マラソン

大会結果レポート(第12回鈴鹿シティマラソン)

■2012年■

■2011年■

■2010年■

■2009年■

大会データ

Runnet

日時
2009/12/20(日) 9時30分(スタート)
場所
三重県鈴鹿市稲生町7992 鈴鹿サーキット
21.0975km(ハーフマラソン)コース(3周+約2/3周)
主催
鈴鹿シティマラソン実行委員会
共催
鈴鹿市
後援
鈴鹿市教育委員会、鈴鹿市体育協会、鈴鹿市体育指導委員連絡協議会、 鈴鹿市スポーツ少年団、鈴鹿市陸上競技協会、鈴鹿市自治連合会、鈴鹿商工会議所、 鈴鹿市観光協会、鈴鹿工業クラブ、近畿日本鉄道(株)、東海テレビ放送(株)、(株)ケーブルネット鈴鹿、 NHK津放送局、三重テレビ放送局、(株)鈴鹿メディアパーク、三重エフエム放送(株)、朝日新聞社、 伊勢新聞社、中日新聞社、毎日新聞社、読売新聞中部支社、(社)全国脊髄損傷者連合会、 三重県脊髄損傷者協会、(社)三重県身体障害者福祉連合会、三重県障害者スポーツ協会
協力
(株)モビリティランド鈴鹿サーキット、鈴鹿回生病院、三重交通(株)
天候
快晴
記録
グロス:2時間14分10秒(完走)
ネット:1時間57分06秒(自己計測)
関連リンク
鈴鹿シティマラソン公式サイト
鈴鹿サーキット公式サイト
鈴鹿市ホームページ
K's PLAZA|駅構内図 白子駅

大会前

三重県鈴鹿市とは

今回の大会開催地は三重県鈴鹿市。三重県は日本列島のほぼ真ん中に位置し、人口は約186万人(2005年現在)。太平洋側に面する行政区分では愛知県・岐阜県とともに東海地方に区分されたり、大阪や京都などの近畿地方にも入れられる。

紀伊半島の東側に位置し、昔の国の名前で言うと伊勢・志摩・伊賀の全てに加え紀伊国(当初は熊野国)の一部から構成されていて、愛知県とは木曾三川(木曽川・揖斐川・長良川)で隔てられているが、明治以降は架橋され中部地方の中心都市である名古屋市に近い東部は愛知県の影響も受けるようになる一方、奈良や和歌山に近い西部は依然として関西の影響が濃く、それは言葉遣いなどにも顕れているらしい。

産業は愛知県の名古屋市や豊田市ととともに中京工業地帯の一角をなし、四日市市の石油コンビナートや東芝・富士通の半導体、シャープの液晶工場、ホンダの車体工場などが有名である一方、農業や林業も盛んで、こちらは伊勢海老や松坂牛、志摩の真珠やアワビなどが特に有名だ。

鈴鹿サーキット

一方鈴鹿市はというとそんな三重県の北部に位置する人口約19万人の都市で、本田技研工業の鈴鹿製作所がある他、何と言っても有名なのは同市内にある鈴鹿サーキットである。

鈴鹿サーキットといえば、オリンピックやサッカーのワールドカップとともに世界3大スポーツに数えられる自動車レースの最高峰F1グランプリ世界選手権の日本グランプリやオートバイの8時間耐久レースなどの国際レースのほか国内レースなども多数開催される日本のモータースポーツの聖地だ。

そして今回のハーフマラソンはそんな世界的に有名なレーシングコースの中を走れるとあって、実に貴重な体験のできる大会であると同時に、実は鈴鹿サーキットには1994年・95年とF1日本グランプリを観戦しに行った経験があったため、約14年ぶりにコースを訪れるという懐かしさもあって大変に楽しみにしていた。

大会前日まで

雪の米原駅周辺

もっとも今回は年末の慌しい中で出場することになってしまい、木曜日の夕方まで名古屋、それから京都で打合せの後また作業と大変な週末であった。

京都の案件は納期も非常にタイトで土曜日までギリギリ仕事をして大会当日は朝早く京都から名古屋に戻って鈴鹿に向かう予定でいたが、金曜日くらいから急に寒くなり、しかも土曜日は全国的に大雪が予想されていたため、日曜日もどうなるか分からないということで急遽土曜日のうちに名古屋に戻ることとなったのである。

