盆地、東に大和高原が広がり、隣接する大阪や京都のベッドタウンとして近年開発が進んだが、南部は紀伊山地のため険しい山が多く、歴史的には南北朝時代の後醍醐天皇の南朝などのようにその地の利を活かして反中央政府の拠点となることもあった。
旧国名は大和で、現在の天皇家の祖とされ、この地に強力な勢力を誇ったいわゆる大和朝廷(ヤマト王権)が3世紀から4世紀の古墳時代前期から栄えはじめ、年月をかけて現在の日本の基礎を作ったと言われている。
そして8世紀後半に784年の長岡京遷都で都が京都に移されるまで、大和にはずっと日本の首都が置かれていたため、東大寺や興福寺、そして法隆寺などの寺社仏閣の他、宮殿跡や古墳などの古代遺跡がたくさんあるのが大きな特徴で、その多くは国宝やユネスコの世界遺産に登録されている。
近年はそれらの歴史遺産を活かし観光名所としても栄えている。年間観光客数は4000万人とも言われ、京都とともに日本の古都として修学旅行などで訪れる学校も多い。かく言う私も小学校の修学旅行は「京都・奈良」であった。
産業は前述の観光産業や遺跡発掘の他に、南部吉野杉で有名な林業、あすかルビーで有名なイチゴやスイカ、柿、茶などの農業なども盛んで、また金魚の出荷匹数も日本一らしい。
一方斑鳩町はそんな奈良県の北西部・生駒郡にあり、県庁所在地である奈良市からもそんなに遠くないが大阪との県境にも近いことから近年は大阪のベッドタウンとして都市化が進んでいるらしい。とはいえ何と言っても飛鳥時代に聖徳太子が法隆寺をこの地に建立したことで有名だ。
厩戸王(聖徳太子 574~622)は6世紀末から7世紀前半にかけて活躍した政治家で、日本初の女帝とされる推古天皇の治世下で皇太子・摂政となり、冠位十二階や十七条憲法を定めるなどその優れた手腕で天皇を中心とした中央集権体制を強化する一方、外交でも手腕を発揮し遣隋使を派遣して隋の最先端の文化や制度を採り入れ、法隆寺や広隆寺などの寺院を建立するなど仏教の興隆につとめ、「国記」や「天皇記」の歴史書を編纂するなど、日本の歴史上の賢人・スーパースターとして知られている人物である。
そんな聖徳太子が自らの住む斑鳩宮の近くに建てたのが法隆寺(斑鳩寺)で、607年の建立とされている。ちなみに聖徳太子の建立したお寺というのは他にもいくつかあり、下記が聖徳太子建立七大寺と言われているらしい。
法隆寺は金堂と五重塔がある西院と夢殿のある東院に分けられ西院の方は現存する世界最古の木造建造物(ただし一度焼失しており太子の時代のものではないらしい)。
そのほとんどが火災などを免れたためその多くが国宝や重要文化財に指定されている他、1993年にはユネスコの世界遺産に日本で最初に登録された「日本の世界遺産第1号」でもある。
以上のように非常に歴史のある斑鳩町と法隆寺な訳であるが、前述の通り私は小学生の時の修学旅行で来ているはずなのだが、正直20年以上も前の事でもあり鮮明には覚えていない。そのためしっかりと今回は見て回りたい、と思いつつ聖徳太子の時代の古都のロマンに思いを馳せていた。
一方で今回の大会前、風邪を引くなど体調を崩してしまい、大会前の最後の走り込みがまったくできなかった。
ただでさえ最近仕事が多忙で練習不足な事もあったため不安は隠せなかったが、とにかくやれる範囲で頑張って走るしかないと頭を切り替える。
そして更に追い打ちをかけるように、4・5日前に週間天気予報をチェックしてみると、11日木曜日の大会当日を中心に10~12日までの天気が雨模様との予報が…。
結局この予報は前日まで変わることなく、10日時点でも11日の天気は午前中が確か30%、午後は70%~90%の雨の予想で、さすがにこれは記録も期待できないなと諦めざるを得ない状況であった。
更にこの日はレース後奈良駅に戻り、東大寺の大仏や奈良公園のシカも見物し、写真もたくさん撮れればと考えていたのだが、これでは写真機材もいいものは持っていくことができず、テンションはいささか下がり気味で就寝を迎えることとなる。
もっとも今回は前々日が仕事で慌しくあまり睡眠が取れてなかったせいか、逆に前の晩はよく眠れた。11時ぐらいには寝られて起きたのは7時ぐらいだったと記憶している。
しかも前日の夕方に既に名古屋から京都に移動していたこともあって移動も京都駅からJRを使って1時間とちょっとと楽な上に、今回のマラソンのスタートが正午、昼の12時ということもあり、朝は余裕を持って出発することができた。
今回は久々に京都ハーフの時にも同行してくれた友人と久しぶりに一緒に大会に行く事になっていて、恒例のボンゴレビアンコのパスタに加え、スタートまで割と時間もある事からスパ王の海老と貝柱の和風たらこ香り立つすだち仕立てというパスタも食べておいた。
8時40分ぐらいに部屋を出て、それから友人と合流した後自転車で京都駅に到着。駅そばの駐輪場に自転車を停めた後、改札で切符を買いJRの構内へと入っていった。
京都から斑鳩町へ行くには京都駅からJR奈良線のみやこ路快速に乗れば45分ぐらいなのだが、奈良線は新幹線中央口のすぐ手前から乗ることができる。
そのため一度階段を昇って南北自由通路を通るのだが、その途中Mannekenというベルギーワッフルの店でワッフルを買い、更に奈良線のホーム横にある自販機でホッと紅茶を買ってから列車に乗り込んだ。
みやこ路快速の9時19分発に乗り込みほどなくして列車が出発したのだが、まだこの時点では雨はほとんど降っておらず何とかこのまま少しでも天気が持ってくればと願いながらの出立であった。
車内では無事座ることもでき、いろいろと話をしたり地図で今日の予定を話したりしていると、列車はいつの間にか京都から奈良に入り、景色も山が多くなってきた。友人はウトウトしかけたが、結構あっという間に45分は過ぎて列車はあっという間に奈良駅に到着した。
エスカレーターで下に降り奈良駅の構内に出ると、そこは意外と言っては失礼だが非常にきれいな造りで、時刻表の上には「ようこそ。平城遷都1300年祭へ。」というマスコットキャラクターのせんとくんも写っている垂れ幕が掲げられていた。 もちろん2010年が710年の平城京遷都から1300年目の節目の年であることは例のせんとくんの騒動で充分知っていたので、ここでようやく奈良に来たんだなという実感が湧いてきた。
その後トイレに寄った後大和路線に乗るため再びエスカレーターで上に上がり列車に乗り込み、10分足らずで列車は法隆寺駅に到着。途中「ひとりバンクーバー」というお笑い芸人ブラックマヨネーズの小杉氏の写真が強烈な枚方パークの中吊り広告が印象的だったが、そういえばバンクーバー冬季五輪もこの次の日の開幕だったので納得の広告であった。
法隆寺駅は飛鳥時代を彷彿とさせるような茶色い柱が印象的な造りになっていて、改札口には奈良駅と同じようにせんとくんのイラストの入った垂れ幕が到着を歓迎してくれていた。
興奮が高まる中「シャトルバスのりば」のプラカードを持った男性の横を通って階段を降りていったのだが……
外に出てみるとそこに見えてきたのは、シャトルバスの乗り場に向けてずらっと並ぶ人の列……ざっと見積もっただけでも200~300人はいるのではという感じで、乗り場は割と先の方まで屋根がついているのだが、その屋根を少しはみ出す位置まで行列は続いていた。
とはいえ昨年末の鈴鹿シティハーフマラソンの反省もあり今回も比較的余裕を持って出てきたので、そんなに焦りはなかった。ただこのあたりから雨も結構な降りになっていたので、屋根の所に行くまでは大変な状態だった。