案の定土曜日はかなりの冷え込みで雪も結構降ったらしく、新幹線の途中の米原駅あたりでは一面の雪景色が見られてとても綺麗だったが、心配されていた日曜日の移動に支障が出るぐらいの雪は降らなかったのでホッと胸を撫で下ろすのであった。

名古屋に着くと雪はもうまったく降っておらず、地下鉄やバスを乗り継いで家まで戻り、京都でやり残した作業の続きを頑張っていたが、翌日マラソンが控えるということで早めに床に就いた。

もっとも大会前日にはよくある気持ちが昂ぶって寝られない状態が今回も続き、この日深夜行われていたサッカーのトヨタカップの決勝戦をテレビ観戦、そこでFCバルセロナの0-1のビハインドからの終了間際の劇的同点ゴールを目の当たりにして更に寝付けなくなり、延長戦でリオネル・メッシというこの年の世界最優秀選手候補の選手が決勝ゴールを決めて試合が終了した時には3時半ぐらいになっていたが、何とかその後はすっきりして眠ることができた。

大会当日

大会会場へ1(車送迎~地下鉄~近鉄で白子駅に到着)

近鉄名古屋駅時刻表

翌朝は6時少し過ぎに目が覚め、前日持っていく荷物の選定はできていたため、顔を洗ってひげを剃ってから恒例のボンゴレビアンコのパスタを食べ、更にバナナを2本、ヴァームも2本とヴァームゼリーを持って準備万端で、6時45分ぐらいに家を出た。

そして父親が車で地下鉄の駅まで送っていってくれると言ってくれたので最寄り駅まで送ってもらい、地下鉄も問題なく乗れて名古屋駅には予想よりも早い時間に到着した。普段あまり利用することのない近鉄名古屋駅にも地下を通って問題なく移動でき、切符を購入して改札を通った時には7時20分前だったと思う。

そして発車時刻表を見ると7時31分発の急行があったので、本当はパソコンで前もって調べておいた予定では7時41分発に乗るはずだったのだが、10分早めてここに近鉄電車での列車の旅がスタートしたのっだった。

鳥羽行きの近鉄列車

電車は座席が特急や新幹線みたいに進行方向に向けて並んでいるタイプではなく、普通の地下鉄などのように両サイドに座席が横に並んでいるやつで、私はその一番端に座ったのだが、走り出すといきなり朝日が差し込んできて強烈だった。

更に私の反対側のシートは全部優先座席だったのだが、ちょうど真ん前に座っていた中年風の男が、電車に乗っている間中ずっと新聞や雑誌を出したり閉まったり、サンドイッチを食べ始めたり何度もペットボトルのジュースを飲んだり、携帯を見たりと本当に落ち着きのない御仁で、しかも優先席で携帯は電源切らないといけないのに使っていて駅員に一度注意されたのに、また使い始めたりしたので思わず顔をしかめたら、今度は奈良路を特集した観光の本を開いて顔を合わせないような角度で読み出し、とにかく落ち着かない列車の旅になった。

近鉄線白子駅前

それでも白子駅に到着すると前述の通り1995年にF1日本グランプリを見に行って以来約15年ぶりの訪問ということもあって、駅に到着した時には結構感慨深いものがあったのは間違いない。

そしてホームを何枚か写真撮影してから階段を上って改札まで行ったのだが、そこは前もって構内をPCで調べておきトイレが改札の内側にあってコインロッカーは改札の外にあるのが分かっていたので、まずトイレの中でコートやズボンなどを脱いで着替えを済ませて鏡越しに記念写真を撮り、荷物もまとめてから改札を出て、そしてロッカーに荷物を預けてから出口に向かった。この辺はもうすっかり手馴れたものでベテラン参加者の域である。