それでもこの時間を利用して着替えだけでもしておこうと思い再び駅の改札の方に上がっていったのだが、残念ながらトイレは改札の中にあり他に着替えるのに適当な場所もなかったので、それは断念せざるを得なかった。
仕方なく駅周辺の写真を撮ったりすぐ近くにあったコンビニに立ち寄ったりしながら時間を潰していると、徐々に行列は前へと進んでいったのだが、時刻が11時を回るとさすがに不安になってきた。
現場にいた係員の話だと歩くと30分ぐらいかかるらしいので、私より後ろにいた人の中には諦めて歩いて会場を目指す人も出てきたが、自分たちはもう一本来れば乗れる所まで来ていたので、あとちょっとの辛抱だった。
そんな中1台の黒っぽいワゴン車がやってきてシャトルバス乗り場に停まる。「輸送車」と白い張り紙のついたその車はどうやらあまりの行列を危惧した大会関係者がよこした車のようだった。少しでも早く多くの人を届けたい一心からの対応だったと思うが、正直乗れても6、7人なのだが、その心遣いに何か温かいものを感じた。
そうこうしているうちにまたシャトルバスが到着して、ようやく自分たちが乗れる事になった。しかも先のワゴン車が6、7人乗せていってくれたおかげで自分たちはかろうじてで座ることもできたのが幸運だった。
後から開会式で役員の人が話していた所によると、今回の参加者は前回の1600人ほどから800人ほど増えて2400人ほどに増えたらしく、そのせいもあって今回の大行列になったのかもしれない。39回目という歴史ある大会だが、平城京遷都1300年や最近のマラソンブームの影響もあってか、1.5倍になったのだから大会関係者も嬉しい反面運営は大変だったことと思う。
バスに乗ることができた後は鈴鹿のような渋滞に巻き込まれることもなくやがて目的地の斑鳩町役場に到着。バスを降りると歩道橋を渡っていったのだが、歩道橋の上に来るとメイン会場となるすこやか斑鳩・スポーツセンターが見えてきて、否が上にでも興奮してきた。
会場内に入るとアミノバリューの旗やスタート&ゴールの黄色いゲート、それに大会の垂れ幕なども見えてきて、それらをサッとカメラで撮影しつつ奥にある受付会場の体育館へと進んでいく。 そして玄関まで来ると土足禁止の表示もあり靴を脱いで体育館に入っていったのだが、場内はすでに大変な人だかりで賑わっていた。
人をかき分けるようにして中に進んでいき、ようやく受付までたどり着いてゼッケンと大会参加記念品を受け取ったのだが、今回は何とリュックサックが参加記念品だった。これまでの大会ではすべてTシャツだったので、すごく豪華な感じがした。それになかなかカッコいいデザインで気に入っている。
その後友人にゼッケンをつけてもらうなどしてもらいつつ着替えを済ませたが、その前に早く行かないとトイレに行列が出来て大変な目に遭うことをこれまでの経験から思い出し、すばやくトイレへと向かう。するとその時は比較的まだ行列も少ない方だったのだが、用を済ませてトイレの外に出てみるといつの間にかすごい行列ができていた。瞬時の判断で危険を回避できて何よりであった。
それから体育館に戻ると入って左手の所にあったテーブルの上にはいろいろなパンフレットのほかにビニール袋が置いてあって、各々がそれに荷物を入れたり、あるいは穴をあけてレインコートにしたりしていた。
自分もこれはいいと思い2枚を手に取って一枚には荷物を入れ、もう一枚で即席のレインコートを作り上げたのだった。
出走の準備が完了すると荷物を置いて外に出て、靴を履いた後に記念撮影をし、それから友人とはここで別れてすぐ横にあったスタート地点へと向かう。時刻はまだ11時50分少し前といった所だったので充分余裕を持ってスタート準備が完了したとその時は思ったのだが……
ところがここで大変な事を忘れていた事に気づく。慌しく受付から着替えをしていたせいもあってか、いつも必ずスタート前に飲むヴァームゼリーを飲み忘れていた事に気づいたのだ。
それでもまだ時間は10分ぐらいあったので、冷静に体育館に戻りヴァームゼリーを飲んで体育館を出る。すると…
自分の左後ろあたりから突然オレンジ色の物体が出現しビックリしたのだが、よく見ると何かの着ぐるみのマスコットキャラクターであった。
柿をモチーフにしたようなマスコットなのかなとその時は思ったのだが、その通りで後から調べてみるとこれは名前を「パゴちゃん」といい、柿と五重塔を組み合わせて創られたという斑鳩町のマスコットキャラクターであった。ちなみに参加賞でもらったリュックサックにもちゃっかり登場している。
突然の出現にビックリしたものの、まだ時間があったので慌てて携帯電話のカメラを使って撮影しようとしたのだが、そうしていると今度はまた左後方から別の物体が姿を見せたのであった。そしてそれは何と……あの世間を騒がせた平城遷都1300年のマスコットキャラクターである「せんとくん」だったのである!!!
2010年が平城遷都1300年で記念行事もいろいろと企画されていたので、今回せんとくんは絶対にやって来るはず、来なかったら職務怠慢だと、行きの電車やバスの中でも友人と話をしていたのだが、こんな形で劇的に出会えるとは思わなかったので、いささか興奮してしまった。
ゆるキャラにしては微妙なデザインということで「まんとくん」や「なーむくん」などのライバルキャラクターも登場するなどあれだけ世間やネットでも騒がれたものの今ではすっかり皆の人気者で、姿を現した途端に周囲には人だかりができ、皆に写真撮影をせがまれていた。
私も自分で一枚撮影した上にあるグループの方に撮影を頼まれて一枚撮ってあげる事になり、スタート前にいい思いをさせてもらった。
既に友人とは別れていて後から聞いた所スタート前でカメラを構えて待ってくれていたらしく、電話で連絡しようとしたのだが留守電になっていたので友人に見せられなかったのは残念だったが、しかしまだこの話には続きがあり、それはスタートしてから起こったのである。
上記のようなハプニングもあり、スタート時間には問題なく間に合ったものの結構後方からのスタートとなってしまう。
それでもスタートの合図が鳴ると勇んで走り出し、左端の方を走って少しでも前に行こうと懸命に足を進めていた。
一方その頃スタート地点でカメラを手に待機してくれていた友人は道路の右端にいたらしく、私を見つけることはできなかったのであるが、その他スタートしてからの写真はいい感じのものを何枚も撮ってくれていた。右の写真はその中の一枚なのであるが、それをよく見てみると……
何と一斉に走り出すランナーの上の方、体育館のガラスのドアの前にひょっこり頭だけ見えるのは、他でもない…せんとくんである。
友人もこういう形でちゃっかりせんとくんを目にしていた事を、レースが終わり帰る途中に写真を見て知ったのであった。
スタートしてからゲートをくぐるまでの間はストップウォッチで測ったところ1分11秒(あとで完走証で1分14秒が正しいロスであったと確認)で、ネットタイムはこれを引いた時間になるという事を頭に入れて走り出す。
前述の通りやや後方からのスタートでかなりペースの遅いランナーも前にいたのでなるべく時間をロスしないうちに前に出たいと結構飛ばすことになってしまう。
もっとも今回のコースは告知にもあった通り道はかなり狭いので、所どころで止まりそうになることもあるなど前へ出るのには苦労させられた。加えてコーナーも多い上に上り下りもたくさんあり、序盤はなかなか自分のペースがつかめない手探り状態であったが、1km毎のタイムは最初から5分かそれを切るペースで進んでいた。
そんなペースがなかなか一定しない状態だからか、結構早い走り出しだったせいだからかは分からないが、3~4キロあたり、1回目の給水が終わったあたりで少し心肺機能に違和感を感じたため、ここは無理せずいったんペースを整えることにする。