その後改札出てすぐ左に曲がった所に券売機がありそこを右に折れると下る階段があるのだが、そのあたりは15年前とまったく変わってなくすぐに思い出した。そして通路を右に折れ階段を下り外に出ると左手前方にはバスの停留所らしきものが見えてきたのだが……

大会会場へ2(シャトルバス~白子駅で予期せぬ事態発生)

白子駅前バス停付近

この白子駅に到着するまではまったく問題なく順調な旅で、バス停にあった時計の時刻も8時半ぐらいでまだハーフの部スタートの9時半まで十分余裕があったはずなのだが、ここから悪夢のような1時間がスタートする。

駅前の写真なども撮りつつ明らかに同じマラソンに出場すると思われる格好の人も何人かいらっしゃったのでみんな一緒に待っていたのだが、バスがいつまで経っても来ないのだ。

受付用のハガキには「臨時の」シャトルバスが白子駅から出ていると書いているはずなのに10分、15分と経過してもまったくやって来ない…そして8時45分ちょっと前ぐらいになるとさすがにこれはおかしいと気付いた方がいて、駅前にはタクシーも停車していたので何人かの人に声をかけ乗り合いの形で鈴鹿サーキットに向けて出発してしまったのだ。

確か2人が反応して3人で乗っていったと記憶しているが、私はその時点でまだ事の重大さに気づいていなくて、タクシーが行ってしまってからハッとしてバスの時刻表を見てみると、朝の8時台には25分と55分にしかバスが来ないことが分かり、結局シャトルバスなるものは一本もお目にかかることなくそのまま8時55分を迎えることになったのだった。

バスようやく到着

さすがにこれは時間的にかなりマズいのではと段々分かってきてかなり焦り始めたのだが、バスの方はそんな私の気分などまったく解することもなく暢気にやってきて、しかも車椅子の選手っぽい方も同乗しようとしたので運転手が車椅子が登れるように補助板みたいなものを出して時間がかかったのだった。

その後何とかバスは出発したものの、だんだん気が気でなくなってきていた。間に合うか間に合わないか微妙だと思いつつもヴァームゼリーやバナナは乗っている間に食べて少しでも着いてからの時間を節約できるようにと身構えていたのだが、じりじりさせながらもバスはバス停をどんどんと通り過ぎていき、ひょっとしたらこれはギリギリ大丈夫かなと……そう思ったその時だった。

鈴鹿までの運賃は380円で350円の区間までバスが進み、ある道路を左に曲がって少し登り坂で広めの道路に出ると、視界に現れたのはズラーっとはるか前方まで続く車の列……誰がどう見たって渋滞しているのは明らかという状況だった。もうそれを見た瞬間は全身凍りついたというか言葉を失ってしまったのだが、前の車はピクリとも動いてくれない。

しびれを切らしてバスの運転手にサーキットまでの距離とあとどれぐらい時間かかりそうかと聞いてみると、「残り2キロ」ぐらいで「20分」ぐらいはかかるかもしれないという回答であった。

走って鈴鹿サーキットへ向かう途中

それでこれはもう9時半までの到着は無理だなと諦めつつ一度は座席に戻ったのだが、その後もバスはほとんど動いてくれないのでついに覚悟を決め、そこまでの運賃を運賃箱に入れてバスを降ろしてもらい、走って鈴鹿サーキットまで向かうことになったのだった。

後ろで他の方も降りたのかもしれないが、後ろを確認する余裕もなく走り出すと一直線で車もズラッと並んでいたしサーキットにある観覧車も見えていたので道を間違えることはなかったものの、やはりハーフを走る前に2キロの距離かつずっと続く登り坂をほぼ全力疾走というのは正直致命的。しかしそうとは分かりつつもスピードを出して走らざるを得なかった。

それでもしばらくすると「鈴鹿シティマラソン受付」という表示が見えてきて係員もいたので間違いないか確認し、あとは標識に従って走っていく。しかしサーキットの敷地内に入ってしばらくすると「ハーフの部スタートしました」という場内アナウンスが聞こえてきて、これでもう完全にキレ気味になったものの、それでもただひたすら受付口を目指して走り続けた。