その一方で雨が心配されたはずのレースはポツポツと降る程度で走るのにはまったく支障がなく、逆にレインコート代わりに来ていたビニール袋がビニールハウス状態で体を熱くしてしまい、蒸し蒸しして逆に走りにくい状態を作っていた。
その後も前半は坂の上り下りが多く、また墓地の横を走ったり舗装されていない池の横を走ったりで何だか落ち着かずペースをつかむまで苦労したが、それでも5キロか6キロあたりでビニールを脱いで左手に持って走り始めたあたりから段々と状態がよくなってきって、更にそれが胸の前でいい風除けのような形になってくれて以後はとても走りやすくなり、その後も雨がパラパラすることはあったもののゴールまでそのままの状態で走り続けた。
それ以後もリズムが作れなかった割には1キロ5分を少し切るいいペースで走れており、それがまた自信にもつながったが、やはり少し早く入りすぎたこともあって決して楽なレース展開ではなかった。
しかし7キロから8キロにかけて法隆寺の前を通った時、スタートで写真撮影を終えた後法隆寺に向かっていた友人が沿道に立って応援してくれているのが目に入ってきて、思わず目が合い手を振った。
もちろん沿道で応援してくれているその街の方の応援もとても力になるものだが、知り合いの応援というのはまた力を与えてくれるものだと感じた。
法隆寺の横を通り過ぎると今度はすぐに土をお椀に盛った感じの小さな丘のようなものが見えてきたのだが、これは看板を見ると「藤ノ木古墳」という表示が目に見えたので、古墳とすぐに分かった。しかし古墳を見ながらマラソンを走るというのは、なかなか他の大会では経験のない珍しいことかもしれない。
やがてスタート地点の黄色いゲートが見えてきて、そこを右に曲がる。今回のコースはスタートからまず法隆寺を含めた坂の多い北部をぐるっと回っていったんスタート地点近くまで戻り、それから田園の多い割とフラットなコースが続く南部をぐるっと回るというルートになっていて、これで大体半分が終わったのかなという目安にはなった。
その後も独特のコース設定は続き、民家と民家の狭い路地を通った時には少し苦笑いせざるを得なかったが、こういうのも面白い体験だなと思った。
更にその先では3人の子どもが応援しがてらランナーたちとハイタッチをしていて、そこで思わず「これがずっと続くのしんどいなあ」といった事を言っていたのが、正直というか率直な物言いでいかにも関西らしくて思わず微笑んでしまった。
他にも全体的に街の方の応援がとても温かく、39回目という歴史も感じられたし手作りで大会を盛り上げていこうという街の雰囲気を感じられてとても気分よく走ることができた。
10キロ地点あたりで2度目の給水があったのだが、10kmのタイムは残念ながら確認できなかった。ネットタイムだと5分を少し切るペースだったと思ったのだが、後で完走証を確認してみた所50分45秒だったので、最初の1分14秒のロスを引くとやはり予想どおりのタイムで走っていたことになる。
以後は田んぼの中などフラットなコースが中心であったが、コーナーは相変わらずで角を曲がると急に風が冷たくペースが上がらなかったり、止まって暖かくなってペースが上がったりの繰り返し。更には所々に坂もあって、客観的なタイムは5分を切るいいペースで行っているのに、今回は好タイムを出すのは無理かなあと考えつつ何とか頑張って足を前に動かしていた。
14キロ過ぎからだいぶ足に疲れが見えるも気力で頑張っていたが、このあたりからイチゴの衣装来た選手や近くにいたランナーと抜きつ抜かれつで、走りに集中し過ぎていたせいか1キロごとの標識確認できずもうペースはよく分からなくなってきていた。
しかし残り5キロあたりから「残り~キロ」の看板が目に留まるようになり、それを基準に1キロのタイムで極端な落ち込みがないようにという事だけ心がけて走った。
3回目の給水は結構遅く、18キロあたりだったと記憶している。そして確かバナナが置いてあって、それにはビックリしたのも記憶している。
ようやく来た給水で水分補給はきちんとできたのだが、結構熱くなってきていて思わずかけてしまった水がべっとりとシャツにしみ込み、胸のあたりについて気持ち悪くなったのが更にペース悪化に拍車をかけてしまった。
そのような感じで残り3キロとなったあたり、終盤はペースも落ちはじめてそこまでデッドヒートを繰り広げていた人たちからも離されてしまい、後ろからも結構抜かれ出して正直悔しい思いをした。
それでも残り2キロの表示で1時間36分ぐらいのタイムだったので、極端な落ち込みがなければ1時間50分を切れそうだと分かり、更に気力を振り絞って足を進めた。
しかしその直後、実はこのコース最後に非常にきつい上り坂が待っていたのである。正直坂自体も結構な傾斜があったはずなのだが、それよりもここまで長い距離を走った後にやってきた坂だっただけにより一層きつく感じた。それでも動かなくなった足を必死で前に出し何とか気力で進んだ。
最後はもうフラフラに近かったが、坂が終わって残り1キロの表示が出てからは逆に早かったと思う。「残り100メートルだ頑張れ」という沿道の声が聞こえてきて、それからすぐにゴールの黄色いゲートが見えてきてゴールに飛び込んだ。
タイムは手元の時計で1時間48分36秒、完走証では1時間48分35秒となっていた。
ネットタイムも1時間47分21秒で、意外な事だが大満足の走りだった1月の谷川真理ハーフマラソンの1時間47分30秒よりも10秒弱良かった。自己新記録である。
ゴールをくぐるとフラフラの足で何とか奥へと進んでいき、ランナーズチップを返却してからアミノバリューのペットボトルを受け取り、携帯カメラでゴール前の写真を撮影する。
すると友人から完走を祝福するメールが送られてきてそれに返信しつつ完走証を受け取るため記録発行所に並んだ。
その後友人に電話し発行所のすぐ右に座って待っているのを確認してから、記録発行所も大変な行列で受け取るまで苦労したが、何とか受け取るとその足で合流。完走の記念撮影を済ませてから着替えるために体育館に向かった。
体育館はレース後も賑やかだったが、ヘトヘトになりながらも時間をかけ苦労して着替えを済ませて体育館を後にする。
そして入口近くのテーブルには12月に開催予定だという平城遷都1300年を祝うフルマラソン「奈良マラソン2010」の開催が予告されていて、ゲストランナーにあのシドニー五輪金メダリストの女子マラソン選手の高橋尚子さんが登場すると書いてあった。
実は今度3月21日に行く金沢でも彼女がゲストランナーで登場するので楽しみにしているのだが、12月の方はフルマラソンでもあり(実際は10・5・3kmもあるらしい)まだ先の事でもあるので、参加はこれからゆっくり考えたいと思う。
体育館を出るとゴール前はもう撤収作業が始まっていたが、すぐ横のグラウンドにあったサービスコーナーはまだ大変に賑わっていた。
そしてしっかり走り切った後で朝ご飯もかなり早い時間に取っていたのでお腹も空いており、友人と一緒にサービスコーナーで食事をしていくことになった。
ところがこの頃から雨が急に激しくなり、どしゃ降りとまではいかないがテントの屋根を激しく叩くほどの雨となってしまった。
まるでランナーたちがすべて完走するのを待っていたかのようなタイミングで、食事の際には結構大変だったものの、肝心のレースではほとんど雨に降られることもなかったので、実に好運だったと思う。