スタート前

スタート直後の鈴鹿ホームスタンド前

途中まだ歩いて会場に向かう人も結構いたが、ハーフ以外は確か10時スタートというのもあったのでおそらく別の距離に出場なのであろう…そんなことを考えつつも何とか受付に到着。

ところがゼッケンを受け取ろうとすると段ボール箱の中にまだ相当ゼッケンが残っていて、私の受付の所は1~600番までの受付だったのだが、約600人なのにあれだけ残っていたということは急遽不参加という人もいたとは思うが相当の人数が遅刻していたのではないかと想像された。

正直スタートの1時間前に白子駅に着いてスタート時刻に間に合わないというのはまったくの想定外だったので、同じような目に遭った方はたくさんいたのだと思う。このあたりはもっとパンフレットなりサイトなりでシャトルバスの時刻や渋滞もあり得る事を告知して欲しかったと思う。

ハーフマラソンの部荷物預かり所

受付を終え参加賞のTシャツを受け取ると、私以外にもハーフの出場口まで歩いていく人もちらほらといて、こんな大会二度と出るかと内心呪いの言葉を吐きつつ、ゼッケン受け取ったゼッケンを急いでつけ、荷物を預けようと預かり場に行くと今度はハーフだけ別の所だと言われてまたキレ気味になりつつ、ゴタゴタ続きでようやくハーフの荷物預かり所が見えてきたのだった。

荷物を預けた時にはもうあと何分遅れたって一緒だという感じで完全に開き直ってしまったのだが、幸い今回の鈴鹿シティマラソンは9時半スタートで12時までにゴールすればいいと知っていたので、その後は10時前にスタートすれば2時間で走っても十分完走できると冷静に分析する余裕も出てきて、息を整えることを優先しようとゆっくり歩いてスタート地点に向かった。

スタート~1周目(割と順調なスタート)

スタート地点

スタート地点に着くともうたくさんの人が走り出しており苦笑いするしかなかったが、時刻を見ると9時45分ぐらいで10時までまだ結構時間もあったので、あとは自分の腕時計できちんとタイムを計測して2時間だけは切ろうという心づもりで、少し屈伸したり準備運動をしてからスタートした。

最初は少しヤケ気味だったが、それでも走り出すとやはり気持ちいいもので、しかも憧れの鈴鹿サーキットのコースの中を走るなどというのはなかなか無い貴重な体験だということに気付かされて徐々に興奮してくるのが分かった。そして今回は到着前に2キロも走ってしまっていたのでベストが出したいという期待もなく、タイムも2時間切ればというぐらいで関心が湧かなかったので、楽しむことを優先して景色を見る余裕もあったぐらいだった。

そのような心境だった事もあり、最初にヘアピンカーブに差し掛かった所で無性に写真が撮りたくなってきてしまい、しばらく我慢していたもののついには携帯電話をズボンのポケットから取り出し今回はレース中コースのいたる所で写真を撮りまくる事になってしまった。

スタート1周目

ヘアピンカーブの後も鈴鹿名物の立体交差とかS字コーナーとかシケインとか、あとはタイヤバリアやサウンドトラップなどもテレビで見ているのそのままで、それが今目の前に見えている事に興奮を抑えきれなくなってきていた。

とはいいつつも実はペースは結構いい感じで、調子も決して悪くはなかった。ただ今回のコースは1kmごとの標識がまったくなかったので、最初に確認できたのは私の記憶では5km地点だった。そして5kmのタイムは何と24分57秒ぐらいでほぼ1km5分ペース、すごくいいペースだったのでこれはちょっと意外だった。やはりここの所1か月ごとにハーフに出場していたのと、練習でも早いペースでの10km走を敢行している効果かなと思ったのだった。

スタート~1周目(ホームストレート付近)

シケインを通ってホームストレートへ

そして15分遅れた割にはスタートしてからたくさんの人が私の周りにいてあまり遅刻したのを感じさせない最初の5kmだったのだが、鈴鹿はシケインが終わって最終コーナーを立ち上がりホームストレートの所で当然ピットインするためにパドックに戻る道があってそこがゴール地点にもなっているのだが、そこに差し掛かった所でなぜ周りにたくさん人がいたのか理由が分かった。