サービスコーナーでは豚汁のほか、きつねうどんやたこ焼き、そばにおでん、カレーライスにぜんざい、それに足湯のサービスなどもあったらしいのだが、何と言っても豚汁が無料で振舞われていたのでそこが一番人気。我々も一つずつ頂いたのだが、とても体が温まって美味しかった。
それからたこ焼きは既に売り切れてしまっていたのが残念だったが、カレー、おでん、ぜんざいを食べた。どれも100円や200円と非常にリーズナブルな上にとてもダシが染み込んでいて美味しかったので言うことはないという感じだ。
そうこうしているうちに時刻は3時ぐらいとなり、雨も激しくなってきていたので、奈良公園や東大寺については残念ながらまた次回桜の季節にでもということになり、名残りを惜しみつつ帰りのシャトルバスの乗車口である斑鳩町役場へと向かう。
するとある程度は予想していたのだが、やはり乗車場には行列ができていてまた待たされることになってしまった。それでも今回は一人旅ではなかったので、友人と話をしながらであったので随分と助かったように思う。
結局3時40分ぐらいまでシャトルバスを待ち、帰りは座ることはできず雨の中を法隆寺駅へ向かう。それから大和路線で奈良駅まで戻った時にはまだ4時過ぎだったと思うが結構暗くなってきていた。
奈良駅ではトイレに行ってから、乗り換えのみやこ路線京都行きを待っている間に売店で名古屋の両親や兄弟たちのためにおみやげにせんとくんのチョコクランチを購入。その後は暖かい待合室の中でしばらく待った後、到着した電車に乗り込んだ。
帰りは列車が逆方向に進んだのでビックリしたものの、よく考えたらみやこ路線は京都~奈良間なので奈良からの列車は始発なのだということに後で気がつく。そして45分ほどの列車の旅は疲れもあって友人も私もほとんど寝ていた。
京都駅に到着するとようやく少し落ち着いたが、その後は駅前の伊勢丹の地下1階にあるアンデルセンというパン屋でパンを購入し、それから同じ伊勢丹の10階にある全国のラーメン屋7店舗が集結して構成されている「ラーメン小路」というレストラン街に行った。
トイレに寄った後店の一つである上方ざんまい屋という店でラーメンを食べた。友人はモンゴルの塩ラーメンを、私は豚骨のつけめんを頼んだのだが、どちらもすごく美味しく、一緒に頼んだビールも大変進んだ。
それから駅前の自転車置き場に戻って自転車で雨の中を大変な思いをして帰路に着いたのだが、実に中身の濃い充実した大和路の旅となったと思う。
そういえばこの前日の10日水曜日にはテレビ朝日系列の「ナニコレ珍百景」という番組がやっていて、京都vs大阪ということでお笑い芸人のブラックマヨネーズとノンスタイルが対決し、その中でブラマヨが「おいしいエレベーター」というものが京都にはあると紹介していたのを思い出した。
「おいしいエレベーター」というのは油揚げに大根おろしをかけた食べ物で、「上げる」と「下ろす」という言葉とかけたものなのだが、今回のマラソンはまさにそんな感じで上ったり下ったりの連続だった。
事実翌日から2、3日、最近ではあまり見られない大変な筋肉痛で、最近のハーフマラソンではなったことのない、腹筋や背筋なども張ったりした。やはり坂の上り下りというのは平地を走るのとは違った筋肉を使うのだと改めて感じた。もう少し坂の上り下りのトレーニングもしておかなくてはいけないかもしれない。
ただそんな中でもネットタイムでは自己記録を更新できたのは非常に嬉しい。次の京都で行われる宇治川マラソンは約2週間後の2月28日とすぐではあるが、今度はしっかりと走り込みをして当日を迎えたいと思う。
そして私の方は法隆寺も外からチラッと見られただけであるし、東大寺や奈良公園は行くことすらできなかったので、また是非奈良には近いうちに行きたいと思う。いかるがの里・法隆寺マラソンについても次は40回目であるし今回の大会はかなり楽しく参加できたので、来年の参加もぜひ検討したい。