実は私が一緒に走っていたのは5.6kmという距離の部を走っている人達で、当然その方たちはコースを1周で終わりなので最終コーナーを次々と右に曲がってゴールへと向かうのだが、ハーフは3周と3/4なのでそのまま右には曲がらずホームストレートをまっすぐ走っていくことになるのだが、ホームストレートへ進んでいくと一気に誰もいなくなったのだ。ここに来てようやく15分の遅刻というのを思い知らされたし、その頃には先頭を走っていると思われる尋常ではないスピードの速いランナーに次々と追い抜かれ始めて、しかもホームスタンドが目の前にあるので何だかバツが悪いなあと思いつつ、開き直ってホームストレートを駆け抜けていった。

ホームストレートを走る

ホームストレートを進んでいくとやがて周回を計測していると思われるゲートを抜け、コンピュータのピッという音が鳴る。そしてそれを合図にしたかのようにしばらくすると給水所が目の前に現れ水を少し飲む。ただ今回ほど暑さを感じない大会も初めてで、普段なら頭から水をかけたりして体を冷やすのだが、今回はそういうこともまったくなかった。

その後第1コーナーに差し掛かってからは強烈な風が吹き始めて、ここでF1サーキットの広さというのを感じ始める。ホームストレートに差し掛かる手前の2キロぐらいはあまり風もなくてどちらかというと暖かかったのだが、ホームストレート過ぎてしばらくは強烈な風が吹きタイムもガクンと落ちてしまった。本当に息ができないぐらいの強さで、ひょっとしたら1キロ6分かかった所もあったかもしれない。

レース中盤~2周目

鈴鹿名物立体交差

それから間もなくしてようやく最初のスタート地点に戻ってきて2周目に入る。2周目3周目は一番写真撮影を頑張ったのっだが、実は2周目のホームストレートを過ぎて給水所に差し掛かった時に友人からメールが来ていて、バイブが震えるのが手で持っていて分かったのだった。もちろん内容はあとで確認したのだが。

そしてさすがに1周走ると風も少しは慣れてきて何とか対応できるようにもなっていたし、遅刻した影響も徐々に忘れてきて楽しく走れるようになっていた。

そして速い選手には当たり前のように抜かれていったのだが、後半ぐらいになってようやくポツポツと遅れてきた選手を抜きはじめるようになってきていた。そして10キロで54分ぐらい、10.6キロぐらいの中間地点に来た時には57分ちょっとで、大垣ハーフの時などとほぼ変わらないペースで走ることができていた。

レース中盤~3周目(アクシデント発生)

たくさんの親子ランナー

3周目も同じような感じだったが、この頃にはたぶん1時間20分台ぐらいで走れる人たちがちょうどゴールを迎えるような感じで次々と抜かれていき、更には親子で歩くウォーキングと思われる部の走りも始まっていて、お子様がたくさん走っていてコース内は結構賑やかだった。

そしてここまでは順調だったのだが3周目の終わりかけぐらいからはやはりレース前に2km余計に走った影響が出てきたのか足が少し吊り気味になってきて、そこからは痙攣しないように気をつけながらの走りになってしまった。前回の名古屋シティマラソンの時も16キロ過ぎて残り3キロぐらいからが痙攣しかけてしんどく同じような感じだったので、このあたりは今後の課題かもしれない。

レース終盤~4周目~ゴール

鈴鹿名物シケイン

そして3周目終盤のホームストレートを抜けて第1コーナーに差し掛かった辺りから最後の4周目は、今度は逆にペースの遅いランナーを次々と捕らえ始める。

私より速いペースの人たちはこの時点ですべてゴールしている訳だから当然といえば当然なのだが、ラストの1周はなので抜かれることはほとんどなく遅い選手をごぼう抜き状態だった。これはこれで気持ち良いものだが、2時間切るペースを続けていたので当たり前といえば当たり前なのだが。

もっともやはり18キロぐらいを過ぎて残り3キロになってからはやはりきつかったし、何度も強風に晒されたせいか相当堪えていた。最後の残り1キロになってシケインが見えてくるまでの所は相当ペースも落ちたし、足も痙攣しないように気をつけて走っていたが何度も吊りかけていた。

ゴール目前の最終コーナー

それでも何とかゴールまで足を運ぶと、タイムは2時間14分10秒だったらしいのだが今回は大遅刻しているのであまり気にならなかった。

そして自分の手元の時計では1時間57分06秒だったのだが、最後の1キロで1時間51分ぐらいだったので最後の1キロは6分ぐらいかかったものの、何とか2時間を切ることができたし、3月の京都シティーハーフマラソンや10月の大垣ハーフマラソンの時も1時間55分台だったことを考えると、スタート前に2キロ走っていた万全でない状況の中では十分いい成績だったと思う。

レース後

ゴール直後

ゴール直後

ゴールするとアクエリアスの300ml缶とMAXIMのエスプレッソ通専用ミルク入りの2つの飲み物を受け取る。いつもは500mlのスポーツ飲料1本もらいごくごく飲むので、少し違和感があった。

それからパドック周辺を写真撮影し、完走証を受け取ってパドックの外に出ると、シャッターの前に腰を降ろして友人にメールを書いた。

そしてしばらくそこで休憩してから立とうとしたのだがそれが結構しんどくて激走を物語っていた。それに走り終えるとやはり半袖のシャツに短パンでは寒過ぎて、さらに風もあったので凍えそうだった。

温かいコーヒー配布中

ただ「進路」という標識に従って先に進むとAGFのテントがあってそこでブレンディのコーヒーを振舞っていてくれて私もそれを受け取って飲んだのだが、あんな美味いコーヒー飲んだのは初めてというぐらい体に染みて温まった。

それから寒さに震えながら坂を登っていくとスタート前に立ち寄った荷物預かり所が見えてきて、荷物を受け取るとすぐにジャンパーを着たのだが、これでかなり落ち着けた気がする。

もっともコートやズボンなどはすべて白子駅に置いてきてしまっていたので、今回ばかりは荷物預かり所もあったしコインロッカー作戦は失敗だったかもしれない。

ホームスタンドへ移動~昼食

ホームスタンドにてプレゼント抽選会

それからバナナがまだ1本残っていたので食べようと思ったのだが、寒いのでとにかく寒さの凌げる所をということで、先に進むとホームスタンドが見えてきた。

そしてそこの裏にあるトイレの前あたりで友人に電話をしてしばらく会話をしてからトイレに立ち寄り、それからホームスタンドにはまだ行っていなかったので中に入っていった。

するとスタンド内ではちょうど豪華賞品が当たるプレゼントの抽選が行われて盛り上がっていたのだが、大垣の時同様当たる確率も低いのでずっと待っているのも何だかと思い、写真を何枚か撮ってからスタンドの外に出る。

その後は行きには慌てていて全然雰囲気を味わえなかったサーキット入口前の広場の雰囲気や受付テントなども写真撮影していたのだが、スタンドの外側にズラッと売店が並んでいるのに気付いて、ちょうど時間も昼の12時回っていたので食事してから帰ろうと思いいろいろと見て回ることにしたのだった。

昼食の松坂牛すじカレー

担々麺、トンテキ、うどんやハンバーガーなどのファーストフードもあったのだが、やはり三重県に来たのだから三重県らしいものをということで、「松坂牛 阪松」という店で注文することに。たくさん店があったが、ここがダントツで人気があった気がする。

店の前に来ると牛丼や牛丼とカレーのハーフもあったが無性にカレーが食べたかったので松坂牛すじカレーを注文。850円とそれなりのお値段だったが、牛すじはトロッとしていてかなり美味しかった。さすがにビールは寒いのもあってやめたがカレーだけでも存分に美味しく頂けた。

帰路

サーキット内遊園地

それから再びサーキット周辺を写真撮影して、自分の姿も含めた写真も何枚か撮ってから、案内所でバス乗り場の場所を聞いてサーキットを後にした。

何しろ行きは少しでも早くスタート地点に行きたいということで全然周り見ていなかったし、バスも途中で降りているのでサーキット前のバス停の場所分からなかったのである。

案内所の方の言った通りにまっすぐ道を歩いていくといろいろな乗り物ある遊園地のような施設があり、そこを抜けると鈴鹿サーキットの本当の入口があった。

お土産屋

そしてバス乗り場はその出入り口の目の前にあったので迷うことなく発見でき、バスの時刻も確認してから入口前にあったGATESHOPというお土産売り場で鈴鹿サーキットクッキーと鈴鹿限定サクマドロップスという2つとも缶に入ったお菓子をお土産に買い、それからすぐ近くにあったトイレに立ち寄ってバスの列に並んだ。

列に並んだといってもそんなに多く人がいた訳ではなくバスでも座れたのだが、ここでまた行きの白子駅でも居合わせた車椅子の人とその付添いの方と同じバスに乗るという偶然に出くわし、またバスの運転手が補助板を出すのを見届けてからバスは白子駅へ向けて出発した。

いろいろとあって最初は二度と来るかと思いもしたが、疲れや足の筋肉痛などなければ乗り物なんかにも乗ってみたかったし何だか名残惜しかった。

帰りのバス

帰りのバスもやはり渋滞に巻き込まれ、白子駅到着は20分ぐらい遅れたと記憶している。今度来るとしたら行きも帰りも時間には十分気をつけて余裕持ってこないといけないと思ったし、参加を考えている方もぜひご注意頂きたい。

そして帰りのバスでは一番後ろの席の左側に座っていたのだが、途中から隣に座っていた30ぐらいの男性に話しかけて頂きいろいろと楽しく話をしながらの帰路となった。守山区に住んでいて仕事も守山区らしく会社の上司が走るのが好きらしくてその影響で一緒に参加させられたような感じの事を話されていたのだが、やはりマラソン大会はこういう出会いがあるから楽しい。

残念ながら白子駅に着いて3時までに名古屋の栄に行かないといけないらしくて特急を使って帰ることになってしまったのでそこで別れたが、私の方はまずコインロッカーで預けていた荷物を出し、コートを着た時にはようやく落ち着いた気持ちになった。

白子駅改札口

それから切符を買って改札を通り、次の急行の電車の出発時刻を14時12分と確認してからトイレの中で頑張って着替え、鈴鹿の荷物預かり所からここまでずっとバナナを食べずに持って歩いていたのを食べてから、電車に乗り込んで名古屋駅まで戻った。

帰りは特急のように座席がきちんと区切られた列車で混雑もなく座って少しウトウトしていたらあっという間の名古屋到着だった。

名古屋駅に着いてからはもう寄り道もすることなく地下鉄を経由して最後は徒歩で家まで戻った。途中近くのスーパーにも寄り家には4時ぐらいの到着で、それからこの日決勝戦が行われた漫才日本一を決める年末恒例のM1グランプリの敗者復活戦の中継を見つつ風呂に入って晩御飯も食べ、それからM1の決勝を見つつ納期の近い作業の処理も頑張った。

後日談

お土産の鈴鹿サーキットクッキーと鈴鹿限定サクマドロップス

直前には2006年までに7度のワールドチャンピオンに輝いた皇帝ミハエル・シューマッハ氏が3年ぶりに現役復帰というニュースが入る一方で、日本人ドライバーとして活躍した片山右京氏の登山パーティー一行が遭難するという、14年前に生で観戦した時に活躍していた2人のドライバーの明るいニュースと暗いニュースが飛び込んできた中で行われた今回の大会。

とはいえ今回は14年ぶりに鈴鹿サーキットを訪れることができて非常に感慨深かったと同時に、サーキットの中を走れるという貴重な体験もできたので振り返ってみると大変楽しい大会になった。

年末の結構慌ただしい時期に行われる大会なので毎年はきついかもしれないが、そんなに遠い距離でもないので都合がつけばできる限り参加したい大会だ。

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